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 いつも通り学校に行き、教室に入る。夏休みが近いせいか、クラスの雰囲気はどこか浮足立っていた。机の上で鞄の中身を引き出しの中に入れながら、こっそり周りの会話に耳をそばだてた。しかし、会話の内容はいつもと何ら変わりがない、数学の宿題とか昨日のテレビドラマの話ばかりで、世界の終わりについて話している人は一人もなかった。世界の滅亡を知る私はそこで少しだけ優越感を覚えた。手で顔全体を何気なしに触ってみると、心なしか低くてコンプレックスだった鼻も昨日よりも一、二センチほど高くなっているような気がした。


 始業ギリギリに、隣の席の佐伯ちゃんが教室に現れた。佐伯ちゃんは今時珍しい二つ結びのおさげを垂らし、そのおさげを琥珀色のリボンで結んでいた。襟の間からのぞく首筋にはいぼのように出っ張ったほくろがあり、瞬きをするたびにその大きさが変化していた。佐伯さんのそのほくろを見るたび、それをポチっと人差し指で押してしまいたいという誘惑に襲われる。血流を止めるぐらいの力でぐっとほくろを押し続け、ここだというタイミングでそのいぼのようなほくろをつまみ、思いっきり引っ張ってやりたい。そうすれば、強く押している間にほくろとくっついた静脈か動脈をするすると引っ張り出すことができるような気がする。そして、その時になってようやく佐伯ちゃんは自分の生というものを実感することができる。実感できなくとも、少なくとも自分の目で確認することができる。それはある意味で、佐伯さんにとってとても素敵なことかもしれない。


「ねえ、佐伯さん知ってる?」


 私の問いかけに佐伯さんがこちらを振り向いた。それほど仲良くもないクラスメイトからの親し気な言葉に、若干戸惑いを覚えているように見えた。


 聞いた話なんだけどさ、世界ってあと三か月で終わるらしいよ。


 そう伝えようとしたその時、ふと、この事実を彼女に伝えていいのかという疑問が思い浮かんだ。別にしとねちゃんから秘密にしておいてほしいとは言われなかったし、何より、世界の滅亡が三か月後に迫っているなんて重大なことは一人でも多くの人間が知っておくべきことだ。しかし、ここにきて突然、むやみやたらに言いふらす話ではないような気がしてきた。世界が滅びると言うことはそれほど日常を生きる人たちにとって重大なことではないのかもしれないのだから。


「何?」


 佐伯さんが沈黙に耐えかねて聞いてくる。


「あー、神様ってさ、実はまんまるなんだよ」


 私は咄嗟に別の話題へと逃げる。


「神様はね、ヒト型だとか、あるいは概念だとかって言われることが負いけど、実はぶよぶよとした玉虫色の球体なんだよね。あ、でもぶよぶよっていうところはそれほど大事じゃないかも。気温や神様の気分で硬くなったり、柔らかくなったりするから。玉虫色ってのも、結局は見る角度によって違う色になるってことだし、結局大事なのは、球体ってこと。うん。それでね、なんで球体なのかっていうと、それは端っこを作らないためなの。人型だったら指先とか足先、概念だったら、周辺概念みたいに、端っこができちゃうでしょ。だから、神様は球体じゃなくちゃいけないの。」

「ちょっと待って」


 私は話を遮った佐伯さんをじっと見つめた。佐伯さんは困惑した表情というよりはむしろ、苛立ちの表情を浮かべていた。それを象徴するように、特徴的な首筋のほくろは一回り大きくなっていた。


「山中さん、もしかして私のこと馬鹿にしてる?」


 佐伯さんの語気は鋭く、私を非難するようなニュアンスを含んでいた。私はいたたまれなくなり、視線を佐伯さんのほくろへと向けた。佐伯さんの首筋のほくろはそんな私の考えを見透かしたかのように、首元、顎下、右頬へと、ゆっくりとした速度で上へ上へと移動していく。私もその動きに合わせて視線を上へ上へと移動させ、その流れで佐伯さんと目が合ってしまう。右目の涙袋の位置までたどり着いたほくろはその役割を終え、線香花火のように四つに分裂し、上下左右へと散っていった。


「そんなの……みんな知ってることじゃん!」

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