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けたたましい音に合わせて身体と指先を激しく動かしながらも、どっちつかずのままでいる私は泣きたくなった。その時。視界の隅に、一瞬だけ見覚えのある顔が映った。私は思わず身体を強張らせる。指だけは呆然と立ち尽くす私をフォローして、絶えずベースをかき鳴らし続けている。私の視線の先にいたのは、真由美ちゃんだった。真由美ちゃんはピンク色の背景の中で、一人だけおなじみの茶色カーディガンを羽織って、腕を組んでこちらをじっと見ていた。足元やズボンの裾がピンク色に染まってはいたけれど、真由美ちゃんは私と同じようにこの世界の中で、ピンク色に染まり切れずにいた。それはまるで、私を一人ぼっちにさせないという意志の表れのように感じた。


 真由美ちゃん。私がそう叫ぼうとしたその瞬間。激しく動いていた私の指先がふっと動きを止めた。周りに鳴り響いていた音楽も鳴りやむ。結局私だけがひとりぼっちのまま、二曲目が終わった。

 私はその場に立ちすくんだまま、じっと真由美ちゃんを見つめ続けた。真由美ちゃんも私の視線に気が付いているのか、うっすらと微笑みを浮かべていた。今この瞬間、私以外にもピンク色に染まっていない人がいて、それがよりによって真由美ちゃんだったということに、私は心の底から震え上がった。真由美ちゃんが口を動かす。


「ほらね、私じゃなきゃダメなのよ」


 私と真由美ちゃんは遠く離れた場所にいるのに、こんなに講堂内はざわめきたっているというのに、真由美ちゃんの言葉だけははっきりと私の耳に届いた。


「しおり?」


 私の異変に気が付いたしとねちゃんが、若干苛立たし気な表情を浮かべながら声をかけてくる。私はしとねちゃんと目と目をあわせた。しとねちゃんの顔はすでにピンク色の液体で所々汚れていた。その鮮やかなピンクは当たり前だけれど、この講堂一面を染め上げている色と全く同じ色だった。


 ベースを弾かなきゃ。そう思えば思うほど、私の身体は私に歯向かおうとする。先ほどまで私をフォローしてくれた私の指先も、この大一番で集中できずにいる私に愛想をつかし、先ほどから自分勝手に爪先のささくれを掃除していた。


「早く、準備して」


 しとねちゃんの向こう側に、何か異変を察知した聴衆がこそこそ話をしている様子が見えた。一曲目と二曲目で高まっていたボルテージは急降下し、講堂内の気温は外の冷気に冷やされ始めていた。講堂の床にできたピンク色の液体は酸化を始め、少しづつ色がくすみはじめていた。


 私はこの場所にいてはいけない。私はそっとベースをベース台に置いた。しとねちゃんが私の行動に驚いて、私の腕を握ろうと手を伸ばす。私はさっとその腕を振り払った。正直自分でも何をやっているのかわからない。しかし、その時、講堂に近づいて来る一人の人間を目の端で捉えた。それは、やっぱり真由美ちゃんだった。人の波をかき分け、真由美ちゃんは少しづつこちらに近寄ってくる。そして、真由美ちゃんは不意に顔を上げ、私の方を見る。それが私が見たこともないほどに優しい表情だった。大丈夫。別にあの日のことなんて気にしていないから。真由美ちゃんはそのように私に伝えてきた。そして私は、無意識のうちにステージの上から逃げ出していた。

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