12
触れると崩れてしまいそうな静寂の中で、私は階段を登り、降り、もう一度登った。息があがり、足に疲れが出始めても、不思議と足は止まらなかった。それでも私は二階と三階をつなぐ踊り場でようやく立ち止まった。膝に手をつき、呼吸を落ち着かせる。立ち止まった瞬間から体の中の温度が急速に上昇していき、額や背中から一斉に汗が噴き出す。先ほどの自分の行いや真由美ちゃんの言葉がフラッシュバックする。言葉にできない感情に突き動かされるまま、私はすぐそばに置いてあった掃除用具入れを思いっきり蹴り上げる。しかし、すぐさま掃除用具入れに蹴り返され、私の脛辺りに鈍い痛みが走る。私は蹴られた箇所を両手でさすりながら、その場でうずくまった。痛さと悔しさともどかしさで、私は泣きそうになった。
「どうしたの、しおり?」
私は顔を上げる。階段の上にはしとねちゃんが立っていた。しとねちゃんは通学用鞄を右手に持ち、後ろにギターケースを背負っていた。チェック柄のスカートをひらつかせながらしとねちゃんがゆっくりと階段を降りてきて、ボロボロになった私の真ん前に立った。しとねちゃんの瞳はヘーゼルグリーン色で、身体からはかすかに金木犀の香りがした。
「しとねちゃんこそどうしたの? 授業中なのに」
伝えたいことはたくさんあった。いっそのこと、しとねちゃんの胸に飛び込み、気の済むまで泣いていたかった。しかし、それだけしか言葉にできなかった。私が無理やり笑って見せると、しとねちゃんも私の意地を理解してくれたのか、私と同じように無理やり笑顔を浮かべてくれた。
「なんだか、全部馬鹿馬鹿しくなっちゃってさ。抜け出してきた」
しとねちゃんなりの私への気遣いだった。だからこそ、その言葉と表情が余計に私の心を傷つける。
「部室に行こ」
しとねちゃんの言葉に私はうなづく。少なくとも私たちにはやることがあった。バンドの練習をすること、そして学園祭でのライブを成功させて、世界を救うこと。でもその後は? 突然浮かんできた問いに胸の奥が苦しくなる。今はまだいい。でも、世界が終わるせよ、続くにせよ、その後私は何をすればいいの? 私は今までと同じように、今までと同じ距離感でしとねちゃんと一緒にいられるの?
私は階段を一歩ずつ登っていくしとねちゃんの背中に「待って!」と声をかけた。しとねちゃんが振り返り、「先行ってるから」とだけ返事をし、そのまま階段の影へと姿を消した。たった一人踊り場に残された私は急に心細くなって、「くそったれ!」となんだかわけがわからずに叫んだ。あまりに私の声がうるさかったのか、近くの掃除用具入れに思いっきり後頭部をどつかれた。