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十三話

 カタカタカタという小さな音で僕は目を覚ました。真っ暗な中で何かが揺れている。そして自分もわずかに揺れていることに気付いた。

「……地震か?」

 そう呟いた直後、体を揺らす揺れは突然大きくなった。ぐらんぐらんと縦に横にと揺れて、僕の全身はベッドの上で何度も跳ねた。机や棚に置いてあった物はガラガラと音を立てて床に落ちて、窓ガラスや壁は悲鳴のような音を上げてきしんでいた。大きすぎる揺れに、僕はベッドから立ち上がることもできず、そこにしがみ付くだけで精一杯だった。こんな強い地震、生まれて初めてだ。

 三十秒ほどすると揺れは治まって、その間に僕の眠気はどこかへ飛んでいった。ああ、怖かった……戻った静けさの中で、心臓だけがバクバクと鳴っている。生きた心地がしないとはこのことだ。ゆるゆるとベッドから下りて、部屋の外の様子を見るために扉を開けた。

「おお、エヴァン、怪我はないか?」

 廊下をのぞくと、隣の部屋から婆ちゃんが出てくるところで、そこには心配そうに手を貸す爺ちゃんの姿もあった。

「うん、大丈夫。そっちは?」

「わしらも怪我はない。イリーナは少し怯えているがな」

 婆ちゃんの顔は強張って、爺ちゃんの手をしっかり握っている。あの揺れじゃ怯えもするよ。

「父さん、母さん、エヴァン、無事か?」

 暗い廊下に出て一階への階段を見下ろすと、そこにはこっちに呼びかける父さんがいた。その後ろにはランプを持った母さんと妹、マルセロの姿も見えた。

「平気だよ。皆無事でいる」

「そうか。それならよかったが……」

 僕は爺ちゃんと婆ちゃんと一緒に一階へゆっくりと下りた。明かりは母さんの持つランプしかなかったけど、それでも居間の様子はわかった。壁や棚に飾っていた置物はことごとく床に散乱し、花瓶も割れて水浸しになっている。食卓の椅子も、いつもなら整然と並んでいるのに、今はそれぞれがばらばらな方向を向いてしまっている。それだけ激しい揺れだったということだ。

「ここって地震が起きる地域なの?」

 妹は緊張した顔で父さんに聞く。

「いや、滅多に起きないところだと思っていたんだが……」

「こんな地震、本当に珍しいわ。台所もめちゃくちゃよ」

 母さんが困ったように言った。この様子だと、結構な枚数の皿が割れたのかもしれない。掃除が大変そうだ。

「まだ夜明け前だ。暗い中で片付けるのは危険だろう。それは明日にしたほうがいい。とにかく、誰も怪我がないようでよかった。まだ落ち着かないだろうが、明るくなるまでは部屋で休んでいよう」

 父さんの言葉に、皆は不安そうにしながらも、それぞれの部屋へ戻っていった。僕も二階に上がって部屋に入る。暗い部屋の中を改めて見ると、本棚に並んでいた本はほとんど床に落ちていて、机の上に重ねていた文献類も周辺に散らばってしまっていた。この量を片付けるのは少々時間がかかりそうだ。内容の種類ごとに分けなきゃいけないし。朝までに片付くだろうか――そんなことを思いながら僕は片付け始めようとしたけど、やっぱり考えが変わって、再びベッドに潜り込むことにした。地震には余震というものがある。再び大きな揺れが起きて、せっかく片付けたものがまた落ちてしまうかもしれない。それじゃあ二度手間だ。完全に地震が治まったと感じた時でもいいか――そう思って僕は毛布にくるまり、目を閉じた。

 でも結局、地震はその一回しか起こらず、翌日に僕は早々に部屋を片付けた。それでもまた不意に地震が起きるんじゃないかと気持ちは身構えていたけど、日常を過ごしているうちにそんな気持ちや地震の怖さすら頭の片隅に追いやられて、一週間も経てばすっかり不安はなくなっていた。

 そんな時に、その男は現れた。

「君に頼みたいことがある」

「は……?」

 夕食を食べていると玄関を叩く音がして、開けてみると、そこには奇妙な服装の男性が立っていた。地面に付くほどの長いワンピース、薄汚れたマント、幾何学模様のような刺繍。どれも見たことのない服だった。装飾品を付けた腕や、フードをかぶった顔は日に焼けていて、僕はまったく知らない男性だった。

「あの、その前にあなたは誰――」

「世界は、もうすぐ滅びる」

 その言葉に、僕は瞬きをして警戒心を高めた。

「だから君に救ってほしいんだ」

 僕はすぐにまともなやつじゃないと判断して、穏便に言いながら帰ってもらおうとしたけど、男性はしつこく食い下がってきた。自分をラモン・パディリャと名乗り、僕に世界を救ってほしいと真剣に言ってくる。……ふざけた遊びにもほどがあるだろう。付き合いきれない。

「こんな時間に迷惑だ。早く帰ってくれ」

 そう言い捨てて僕は玄関を閉めた。男性も諦めてくれたようだった。でも翌日から、そのラモンという男に付きまとわれることになった。

 家の前で待ち伏せされたと思えば、仕事の昼休憩に急に話しかけてきて、このいかれた行動に少し恐怖を感じた僕は、聞いてほしいという話を聞くことにした。

 内容は、ほとんど作り話としか思えないものばかりだった。自分がイレドラ族とか、願いを叶える力を持っているとか、それで酔っ払いが世界を終わらせる願いをしたとか……。さらには僕にイレドラ族の血が流れているとかのたまうから、まともとは思えない嘘に呆れるしかなかった。

 でもいかれた男に付き合うほど、僕は暇じゃないし、家計はもっと大変だった。一応貴族の端くれではあるけど、下級貴族だと庶民と何ら変わらない生活だ。給料は平均か、それを下回る額で、家族六人を養うにはかつかつな状況だ。そこで僕は副業をすることにした。マルセロに職探しをしてもらっている間も、ラモンは僕の前に現れては西の山岳地帯にある里の聖域へ行けとか、家系図を調べてみろとか、およそ嘘と思われることを言ってきたけど、僕は今そんな場合じゃない。新たな収入で家族を助けなきゃいけないのだ。

 マルセロに町の宝石店での仕事を紹介された僕は、高額な報酬に働くことを決めた。でも仕事を続けていると、何だか妙なことをやらされ始めた。宝石は素人なのに、加工や研磨、鑑定書の清書とか……いかにも怪しい作業だ。だけど報酬は欲しい――僕は黙って続けた。家計を助けるためだと言い聞かせて。

 けれどやっぱり僕の疑いは正解だった。突然抜き打ちの査察が入ってきて、仕事場は大慌てになった。下水道から逃げろと言われて逃げたけど、僕は犯罪者になってしまったのだ。その表せない後悔と怖さは、僕の足を家につなぎ止めた。警察が捜しているかもしれないと思うと、安易に外出なんかできなかった。それでも仕事には行かなきゃいけないから、出勤と帰宅の道は不安を抱え続けていた。

 この騒動では、もう一つ問題が起きていた。家族のために玉の輿を狙っている妹には恋人ができたんだけど、その恋人ソラーノ君が、よりにもよって僕が働いていた宝石店の息子だったのだ。査察が入って逃げ帰ってきた僕は、その日のうちに妹に別れるよう話した。でも理由を言わない僕に当然納得するわけもなく、妹は怒り、口をきいてくれなくなってしまった。

 だけどその後、落ち込んだ様子の妹は僕を呼び止めた。ソラーノ君が学校に来なくなったと言い、彼の両親が捕まったことを知ったという。

「もっと早く兄さんの言う通りにしてればよかった。ソラーノに別れも言えただろうし……。本当、無視なんかしてごめんなさい」

「気にしなくていいよ。こっちもはっきり言わなかったことだし」

「それもそうだね。半分は兄さんのせいかもね」

 いたずらっぽく笑って言う妹に、僕も笑った。いつもの調子が戻ってきたようだ。

 でもその直後、妹の表情はなぜか真顔に戻った。そして瞬きをしながら僕を見る。

「……どうした?」

「ん、何か、前にもこんなことがあった気がして……」

 前にも――そう言われて、僕の中にもそんな感覚があることに気付いた。確かに、妹とこうして険悪な雰囲気を終わらせたことが昔あったような……。

「僕も、何でかそんな気がする……」

「兄さんも? 私は最近、こんな感覚がよくあるの。既視感っていうの? 何なんだろうね……まあいいか」

 笑顔を浮かべた妹と僕は、そうして仲直りを果たした。でも部屋に戻った僕は、窓から異様な光が浮かぶ夜空を目撃した。ゆらゆらと動く、赤や白、緑の光――不気味な光景だった。付きまとうあの男に、しつこく世界が滅ぶと言われ続けたせいか、本当にそんな気にさせる光だ。そんなことあるわけないんだ……そう言えば、前に家系図を調べてみろと言われたな。それであいつの嘘がばれれば、もう僕に付きまとわなくなるかもしれない。嘘の証拠を突き付けて追い払ってやる。うん、そうしよう。

 夕食後、僕は爺ちゃんの部屋へ行き、家系図を見せてもらうことにした。なかなか興味深いものだったけど、僕の名前が載る最後のページを見ようとすると、爺ちゃんは急に家系図を取り上げようとし始めた。何か様子がおかしい……僕はあれこれ理由を聞くけど、爺ちゃんの答えはどれも不自然だった。抵抗を続ける爺ちゃんに業を煮やした僕は、その手から強引に家系図を奪って見た。

「……これ、何……?」

 僕の名前の上には、はっきりと「養子」という文字が書かれていた。つまり、僕は家族の誰とも血がつながっていない……?

「本当なの? 爺ちゃん……」

「すまなかった。黙ってて……。だがこれはエステバンとルイサさんの意思だったんだよ。自分達が死ぬまで、このことは秘密にしたいと言われてな……」

 爺ちゃんの話では、父さんと母さんは後に生まれた妹との差を、僕が悪くとらえないために言わなかったという。そして僕の実の親についても教えてくれた。母親は爺ちゃんの遠い親戚の人で、病にかかり、この先僕を育てられないからと預けたそうだ。父親については話に聞いただけみたいだけど、どうやら王国の人間じゃなかったらしい。自分のことをあまり話さず、格好は奇妙だったという。奇妙……それはラモンの服装を見て感じたものと一緒だった。そして僕が養子という事実――実の父親はイレドラ族で、その血が僕に流れているかもしれないと、強く意識させるような話だ。あいつの言葉は本当なのか……でも、信じてしまっていいのか? まだわからない……。

 この頃から、治まっていたはずの地震がまた起こったり、町が嵐に襲われたりと、自然災害が人々を苦しめ始めた。離れたところじゃ干ばつや洪水、火山の噴火まで起こっている。こんなことが各地で、同時期に起こるなんて明らかに異常だ。世界がおかしくなっているとしか思えない。僕の中には、ラモンの話が嫌でもよぎってしまう。世界が滅びる――それを実現させるかのように、これまでにない大きく激しい地震に襲われた僕達は、そのせいで家を失った。本当に世界が終わるのかもしれない。ラモンの言う通りだというなら、皆と、世界を救えるのは僕だけということになる。全部信じたわけじゃないけど、何もせず死んで後悔はしたくない。行こう――僕は決断した。

 家族には西の山へ研究のために行くと言った。悪い状況の中、父さんは今のうちに好きなことをしろと皆に言って、僕にはこう言ってきた。

「……これが最後じゃないと思いたい。だが万が一そうなった時のために、エヴァン……お前に隠していた事実を教える。実は、父さんと母さんは、お前の――」

「知ってるからいいよ。養子のことでしょう?」

 父さんはひどく驚いて、その事実を知った僕の心をしつこいくらいに心配してくれた。血がつながっていなかったからって、父さんと母さんを嫌いになれるわけがない。なんとも思っていないと父さんをなだめて、僕は山へ向けて出発した。

 現れたラモンに道案内をしてもらい、彼が言うにはあと九日で世界が滅びるところを、八日かけて山に到着した。休憩もそこそこに、険しい道を登って、ようやくイレドラ族の里という場所にたどり着いた。でもそこは聞いていた通り、山崩れで砂と岩にすべてが埋もれていた。その中にはラモンの家もあり、今も家族が瓦礫の下敷きになっていると聞いて、不憫に思った僕はせめて埋葬をと、見つけてあげることにした。

 そして手をつかんで引き出した遺体は、死臭を放ち、肌の色も変わってしまっていたけど、その顔はどう見ても、ラモンに瓜二つだった。

「……聞きたいんだけど、あなたには兄弟がいたの?」

「いない」

「じゃあ、この人は一体、誰?」

 ラモンは遺体を見つめると、その顔付きを変えて言った。

「今頃、気付いた」

「何が?」

「これは、私だ」

 意味がわからない。何を言っているのか――首をかしげる僕に、ラモンは自分が山崩れで生き埋めになり、その後死んで魂だけが僕の元に来たのだと説明した。それを聞いてもさっぱりわからない。だってラモンはこうして目の前にいるのだ。触ることだって――手を伸ばして触れようとすると、僕の指先はラモンの腕をすり抜けてしまった。

「……え? な、何だこれ……!」

「私は、もう死んでしまったんだ」

 だんだん消えていくラモンは、世界を救ってくれと聖域の場所を指し示したけど、消えかけた手じゃわかりづらい。勝手に消えるなと叫んでも、成仏を止められるわけもなく、ラモンの姿はそのままどこかへ消えてしまった。まだ目的を果たしていないっていうのに、何もわからない僕にすべてを任せるなんて……。仕方ない。ここまで来たんだ。自力でどうにかするしかない。

 遺体を埋葬し終えて、少し眠っていた僕は、突如現れた父さんの姿に驚いた。聞けば母さんに、あなたも好きなことをしてと言われて、僕の研究が気になって後を追ってきたということだった。歴史的発見を狙う、父さんらしい行動ではあるけど、正直家族のことが心配だ。

 砂に埋もれた里の様子に、父さんはこんなところに人が住んでいたのかと興味津々だったけど、今はその調査より、ラモンの言った聖域と呼ばれる場所を見つけないといけない。僕は父さんに頼んで、一緒にその聖域を探してもらい、ラモンの示したほうへ向かった。

「ところで、エヴァン」

「ん? 何?」

「その、養子のことは、本当に気にしていないか……?」

 僕が町を出た後も、ずっと気にしていたのか――何とも思っていないと繰り返し言っても、それでも父さんは僕の心を心配する。

「本当か? 私やルイサに言いたいことや望むことはないか?」

 まったく、父さんは心配しすぎだ。

「今のままでいいよ。父さん達の子供になれただけで僕は十分幸せだ。そんな二人に望むことは――」

(望みは何?)

 え? 今、人の声が――父さんに聞こえたか聞いてみるけど、風の音じゃないかと言われてしまった。確かに上空で風が唸ってはいるけど……女の人の声がはっきり聞こえた気がしたんだけどな……空耳だったのかな。

「えっと……だから、望むことは僕にはないよ。でも、あえて望むとすれば、僕が養子だと知る以前の、皆が平穏に暮らしてた時まで戻りたいかな。そうすれば父さんも変に心配することは――」

(はあ……やっぱり、その望み……)

 溜息と共に、また女の人の声……風の音なんかじゃない。間違いなく、どこからか聞こえた。でも一体どこから――

「……こ、これは!」

 父さんの慌てた声に目を向けると、その視線は足下を向いていた。

「なっ、何だこれ!」

 僕は目を見張った。地面を覆う砂の隙間から、白く淡い光が無数に漏れ出ていたのだ。

「どういうことだ……砂の下に何かがあるのか?」

 驚きながらも父さんはしゃがんで砂を掘ろうとする。でも白い光は徐々にその強さを増して、ついには直視できないほど輝き始めた。まぶたを強く閉じても、白い光が僕の目の中に侵入してくるようだ。視界が全部、真っ白に塗り潰されていく――僕が憶えていたのは、そこまでだった。

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