フライング・ヘッドハンター(脱獄幇助)
ヴィオラの家を出て、モーリス男爵を脱獄させるメンバーが決まった。
私・ロマッリ・ケリマ、そして御者および情報収集にジーン。
アンナは出先でもエドガーの心配をして集中できないので留守番だ。
ミリエルは、ほんのわずかだがデーヒルの薬剤を口にしたことがあるらしい。
エドガーと共に解毒薬を飲んでおとなしくしてもらう。
「いいですか、誰かが訪ねて来たら地下に身を潜めるのですよ」
「はい!バイオレットお姉さま。ミリエルとアンナのことはご心配なく」
弟の私に対する態度が、少しずつ以前のモノになってきている。
抱きしめると緊張して固まってしまうが、いい関係に戻れそうだ。
「お嬢様!何度も言いますが、ズボンを履くなど許しませんからね」
「ですが――」
「ご自分でおっしゃられた通り、お嬢様は王家の血筋が入っているのです。そのへんの令嬢などとはわけが違います」
アンナとジーンは、ズボンを履く許可をくれないらしい。
ならばスカートの中を見せて飛び回るしかない。
大勢の兵士に私の下着を見せてやろう!
「ですから、私に秘策がございます。どうぞ、こちらをお受け取りください」
干してあったヴィオラの大きな薬草の葉っぱを取り出した。
炭でなにか書いてある様子だ。
私が手を伸ばすと、横から長い腕が伸びてきて葉っぱを奪う。
「なんだこれは?ふざけているのか?」
ケリマが私には見えない高い場所から葉っぱを見つめる。
そして、すごく不機嫌そうに眉を寄せて「ぷっ」と吹き出して顔を逸らす。
「……私に任せておけ。この通りにしておく」
ケリマはアンナに約束すると葉っぱを胸当ての中にしまった。
「できれば馬車を変えておきたいがな」
「申し訳ありません。そのような資金は……」
ロマッリが馬車を外から眺めて呟いた。
ジーンも同じ気持ちなのだろうが、先立つものがない。
私たちの馬車の特徴まで、領内の衛兵に伝達されてしまうのだろうか?
私たち4人は馬車に乗り込み、モーリスが囚われている砦に向かった。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
ザインツの町に向かう街道を南下するとブフィレの砦に到着する。
ブフィレの砦は、蛮族の襲撃があった時代に建てられた。
現在はその戦略的価値は失われ、周辺の農村と製材所を見守る施設となった。
ザインツの町からブフィレの砦まで1日半近く掛かった。
私は馬車酔いと、二人の悪口酔いを起こしていた。
ロマッリとケリマは何時間でも悪態を続けていられる超人だった。
口にするすべての言葉を悪口に変換できる能力を持っているに違いない……。
「虚弱な令嬢様は大変だなぁ。罪人男爵を連れ帰る体力は残っているのか?」
「大丈夫だ。虚弱でも魔力とは別だろ?メイドの絵を見ればわかる」
「ん?なんだこれは……。ぷっ、ハハハ。俺に縛らせろ!」
縛る???
なぜロマッリのような汚らわしい男に縛られなければならないのでしょうか?
「駄目だ!これは私の役目だ。このロープは私が馬車の中で作ったモノだぞ」
ケリマはロマッリと話しながら私の膝下を縛った。
そして、長いロープを取り出して腰紐のように巻く。
最後に、無言のまま腰に巻いたロープを私に持たせた。
「罪人にしか見えんな。牢獄に直接潜入する気か?」
「腰に巻いたロープで罪人を引っ張ってくるらしいぞ」
ケリマは私を足の先から頭まで眺めると「ぷっ」と吹き出して後ろを向いた。
「お嬢様。大変です!想定していた衛兵の数より、大勢が配備されています」
「また動きを読まれているのですか!?」
縛られた私を気にする様子のないジーンが報告をした。
こんな田舎の砦に大勢の衛兵を用意する必要はないはずだ。
カサンドラはどこまで私たちの動きを読み切っているのか?
「カサンドラは関係しておりません。衛兵を留めておく所領がないのです」
「なるほど……。お兄様はそこまで追い込まれているのですね」
町の領主宅や砦を失えば、大量の衛兵が路頭に迷う。
もちろん、後釜に座るカサンドラやその親族が雇い直す可能性は高い。
だが、兄のクリストファーに忠誠を誓った者たちを置いてはおけないはずだ。
「あんなお兄様にも、深く忠誠を誓ってくれる者がいるのですね」
「はい……」
ジーンが露骨に首を傾げた。
残念ながらその気持ちはよくわかる。
父に甘やかされて育った兄は、自分の否を決して認めない大きな子供だ。
人の手柄は自分のモノ。自分の失敗は人のせい。父もそうだったのか?
「外壁を越えられるなら、砦の裏の内壁から侵入は容易いはずです」
「木造だからわたしには楽勝だぞ」
ケリマは自慢げに私を見た。
「壁の通路にいるの弓兵はどうする気だ?」
「私と目が合ったヤツは全員刺す。上の衛兵全部刺す!」
よくわからないがケリマはとても楽しそうだ。
なぜそんなに人を刺したいのだろうか。
「私はこんな罪人の格好で侵入したら、末代までの恥になりませんか?」
「少なくとも膝下を縛ればスカートの中は見えません。アンナと考えました」
なるほど。
ジーンもこの罪人スタイルに関わっておりましたか。
腰に巻いたロープを掴ませるのも、モーリスに触れさせないためでしょう。
「囚人が表に出る時間帯はわかりましたか?」
「昼に一度中庭に出ます。モーリスは数人の部下と共に書類仕事を手伝わされているそうです。彼らは夕方に仕事を終えると、日が落ちるまでの時間は中庭でのんびりできるらしいですよ」
さすがジーン。
彼ほどハーディング公爵領内の使用人たちに顔が利く者はいない。
使用人がいる施設であれば、すぐに欲しい情報を聞きだせる。
「日が落ちるまでとは残念だな。夜中だったらケリマを発見できる生き物などいないんだがな」
「いるわ!余裕で見つかるわ!その辺の子供にも見つかるわ!」
ケリマには悪いが、夜中に馬車の外で出会ったときは心底驚いた。
足音もなければ気配もしなかったのだ。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「では参りますね。ジーン私の脇を支えてください」
「そ……そんな、なりません!」
ジーンが顔を真っ赤にして私に触れることを拒否した。
そんなに嫌なら仕方あるまい。
「これでいいか?」
ケリマは後ろから私を軽く持ち上げた。
あなたは燃えますよ?
「ジーン。腰のロープを上に持ち上げるようにしていてください」
「俺にやらせればいいのに、めんどくさい連中だな」
ロマッリが拗ねるが、彼のような怪力男に頼むのはゴメンだ。
ジーンがロープを引っ張って、上方向に力をいれた。
< ジェットブースター >
私は背中に現れた巨大な鉄の箱で倒れそうになる。
それに気付いたジーンがロープに力をこめて私を支える。
< ブースト・オン・弱 >
―――フボォォー!ボッ、ボッ、ボボ!
アドリブで無言詠唱に弱を混ぜてみたが、おそらく成功だ。
一気に飛び上がらす、軽く上昇した状態を維持できる。
「おいおい、ホントか!?こいつ、実はすごいヤツなんじゃないか!」
「飛行魔法を使えるヤツなんて、数えるほどしかいないはずだろ?」
ロマッリとケリマが目を大きく見開いている。
二人の度肝を抜いた、というヤツでしょうか?
散々いじられてますから、少しスッキリします。
「私が失敗して警鐘を鳴らされたり、騒ぎになったらジーンは馬車の準備を。お二人は……。あまり人を殺さないように」
「了解だ!」
「刺すだけに留めておこう」
殺しそうな気がするが、そのときは私の失敗だから仕方がない。
< ブースト・オン>
―――ボォォオーオオオーー!!
再点火して軽々と外壁を超えた。
ジーンたちの目には、私が赤く染まった空を泳いでいるように見えるはずだ。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
―――ゴォォーオオオーー!!
砦の内壁がだいぶ下に見えた。
砦の中庭に人らしきものが見える。
どれがモーリスかはわかるはずがない。
< ブースト・オン・弱 >
―――ボォォー!ボッ、ボッ
ブースターを調整して上手に落下することができている。
たまに火柱が上がって体が浮き上がるが、練習次第で改善できるだろう。
「モーリス!」
モーリスを発見した。
祖父のお気に入りの部下だったモーリスとは何度か話した。
初老といっていい年齢のはずだ。牢獄暮らしはきついだろう。
「モーリス!!」
まだ私の声には気付かない。
内壁の通路に立つ衛兵が大きく口を開けて私を見ている……。
「モーリス!助けに来ましたわよ!」
ようやく私に気付いたモーリスが呆然と私を見つめる。
「バ、バイオレット、バイオレットお嬢様!?」
私はモーリスのすぐ隣で軽く浮き上がっている。
モーリスの側で見張っているはずの番兵も、呆然と私を見ていた。
「このロープを手に取るのです!今すぐに!」
私の叫び声に呆然としていたモーリスが慌ててロープを掴む。
ゆっくりと上昇しながら、勝利を確信した私は笑みをこぼした。
< ブースト――
「モーリス様?お供します!」
「私もお願いします、妻と子供が!」
私の腰のロープから凄まじい重みを感じる。
腰骨が折れる!
いや、体がちぎれる!
「お二人は、手をお離しなさい!」
私の呼びかけに応じず、モーリスの部下たちは必死にしがみついている。
モーリスも苦痛に顔を歪めているが、二人が手を離す様子はない。
ブースト弱状態のまま私は前へ進む。
番兵までしがみついて来たら終わりだ。
「離して……、離してください」
モーリスの部下がしがみついたまま、遂に内壁にぶつかってしまった。
< ジェットブースター ・解除 >
「ぐはっ!」
モーリスの苦悶の声が響いた。
部下に妨害されるとは、まったくの誤算でした……。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
―――カン!カン!カン!カン!
砦の警鐘が鳴らされた。
本当に残念だ……。
大勢死人が出ることになってしまう。
「弓兵が!お気をつけください!」
モーリスは私を守るように前に立った。
「皆さん私について来てください!」
―――ズサァー
そりゃコケますわね……。
「私の足の縛めを解いてください。早く!」
モーリスの部下たちが慌てて私のロープを解き始める。
なぜ縛られたまま空から降って来たか不思議で仕方ないだろう。
使用人のアイデアで縛られているなんて、私にだって意味がわからない。
「ありがとうございます。それでは私の後に!」
私は内壁の通路に上がる階段の方へと向かった。
彼らはそのまま階段を上がると思っているだろう。
「皆さん!階段の下で身を縮めてください!」
呆然とするモーリスたちを階段下に押し込む。
その場所なら内壁の通路に立つ弓兵から矢を受けることはない。
もちろん、矢が当たるポイントはある。
そこに私がいなければだが。
さて、火炎放射兵になるべきだろうか?
ここの牢獄の番兵や城壁に立つ衛兵は平民だ。
炎を使うまでもなく、殴り倒せばいい。弓もおそらく通らない。
だが、迅速に複数を制圧できるのか?
炎を撒く?
それならば簡単だ。下の衛兵全部焼く!まるでケリマだ……。
『ミリタリー魔法全集』に『ミリタリー未満!』『ミリタリー失格!』
などの記載が存在する。
これは、祖父のミリタリー基準を満たさなかった失敗作だ。
だが、私の一番のお気に入りの魔法がある。
それは、『ミリタリーの風上にも置けない!』と祖父を激怒させた魔法だ。
私は魔法を使ったことで死んだお母様を裏切った。次は祖父まで裏切るのか?
「待たせたな!小娘女王!」
「ケリマさん!さすがに早すぎですよ!」
夕日を背に内壁の上から、ケリマがカッコ良く私を見下ろす。
もし、男性だったら相当なイケメンに映ったに違いない。
「そんなに褒めるな。楽勝だ!」
ケリマはニヒルな笑顔を作って頬を拭った。
手に持っているナイフから「ドロリ」と気持ちの悪い黒い塊が落ちた。
よく見るとケリマの頬や首、胸元は返り血だらけだ……。
< サプレッサ・ライオット >
あの人はやっぱりただの殺人鬼だ……。
お爺様に嫌われたって仕方ない。
大勢死人を出すよりマシだ。ミリタリー未満の魔法で兵士達を鎮圧する!
アンナの秘策を用いてフライングヘッドハンティングを仕掛けました。
結果は、あと一歩、牢獄の番兵よりモーリスの部下の方が早く反応してしまいました。
次話は、バイオレットが本気の近接戦を行います
※ブックマークありがとうございます
PVが増えるのもうれしいけど、たぶんF5連打サイバー攻撃でも増えるからなぁ……