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錬金術師宅で終わる語。始まるおとぎ話。

 

 ザインツの町の東門から目的の村に到着すると辺りは暗くなっていた。


 腕のいい錬金術師がいるとは思えない、普通の農村に案内された。

 錬金術師宅も一般的な農民が住んでいるような小さな家屋だ。

 町の錬金術師を探したほうが良かったのかもしれない……。



「ヴィオラ。おい!出てこい飲んだくれ!負け犬!闇薬剤師!ショタコン!」

「ロマッリさん!やめてください。私になんの恨みがあるんですか?」


 侮辱の嵐に耐えかねたヴィオラが飛び出してきた。

 ヴィオラはボサボサの長髪で汚れた白衣を着ている。

 ちなみに、ロマッリは一度もドアを叩かずに罵詈雑言を浴びせていた。


「子供が病気だ、診てやれ。カードで負けた借りを今すぐに返せ!」

「なんの準備もしてないんですけどぉ?病気ってなんの病気ですか?」


 ジーンがエドガーを中に運んだ。

 私たちもそれに続いて家の中に押し入る。



 ヴィオラの家の中は、色々な薬草や気味の悪い肉塊が吊るしてあった。

 玄関からリビングと台所に至るまで、床にも正体不明な物が散乱している。


「ザインツの錬金術師では、ここまでの素材は揃えられないでしょう?」


 ヴィオラは腕を組んで、なぜか私に自慢げな微笑を向けてきた。


 ザインツの錬金術師の家は、こんなにひどい匂いはしないはずだ。

 彼女は異臭に気が付いていないらしい。


「エドガーお坊ちゃまは、早朝から熱が引かないんです!」

「エドガー様はデーヒラの薬剤を飲まされています。私の分まで……」


 アンナとミリエルがヴィオラに症状を訴えた。

「デーヒラ?」ヴィオラは記憶を辿るように視線を上に向けた。


「はいはい、奴隷薬ですね。なら解毒剤でも作りますか」


 ヴィオラは納得して口笛を吹きながら吊るしてある薬草に手を伸ばす。


「奴隷薬だと?聞いたことがないぞ」


 ケリマが険しい顔をしてヴィオラを睨んだ。


「ケリマさんは西の大陸の人でしたね。西は奴隷に薬なんて使いませんねぇ」

「未だに戦火が絶えないからな。奴隷なんてすぐ手に入る」

「でしょうね。ここヴェルシナーク王国は、人を売買するような大規模な戦争をしたことがありません。所領のやり取りで片が付きますから」


 私は奴隷を目にした事がない。

 農場まで出向けばいるのかもしれないけど。


「南の国々では長期間戦争があったので、その時期に奴隷を買い付けました」

「薬も南の国から買ったのですか?」

「ええ。といっても、デーヒラの薬剤は捕虜に使用する為に開発されました。捕虜の記憶を混濁させて”自国の人間の陰謀で捕まった”と洗脳するためです」

「なるほど。薬の存在が知られるまでは、使える手だな」


 ロマッリが楽しそうに言った。


 身代金を払った捕虜が、自国に憎悪を抱えて戻ってくるのは脅威だろう。

 その原因が判明した場合、捕虜の交換が行われなくなってしまう。

 残った捕虜たちはどうなってしまったのか……。


「ヴェルシナーク王国では、奴隷を従順にするためにデーヒラの薬剤を使用しました。継続的に使用する必要がある上に、副作用がありましたけどね」

「まったく採算が合わないだろうな」

「はい。奴隷薬として輸入しましたが、コストが掛かるばかりでした。だからすぐに売りに出されましたよ」


 薬の材料を見つけたヴィオラが、ニヤニヤしながらすり鉢で薬草を潰す。


 さらにひどい匂いが充満してきた。

 笑顔の理由がまったくわからない。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



「教会送りにされた子供にデーヒラの薬剤を使うのは、従順にするのが目的なんですか?」

「消したい記憶が消せるかはわかりませんねぇ。ただ、幸せな記憶がなくなるほどコントロールしやすくなるでしょうね。教会の人間が善人面をして子供たちに幸せな記憶を植え付ければ、子供たちは奴隷同然になるでしょ?」

「黙れ!ヴィオラ!貴様下衆か?」


 ケリマが怒鳴って家の中で唾を吐いた。

 アンナが祈るように指を組んで口を開く。


「あの……、デーヒラの薬剤による副作用というのは?」

「ああ、確認されているのは失明・腎不全・心臓の機能低下かな?発熱は正直良くわからない所がある。記憶を無理に呼び起こすからだろうけど、相当な頭痛がするんじゃなかったかな?大人でも悲鳴を上げていたよ」

「チッ!」


 ケリマは舌打ちをして、バツが悪そうに下を向いた。

 アンナは声も出さずに泣いている。


 馬車で何度もエドガーに質問をすべきではなかったようだ。

 ひどい頭痛がしても、なんの躊躇もなく私たちの為に魔法を使おうとする。

 私には出来すぎな弟だ……。



「お嬢様も顔色が優れませんよ。お疲れになったでしょう」


 泣き止んだアンナが私の額に手をやった。


 気が立っているせいで疲労を感じない。

 でも、今日は色々ありすぎた一日だった。

 魔力も相当使ったはずだ。


「私のベッドは使わないでくださいよ!」

「ん?寝室とベッドは既に小僧が使ってるに決まってるだろ。メイド、小僧の隣になにか敷いてやれ」


 勝手に家の酒をラッパ飲みするロマッリが言った。


「待ってください!私はどこで寝ればいいんですか!?」

「冗談だろ?お前は酒場でゲロに埋もれて寝れる女なんだぞ?能力を活かせ」

「どうせ徹夜だ。できるまで寝かさないからな」


 ロマッリとケリマに無茶を言われたヴィオラは涙目になった。


 なんか申し訳ない……。

 私たちのせいでこの人の一日が台無しだ。

 しかも、私たちはろくな謝礼もできない。


「お嬢様、寝室は換気もしておりますからね」


 アンナが笑顔で耳打ちした。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



「お兄ちゃんが魔法を使えと言ったからですよ!」

「ほんとかい?そう言われれば、そうかもなぁ~?」


 ミリエルとエドガーの声がして私は目覚めた。

 外はすっかり明るくなっている。

 魔力を使いすぎたせいか、すぐに寝入って今まで目が覚めなかった。


 私が目覚めたのに気付いて、エドガーが慌てて跪こうとする。

 しかし、ミリエルが肩を掴んでそれを阻止した。


「ありがとうミリエル。二人ともおはようございます」

「おはようございます!」


 二人が並ぶとまるで本物の兄妹に見えた。

 私と並ぶと、きっと弟は居心地が悪そうな雰囲気を出すだろう……。



 リビングに向かうと昨夜より床がだいぶ整理されていた。

 そこにアンナとジーンが眠っている。

 きっと二人はエドガーの看病をしてくれたのだろう。

 叶うならベッドで寝かせてあげたい。


 ロマッリとケリマは台所で座ったまま寝ていた。

 二人ともかなりの数の酒瓶をテーブルに転がしている。

 そして、ヴィオラは床で吐瀉物に埋もれて白目をむいていた。


 そうだ。

 見なかったことにしよう。



 私は表に出て春の心地良い新鮮な空気を吸う。

 この家からは、農民たちが畑仕事に向かう様子が見える。

 きっとロマッリのおかげで、まだ追っ手はついていないだろう。


 私が幽閉されていたときに立てた計画を打ち明けるべきだろうか?

 アンナとジーンの計画は状況だけでなく、物理的にも不可能だ。

 あと20日近く逃亡を続けて、王子との結婚を交換条件にして、

 ”使用人の二人を国外追放で許してもらう”この計画も厳しい。


 世の中には、ロマッリやケリマみたいな賞金稼ぎがいるのだ。

 私一人だけならまだしも、皆を守るのは不可能に近い。

 人を雇う資金もない……。


 アンナとジーンだけを逃亡させて、事が済んでから伯父様を頼ってもらう。


「やはりこれが最善ですね!」


 私は大声を出して少しスッキリした。

 幽閉されていたときの計画を理解してもらうしかない。

 二人の未来を取り戻す道が最も大事なのだから。



 ―――ピシャッ


「おうぇぇぇー!」


 醜いおっさんの嗚咽が響いた。


「おい!信じられるか?あの目玉を漬け込んだ酒、なんと……、なんでもない」


 私に言うべきでないと判断したのかロマッリは首を横に振った。


「追われてるんだからこんなとこでボケッと突っ立つな。早く入れ」


 ロマッリの指示に従って私は家に戻った。

 後ろでまた、ビチャビチャと気味の悪い音が響いている……。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



「俺たちも聞くに決まってるだろ?ソウルメイトだぞ」

「だな。なんか、そういうメイトだ」


 暇を持て余すロマッリとケリマが退席を拒んだ。


 ただの野次馬だと思うのですけど……。

 消えてくださらない?

 などとは、私には言えない。


「ミリエル。エドガーは、まだ治ったわけではありません。寝室で寝かしつけてくれますか?」

「はい。バイオレット様」


 私の緊張をエドガーは察したのか、心配そうに何度も振り返った。

 弟の気遣いが嬉しくて自然と笑みがこぼれる。


「ヴィオラ、あなたも下がりなさい」


 私は見知らぬ平民に対する態度を取った。

 こんな態度を取るのは嫌いだ。

 だが、ヴィオラまで巻き込みたくない。



「よし!邪魔者は消えたな。どんな面白い話をするんだ?早く聞かせろ」


 ロマッリは上機嫌だ。

 彼が嘔吐しているときに、皆を集めれば良かった。


「ジーン、アンナ。あなた達が尽力して、伯父様に私たちを庇護する約束を取り付けて下さって、本当に感謝しています。ありがとうございました」

「とんでもございません」

「当然のことをしたまでです」


 二人のうれしそうな顔を見るのが辛い。


「ですが、それは不可能です。伯父様は隣国にお住まいとはいえ、私たちの罪状を消す権限はありません。ヴェルシナークとの関係も悪くできませんから、王子の婚約者である私を返さなければ、伯父様が自国の王に罰せられるでしょう」

「そんな……」

「そうだろうな。貴族が絶対だと思っているヤツにはわからんかもしれんが、貴族だって国王の前じゃ平民と大差はない」


 特にジーンは悔しい思いをしているだろう。

 隣国とはいえ、外国の旅は楽ではなかったはずだ。


「二人が幽閉中の私を助けに来るなど、夢にも思っていませんでした。幽閉されてから家庭教師の先生たちともお会いできませんでしたから、いつも一人ぼっちで空想していたのです」


 お爺様著作『ミリタリー魔法全集』を床下に置いているのは内緒ですけど。


「王国の最果てにあるという魔獣の巣から魔獣達を全滅させて、私たちの安息の地を作ったり、ダンジョンを奪い取って住まいにしたり。一人でも夢物語を考えるのは楽しかった」


 すぐに現実と向き合うことになりましたけど。


「そんな楽しい空想を捨てる出来事が起きたのは、カサンドラが2度も面会に連れて来たゲルルク第三王子に会ってからでした」

「豚王子とか言ったか?不細工すぎて吐き気でもしたか?」

「この禿げチビ王子よりひどいのか?」


 二人の茶々は無視しよう。


「ゲルルク王子は、ずっと私を好きだったそうです。私が10歳の頃から。あのミリタリー魔法で貴族を混乱に陥れた姿を見てです」

「お嬢様の美しさではなく、あの漆黒の悪魔を見てですか?」

「あ、悪魔?ええ……。ゲルルク王子はあの外見からずっと馬鹿にされて来たそうです。兄弟や使用人、果ては領民の陰口まで、事細かく記憶されておりました」

「記憶力だけはいい豚か?いや、豚は元々賢かったか?」


 ゲルルクは評判と違って頭の回転は速かった。

 ただ残念な方向に向かっていた。


「王子は魔法を使えないフリを続けているのです。彼にとって学びたい魔法が見つからなかったから」

「じゃあ、お前のアレを使いたいのか?」

「ええ。私と共に世界を炎で包み込みたいと……。二人の狂気があれば、どんな困難が待っていようとも、世界を全て灰にできると……」

「そりゃ女なら誰しも、一度はされていみたい熱烈な告白だなあー」


 ケリマが死んだ目をして呟いた。


 たぶん私も同じような目をして話を聞いていたはずだ。

 もしあれが求婚だとすると吐き気しかしない。


「そしてゲルルク王子にミリタリー魔法を教える気があるなら、お兄様の地位剥奪を取り下げさせ、エドガーに伯爵領を与える。その提案をカサンドラがして来ました」

「あの女のどこにそんな権限が!?」

「またお嬢様を唆すつもりか!」


 アンナとジーンが声を荒げた。


「カサンドラの実家は、ミラージェス家だったな?あいつら隣国の出身だろ?ザインツの町の商人は、ミラージェス家を得意先にしてる連中が増えていたぞ」

「公爵家を乗っ取るかたわら、破滅主義の王子を炊きつけてるわけか」


 ロマッリとケリマは当事者の私たちより詳しそうだ。


「カサンドラは口にしませんでしたが、ミリタリー魔法に相当興味を持っているはずです。ですから、いっそカサンドラとゲルルク王子にお教えしようかと」

「お嬢様!?気は確かですか?」

「亡くなったジェラードお爺様に申し訳が立ちませんよ」


 二人の言葉を聞いて、私の口の端が歪む。



 ―――ドゴーン!!


 ロマッリがテーブルに思い切り拳を叩き付けてヒビを入れた。

 肉食獣が見せるような顔で激怒して私を睨み付ける。

 あまりの形相に鳥肌が立った。


「お前が怒るとこうなるからやめろ。怒ると言葉が出なくなるからタチが悪い」


 ケリマは肩をすくめた。

 ロマッリは「ギリギリ」とハッキリ聞こえる歯ぎしりを残して席を立った。


「ガキが死んでもいいって顔をするな……。見せられるこっちが辛いんだぞ?」



 言葉にする前に顔に出ていたのかもしれない……。

 私はゲルルクとカサンドラをミリタリー魔法をダシに誘い出すつもりだった。

 王国のガンである二人を討ち取れば、自分が処刑されても安い物だと思った。


 そして、アンナとジーンを追い詰めるものはなくなると思いたかった……。


 なぜ気付かなかったのだろう。

 アンナとジーンを絶望させているのは、この私だ。

 自分の命を軽んじる私に絶望して、真っ青な顔で頭を抱えている。


 私は彼らの主人だと認めてもらったはずなのに。



 ―――パタン


 床が外れた?


「バイオレット様!いえ、バイオレットお姉さま!私は賛成です。断固として賛成いたします!」

「私も賛成します!お手伝いします!」


 地下からエドガーとミリエルが這い出してきた。


「私は反対ですけどね」


 呼んでもいないのにヴィオラも這い出してきた。


「私たちの安住の地を作りましょう!こんな王国いらないですから」

「私は帰るところがありません。どこの国にいても同じです」


 子供たちの言葉を聞いてアンナが笑顔に変わった。


「おとぎ話かもしれませんね。でも、いいじゃありませんか?だって、私もジーンもお嬢様の為に死ぬことばかり考えているんです」

「そうだな……。お嬢様は私たちの為に、エドガー坊ちゃまの命さえ差し出す気でいらっしゃる。誰も幸せにはなれませんよ?」


 ジーンも顔色が戻ったようだ。


「来い!ロマッリ!面白くなってきたぞ!今拗ねてると一生後悔するぞ!」



 みんな笑顔になったのは初めてかも知れない。

 馬鹿馬鹿しいおとぎ話。


 でも、誰かの為に死ぬ話はそろそろ終わりにしてもよろしいですよね?



エドガーの熱は解毒剤のおかげでだいぶ緩和されました。

バイオレットの失言を聞いて、子供たちは夢物語で話を逸らします。それが採用されるとは思わずに


次話:建国作戦会議(春会議)

とうとう話が動き出します。

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