解凍作業と町での出会い
さわやかな春の朝を迎えていた。
朝霧に包まれた木々の間から見える木漏れ日は幻想的な美しさに満ちている。
凍りついた木々からは冷気が漏れ出し、それに触れた小鳥の悲鳴が響いた。
私の発する「ガシャコン」という素敵な作業の合図。
「ブゥオオオオオオオォォーーーーーー!!」という温かみ溢れる音楽。
呼吸するたびに「ふしゅぅぅぅぅ」とマスクから漏れ出す甘い吐息。
そして、漆黒の火炎放射兵の凛々しい立ち姿。
街道を通りかかった農民や旅人が腰を抜かして来た道を戻って行った。
教会に向かう巡礼者たちは、地面に突っ伏して神に助けを求める。
町の市場に向かう野菜売りは「命だけは!」と野菜を差し出した。
そんなさわやかな春の朝。
まるで悪夢……。
「お嬢様!息を吹き返しました!」
解凍した騎士の1人が呼吸を始めたようだ。
心臓に耳を当てていたジーンがロープで騎士を縛る。
騎士の甲冑は、解凍中に崩れてしまった。
『低温脆性破壊』祖父が力説していた現象だろう。
甲冑が砕けたのに人が無事なのは不思議だ。
通常の冷却魔法で人が蘇生したという話は聞いたことがない。
ただし、フロストドラゴンと戦った勇者の物語では定番の話だ。
ドラゴンに冷凍された一行が、魔法使いの炎で復活する話。
弟は教会に預けられて、フロストドラゴンの呪いでも受けたのだろうか?
2人目の解凍を終了した私は、3人目の騎士の元へ向かう。
彼の馬は足が遅かったのか、2人と離れた場所で固まっている。
面倒だから他の騎士の馬から先に解凍してしまおうか?
全員が救助できなくても文句を言われる筋合いはない気がして来た。
「大変です!アンナ!アンナを呼んでください!」
私は騎士を介抱しているジーンに叫んだ。
3人目の騎士が遅れていた理由は馬のせいなどではなかった。
小さな女の子を後ろに乗せていたからだ。
おそらくエドガーより幼い女の子。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
私は女の子を丁寧に解凍した。
炎がほんの少しでも触れてしまわないように細心の注意を払う。
一番に助けるべきはこの子だった。だが後悔している時間はない。
「お嬢様!女の子の目が開きましたよ」
騎士の解凍作業に移った私に、アンナがうれしそうに声をかけた。
解凍作業を放り出して女の子に近づくことにする。
可愛らしい透き通った白い肌をした女の子だ。
教会のローブを着せられているのが残念だった。
エドガーもだが、茶色いくすんだローブを着せられている。
「えっ?あっ、ひっ!悪魔!?」
女の子は再び目を閉じてしまった……。
「お嬢様!その姿はおやめください!」
「あなたが私を呼んだのではありませんか……」
遠目から覗いたつもりだが、充分ではなかったらしい。
アンナさえ今の私から距離を取っている。
だが最後の騎士の解凍が済むまで、魔法の解除はできない。
―――ブオォォォォォー!
私は再び炎を撒き散らす。
弟の魔法の威力が高いせいか、氷を溶かすのに思ったより時間がかかる。
凍りついた森を元に戻すには、私の魔力が足りないかもしれない。
「バイオレット嬢!我々になにをしたのだ!」
馬の氷を除去している最中に、直前に解凍した騎士が大声を出した。
なかなかの生命力だ。
―――ガッ!
私は目覚めた騎士のアゴを銃部で殴りつける。
一撃で騎士は白目をむいた。
火炎放射兵の不思議な甲冑に身を包まれている間は、
相手の急所が手に取るようにわかる。
10歳のときも何人か殴り飛ばした気がするのはそのせいだ。
当然だが、この甲冑を装着している間は魔力を奪われる。
かなり耐火性能を誇る甲冑だが、中は蒸し暑くて息苦しい。
運動不足の私にとっては、体力的な負担も大きい……。
「お嬢様!騎士も馬もみんな無事でしたよ」
アンナが遠巻きに私を見ながら声を掛けてきた。
私は手を振って、森に入る。
「少し溶かしてから馬車に乗り込みます!」
背中の燃料樽には、まだ私の魔力が残っている。
銃部のゲージで魔力残量がわかるようになっているのだ。
魔法を解除してしまうと残りの燃料分の魔力も消失する。
弟が凍らせてしまった森は、できるだけ元の姿に戻しておきたい。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
凍れる森の被害を半分程度に留めて、私たちは出発した。
馬は街道に放置しておいて、騎士達を途中の村で解放した。
すぐに追っ手を出さなければよいが、彼らの良心に頼る他ない。
ザインツの町に馬車が到着したのは、昼を少し過ぎた頃だ。
私は飛行と火炎放射の魔法を使ったため、疲れて浅い眠りを繰り返した。
アンナは幸せそうな顔でエドガーに膝枕をしている。
そして何度も女の子の様子を見ていた。
「ようやく空いてる宿がありました」
ジーンが息を切らして馬車の荷台に乗り込んだ。
町の西門付近の宿屋には全て満席と断られたそうだ。
中央広場の宿には空きがあった。
できれば町医者に来てもらって、熱の引かないエドガーを診せたい。
「辛いでしょうがエドガーお坊ちゃまもお食事を取ってください」
ジーンがエドガーを抱きかかえた。
アンナは女の子を抱える。
町の繁華街に程近い宿屋に入った。
豪華とはいえないが、3階建てのため部屋数には困らないだろう。
「お部屋へご案内する前にお食事をこちらで取るんでしたね?」
疲れた様子の給仕の娘が、ジーンに声をかけた。
ジーンは長椅子にエドガーを寝かせ後、座ろうとしたがアンナに奪われる。
アンナはエドガーにべったりだった。
「あなたのお名前を聞いてもよろしいかしら?」
私は教会から来た女の子に尋ねた。
「ミリエルです。ホワイトフオード伯爵家の長女でございました」
ミリエルはしっかりとした口調で名乗った。
本当にこの子も教会送りにされたのだろうか?
弟とは全く違う態度を取っている。
「ミリエル、あなたは教会に送られたのですよね?」
「はい。わたくしは教会に送られて3年になります」
「なるほど。なぜ騎士の馬に同乗していたのですか?」
ミリエルは心配そうにエドガーを覗き込みながら質問に答えた。
「お兄ちゃん……。エドガー様と仲が良かったからだと思います。他にも騎士に同乗させられた子がいました」
切り札として使うつもりだったのだろうか?
私が再び飛行して逃亡を図ったら、彼らを人質として使ったかもしれない。
「ミリエルは教会へ戻りたいですか?」
「わ、わたくしは……」
ミリエルは下を向いて口を閉じた。
「バイオレット様!お願いです。ミリエルを逃がしてあげてください」
熱で顔が真っ赤なエドガーが体を起こした。
またバイオレット様ですか……。
お姉さまと呼んでもらえるには時間がかかるかもしれない。
「ミリエルは実家の記憶を忘れたくないのです!教会にいてはいけないのです!」
エドガーが願いを言うと、ミリエルが真っ青になって小さく震えだした。
教会はそんなに恐ろしい所なのだろうか?
だが、ミリエルまで連れて回る余裕はない。
「オーブリー伯爵。伯父様ならきっとなんとかしてくれますから」
アンナは笑顔でエドガーの頭を撫でた。
ジーンも微笑みかける。
そっちの話も片付いてなかった。
伯父様の元へ向かわない話をいつするべきだろうか?
問題ばかり増えていく……。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
おいしいです!
お肉は久しぶりです!
私は心の中で叫びながら鶏の手羽先を上品に切り取った。
幽閉中の食事は無残なものだったのだ。
それに比べれば、宿屋の食事は豪華すぎる。
この4年間の私の食事は、
大麦で作った黒パン・パッサパサなチーズ・豆スープ・薄めたミルク
昼晩2食とも同じレシピだった。運動しないとはいえひどいと思う。
それに比べてこの鳥は、夢にまで見た味がする。
ナイスミート!
「おいおい!この宿は、まだこんなものを出してるのか!?」
私の手羽先をむしり取った男が厨房に向かって怒鳴った。
「ぺっ!こんなもん食うんじゃない。血抜きもまともにできてないぞ」
手羽先に釘付けだった私の視線が、男の頭に止まった。
「お嬢ちゃん、やめときな。光に慣らしていかないと、目が潰れるよ」
男の頭に両手がかぶせられた。
私はその両手の肌の色に釘付けになり、顔を上げた。それも高めに。
アンナははしたないことに、口を大きく開けたまま固まった。
でもきっと、私たち皆はそんな顔をしていたのだろう。
「初めて見ただろ?日焼けした程度でこんなに黒くはならんぞ。火山にでも飛び込まなければな」
「黙れ!お前こそ溶岩でも浴びたんだろ?真ん中だけ見事に禿げ腐って」
火山の影響かは知らないが、黒っぽい肌の人を初めて目にした。
細身の女性でかなりの高身長だ。
男性であっても彼女ほど背の高い人物を私は知らない。
「禿げ腐ってないどいない!失礼なヤツだな。頭は光り輝いているだろう?」
若干自虐気味の禿げた男のほうは、女と比べてだいぶ背が低い。
私と比べてもそんなに差がないほどの小男だ。
鋭い目つきをしていたが、横髪だけ残して禿げているので愛嬌があった。
「ロマッリさん。料理にケチを付けに来ただけなら、さっさと帰ってくれ」
「そんなわけないだろマヌケ!お前のような暇人と一緒にするな」
ロマッリと呼ばれた小男は、背中からジャラジャラと音をさせた。
頭ばかりに気を取られていたが、体は相当鍛え上げられているようだ。
藍色の見事な光沢を放つ甲冑を着込んでいるが、まったく重そうに見えない。
灰色のマントも高価な生地で作られていて、見事な刺繍が目立つ。
「俺はお前らに用がある。正確には俺とケリマと、そしてこのギロチンがな」
ロマッリはとんでもなく巨大な刃を私たちに見せた。
取っ手の部分には鎖が付けられていたのだろう。
今はそれを外して、片手で軽々持ち上げている。
「気を付けろよ。この禿げの背中には、もう一本アレがぶら下がってるからな」
ケリマは私にウインクをした。
私たちの冒険はここで終了するのかもしれません。
弟の魔法の後始末したことでミリエルを助けました。
町では、息を吐くように悪態をつくロマッリたちと出会います。
次話は小男ロマッリとデカ女ケリマの実力が明らかになる、と思います。
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5の5……。まさか、知らない間に自演のボタンを押したのだろうか?