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エドガーの記憶と魔法

 

 ―――ゴォォオオオーー!!!


 轟音を上げながら弟を抱きしめた私は空中を進んでいた。


< 機動甲冑 >の失敗版< ジェットブースター >は欠点だらけである。


 1.目立つ。周辺にいる人々の注目の的だ。音もうるさい。

 2.凄まじく寒い。震えが止まらないほどだ。

 3.重すぎる。着地が怖い。

 4.防御が弱すぎる。特に正面からの防御は不可能。鳥すら脅威。

 5.魔力消費が大きい。火炎放射以上の濃縮した魔力を詰め込んでいる。


 そして、6……。

 これからわかる。



「お嬢様ーーー!!!」

「早く!早くお降り下さい!お願いでございます!!」


 街道で馬車を停めていたアンナとジーンが絶叫する。


「うおっっぷ」


 私がはしたない声を上げて着地する。

 弟を急いで放って両手を地面に付けて踏ん張った。


 4年以上も幽閉されていたせいで体力がない。

 運動能力が魔法に直結するのは、ミリタリー魔法ぐらいのものだろう。


< ジェットブースター ・解除 >


 背中の鉄の箱が消滅し、ようやく2本の足で立てる。

 久しぶりに大量の魔力を使ったせいか、立ち上がってすぐにめまいがした。



「エドガーお坊ちゃまぁー!」


 アンナはエドガーを抱きしめると大声を出して泣いた。


「お嬢様!バイオレットお嬢様っ!!」


 同時に私を叱り付けようとするが、感動が大きすぎて上手くいかないようだ。


「お嬢様は火炎の魔法をお使いになるとばかり……。まさかそれ以上にはしたない魔法をご使用されるとは……」


 ジーンは真っ青になってうな垂れた。


「えーっと?ショーツにパンタロンも履いてますから、ねっ?」

「ダメに決まっているでしょう!!!」


 ジーンは激怒寸前だった。


「お嬢様が、お嫁に行けなくなってしまいます。ひっ、くっ」


 アンナは嗚咽が出るほどに悲しみ始めた。


 悲しまなくても私には既に婚約を申し出て来た相手がいる。

 第三王子だから申し分ない相手だ。

 醜い外見と腐った内面を除けば、かなりの良縁だ。


「お嬢様は幽閉されてたとは言え、公爵令嬢であることを忘れてはなりません!もし、亡きセオドーラ様があのようなお姿を見たら、どれほど悲しまれるか」


 ジーンが悔しそうに涙を流し始めた。


 私は内心ドン引きだが、こうなることはわかっていた。


 物心ついた時から、太ももを人前に晒す事すら許されなかった。

 成人直前の私が、明け方とはいえ野外でスカートの中を見せて飛んで回った。

 止められなかった二人はさぞ無念だろう。


 だからといって、ズボンを履く事も許してくれないだろう。

 正直、今の私は男性に生まれ変わりたい気分だ。

 私が女である限り、ミリタリー魔法は全てにおいてはしたないのだから……。



 欠点6.貴族どころか町娘にすらあるまじき行為。スカートの中がまる見え。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



 私たちはザインツの町に向かう為、馬車を走らせていた。

 目的地を悟られないように、私は街道を迂回して飛行してきたつもりだ。

 だが、追っ手を巻いたという自信はない。目立ち過ぎたはずだから。


「お嬢様。とりあえず、お小言は後にしますからね!」

「はい……」


 アンナは私に厳しい視線を送ると、満面の笑みを浮かべた。


「エドガーお坊ちゃま!本当に、本当に無事で良かったです!」

「私はもっと早くお助けしたかったです。遅くなりまして申し訳ありません」


 アンナとジーンの二人をエドガーは不思議そうに見つめた。


「私はあなた達まで騙していたのですか?貴族のフリを?」

「フリなどではございません!」

「やはりもっと早くお助けすべきだったのだ!」


 ジーンが悔しそうに唇を噛んだ。


「もっと早く助けるべきだったとは、エドガーはなにをされたのですか?」

「あの教会に預けられる子供たちは、ほとんどが”落とし子”などではありません。どこかの貴族にとって都合の悪い継承権を有しているだけなのです」

「教会送りにされた子供たちが、本来の権利を主張すると困るのですね?」


 幼いエドガーには継承権の問題は発生していなかったはずだ。

 それでも、先を見据えるカサンドラにとっては邪魔だったのだろう。


「教会の子供たちは、お祈りによる洗脳が長期間行われます。その間、記憶が混濁する薬品も与えられるようです」


 アンナがエドガーを強く抱きしめた。

 私は体から力が抜けて、震えが始まった。


 弟も4年近く幽閉されていたようなものだ。

 薬品まで与えられていたなんて……。



 私は口を開く気力すら失っていた。

 弟と再会したら話したいことは山ほどあった。

 だが、私のことすら憶えていないのに、なにを話せばいいのだろう。


「エドガー様、憶えておいでですか?」


 アンナは笑顔でひたすら思い出話を繰り返していた。

 だが、エドガーは不思議そうに見つめて必ず最後に謝罪した。


「ごめんなさい。私が騙していたのですね」


 何度も口にするエドガーの謝罪の言葉が、私の心に突き刺さる。

 弟が私たちに謝ることなど何一つないはずなのだ。

 どうして、こんな幼い子供の記憶を奪い去れるのだろうか?



「いいえ。セオドーラお母様は、お母様ではありません」

「私はセオドーラ様の出産を手伝ったので、間違いなくエドガー様がご実子であると証言できます!バイオレット様もあの日のことは、憶えていらっしゃいますよね?」


 アンナが助けを求めるように私を見た。


 だが、それには答えず別の質問が思い浮かんだ。


「ねえ、エドガー。お兄様の名前を憶えていますか?」

「クリストファー様はバイオレット様のお兄様ですが、私に兄はいません」

「そうですか。では、お父様は?」

「思い出してはいけません!”落とし子”は父に捨てられた存在です」


 父の言葉を聞いたエドガーの目には、怒りが宿った。


「もう一度、お聞きします。私たちのお母様の名前は?」

「セオドーラお母様です!いいえ、セオドーラお母様は、バイオレット様のお母様です。セオドーラお母様は、私のお母様ではありません」

「はい……。わかりました……」


 私は流れ出たうれし涙を拭った。


 エドガーは、私を決してお姉様と呼ぶことはなかった。

 必ずバイオレット様と呼ぶ。

 それに対して、母のことを決してセオドーラ様とは呼ばないのだ。


「もしかして、セオドーラ様のことをなにか憶えていらっしゃるのですか?」

「……。私のお母様でないということを憶えているだけです」


 アンナの問いにエドガーは苦しそうに顔をしかめた。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



「神父様からこのペンダントを頂いたのです」

「これは、お母様のペンダントですか?」

「はい。セオドーラお母様のペンダントです。セオドーラお母様に言われたことを決して忘れないように、とこれを託されました」


 神父がエドガーの記憶を奪ったのだろうか?


「私はセオドーラお母様が亡くなる少し前に、あなたは自分の子供ではない、そうはっきり言われてしまいました……」


 今まで張り付いた笑顔を浮かべていたエドガーの顔がくもった。


「そんなわけありませんよ!薬品と洗脳で記憶を改ざんされたのです!」


 アンナが大声を上げた。


 私もそう思う。

 母がそのようなことを言う理由がない。


「私は、はっきりと憶えています。神父様はそれを忘れないよう毎日思い出すようにと言われました。あの日の雪山の冷たさも、セオドーラお母様の護衛達の顔やマスクも憶えています」

「雪山!?やっぱりおかしいですよ。あの年の秋は、エドガー様は雪山に向かわれる前に帰されたはずです」



 ―――ガタンッ!


「ジーン!」

「申し訳ない……」


 ジーンが呆然とこちらを見ていた為、車輪が石の塊を踏んだのだろう。


 エドガーが旅行から1月ほど早く帰されて、母が雪山に向かった年……。

 一緒だった父も雪崩に巻き込まれて亡くなった。

 もしエドガーも雪山にいたとしたら、母と父は冷凍されていたことになる。


 単なる仮定の話なのに怒りで頭がクラクラしてきた。

 両親が亡くなってから尽きることのない悲劇の中で、充分に味わった感情。

 もうこれ以上、負の感情など溜めていられないのに。



「あら?いい所にいらっしゃいますのね」


 自然と私の口元が皮肉っぽく歪んだ。

 まだ距離があるが、先ほどの騎士たちが迫っているのが見える。


 3人いるだろうか?

 ならば、手分けして追って来たに違いない。

 私の怒りの矛先は、きっと彼らに向うだろう。


「バイオレットお嬢様!エドガー様のお話を聞いてください!あんな連中、今は放っておきましょう」


 アンナの言葉に私は大きくため息をついて、頭を切り替える。


「エドガー。お母様に、あなたは自分の子供ではない、そう言われた時のことをはっきり憶えていると言いましたわね?」

「はい。雪山で何度もそうおっしゃいました……。私の周りにもセオドーラお母様の周りにも何人も護衛がいたのに……」


 エドガーはついに涙を流し始めた。


 私は胸が痛かった。

 これ以上、弟を苦しめたくないのに。


「エドガー様。セオドーラ様は氷の女神の化身と言われるほどの使い手でした。なぜたくさんの護衛がいたのですか?」

「洞窟に危険なモンスターがたくさんいたからです。セオドーラお母様はお一人で洞窟に入りましたが、父と私には護衛が必要でした」


 エドガーは苦しそうに胸を押さえた。

 そして、思い切り自分の足を殴り始めた。


「だから私は護衛たちと戻ったのです。なのに言うことを聞かなかったあの男は、何度も醜く助けを呼んでおりました!あんなに騒がなければ私たちまで戻らなかったのに!」

「エドガー?なんの話をしているのですか?」

「わからない!わからないのです……。お母様は私を自分の子供ではないと、何度も何度もおっしゃいました。私が頭に魔力を流されてるのを止めてくださいませんでした……。あの男は、私を助けろ!恩を返せ!などと。なぜ、あんなヤツを公爵と呼ぶんですか!?お姉様、あなたは恥かしくないのですか!?」


 記憶が混濁して支離滅裂なことをエドガーが言い始めた。

 混乱中のエドガーの両目に魔法陣が浮かび上がる。


 それはセオドーラお母様の子供であるなによりの証拠だ。

 私と母の目にも魔法陣が宿る。

 ただ、混乱して浮かび上がったりはしない……。


 とにかく今は、エドガーを落ち着かせなければ。


「エドガー。私の目をよく見てください。私の目の中にも、そして私の瞳に映るあなたの目の中にも、お母様がいらっしゃるでしょう?」

「魔法陣が浮かんでおります……」

「これは私たち親子だけの体質だそうですよ。私は一人きりで寂しい時には、魔法陣を浮かび上がらせてお母様とあなたを思い出していたのです」


 エドガーは私の瞳に映った自分の魔法陣を見て笑顔を見せた。


 少しは落ち着いてくれるだろうか?


「私の中にお母様はずっといてくれたのですね。だからお別れしたときも、何度も私に向かって魔法陣を光らせてくれていたのですね」


 私はエドガーを強く抱きしめた。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



 抱きしめたエドガーの体は、凄い熱を帯びていた。

 無理やり記憶を呼び起こしているせいだろうか?

 目に映る魔法陣が濃くなり、瞳孔が開いた。


「アンナ!私は後ろの連中を追い払います。エドガーをお願いします」


 一段落着いたとは言い難いが、後ろの騎士達にも対処しなければならない。

 馬には可哀想だが、炎を浴びせよう。

 騎士が落馬して怪我をするかもしれないが、命を奪うよりはマシだ。


「お姉様?なにをおっしゃられるのです。お母様が私たちの中にいるんですよ?」


 瞳孔が開ききったエドガーが微笑みながら首を傾げた。


「後ろの連中は、お姉様をどう捕まえるか?どこまで傷つけてよいか?そんな話をしておりました。お母様がお許しになるはずありませんよね?」


 馬車の荷台からエドガーが体を乗り出すように騎士達を指差した。


「ねえ、アンナ!バイオレットお姉様のお体をどこまで傷つけてよいか?そんな話をするヤツらを許しておけるかな?」

「……い、いえ」


 別人のようになったエドガーはアンナに了解を求めた。

 返事を聞いて満足そうに満面の笑みを浮かべる。


「我は太陽よりも古き物。闇の周囲に住まう物なり。ただ本来の在り様に戻るがいい。お前ら邪魔なんだよ!< プリミティブ・アイス >」



 ―――ピシャッ!ピキィィィィィィ!


「うっ!」


 私はあまりに甲高い凍結音を聞いて耳を押さえる。

 耳鳴りがしばらく収まりそうにない。


 エドガー!

 いつの間にか倒れていたエドガーを慌てて抱きかかえた。

 まだ耳の痛みは収まらない。


 アンナも耳を押さえて座り込んでいた。

 無言でエドガーを渡すと、馬車の後ろに広がる被害に目をやった。



 祖父が母との約束を破って、5歳の私に魔法を教えた。

 だから母は、弟に4歳から魔法を教えたのだ。

 だが、こんなものを母が教えたのだろうか?


 後方に迫っていた騎士達は馬ごと氷漬けになっていた。

 その周囲も、そしてずっと先の街道も、左側の森林も……。

 どれほどの範囲を氷漬けにしてしまったのだろう?



 私の弟はさらに厄介な事に巻き込まれてしまうのかもしれない……。

教会送りにされたエドガーは過酷な日々を送っていました。

魔法の素質は充分。それを今後に活かすのは多くの困難が待ち受けています。


次話は、弟の魔法の後始末と町でのある人物との出会いになります。

22時すぎに投稿できると思います。

よろしくお願いします。


※ブックマークありがとうございます。

こんなに早く10人以上がブクマくださるとは、ありがたいです。

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