火炎放射の多様な使用法
監視塔を下りた私とロマッリは、林の中からサイクロプスを観察した。
近づいてみるとサイクロプスの大きさに少し圧倒される。
私の身長はサイクロプスの膝の位置ぐらいしかないだろう。
「漆黒のアレになると、ヤツの岩をくらっても問題ないのか?」
「たぶん問題だらけだと思います……。ブヨブヨ甲冑なら大怪我をすることはないと思いますけど」
「爆弾処理?だかなんだか知らんが、あれを職人に見せる気か?」
ロマッリが険しい顔で私を見た。
ヒッチクリフの樽人間爆発熊の正体は、まだ私だと発覚していないはずだ。
もちろん、テオバルド辺りは、限りなく私が怪しいとは思っているだろう。
だが、ニュエルソーン王国の職人にわざわざ知らせたくはない。
「ロマッリさんの甲冑でも、さすがにダメージを受けますよね?」
「そうだろうな。まあ、距離を取れば、あんなもん食らう方が難しいだろうが」
「じゃあ、距離を取って引き付けて頂けますか?」
ロマッリは「本当にお前がやるのか」と呟いて、軽く頷いた。
巨大な一つ目を持つサイクロプスは、牛人間を目で追って狙いを定めていた。
相手が視力に頼る攻撃をするのなら、スタングレネードの使用が効果的だ。
私がスタングレネードを投げ、ロマッリが仕留める戦い方が理想的なはず。
手間をかければ、職人に姿を見せないで戦うことは不可能ではないでしょう。
けど、私は巨人と戦って勝っておきたいのです。
今後コフィの領主を宣言するに当たって、部外者に実力を見せておきたい。
やっぱり、私は宣伝が得意だったお父様の血を引いているのでしょうね。
「おい!ウスノロ!4ケリマ!そのゴミを投げつけてみろ」
林から出たロマッリは、サイクロプスを挑発した。
さらに、「ヒュンヒュン」とギロチンをつけた鎖を振り回して注意を引く。
「ガアアアアア!!!」
サイクロプスが叫び声を上げると、私の周囲の木々が振動で揺れた。
―――ドゴォォオ!!
サイクロプスは横投げで岩を投げつけ、ロマッリが立っていた地面をえぐる。
ロマッリは自分の首元ぐらいはありそうな大きな岩を簡単にかわした。
「遅いぞデカブツ!岩を投げるのも、岩を探すのもだ!低知能の愚か者め!」
大声を上げたロマッリは、右腕を振り下ろしてギロチンを地面に突き刺す。
そしてサイクロプスがギロチンを覗き込むと、ギロチンを素早く引き上げた。
「ウオワッ!ガアアアアア!!」
引き上げられたギロチンと共に土が巻き上げられサイクロプスの目に掛かる。
サイクロプスは目を押さえて怒りの声を上げた。
その様子を見て笑い声を上げるロマッリを横目で見ながら、私は林から出た。
簡単にサイクロプスの後ろを取れそうです。
切り刻んでよいのなら、ロマッリは易々とサイクロプスを倒すことでしょう。
一気に息の根を止める。もしくは、追い払うつもりなら、魔法の出番です。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
私は足音を立てないように、こっそりとサイクロプスに近づいた。
サイクロプスの背中まで10ケリマこと20Mほどの距離で足を止める。
そして、無言詠唱を行った。
< ドラゴンフレイムスロワー >
一日置いてからの火炎放射兵。
新鮮味がないので、なんだかテンションが上がらない……。
監視塔の職人たちは、「あれが漆黒の悪魔か」と陰口を叩いているだろう。
―――ガシャコン!
私が魔力燃料を銃部に注入した音が響くと、サイクロプスの肩が動いた。
自然界では発生しない音に気を取られたはずだ。
それでも振り返らないのは、ロマッリによほど頭に来ているからだろう。
―――プシャアアアアアア!
「ガアウ?」
さすがにサイクロプスは音と異様な感覚が気になって振り返った。
私は、噴射ノズルから大量の魔力燃料を散布している。
20秒もあれば背中の魔力燃料タンク1本が空になる勢いだ。
魔力燃料の性質上、ゆっくりと振り撒いている時間はない。
魔力燃料は外気に触れるとすぐに霧散してしまう。
正確には燃料としての性質を失い、属性のなくなった魔力が辺りを漂う。
地面に撒いて罠を張ったり、燃焼促進剤としての利用は効率が悪い。
外気に触れた魔力燃料の有効時間は長くとも30秒程度だ。
残念ながら何割かの魔力燃料は、外気に触れて数秒で霧散してしまう。
効率の面から言えばコストを度外視した使用法である。
ただし、爆発力には期待できる。
タンク1本分を空にしても、半分以下の魔力燃料しか着火できないだろう。
だが、一気に燃え上がるのだから攻撃力は凄まじいはずだ。
タンク2本分を使うこともできるが、1本目のほとんどを無駄にする。
「こっちだデカブツ!」
ロマッリは振り返ったサイクロプスの背中を斬りつけた。
「グウガアアア!!!」
ロマッリに向き直ったサイクロプスは再び岩を投げつけた。
注意をひきつけてもらったおかげで、タンク1本分の噴射が終了した。
魔力燃料は主にサイクロプスの左肩を中心に付着し、上半身に広がっている。
火炎放射で引火させることができれば、火ダルマになって逃げ出すだろう。
「いきますよ!ロマッリさん!」
ロマッリはなにが起こるかわからず、少しだけ後ろに下がった。
―――ガシャコン! ブオォォッ
私は2本目の魔力燃料タンクに切り替え、軽く火炎放射を行った。
―――ヒシュ! ドオオォオーーーン!!ブオオオオオーーー!
引火して……、爆発して……、燃えています……。
サイクロプスは声を上げることもなく赤々と燃えています。
上半身は骨も残らないでしょう……。
遠くの方で様子を伺っていたミノタウロスは、私を見て逃げ出しました。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
漆黒の火炎放射兵になっている私は、肩を落として監視塔へと向かっていた。
「よくやった、悪魔小娘!あんな技を隠し持っていたとはな。もったいぶらずに、オーガにも使えばよかったんじゃないか?」
ロマッリが笑顔で私の肩を叩いた。
「魔力燃料を噴射してる間に接近されますよ。あんなに燃えるはずでは……」
骨まで焼き尽くされたサイクロプスの映像が頭の中をよぎった。
「以前はなにを燃やしたか知らんが、脂肪がついていればよく燃えるからな」
以前燃やしたのは、古い家具だった。
脂肪や肉の方がよく燃えるのかもしれない。
だが、幼い頃と違って、魔力燃料の容量と密度が増えたのだろう。
「この辺までくれば匂いはせんからな。俺は忘れ物をしたから取りに戻るぞ」
ロマッリは私を置いて、サイクロプスの殺害現場に戻っていった。
< ドラゴンフレイムスロワー 解除 >
マスクが消失した私も、焼け焦げた匂いを感じることはありませんでした。
残酷な映像とひどい匂いをセットで記憶せずに済むでしょう。
モンスターと思えば気が楽になりますが、とても人には使えませんね。
翌朝、朝食を終えて作業現場に向かおうとするとロマッリに声をかけられた。
「今日はヴィオラの素材集めを手伝ってやれ」
「柱を建てた後、骨組みを作るんでしたっけ?そろそろ難燃剤が必要ですね」
「ん?そうだな。骨組みはすぐにはできあがらないけどな。今日はお前がいると、職人が怖がってしまって作業が遅れるだろう」
ニュエルソーンの職人たちも、漆黒の悪魔伝説を広めてしまうのでしょうか?
巨人を倒したことで名声を勝ち得たかったんですけど……。
私の強さよりも残虐な行いの方が広まってしまう気がします。
「ヴィオラ。必要な素材はどこで集めますか?」
「バイオレット様が守ってくださるなら安心です!燃え上がる巨人なんて初めて見ましたよ!」
「私だって初めて見ました……」
「採れるものなら魔力の結晶が欲しいですけど、川岸に生える植物で我慢しますよ。コフィはダンジョンの魔力の影響で、変わった素材が多いはずですからね!」
ヴィオラはやたらとテンションが高かった。
朝からワインを一本空けたことだけが原因ではないでしょう。
植物などが魔力の影響を受けるのなら、特産品が作れるのかもしれません。
私は借金の金貨90枚を早く返す方法を見つけなければならないはずです。
「バイオレットお姉さま。僕たちもお供してよろしいでしょうか?」
エドガーがミリエルと微笑みながら私を見た。
「もちろんですよ!戦闘になったら私の後ろにいるのですよ」
エドガーのためなら火炎だろうが爆弾だろうが躊躇せずに使いますよ!
「やりました!マヒナルド!お散歩の許可が出ましたよ」
ミリエルがマヒナルドに声を掛けた。
マヒナルドは、コフィに来てからだいぶ顔色がよくなった気がする。
だが、相変わらず歩き方がぎこちない。
いや、麻痺してるっぽい。
「ヴィオラ。騎士の体はよくなるのですよね?」
「はい。もうすぐ仕上がりますので、楽しみなさってください!」
ヴィオラが太鼓判を押すのならいいでしょう。
マヒナルドは幸せそうな笑顔を浮かべていますし。
私がとやかく言うことではないのでしょう。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
私たちは、監視塔や建設現場から北に位置する名もない川の川岸に来ていた。
川岸はほとんどが砂利で覆われていて植物など見当たらなかった。
ヴィオラは雑草がたくさん生えている土手の方で素材を集めているようだ。
「バイオレットお姉さま!魚どころかカエル一匹いません」
「ザリガニもいません!気持ちの悪い虫だけです」
エドガーとミリエルは浅瀬で水の生物を探していた。
深夜にモンスターがいたのが影響しているのか、食用の生物が見つからない。
なにか放流するにしても、川辺に現れるモンスターを排除するべきだろう。
マヒナルドは馬を走らせて周辺を監視していた。
馬術に自信があるのか、敵がいないのに槍を持ってポーズを決めている。
マヒが治ったらエドガーたちに馬術を教えてもらうべきかもしれない。
「マヒナルド!一人で遠くに行ってはなりませんよ!」
私の制止も聞かず、マヒナルドは突然馬を走らせました。
西の方角になにかを見つけたようです。
一人で突撃するような真似だけはやめて欲しいですね。
「バイオレットお姉さま。マヒナルドが追われています!」
「早くこちらに来るのです!マヒナルド急ぎなさい!」
子供たちが必死に声を掛けるが、騎士は馬をゆっくりと歩かせて戻ってきた。
後ろにはモンスター、いや魔獣がいる。
パウルーという犬型の魔獣が4頭、マヒナルドの後ろを追ってきていた。
「バイオレット様。森の民がお会いしたいとのことです」
「わかりました。お話を聞きましょう」
私が頷くと、浅黒い肌をした若い男が魔獣から飛び降りた。
「1週間ぶり、いえ8日ぶりですね、アレシュさん」
「遅くなって申し訳ない。年寄りどもは頭が固くてな」
森の民の国ボルスタの次期長であるアレシュには、若干疲労の色が見えた。
ボルスタの集会は、不毛なやり取りの応酬で話がなかなか進みませんでした。
あれを数日やったとしたら精神的に参ることでしょう。
さらに、犬型の魔獣では資材の輸送が大変だったはずです。
「そういえば、資材や人手はどうしたのですか?まさか、魔獣だけですか?」
「いや、少し前の街道で荷車にガタがきてしまったのだ。だから、荷車から降りた森の戦士たちが木材を運んできている」
アレシュは後ろを指差して言った。
元々ガタがきていたのでは?などと余計なことは言わない方がいいでしょう。
木材が到着するのは、本当にありがたいことです。
このままでは、骨組みの建築が終わる前に木材が尽きていたかもしれません。
「森の戦士に来て頂けるかわかりませんでしたから、まだ武器は用意できておりません。ハーネスなどの魔獣具の材料は、ロマッリが買いつけていたはずです」
「急に押しかけて申し訳ない。戦士に合う武器は、のちのち用意してもらえれば結構だ。今は訓練用の得物を木材などで作れば充分だろう」
アレシュは私に微笑みかけた。
約束が違う!と怒り出さなくてよかったです。
コフィの拠点に伝書鳩を飛ばせる施設があればいいのですけど。
当分先になるでしょうから、連絡を取り合うのが難しい状態が続くでしょう。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「ゴミの戦士ザコッシュじゃないか!よくきたな!」
「あ……はい。ロマッリ殿もお変わりなく」
アレシュが拠点予定地につくなり、ロマッリが近づいてきた。
そして、馴れ馴れしく肩を組むと、二人は建設現場へ消えていった。
アレシュは腕力があるはずなので、手伝って頂けると助かりますね。
「モーリス。森の民が木材を運搬してきたそうですよ」
「誠でございますか。基礎には石材を使いましたが、これで建物のほとんどを木材だけで建築できますな」
日陰で倒れるように休んでいたモーリスが元気になった。
「ただ、森の民が用意した木材の種類を確認しませんと」
「そうですね。建材に適してないモノもありますしね」
モーリスに同意したものの、その考えはありませんでした。
森を大切にしている小国です。
私たちのために立派な木を切ったりしないかもしれません……。
夕飯は前日より豪華なものになった。
森の戦士たちが新鮮な果物と乾燥果物を用意してくれたおかげだ。
私はカエルが食べたかったが、すぐに悪くなってしまうらしい。
カエルの足の干し肉などを作ることはないそうだ。
「バイオレット様。木材を確認してきましたが、問題があります……」
「私が見たときは、普通の丸太に見えたのですけど」
「水分をかなり含んでおります。何日も雨ざらしにしていたのでしょう」
モーリスは深刻な顔をして私に報告した。
「今年の森は豪雨が多かった。だが、外壁などに使えば問題ないだろ?」
「今必要なのは木材なのだ。丸太ではなく板にして使うつもりだ」
「今のボルスタに乾燥した丸太など見つからんな……」
アレシュとモーリスが難しい顔をして考え始めた。
「小娘女王。湿った木材でも使えばいいじゃないですか?って顔をしているな」
「はい。あとで乾くから構わないのでは?」
「最初から湿っている木材は水を含んでいるから重い。その上、強度が下がるから計算通りに建てられない。乾燥させた木材と違って水をはじかないから、湿気にさらされるとすぐにカビる。最悪、腐ってしまう」
ロマッリはワインをガブ飲みしながら木材の話をした。
一度ちゃんと乾燥させた木材が必要、ということでしょうか?
「じゃあ、晴れの日に外に出して乾かしましょう!」
「そうだな。半年乾かすか?一年待つか~?」
うっ。この酔っ払いは本当にうっとおしいです!
そんなにかかるなら無理じゃないですか!
「わかりましたよ!全部外壁の丸太にします!板は町で買いますよ!」
「俺とケリマにした借金を返す気があるのですかな~。借金令嬢は違いますな~」
「くっ……。ヴィオラ!酔っ払ってないでアイデアを下さい!錬金術師らしい一瞬で乾燥させる技を私に見せてください!」
ヴィオラならきっと不思議な薬を作れるはずです。
乾燥剤とか乾燥石とかそんなのがあるはずですよね。
「えー。錬金術がそんな便利なモノのわけないじゃないですかー。魔法で燃やしましょうよ!巨人を燃やした液を振り掛けましょう!」
「ん?そうですね!火炎放射で乾燥させましょう!」
「丸焦げになるか、急速に乾いたせいで中から割れてしまうな」
詰んでますね……。
魔法も錬金術も大して便利なモノではありません。
結局、人を殺したりモンスターを殺すための殺戮術なのです。
「急に下を向くな、めんどくさいやつだな!部屋に木材を積んで、長時間高温を保てばいいんだ。木材が割れない程度の調整は難しいだろうが」
「なるほど。私なら高温の中でも耐えられますね!でも、どの部屋で?」
「穴ぼこだらけの監視塔じゃ無理だな。そして、乾燥させるための小屋を建てる、なんて馬鹿なことはするなよ」
湿った木材を乾かすために、湿った木材で小屋を建てる。
不思議と頭が痛くなってきました……。
「バイオレット様!たくさん部屋がある場所を私は知っていますよ」
「どこです。ヴィオラ?」
「ダンジョンに決まってるじゃないですか!近所ですし、暖めに行きましょうよ」
ヴィオラのいう通りですね。
ダンジョンというのは、きっとそういうことのために作られたのですね。
モンスターが住んでいるなら木材と一緒に暖めてあげればいいのです!
魔力燃料の大量散布によりサイクロプスを瞬殺しました。
森の戦士たちが到着し、資材と人手が増えましたが新たな課題が発生しました。
次話 ダンジョンが存在する理由と、ダンジョン部屋を利用する話になります
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