表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/42

弟の奪還と鉄の箱

 

「すごいぞバイオレット!さすがはわしの、いやハーディング家の娘だ」


 祖父は私の魔法が成功して大喜びした。


 灰になって煙を上げる古い家具を見て私も満足だった。

 マスクの中は息苦しくて視界も悪い。

 けれど、自分が炎魔法の達人になった気がした。


「お母様!見てください!わたくしがやりましたのよ」


 私を見つけて駆け寄ってくる母に胸を張って自慢した。


「バイオレット!な、なんということでしょう……」


 麗しい母の顔が悲しみで歪み、すぐさま険しい表情に変わる。


「セオドーラ。そんな顔をしてないで、素直にこの子を褒めてやってくれ」

「お義理父様。この子に魔法を教えるのは、私の役目ですよ」

「そりゃ、そう決めたが……。だが、この子は使えたのだよ!わしが生涯を賭して研究してきたミリタリー魔法を!大変なことじゃぞ」


 母は唇を噛んで私に一瞬目をやると、すぐ下を向いた。


「こんなみっともなくてはしたない姿を、誰に見せられると言うのですか?」

「近い将来、すぐそこの未来の戦いは、こういった姿でやるのだよ!私は未来の千里眼で何度もそれを目にしておる」


 祖父は未来を覗けるという千里眼の使い手だった。

 千里眼で見つけた魔法を誰かが使えるように、と日々研究に励んでいた。

 しかし、そんな祖父を誰も相手にしなかった……。


「お義理父様。その未来はいつ来るのですか?この子の魔術品評会までに訪れるのでしょうか?10歳でこの姿を他の貴族たちの前で披露できるとお思いですか?」

「未来の姿じゃぞ!なにを恥ずかしがることがある!」

「夫と違って、私はお義理父様の未来の千里眼が本物だと信じております。ですが、水晶に映る世界は、この世界の未来なのでしょうか?別の世界ではない、そう言い切れますか?」

「なっ……、そんなっ!?」


 祖父は母の言葉に、胸を押さえて口をパクパクさせていた。


 また私せいでお二人が喧嘩をしているのだろうか?

 なぜいつも間違いを犯してしまうのだろう……。


「もう私の魔法をあなたに教えることはできません。そして、今後あなたが魔法を使うことを許しません。我々は領民を統べる貴族なのです。そのような姿を晒して自らを貶めてはならないのですよ」


 母は流れ落ちた一筋の涙を拭いて私を強く抱きしめた。


「可哀想なバイオレット。私が目を離したばっかりに……」


 母の震える声を聞いて私も涙が溢れた。


 ごめんなさいお母様。

 わたくしが不出来な娘であるばっかりに……。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



「お嬢様?どうされました?」

「いえ、久ぶりに髪を結ってもらったので、うれしかったのです」


 私は素早く涙を拭いた。


 教会へ向かう馬車の中で少し眠ってしまったようだ。

 悲しい夢たが、お二人に会えるのは夢の中だけだ。

 気分はむしろ良い。


「アンナ。またこの髪型ですか……」

「はい!これがバイオレットお嬢様には、よくお似合いになりますから」


 アンナの言葉に、御者をしてくれているジーンも頷いた。


 縦ロール?ロールヘアーは気が強そうに見えるので本当は苦手だ。

 私は高笑いをしながら人を見下す人間だと思われないだろうか?


「アンナ。この服は、お屋敷にあったものですか?」

「いいえ。私たち5人で注文したモノです。想像した通り、お嬢様にピッタリですわ。ネックレスやマントも用意したかったです」


 アンナは私に着せてくれた高価なドレスをうれしそうに撫でた。


 5人でお金を出し合って買ってくれるなんて……。

 そのうちの3人はもうこの世にはいない。

 逃亡中の身で目立つ服装はできない、などと言うべきではないだろう。



「あの小道で傭兵たちが待っているはずです!」


 馬を操作していたジーンが指を差した。


 ここから教会は見えないが、すぐ近くにあるのだろう。

 辺りはまだ暗いが、指を差した先に数人の男たちがいるようだ。


 弟の奪還に成功したのだろうか?



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



 待機していた傭兵たちは、3人だけだった。

 粗末な革鎧を着て小剣を帯びている。

 とてもじゃないが、腕の良い傭兵には見えない。


「エドガーお坊ちゃまはどこだ!」


 馬車から下りたジーンが大声を上げた。


「静かにしろ。あいつら大勢いやがるんだぞ」

「俺たちは報告したらさっさと帰る。お前たちも諦めろ」


 傭兵は声を抑えた調子でジーンに応えた。


 大勢いるとしたら最初からだろうか?

 もし、察知されてすぐに準備を整えていたとしたら、かなり厳しい状況だ。


「話が違うだろう?」

「それはお互い様だ。前金はもらったからこれ以上は請求しないつもりだがな」

「俺たちが残ったのは、お前らの為なんだぜ?教会の周りには、俺たちみたいなしょっぱい傭兵が10人以上はいる」


「そんな……」と言ったアンナが、口元を押さえた。


「私が加わって奇襲を仕掛けるのはどうだ?見つからないように行く手は?」

「どっちも無理だよ。今すぐ戻ったほうがいい」

「ここまで来て諦められるか!」


 ジーンは再び大声を上げた。

 その様子に、傭兵たちは肩をすくめて、仕方なさそうに話を続けた。


「アンタの気持ちはわかるんだが、どうにもならないんだよ……。外で様子を伺ってたら、騎士たちが到着したんだ。」

「ああ。8人はいた。そのうち4人はすげー甲冑着てたぞ」


 ジーンとアンナは絶句した。


 騎士8人は間違いなくやり過ぎだろう。

 私の火炎放射術を想定した上で用意したのだろうか?


「エドガーお坊ちゃまは、私が命に代えても……」


 ジーンが自分の命を捨てることばかり考えるのは迷惑だ。

 元執事に無駄死にされるエドガーの身にもなって欲しい。


「教会はどちらにあるのですか?私が一人で行きます」

「いけません!お嬢様!」


 二人から予想通りの答えが返って来る。

 選択肢がこれしかないことぐらい、理解しているはずなのに。


「あなた達二人は、ザインツの町に向かう準備をしてください」

「お嬢様。伯父様の元へ向かうならザインツは遠回りになりますが」

「わかっています……。まずは、傭兵の方にお帰り願いなさい」



 私は傭兵を見送りながら、この二人をどう説得するか考えていた。

 彼らを国外へ逃がす代わりに、豚王子と結婚すると説明したら、

 私に従うだろうか?


「そうですね。二人に確認したいことがあります」


 私はジーンとアンナに交互に目をやって、真っ直ぐにその瞳を見つめた。


「私は、来月で15歳の成人となります。今はまだ未成年の私ですが、あなた達の主人と認めてくれますか?亡くなったお母様やお父様ではなく、私に忠誠を誓ってくれますか?」

「もちろんです!一度お屋敷を出た後も、ずっとお嬢様が私の主人です」

「妻を失った日から、私の命はお嬢様のモノです」


 素直に二人の気持ちはうれしかった。

 多くの犠牲を払ってくれた二人に報いることは難しい。

 来月までの期間限定の主人になるだろうが、できることを精一杯やろう。



「ならばさっそく命令します。ここからザインツの町へ向けて3キロほど進んでください。私はエドガーを連れて街道で合流します」

「そ、そのようなことは!?」

「ジーン、知っているでしょ?私にそれが可能なことは」


 ジーンは大きなため息をついて、肩を落として馬車に乗り込んだ。


「ジーン!?お嬢様?私は納得がいきません」

「アンナも早く向かってください。最善を尽くしますから」



 私はまだ人を焼いたことはない。

 だが、手を汚さざるを得ないのならば、そろそろ覚悟を決めるべきなのだ。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



 教えてもらった教会に向かう小道を進んでいると、不潔な男たちに囲まれた。

 汚らしい鎧を着ていて、ボロボロの剣を下げていた。

 そして、なぜかすっぱい匂いがする。


「お嬢ちゃん。こんなところを一人で歩いていいのか?襲われちゃうぞ?」

「おいおい、味見するつもりか?やばいだろ」

「お嬢さんは、心を病んでるらしいぜ。バレやしねーよ」


 明け方からお腹が空いたのか、男たちは涎を垂らして騒ぎ出した。


「何が起こるかは、あなた達次第でしょうね。私は弟に会いに来ただけです」

「ヒュ~!俺たち次第だってよ。言うねぇ~」

「じゃあ俺たちの気持ちを伝えるとするかぁ!?」


 下卑た笑いをすっぱい男たちが見せる。


 この不快な男たちは、私を連れ戻すよう言われていないのだろうか?

 見張り?それとも捨て駒?



「やめんか!馬鹿どもが!!」


 騒ぎに気付いて現れた騎士が、馬上から怒鳴った。

 すっぱい男たちは、ニヤけ顔を見せながら視線を逸らす。


「バイオレット様でございますね。知らせは受けております」

「どちらからの知らせでしょうか?」


 私の質問を無視した騎士に、教会へと案内された。

 すっぱい男たちは教会の小道から動く様子はない。


 森の中に建てられた教会にしては、ずいぶんと立派で大きめな作りだ。

 この教会が預かる”落とし子”は本物かどうかは重要ではない。

 貴族がお金を用意するかどうか、それだけが入所の条件なのだ。


「エドガー様をお連れしろ」


 命令を受けた従者が教会の宿舎へと駆け出した。

 騎士たちは馬を下りて私を注意深く見ているようだ。


 8人のうち4人は、見たことのある一般的な甲冑を着けている。

 残りの4人は、傭兵が言ったように特殊な鎧だ。

 丸みを帯びていて分厚く、一歩踏み出すのも辛そうな重量感がある。


「まだか!?これはあまり長く着ていられんぞ」


 分厚い甲冑を着ている騎士が泣き言を言った。

 本当に辛いのか肩で息をしている者もいる。


「エドガー様をお連れしました」


 騎士の従者が少年を抱きかかえて私の前に下ろした。

 少年は目をこすりながら私を見た。



 私がエドガーを最後に見たのは4年前の夏だったはずだ。

 7歳の弟の記憶しかない。

 もし、別人を渡されてしまっても、間違えずにいられるだろうか?



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



「エドガー……。エドガー!こんなに大きくなって」


 一瞬でエドガー本人だと確信した私の目から涙がこぼれた。


 記憶の中の弟とは見た目がずいぶん変わっている。

 だが、目鼻立ちは母親そっくりだった。

 顔の輪郭は父親譲りだろうか?


「エドガー!エドガー!なんとか言ってください。私です。あなたの姉です!バイオレットです!」


 エドガーは一瞬驚いた顔をすると、跪いた。


「バイオレット様とは知らず、大変失礼いたしました。お許しください」


 私は弟の態度に愕然とした。

 その様子を見て、騎士たちに緊張が走った。


「バイオレット様は、私に騙されたのです。私のような”落とし子”には親族などおりません。それなのに、卑しい私は弟のフリをしてしまったのです」


 なにを言っているのでしょう???

 たとえ”落とし子”だとしても半分は血が繋がっているのです。

 私の幼い弟にどんな仕打ちをして、こんなことを言わせているのでしょうか?


「準備しろ!」


 騎士たちが一斉に剣を抜く。

 分厚い甲冑を着た4人が前列、普通の甲冑の騎士は後列に並んだ。


「なるほど……。私が激昂したら、劇場の時のようにミリタリー魔法を発動する、とでも聞かされたのでしょうね」


 そんな馬鹿な話はない。


「魔法の発動と感情は、別に決まっているでしょうに。あなた達が私の火炎を防げれば、実力を測れて満足なのでしょうね。そして、複数の騎士が焼き殺されたら、反逆者として私を何かに利用するのでしょう」


 またカサンドラの小細工に付き合わなければならないのだろうか?

 厚い甲冑を着ようが、その下に石綿製の布を着けようが、蒸し焼きだ。

 石綿製の布がなければ、隙間から炎が入って丸焼きになる。



「あなた達を全員生きて帰らせてあげます。そして騎士の皆さんは、どうぞカサンドラ義理姉様へ好きなように報告してくださいませ」


 私はエドガーを抱きしめた。


< ジェットブースター >


 魔法の発動と共に、凄まじい重量が私とエドガーを襲う。


「バイオレット様!痛いです!私はつぶれてしまいます!」


 私にサバ折りをされたエドガーが苦痛の叫びを上げた。


 5歳の時に発動したこの魔法は、小さな鉄の箱を背負う程度だった。

 14歳の私の鉄の箱は、とても背負っていられない重量だ……。


< ブースト・オン >



―――ボォォオーオオオーー!!



 鉄の箱から凄まじい火柱が出現し、私たちを空中へと舞い上げる。

 騎士たちは声も上げずに呆然と見上げているだろう。


 本来は、< 機動甲冑 >という名の魔法だった。


 だがいくら試みても、私には甲冑は現れなかった。

 左肩にトゲトゲがついた鎧や、触角のついた白い四角い甲冑。

 失敗作だがジェットブースターで空は飛べる。



 ちなみに、このあとアンナとジーンから特大の説教が待っているだろう。

 騎士を焼き殺したほうが、まだ叱られないはずだ……。


ミリタリー魔法のルーツに少しだけ触れました。

最後の魔法からわかるように未来の千里眼はとても不安定なものなのでしょう。


次話は、混乱するエドガーの記憶と魔法の話になります。

暗めなのでできるだけ2話投稿を目指します。


※ブックマークありがとうございます。

「次も読んでやってもいいんだぜ?」と勝手に解釈して励みにします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ