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領主に同行するイレーナと、始まる”ダンジョンホード”

「君たちは、あのバイオレットちゃんに負けたらしいから張り切るのはわかるんだけどさぁー。それって違うでしょ?指揮官じゃないでしょ?領主様なの?」

「いえ、一介の騎士にすぎません」

「モンスターに押されておったのです!押し返しただけなのです!」


 ベルナルドとドゥイヤルの活躍でモンスターの下山を防げた。

 周辺の村人は既に避難していたが、現場の兵士たちは大勢救われたのだ。

 天幕から出てこなかったテオバルドに説教される謂れはないだろう。


「お義理兄さんに”ダンジョンホード”でもなんでも好きに使ってやってほしい、とは言われたけどさぁ。君たちが好き勝手やっちゃだめでしょ?」

「おっしゃる通りでございます」

「確かに!ついレディーに目がくらんでしまいした!」


 クリフォード公爵がテオバルドに騎士を預けたのか。

 砦での失態を”ダンジョンホード”で返せとはひどい話だ。

 ブフィレ砦の責任者はクリフォード公爵であるはずなのに。


「僕は伝説を書いてもらう身だから君たちを処分するのは難しい。君たちを許そう。さすがの僕も、14歳の女の子に敗れた騎士の名誉を傷つけることなんて不可能だしね。ハハハ」

「テオバルド様の寛大なお心に感謝致します」

「ありがたきお言葉!忠義を尽くします!!」


 手を叩いて笑うテオバルドに騎士たちは礼を述べた。


「ちゃんと書いておいてよ?さっきの台詞は傑作だったろ?」

「は、はい……」


 テオバルドはネチっこいクソ野郎だった、までは書けそうだ。



「レディーを戦場に置いて、危険な目に遭わせてしまったな。すまかった」

「騎兵が足りなくてな!馬が嫌いらしいのだ!!」


 荷運び用の馬車は何台かあったものの騎兵は極端に少ない。

 鉱山での戦いでは不要だと考えたのかもしれないが、実際は必要だった。

 だが、テオバルドはなんとも思っていないだろう。負傷兵の慰問にも来ない。


「モンスターを撃退したのはお二人なのに、ひどい言われようでしたね……」


 私は、つい余計なことを口走ってしまった。


「事実である以上は、甘んじて受け入れる。まさかバイオレット様があのような技を持っておるとはな!」

「大したお方だ!立派なレディーに育っておったな!」


 騎士の二人は顔を見合わせると、楽しそうに笑った。


「バイオレット様を昔からご存知なのですか?」


 自分から切り出したのに、バイオレット様と口にすると胃が痛む。


「幼い頃のバイオレット様を何度かお見かけした。本当に衝撃を受けたよ」

「ああ、あれは大物になると思っておった!我ら二人は、倒された日を自慢する日が必ずや来るだろうな!!」

「ふっ、違いない。幽閉から逃れたばかりなのに、男爵と平民二人の盾になっていたからな。ヤツらのせいで逃げられなかったのに」


 この二人は砦での出来事を詳細に憶えている。

 私の書いた記事は、男爵の誘拐と砦の襲撃で重傷者を出したことだけだ。


「レディー、暗い顔をする必要はない。我ら騎士とて命令には逆らえんのだ」

「平民の身で苦しまれるな!あの方は幽閉されても昔の心を失っていなかったのだ!レディーの昔の記事など気にもとめておるまいぞ!」



 この二人は私のことを知っていたんだ……。

 砦の記事も幽閉に加担した記事を書いたことも……。

 馬鹿な騎士二人などではない。私なんかをかばってくれる数少ない味方だ。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



「もう四日だろ!?まだ片付かないのか?ここの兵士は弱すぎだろ」


 テオバルドは親指の爪を噛みながら苛立っていた。

 私に視線を送りながら「兵士ごと崩落させたら僕の伝説に傷がなぁ」と呟く。


「近隣の村人は……、いないなぁ。じゃあ町から徴兵して来て!」


 突然の徴兵令を出すようだ。

 余分な装備や食料を馬車に積んでいないはずなのに……。。

 5月13日から始まった鉱山攻略を長引かせるだけな気がする。


 テオバルドの側近たちは見たこともない服装をしていた。

 目の下から首辺りまでを黒い布で覆っている。紫の異国の帽子も被っていた。

 耳にした噂が正しければ、南方の奴隷戦士だ。彼らは命令を拒否できない。


 そのせいかもしれないが、テオバルドには誰も忠告をしない。

 彼が好き放題やれるのは、まともな側近を置かないからだろう。

「姉さんが」とたびたび口にするので、カサンドラには従順なようだが。



「伝書鳩だと!?鳩は嫌いなんだよ。そんな紙に触れるかよ」


 テオバルドは肩で息をする伝令を手で払うようにして遠ざけた。


 伝令は遠くの町から早馬で伝書鳩の書状を持ってきた。

 不自然極まりないが、鳩が嫌いなテオバルドのせいで時間が掛かっている。

 近くの町で伝書鳩のやり取りをするのを嫌がったのだ。


「15日の深夜にワイアルハットが襲撃を受けました。16日未明には多数の倉庫が樽のモンスターに爆破されたとの事。それと、逃亡中のバイオレット公爵令嬢の姿も目撃されているそうです」


 伝令の言葉を聞いたテオバルドは真っ青になった。


「誰だ……。ワイアルハット城主代理は誰だ!?子爵か?そうだよな?」


 テオバルドは親指の爪を「カリカリ」と噛みながら考え込む。


「よし!鉱山は衛兵団長か誰かに任せる。いや、お前があとをやっとけ!坑道まで押し返して塞いどけ!兵士ごと塞いでもなんでもいい、好きにしろ」


 命令を聞いた側近の男が、無言で頷いた。


「イレーナ!すぐにワイアルハットに帰還するぞ。公開処刑を急ぐ!」


 テオバルドは別の側近に命じて馬車を用意させる。



「ベルー?ベルとドイ。お前ら二人は馬車を追って来い!言っておくが、ヴェルシナークにあるボロ馬車とはワケが違うからな!」


 4頭曳きの大きな馬車が近くに止まった。

 私はテオバルドと共にその馬車に乗り込む。


「こいつなら2日どころか1日でワイアルハットに着けるんだ」


 テオバルドは自慢げに私を見た。

 そして、「馬は臭いな」と呟いて口元にハンカチを当てる。


「馬がずいぶん興奮しているように見えますが?」

「よくわかったな。色んな薬を与えてるから早く走れるらしいぞ。明日か明後日には潰れるだろうけど、僕は馬が嫌いだから構わない」


 体感したことのない速度で馬車が走り出した。

 ヴェルシナーク王国の馬車と違って作りも丈夫で揺れも少ない。

 私の国は、色んな面で時代遅れなのかもしれない。



 ワイアルハットを襲撃した樽人間は、バイオレット様がおびき寄せた?

 だとしたら、彼女の復讐劇が始まったのかもしれない。

 私の前にもいずれ現れるのだろう。不思議と彼女を待ち遠しく思う。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



 18日の昼前には、城塞都市ワイハルハットに到着する予定だった。

 だが、早朝になって辺りに霧が立ち込めると、馬が歩みを止めてしまった。


「なんだよ!薬をもっと飲ませろよ!使えないなぁ」


 テオバルドは爪を噛み始めたが、すぐに固まった。

 そして、私に瞳孔の開いた目を向けた。


「おい!イレーナ。まだ死にたくないよな?」

「えっ?あ、はい……」

「じゃあこれで顔を覆っていろ。騎士の二人はいいや。どうせ死ぬだろ」


 テオバルドは私の顔をクッションで覆った。

 馬車を飛び降りる音だけがした。



 ―――バサッ、バサッ、バサーッ!


 巨大な鳥が羽ばたく音が近づいてくる。

 モンスターだろうか?


「なんだよー!!マスターじゃないですかー。ビビッて死ぬかと思ったよ」

「フッ、あの殺気はなんだったのかな?」


 突然の強風が、馬車の中にまで吹き込んできた。 


 マスター?

 魔術師ギルドマスターのマスター・イグナーツ???


「なにヤツ!?テオバルド様から離れんか!!」

「我ら二人が相手になるぞ!魔術師め!」


 ようやく追いついた騎士の二人が大声を出した。


「無理無理。やめときな。ハハハ。瞬殺されるって、瞬殺!」


 テオバルドが手を叩いて不快な笑い声を上げた。


「イレーナ、もういいぞ。マスター・イグナーツの御前だ。顔を隠すな」


 私は急いでクッションを下に置いた。


 マスター・イグナーツがテオバルドの隣に立っている……。

 黒いローブに身を包んだ彼は、青白い顔をしていた。

 まだ30代にも関わらず、白髪交じりの頭に深いシワが顔に刻まれている。



「お久しぶりです。マスター!わざわざ出向いて頂かなくてもよかったのに」

「お前には伝書鳩が届かないからな」


 妙になれなれしいテオバルドにイグナーツが苦笑した。


 わざわざ飛行してやってきたのは、深刻な問題が発生したからだ。

 なぜ、テオバルドは呑気な顔をしていられるのだろう。

 ワイアルハットで既に失態を犯しているのに。


「手短に用件を伝えねばならぬ。私はすぐに王都へ向かうからな」

「そうですか……。色々とお話したいことがありましたのに……」


 残念そうな顔をしたテオバルドはイグナーツと二人で離れて行った。

 呆然とする私たちに背を向けてなにか話し合う。

 ほんのわずかな時間だったが、話し合いは終わったようだった。



 ―――バサッ、サッ!バサッ、バサッ


「あれがドラゴンウイングか……」

「こういってはアレかもしれんが、噂と違って、ずいぶんと禍々しい羽だな」


 騎士二人は考え込むようにして、イグナーツが浮上する姿を見つめていた。



 巨大な爬虫類の鱗が大量についた翼。

 イグナーツの背中に出現したドラゴンの翼は、正直に言うと気持ちが悪い。

 体のサイズには合わないと思えるほど、巨大な翼がはためいていた。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



「くそぉ!”ダンジョンホード”は5月の可能性はゼロではない、ですが7月で決まりでしょう。って言ってたよなぁ!あのゴミ冒険者どもが!ヤツらのどこが勇者だ!」


 テオバルドは馬車の席やドアなどを蹴飛ばしながら怒鳴っていた。


 ”ダンジョンホード”がいつ来るかなんて誰にもわからない。

 むしろ、5月の可能性を示唆しただけでも大したモノだ。

 なにを怒り狂っているのだろうか。


「私も”ダンジョンホード”に同行するのですか?」

「当然だろ!?僕の指揮で外壁から迫り来るモンスターが弾け飛ぶんだぞ」


 あのモーリス男爵が作った外壁で見ているだけなら安全なはずだ。

 飛行型のモンスターはほとんどが外壁まで飛んでこれない。

 その前に【ライドマスター】と【ウイングマスター】に叩き落される予定だ。


「もう発生してしまったのですよね?」

「いや!20日~25日らしい。ニュエルソーンに凄腕冒険者がいるのだろう」


 ニュエルソーンが冒険者を送ったのか。

 かなり大規模な偵察だったのかもしれない。

 いずれにしろ、大勢の人が亡くなったことだろう……。



 コフィとの境界線に建設された広大なヒッチクリフの外壁。

 その中にマナナーグの門といわれる巨大な門がある。

 守りの女神マナナーグの名を冠した門は、モンスターの侵入を完全に阻んだ。


 たとえ浸入を許したとしても、モーリス男爵の得意技がすぐに発動できる。

 即座に門を崩落させてしまうのだ。だが、門の上部には影響はない。

 男爵が建設に関わった門は、なんらかの仕掛けが施されていた。


 私たちがマナナーグの門に隣接する塔へ到着したのは、19日の午後だ。


「守備兵が充分とは言えないだろ?傭兵でもなんでもいい!引っ張ってこいよ」


 守備隊長や急遽集められた周辺の騎士や貴族が、難題を押し付けられていた。


 テオバルドは相手の言い分を一切聞かない。

 独り言のように指示を出していった。

 反論しようものなら不気味な側近に退場させられて、吐くまで殴られる。


「ワイアルハットで倉庫は爆破されたらしいが、ここの食料庫は問題ないな?」

「はっ。外壁を突破されない限り、食料庫に触れるモノなどおりませぬ。”ダンジョンホード”が今月中に起こるのなら、在庫は問題ありません」


 急遽呼ばれた物資管理の文官が、色々な台帳を見ながら説明した。


 穀物や農作物倉庫の爆破の影響は、すぐには出ないようだ。

 しかし、”ダンジョンホード”が長引けば、食料は尽きてしまうだろう。

 当てにしていたワイアルハットからの輸送が期待できないのだから。


「どうだイレーヌ。僕の采配は完璧だろ?たった一日で、ここの危機は去った」

「は……。見事な指揮でございました」



 確かに、無茶振りに次ぐ無茶振りが功を奏すかも知れない。

 だが、その功績はそれに応えた部下たちにある。

 残念ながらテオバルドには一生わからないだろう。根が腐っているから。



 ◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇



 5月22日の夕暮れにそれは起こった。

 地平線に沈む真っ赤な太陽を背に、大量のモンスターが迫って来る。

 あの数が全てダンジョンで蠢いていたなどと、誰が想像できるだろうか。


「ダンジョンの入口でマスターたちに落とされたのかな?羽つきが全然いなくて残念だよ」


 側防塔の上部からモンスターを見下ろすテオバルドがため息をついた。

 彼のすぐ脇には巨大なバリスタが設置してある。

 バリスタによる対空射撃が見たくてたまらないようだ。


 モンスターの姿を確認して、煮立った油を入れた鍋などが通路に運ばれた。

 岩や丸太など籠城戦ではおなじみの落下物が外壁には取り付けられている。

 そして、側防塔に集まった弓兵たちが火矢の点火を開始した。


「コフィの”ダンジョンホード”はこんなものか?我がアグアーディオ王国には、もっと大量にモンスターが沸くダンジョンがあるぞ」

「それは、大変でございますね」

「ああ、大勢死んだよ。魔法も使えない平民ばかりだからね。次はイレーナも呼んであげるよ。姉さんのお気に入りだから守ってもらえるだろ?」


 私はカサンドラのお気に入りだったのか?

 是非、お断りさせて頂きたい。



「撃て撃て!全部当てろ!ハハハ。おい、お前!トカゲは壁を登ってくるぞ!丸太の仕掛けを外して来い!」


 モンスターが壁まで迫ってくると、テオバルドはご機嫌で兵士に指示をした。


 意外と的確な指示ができるようだ。

 本当に”ダンジョンホード”の経験があるらしい。

 恐怖で動けなくなった小隊長などを殴り飛ばす指示も出している。


「こりゃ半日で終わるんじゃないのか?守備隊長も可哀想にな」

「早く終わってはいけないのですか?」

「3年も4年も準備をするのだろ?せっかくの見せ場だというのに悲惨だな」


 よくわからない思いやりを持っていることはわかった。

 一応、彼も人間なのだろう。


「おい!後ろ!後ろから来るぞ!!!」


 隣の側防塔の弓隊が騒ぎ始めた。


「羽つきだ!落とせ!早く落とせ!」

「弓じゃ無理だ!逃げろ!逃げろーーー!!」


 火矢を手に持っていた弓兵隊が、一瞬で暗闇に包まれて見えなくなった。

 火が消えたのか、彼らが倒れたのか……。


「ほお。マスターが討ちもらした羽つきがいるとはな。バリスタ用意!!」


 テオバルドが右手を上げてバリスタを兵たちを見た。

 しかし、バリスタ兵たちは呆然とテオバルドを見つめ返す。


「ここのバリスタは、後方には回頭できません!」


 コフィ方面を向いたバリスタは、120度程度の回頭が限界のようだ。


 羽つきと呼ばれているのは、体長が男性二人分ぐらいある飛行生物である。

 手は短いが巨大なアゴを持っていて弓兵をさらって行った。

 羽に2・3本の火矢が刺さっても、構わず飛んでいる。



 周囲の側防塔の灯かりが次々と消えていく。

 飛び交う羽つきのモンスターたちが、弓兵を駆逐しているのだろう。

 塔の上部でその様子を見ている私が、次の犠牲者になるのかもしれない。


 人生の最後を共にするのがテオバルド?それだけで充分地獄じゃないか。

バイオレット一行の仕掛けた罠のせいで、振り回されっぱなしのテオバルド。

とうとうダンジョンホードが始まりました。


次話 意外な護衛をつけてもらったイレーナが脱出を計ります



※ブックマークや評価 ありがとうございました。

最近伸びが良い気がします。

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