錬金術師と魔力の結晶、そして忘れられた王子
森の民の国ボルスタへの親書は非常に簡素なものとなった。
ボルスタの国民性が無駄な言い回しや余計な挨拶を嫌うということ。
そして、伝書鳩を使用するため字数制限がある。
伝書鳩は到着しない可能性があるので、ザインツの町から3匹飛ばしてもらう。
「ヴィオラ、ご苦労様でした。3通も同じ手紙を書くのは、気が滅入ったのではありませんか?」
「いえいえ、なんでもありませんよ。結晶代だと思えば安いもんです」
満面の笑みでヴィオラが答えた。
魔力の結晶はかなり高価なのかもしれない。
鉄鉱石の採掘所を埋め立ててまで掘るのだから、当然かもしれないけど。
「おいヴィオラ。安いもんだったなら私に麻痺薬と毒薬を分けてくれ」
「んー?まあ、いいでしょう。ただし、症状のレポートをお願いしますね。人間に使うんですよね?」
ケリマは力強く頷くと、ヴィオラが棚から色々な小瓶を取り出す。
緑やら黄色やらとても嫌な色がついた液体の入った小瓶だ。
ちょっと蓋を開けただけで、刺激臭が辺りを漂う。
「錬金術師は魔力の結晶を大量に使うのですか?」
「使いたくても使えませんよ!おかげで余計に素材を使うことになります」
結晶があれば素材が減らせる?
時間の短縮などにも関わるのだろうか。
「自分に魔力があれば、もっと楽になるということですか?」
私の言葉にヴィオラは不機嫌そうに頭をかきむしって無言になった。
「ヴィオラ、小娘女王はお前を馬鹿にしたんじゃないぞ?こいつはずっと幽閉されていたから歴史を知らんだけだ」
「私、失礼なことを言ったんですか!?」
ロマッリが助け舟を出してくれたらしい。
馬鹿にしたつもりなどまったくない。
「名を残した錬金術師は、昔の貴族ばかりなのをご存知ないのですか?魔力を使えない平民の錬金術師は三流。200年以上も王宮錬金術師がいないのは、それが常識だからです」
そういえばヴィオラは『錬金術師タワーの建設』を提案をしてきた。
冗談だと思っていたが、錬金術師の扱いを不当に思ってのことかもしれない。
「魔術品評会で錬金術なんてありませんものね。臭いし下品だと叱られそうです」
虫やトカゲの干物をすり潰しながらミリエルが呟いた。
家庭教師をしてくれる下級貴族の魔術師はいる。
しかし、錬金術の家庭教師はいない。
ミリエルのいうように、不潔で下品なモノだと教えられている。
「魔力を独占しといて、王族や貴族は人を傷つける魔術ばかり研究していますからね。ふざけた話ですよ」
「独占?魔法が使えるから王族や貴族なのですよ?」
ミリエルが目を丸くした。
私もそう聞いている。
王族や貴族だから魔法が使えると。
だが、ミリエルのような驚きはない。父や兄は魔法を使えなかったのだ。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「小娘女王。魔術師ギルドタワーは西の大陸にもあるのを知ってるか?」
「いいえ、知りません。世界中にあるのですか?」
「ここから東の大陸にはないな。元は俺が住んでいた大陸のシステムだ。それをここの王族たちが真似たんだ」
西の大陸の出身者であるロマッリが真剣な表情を浮かべる。
魔術師ギルドタワーは、各王国と協力関係にある魔術師たちの協会だ。
ギルド員はほとんどが元貴族だが、継承権がないも同然の末っ子などが多い。
相続できる所領も期待できないので、貴族ではなく魔術師として生きるのだ。
「最初の魔術師ギルドタワーのギルド員は、全員が平民だ。貴族なんていない」
「平民が魔力を持っていたんですか?」
「逆だ。貴族に魔力がなかった。人口比で考えろ。よっぽどの確率だぞ?」
そもそも、魔力があるなしは、どこから始まったんでしょう?
「魔法が発見された話は、色んな伝説がある。神の使いが現れたとか、ドラゴンに教わったとか、悪魔と契約したとかな。だが魔法が広まっても使える人間はほんの一握りだった」
「魔力がないと使えませんよね?あと、系統の相性とか」
「そうだ。魔力持ちは驚くほど少なかった。だから、一部の魔法使いが悪政を敷く暴君を打倒して国王になった、そういう与太話にも説得力が出る」
ロマッリは皮肉っぽい笑顔を浮かべた。
「魔力を使って国を治めたとか、神に魔力を与えられた選ばれし高貴な存在とか、王国の建国記はそんな嘘っぱちばかりが並んでる」
「本当は魔術師ギルドの平民たちと血縁関係になった?」
「そうだ。お前は常識はないが、鋭い小娘だな。いくつかの王国が金を出し合って魔術師ギルドタワーの建設と運営費を出した。そして集まってきた平民たちの中から一番の魔術師をギルドマスターにする。ギルドマスターやそれに次ぐ能力を持つ連中と血縁になるんだ」
魔力が高くて魔法の才能に優れる平民の血を取り込む。
必ず魔力が引き継がれるわけではないが、魔術師は生まれやすくなる。
王家と血縁にある高級貴族、そして下級貴族とも血縁ができていく。
「何世代かそれを繰り返したあとにやらないければならないことがある。魔術師ギルドに加わらない平民たちの処理だ」
「魔力持ちの平民を消していけば独占できますね……」
「はい。昔の錬金術師たちは魔力を持っていても、魔術師ギルドには加わらない者ばかりでした。生活に役立つ魔術もありますが、魔術師とは方向性が違いましたから。地位に固執しませんでしたし」
本来の錬金術は魔力が必要なのだろう。
王族や貴族の都合で魔力持ちの錬金術師が処分されてしまった。
だから魔力の結晶を用いて、本来の錬金術を使いたいのか。
「魔力を持たない平民が魔術の真似事をしているのが錬金術、そう書かれている書物さえあります」
「そういった情報操作を行って来たのかもしれませんね……」
エドガーを救ってくれたのは、錬金術師であるヴィオラだ。
私は錬金術をどこかで見下して、彼女を軽視していたのかもしれない。
幽閉されていなければ、王国にとって都合のいい歴史を妄信しただろう。
「小娘女王?なにがおかしい?」
「いえ、私は知らないことだらけで助かったかも知れない、そう思っただけです。錬金術師タワー、いいじゃありませんか。建設予定に加えましょう」
私は唖然とするミリエルの目を見た。
「教会送りにされた子たちに、魔法を教わっていない子はいましたか?」
「教わってない子のほうが多いです。私は早くから魔術品評会に向けて練習していましたけど」
早くから魔法を教わるのは、才能があるからだ。
ミリエルはケリマに魔法を当てるほどの技術を持っている。
「将来、教会送りにされた子たちを奪還できたら、何人かに錬金術を憶えて頂きましょう。彼らには解毒剤も必要になりますし、領民を支配するためだけに魔術を習得するなど私が認めません」
「コフィには魔力の結晶もあるしな。錬金術では他国を圧倒できるぞ」
「ですよね!ヴィオラには魔力持ちの錬金術師の弟子をつけて、色々な研究をしてもらいたいです」
ヴィオラは大きく目を見開いて私をしばらく見つめた。
そして、下を向いたまま寝室に駆け込んだ。
「また怒らせてしまいましたかね?」
「いや、あいつも色々と大変な目に遭わされてきているだろうからな」
ロマッリが遠い目をして言った。
魔力持ちの優れた錬金術師たちは、理不尽に命を奪われてきた。
魔力のない錬金術師たちは厳しい状況でなぜ錬金術師になったのか?
この国では錬金術が必要とされているからに決まっている。
国を治める人間なら不可欠な存在である彼らに報いるべきではないでしょうか?
そんな王が現れないなら、やはり私たちがやるしかないでしょうね。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
今朝は久しぶりに、心穏やかにアンナのお茶が飲んでいる。
昨日、伝書鳩を無事送ることができたからだ。
17日に飛ばしたので、20日前に文書が到着するはずだ。
「”ダンジョンホード”が始まる前にできることはやった。そんな余裕を感じますなぁー」
「のんびり女王はなにか忘れておいでのようですなぁー」
朝までというか、まだ飲んでいるロマッリとケリマが絡んできた。
人のことをどうこういう前に、しっかりして欲しいです。
いくらやることがないからと言って、だらしのない大人ですね。
まあ、酔っ払いの戯言を聞いていても仕方ありませんけど。
「エドガー。最近の体調はどうですか?」
「お薬のおかげですっかりよくなりました!」
エドガーが元気そうで私もうれしい。
家族として、そして戦力としても頼りになるはずだ。
「3日前に寝込んでいたのは、私の勘違いだったのか?」
「その前も魔法を使おうとして、悶絶していましたよね?」
ヴィオラとミリエルが冷たい視線を向けた。
時期尚早というやつでしたね……。
エドガーは、ゆっくり治療して欲しいです。
「のんびり小娘。ホントにいいのか?俺はこのまま寝てしまうぞ」
「私も起きれなくなるかも知らんぞ?さすがに飲みすぎたからな」
今日はしつこい絡み方ですね。
そんなに構って欲しいのでしょうか?
「はっきりおっしゃってはどうですか?なにをのんびりしているのか?」
「お前は王族の命令を軽くスルーする女だなぁ」
「今頃、ゲルっぺが泣いてるぞ」
うーん……。
ゲルルク第三王子のことでしょうか?
5月1日に王宮入り5月3日婚約式?とっくに過ぎてますし。
「王家を敵に回すとは、エドガーも可愛想に」
「ヴィオラは連座で死刑だな。私は逃げ切れるけど!」
もしかして、まずいのですか?
本来は手紙も受け取れずに、王宮に連れて行かれたでしょうけどね。
今さら手紙なんて知らない、というのはダメでしょうか。
「伝書鳩、でよろしいでしょうか?」
「王子なめてんのか!?」
「豚みたいな外見だからって、口も聞けないってか!?」
酔っ払い方がウザい……。
今の私が王都に向かったら引き止められるだろう。
そして、カサンドラが現れて引き渡されるはず。
「お二人とも酔いを醒まして頂けませんか?そして、お知恵を貸して下さい」
ゲルルク王子はどうでもよいですが、王家が厄介ですね。
関係が悪化すると、今後を左右する事態になり兼ねません。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「二人ともゲルルク王子のことをよく憶えておりましたわね」
モーリス脱獄やヒッチクリフで、王子のことなどすっかり忘れていた。
「お前と別行動になってからな。ガードナー新聞というのを読んだんだ」
「王都とカサンドラやテオバルドの所領で読める紙切れだ」
私の知らない紙にゲルルクのことが書いてあるのだろうか?
「お前の飛行魔法の【ケツからファイア】って二つ名もそこに書いてあった」
「私を部族の酋長とか書いてあったんだ!一緒に記者の首をはねよう!」
なかなかひどいことが書いてあるようだ。
衛兵が私を見て『ケツからファイア』と言ったのは幻聴ではなかったらしい。
カサンドラやテオバルドが広めているなら、彼らが首謀者でしょうね。
「酒場で昔の新聞も保管していて、それを読むうちに気付いたことがあった」
「第三王子ゲルっぺの漫画が面白い!」
「違う……。作為的だってことだ」
酔いから醒めたロマッリが真面目な顔をして言った。
ゲルルク王子を中傷する記事のことならば、王子本人から聞いた。
ゲルルクの殺害予定人物に記者が入っていたはずだ。
「王家の親善や特使の訪問なんかがあったときは、ゲルっぺが決まって失敗をして叩き出されるんだ」
「蹄のせいで食器が持てないからな。特使の靴を食べたりな」
「外交で失敗が起きた場合も、ゲルっぺのやらかしだ」
ゲルルク王子を平民の笑い者にしてガス抜きをさせている?
そんなことはカサンドラでもしないはず。
そもそもゲルルクを手駒の一つにしたいはずだ。
「昨日ザインツの町で大店の商人に聞いたんだがな。他国の王家や特使なんかにゲルルクを会わせることはないらしい」
「呪われた豚王子だからだろ?」
「ああ、たびたび出てくる表現だ。呪われた豚王子。外交で失敗する豚王子。親善に参加できない豚王子」
ずいぶん好き放題書きますね……。
ゲルっぺという架空の存在なら許される?
ならば、国王や王妃の風刺も許されるのだろうか。
「外交に参加させてもらえないのは本当だ。親善に登場しないから安心してくれ、ってメッセージにはなる。だが、失敗はできない。いないんだからな」
「いなくてもゲルっぺが悪いんだろ?呪われてるから」
「実際、呪われてるのかもな。だが呪われたのは誰のせいだ?」
呪われた醜いゲルルクは、他国に顔は晒さない。
今回も晒させてませんよ、というメッセージ?
外交の失敗はゲルルクのせいですよ、という話?
「すごく、気分が悪くなる漫画みたいですね……。ゲルルク王子が呪われたとしたら、生まれてすぐですよね。じゃあ国王か王妃か、その両方?」
「顔は見ただろう?呪われてたか?」
「私の部屋は薄暗かったのです。ベールのようなモノもかぶっておられました」
私は男の癖にベールなど気持ちが悪いとしか思わなかった。
顔を見られたくなかっただけだとしたらどうだろう?
ゲルルクが望むミリタリー魔法の大半はマスクが出現する。ベールなど不要だ。
「私はもっとちゃんとお話を聞いてあげるべきだったのかもしれません。最初から激しい嫌悪感しか抱いていなかった」
「それが普通だろ……。豚王子は皆の笑い話の種だ」
「そうだな。ゲルっぺの漫画は面白いぞ」
ケリマだけ、どうやら違う話をしている気がします。
「私はまだ誰とも婚約などする気はありませんが、もう少しゲルルク王子の話を聞いてみたくなりました。もちろん、カサンドラ抜きで」
ちゃんと話しても『世界を炎に包み込みたい』と言うだろうか?
破滅主義から抜け出させないほど世の中を憎んでいるだろうか?
私も世界や世の中の一部であるはずだ。
そのときは敵にしかなり得ないことを理解してもらうことになるだろう。
所領を手にする前から、バイオレットのやりたいことが増えていくようです。
偏見を取り除いた上で、ゲルルク王子との話し合いを望む気にもなりました。
次話 ゲルルク第三王子との秘密の会談を行います
※ブックマークありがとうございます
40件に達するとは、いとありがたし




