バイオレットの脱出
ちゃんとした ざまぁ をやりたいので序盤は八方塞がりです
―― バイオレット・ハーディング公爵令嬢 ――
来たる 王国暦514年 5月3日
王宮の大広間にて、私と貴女との婚約式が行われることが決定した。
5月1日に王宮入りし、私の用意した客室に宿泊するように。
尚、貴女の状況を鑑みて、衣装や家具などの一切をこちらで手配する。
私は心から貴女との再会を楽しみにしている。
―― 王国暦513年 4月9日 ゲルルク・ヴェルシナーク ――
「初めてのお便りが、これですか」
自然と私の口が歪む。
端的で事務的な手紙のわりには、衝撃的な内容が含まれていた。
『私と貴女との婚約式が行われることが決定した』
求婚をされた覚えもなければ、お受けしたつもりもない。
ゲルルク王子とお会いしたのは、彼が面会に訪れた2回だけ。
なにより、私は幽閉中の身である。
「豚王子との婚約が決定するなど、誰かの差し金に違いありません!」
興奮した様子で元使用人だったアンナが金切り声を上げた。
「カサンドラが裏で糸を引いているのでしょう」
元執事だったジーンは冷静な様子だ。
もう一度言うと、私は幽閉中の身である。
ハーディング家の屋敷の離れに監禁されている。
私と接触できる使用人は、兄嫁のカサンドラに仕える者だけだ。
「ついに幻覚を見るようになったのかしら?」
アンナとジーンは私のお気に入りだった。
家族のように大切な使用人たち。
「お嬢様。しっかりしてくださいませ!」
「私たちはこの日のために、何年も準備をして来たのです」
二人とも幻覚ではないのかもしれない……。
彼らがいなくなって3年は経っているはず。
なぜ私のような罪人の為に、時間を無駄にするのか。
「二人とも早々に立ち去りなさい!私のせいであなた達まで罪人にするわけには参りません!」
我ハーディング公爵家は、もう滅亡寸前なのだ。
私のような未来のない罪人と共に人生を失う必要など絶対にない。
アンナとジーンは私に優しい眼差しを向けて力なく笑った。
「バイオレットお嬢様。私たちはとっくに罪人なのです」
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「我々ハーディング家を去った使用人たちは、各地の貴族にカサンドラの陰謀を伝えて回っておりました」
「わたくしは、スーザンと共にお嬢様が陥れられた経緯を。ジーンはジョナサンとオイゲンと共に、あの女が当家に行った数々の陰謀をお伝えしたのです……」
ジーンとアンナの話を聞いて、顔から血の気が引いていくのを感じた。
なんという命知らずなことを……。
身分の差、この一点だけでも話を聞き入れてもらえるはずなどない。
「それが発覚して、カサンドラに罪状をつけられたのですか?」
なんとか二人を救う手立てはないだろうか?
私が王子と結婚すれば取り消せるかもしれない。
「私は先日、スーザン殺しの犯人として手配されました」
スーザンが!?
「スーザンが当家を去ったのは、定年のはずでしたよね?」
アンナが涙を浮かべて頷きました。
スーザンには寝る前に何度も本を読ませて迷惑を掛けました。
私と弟はお話に興奮して、大騒ぎしたものです……。
「私は……。妻……。それとジョナサンとオイゲンの殺害容疑です」
ジーンの言葉に、私は頭を抱えて座り込んだ。
もう、わけがわからない。
なぜここまで残酷な仕打ちができるのだろう。
薄暗い私の部屋でも、目を凝らしてみるとジーンの顔に刀傷が見えた。
「その傷は、あなたも襲われたのですか?」
私の言葉にアンナが顔を覆って泣き始めた。
ジーンは半笑いで瞳孔が開いた目を私に向ける。
「私は自宅で妻と共に襲われました。この傷はそのときのモノです。フッ、ハハハッ!この傷を鏡で見なくても鮮明に憶えておりますのに、無駄な傷をつけられものです!」
私にもドス黒い感情が湧き上がって来た。
このまま帰したところで、ジーンは死に場所を探すだけだろう。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「なるほど……。私を連れ出す準備が整ったということでしょうけど、なにをするつもりなのですか?」
私にとって、この離れを抜け出すことぐらい造作もないことだった。
だが、抜け出してどこへ行けるというのだろう。
私が精神を病んで劇場に火を放った、という話は貴族たちの間で有名なのだ。
「オーブリー伯爵を憶えておられますか?お母上のセオドーラ様のお兄様です」
「幼い頃に何度かお訪ねしました。確か伯父様は、お隣のニュエルソーン王国の方でしたわね?」
伯父様は私の両親が亡くなってから、何度も私たちを訪ねに来られた。
しかしカサンドラが、私たちの心労を理由にして追い返してしまった。
「はい。オーブリー伯爵は私の話を聞くと、すぐにでもバイオレットお嬢様とエドガーお坊ちゃまを養子にしたい、と申されました!」
ジーンは誇らしげに告げた。
隣国にまで足を運んでくれたとは……。
ジーンたちの忠誠心は、カサンドラの脅威となったのだろう。
「エドガーお坊ちゃまを教会から助け出す算段も付けてあります。教会付近で合流して、馬車でそのままオーブリー伯爵のお宅へ向かうことができるのです」
「お嬢様。私たち共に、伯爵様の元へ向かいましょう!」
カサンドラの捏造によって弟は、父と使用人の子として教会へ送られた。
世間で言う”落とし子”にされた弟のエドガーまで救ってくれるらしい。
彼らの忠誠心には応えてあげたい。
だが、カサンドラがそれを予想していないはずはないだろう。
伯父様のオーブリー伯爵の元へ向かう人物を整理してみる。
1.精神を病んで放火した幽閉中の公爵令嬢。
2.”落とし子”として教会へ送られた廃嫡済みの弟。
3・元同僚の殺人犯とされている元使用人。
4・妻と元同僚の殺害容疑がかかっている元執事。
そう。
私がカサンドラなら平気で出国させるだろう。
我々を匿った罪で、伯父様まで爵位を剥奪されてしまうかもしれない。
そして罪人である我々は強制的に帰還。
伯父様の元へは、最初から行けるはずなどないのだ。
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「エドガーの救出の予定はいつですか?」
「明け方までには傭兵たちが奪還しているはずです」
今から教会に向かっても奪還は終了しているだろう。
だが、実は私一人だけならすぐに着ける。
目立ちすぎて、大量の追っ手が付くのは問題だけど……。
「この屋敷をどう抜け出すつもりなのですか?」
「古くから仕えていたスーザンが、お庭に抜け道があることを知っておりました。我々をそれを利用し、そして本館に火を放ってここにおります」
えーと?
お二人は既に放火犯でしたか。
「お嬢様安心してください。ボヤにしかなりません。カサンドラは親族と事業計画を練るため、本日は不在です。きっと本館は混乱したままでしょう」
アンナが笑顔を見せる。
放火犯には違いないのですけど……。
いっそカサンドラがいてくれれば、私が彼女を殺害する手段をとれた。
その後、洗いざらい話せば、私の首一つで事を収められたかもしれない。
「いずれにしろエドガーを放ってはおけませんね」
私は4年と数ヶ月ぶりに、幽閉から逃れることに決めた。
弟と合流して、カサンドラの追跡をかわし続ければいい。
私が王宮入りを求められている5月1日まで逃げ続けるのだ。
そして、カサンドラやゲルルク王子と交渉をしよう。
「婚約も結婚もお受けするので、せめてアンナとジーンを国外追放の処分で許してあげて欲しい」
交渉が成功すれば、二人は伯父様の元で生きて行けるはずだ。
優秀な上に申し分のない忠誠心を持っている使用人なのだ。
伯父様にとっても悪くない話だろう。
残念ながら、エドガーまで見逃してもらえる可能性は低い。
そもそも、ハーディング家の凋落は兄のクリフォード公爵が招いたものだ。
家族の責任を取るのは、実に貴族らしい行いなのだ。
「この日をずっと夢見て来ました!」
アンナが感激して指を組んだ。
アンナの望む未来は私の考えにはない。
だが、なんとしても取り戻してみせるつもりだ。
あなた達の未来だけは!
伯父の助けを借りるつもりの使用人達と脱出しました。
ミリタリー魔法をガンガン使いたいところですが、まだ派手には動けません。
次話は、手筈が整っているであろう弟の奪還に向かいます。
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