ヒッチクリフの鉱山
「お兄ちゃんが魔法を使ったから、私は氷漬けにされたんですよ!」
「ほんとかい?そう言われれば、そうかもなぁ~?」
いや、それは絶対憶えてるでしょうエドガー!
私もアンナも氷魔法の顛末は伝えたはずですよ。
私は目覚めてすぐさま心の中でエドガーを突っ込んでいた。
少しずつはしたない人間になっているのかもしれない。
気を引き締めなければ。
私たちが砦からヴィオラ宅に戻って、二日がすぎていた。
モーリスの部下たちは自宅に帰りたがったが、ケリマがそれを許さない。
「借りを返せ!」そう言われた二人は真っ青な顔をしていた。
モーリスたちもケリマが弓兵を追い回す姿を目にしていた。
あれを見たせいで、ケリマを怒らせることをなにより恐れているようだ。
結局、ザインツの町で自宅に無事を報告する手紙を送ることだけは許された。
エドガーとミリエルに挨拶を済ませてリビングへ向かった。
「昨日は私が片付けたのだから今日はアンナがやるべきだろう」
「いやです!お嬢様が汚されたなら喜んでお掃除いたします。ですが、あんな汚らしい平民のために掃除はしません!」
アンナとジーンが朝から揉めている。
台所に目をやったら一瞬で理由がわかった。
白目をむいた連中が増えたせいだ……。
ロマッリとケリマは相変わらず酒盛りをしてそのまま椅子で力尽きている。
モーリスの部下の一人は、椅子の足を抱きしめるように気を失っていた。
ヴィオラとモーリスと部下の一人は吐瀉物の中で白目をむいている。
あの方たちは何を飲まされたのでしょうか?
私は悪臭に耐えられそうもないので外に出る。
今日はカサンドラの弟であるテオバルドの領地へ向かうことになる。
兄のクリストファーと違って、仕事のできる兵士を集めているだろう。
森の教会に到着していた騎士達は、砦の騎士達とは別物だった。
前後に隊列を組んだだけでなく、私が魔法を使う前に戦闘準備を終えていた。
それに比べて兄の砦の騎士達は手加減した上に、兜を平然と脱いだ……。
砦の騎士は最初から本気を出していれば、私の電撃は受けなかったはずた。
一太刀目で私を突き飛ばして地面へ転がした後、剣を突きつけるだけ。
それすらやらずに油断しきって話しかけてくる。彼らの今後が心配だ。
「クソっ、頭が痛い!小娘女王、今日もやるか?」
ケリマが頭を抑えて家から出てきた。
私は砦からの帰り道で、ケリマから体術を教えてもらう約束をした。
ミリタリー未満の< サプレッサ・ライオット >を使って訓練する。
運動不足の解消と『ポリッセ』たちに恥じない戦いを見せるためだ。
残念ながら私は、ケリマに対してまるで歯が立たなかった。
驚いたことに、私の見せた未来戦闘術をケリマは数分で自分のモノにした。
今まで見せてなかった足払いや投げ技を普通に使ってくる……。
「ええ、出発前の食事ができるまでお願いします」
「わかった準備してくる。そこで待ってろ」
人目に付きにくい丘の上の林に向かうのはめんどうだ。
だが、今は目立つわけにはいかない。
そして、アンナに見つかると悲しまれるので近くではやれない。
「今日は私は素手だ、お前は電撃棒を使って来い!」
とうとう棒も使ってくれなくなった。
きっと手も足も出ないだろうが、努力する価値はあるはずだ。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
「元気出せ!そいつみたいに強くなったら男が寄り付かなくなるぞ」
「寄り付いて来るし!酒奢られるし!剣向けられるし!」
盗んだ馬車の荷台で落ち込む私をロマッリが慰めた。
朝の訓練でケリマに殴られた左脇が今も痛む。
ほぼ全身をプロテクターで覆っているのに、簡単に隙間を突かれた。
盾を蹴られて左腕が流れたときに、脇に隙間ができたそうだ。
「お嬢様、あくまで運動が目的です。あまり根を詰めないでください」
「そうだぞ。お前は魔法係りなんだ。鉱山でもお前が頼りなんだろ?」
ジーンとロマッリの指摘は正しい。
鉱山に到着する前に、私が怪我をしたら今後の予定が狂う。
”ダンジョンホード”が来る前に、完璧に事を終えなければならない。
馬車に乗り込んだメンバーは、今日も前回と同じだ。
それに救出したモーリスと部下の二人が加わった。
盗んだ馬車の御者は、モーリスの部下の一人が勤めている。
これで馬車の中を覗かれない限り、我々が乗り込んでいることはわからない。
「ザインツで豆を仕入れるからな。お前らは表に出るなよ」
ロマッリが突然我々に指示をして、穀物商人の店へ向かうことになった。
ケリマは肩をすくめたが反対する気はないらしい。
「ソラマメの今の相場は~」とモーリスが金勘定を始めた。
ザインツの町の警備は非常に緩い。
さらにロマッリが顔を出した瞬間、衛兵たちが味方になってくれる。
ザインツでなにをしたかわからないが、ロマッリは色々な人に好かれている。
「お戻りはいつですか?」
「わからん!まあ、近いうちにまたザインツには寄ることになる」
「そのときは、是非またお越しください」
ロマッリは穀物商人と取引をした。
店員が次々とソラマメが詰まった麻袋を馬車に積み込む。
豆を積み終わると、空樽がいくつか運び込まれた。
「重量は増えてしまったが、あの二匹はいい馬だ。大丈夫だろう」
ロマッリは御者に合図して馬にムチを入れさせた。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
ザインツの北東をしばらく進むと、ヒッチクリフという所領に入る。
ヒッチクリフは祖父が発展させた所領で、コフィの南に位置する。
複数の河川が交わる為、肥沃な大地が広がり、山々では鉱石が取れた。
ヒッチクリフの発展に祖父の功績を挙げる者は少ない。
「もともと恵まれた土地だった」その意見が大多数を占める。
度重なる洪水やコフィからのモンスターを防いだ施策は軽視された。
ヒッチクリフの発展は、祖父と私の隣にいるモーリスの存在が不可欠だった。
モーリス・ハドソン男爵。今となっては、彼の元の名前を知るものは少ない。
彼は13歳まで、モリス・ジュニア・メイソンという名前だった。
名前の意味は、石工モリスの息子。元は、平民の職人の子供だ。
祖父が治める前のヒッチクリフは、貧農で溢れ返っていたらしい。
年に何度も発生する洪水のせいで、ロクな収穫を得られなかったせいだ。
その上、コフィからのモンスターが侵入し、所領の北部も活用できない。
そこで祖父はまず、私財を投じて境界線に広大な外壁の建設作業を行った。
そのとき出会ったモリス・ジュニアという石工見習いに目を掛けた。
モリス・ジュニアが、外壁建設中にいくつもの設計ミスを見抜いたからだ。
祖父は公爵家の文官よりも、モリス・ジュニアの意見を聞くようになる。
未来の千里眼で既に変人呼ばわりされていた祖父は、さらに変人扱いされた。
「平民の見習いに耳を貸す公爵」そういった陰口を叩かれた続けただろう。
平民の見習いを頼った結果、10年でヒッチクリフの北部を発展させた。
そして、多くの堤防ができあがると、肥沃な大地が様々な農作物を育んだ。
さらには鉱山開発にも成功し、鍛冶職人を大量に誘致した。
「ハーディング家の発展の陰にモーリス男爵あり」この言葉は有名だ。
モリス・ジュニアと彼を男爵にした祖父の物語は知られていない。
変人呼ばわりされた祖父は、功績を誇ることのない変人だから。
そんな変人な祖父は、私の中では母に並ぶ英雄なのだ。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
ヒッチクリフの最初の町の近くで、私は樽の中に入れられた。
モーリスもジーンも樽に入れられ、さらには豆を流し込まれる。
「ここまでやる必要はあるのかね!?」
モーリスがロマッリに不平を言った。
「口を閉じてろ、老いぼれが。文句を言うなら樽ごと川に沈めるぞ!」
「そのときは、私にやらせてくれ」
麻袋から豆を流し込みながらロマッリが怒鳴った。
ケリマは豆を流すのを楽しんでいるようだ。
ロマッリは私たちと違って、老人に容赦がない……。
きっと本当に川に沈めるだろう。
「酒場に寄るからな。ヒッチクリフの状況を知っておきたい」
「飲むなよ!私はこいつらが樽から出ないように見張ってるからな」
鉱山へ向かう前に、ロマッリは情報収集と買出しに行った。
私たちは豆に埋もれてお留守番だ。
町に入ってから2度ほど衛兵に止められて臨検を受けた。
もし、樽に豆を詰めていなければ戦いになっただろう。
この町では、衛兵は見慣れない馬車が通ると、すぐに止めてしまうようだ。
「ミラージェス家とつながりのある商人の馬車か、そうでないかで対応が変わるようだな」
ケリマは衛兵に止められた馬車や行商の様子を注意深く観察していた。
武器を下げたケリマを乗せていなければ賄賂を要求されたかもしれない。
町の発展を阻害する行為だが、それを理解しての行動だろう。
「テオバルドもお前の兄貴のようにひどい領主のようだな」
酒場から戻ったロマッリが不機嫌そうに唾を吐いた。
「賞金首がたくさんいそうか?」
「ん?この荒れ方じゃ、そこらじゅうにいるんじゃないか?なんとか一家だ、なんとかファミリーだ。ゴミ共が幅を利かせてやがる」
「ちょっと稼いでいくか?」
「勘弁しろ。ザインツの町にいたときとは違うだろ?小娘女王が最優先だ。北部の鉱山を目指すなら、こんなところでゴミ掃除をしている時間はない」
ロマッリさん!
ありがとうございます!
豆に埋もれてなにも言えませんが、私は感謝してますよ。
ロマッリとケリマは、ザインツにいたときにゴミ掃除?をしていたのか。
賞金首や暴力団体を倒して回っていたならば人気者になるはずだ。
特にこの二人は、懲らしめるなんて終わり方はしない。きっと命を奪う。
◇◇☆◇◇★◇◇■◇◇★◇◇☆◇◇
ヒッチクリフの北部の鉱山に着くまで、ヴィオラ宅を出て4日を要した。
さすがにエドガーとアンナに会いたくなって来た。
せっかく弟と再会できたのに一緒にいられる時間がほとんどない。
「本当に鉱山に守衛はついていないんだな?」
豆樽から頭を出したモーリスがロマッリに確認した。
私もジーンも豆樽から頭だけを出している状態だ……。
「廃坑なんだろ?入口も塞がっているような鉱山を誰が守る」
「クリフォード様はご存知だったはずなのだが……」
兄が方針を変えたのか、領地をもらったテオバルドが知らなかったのか。
祖父がヒッチクリフを治めていた時代は、北部の鉱山に守衛をつけたようだ。
鉱山を守るためではなく、廃坑の再開を防ぐためだ。
「モーリス。本当に私を手伝ってくださるのですね?」
「もちろんでございます。お嬢様のためなら、きっとジェラード様もお許ししてくださいます」
果たしてお爺様も許してくださるだろうか?
手塩にかけて発展させたヒッチクリフを私が荒廃させてしまうのに。
「まさかヒッチクリフの北部の廃坑を掘り進んで、コフィとつなげるつもりじゃないだろうな?」
「この禿げが寝ないで掘り続けたらやれるかもな」
ロマッリなら本当に一人でやり遂げるかもしれない……。
もちろんそんな無茶をやらせるつもりはない。
「北部の鉱山は5つもある。だが、そのすべてが廃坑になった。つなげるもなにも、つながってしまったのだよ」
「5つ全部つながっているのか!?」
ロマッリが大きく目を見開いた。
”ダンジョンホード”を知らなかった私は、廃坑の理由がわからなかった。
母が亡くなる前は、”ダンジョンホード”自体が問題ではなかったのだ。
だが今は状況が違う。もしつながれば地獄の門が開くようなものだ。
「だが老いぼれ男爵は、この所領の出身で発展に心血を注いだんだろ?」
「しっ、失礼ですよっ!」
ケリマが首を傾げる。
モーリスの部下が無礼な態度を嗜めようとするが、声が裏返った。
「ふふっ。確かに心血は注いだな。だが、それはジェラード様のためだよ」
「お爺様はモーリスのような部下を持てて幸せだと申しておりました」
祖父の名前を口にしてモーリスの目が潤んだ。
「ジェラード様は父親同然、いやそれ以上のお方でした。私にすべてを与えてくださった。私はここの連中と違って、少しでも恩返しがしたかったのです」
「領民に不満があるのですか?」
「お嬢様。ここの恩知らずの馬鹿どもの話をしていてはキリがありません。ひとつだけさせて頂きますと、北部の鉱山すべてを廃坑にしなければならなかった理由でしょうか」
モーリスが鋭い眼光を放った。
確かに5つの鉱山を廃坑にする必要はないはずだ。
そもそも、コフィ方面に採掘を進めなければ良いだけなのに。
私は突然、物凄い不安に襲われた。
4日もかけてこの鉱山に来たのは、魔法で作業を行うことが前提だからだ。
いまさらだが< バンドルマイト >の練習を一切していない!
ケリマ相手に< サプレッサ・ライオット >ばかり使っていたからだ。
魔法が失敗したら、ロマッリに樽ごと川へ突き落とされるかもしれない……。
モーリスと祖父の功績について触れました。
説明回になりすぎないようにしたら次数が膨らむことに……、
なので、21時過ぎにもう1話投稿します
次話は鉱山定番の魔法を使います
※ブックマークありがとうございます。
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得点高い……。




