徳姫の正体
「やはり来ましたか……」
天守閣に上がると、私達に背を向けたまま曇り空を見上げている少女が呟いた。
その傍らには美少女――いや美少年? 性別が分からない子が寄り添っている。こっちは付き人ね。私が用があるのは……
「アンタが徳姫ね」
「その通り。わたくしが徳姫ですわ。まずはようこそ――とでも言って置きましょうか」
「御託は結構よ。それよりこっちの質問に答えなさい。アンタは何者なの?」
「何者――とは?」
「今さらとぼけるつもり? 転生者なのか転移者なのか、はたまた特別なスキルを身につけた厄介者なのか、ハッキリしなさいってことよ」
コイツに関しては不可解な点が多すぎる。
ただの村娘が信長に取り入ったのもそうだし、謎の快進撃でダンノーラを征服したのもそう。極めつけはアサルトライフルやグレネードまで登場した。
これで一般人だとか絶対にあり得ない。
「はぁ……。なぁんか疲れたわ。やっぱこのキャラ立ては無理があったかなぁ」
「……は?」
コイツ、突然何を?
「これでも信長には受けが良かったんだけどね。ほら、上品な方が見栄え的にね?」
「え……ええ?」
まさか追い詰められておかしくなった?
『お姉様、鑑定スキルで見てください。それで納得いくはずです』
どれどれ……
名前:千石司 性別:女
年齢:33歳 種族:人間
身分:信長の義理の娘
ギフト:万物錬金
備考:元プラーガ帝国の勇者で、約15年前にプラーガから脱出すると単身でダンノーラへと渡る。その後は同国にて出世の機会を伺い、見事信長に取り入ることに成功し現在にいたる。
うっわ~、こんなところにもプラーガ帝国の爪痕が……。
あ、一応説明しとくと、プラーガ帝国はこの国から海を渡って遥か南西に進んだところにあって、たびたび異世界から勇者を召喚していた問題児だった国よ。
今ではすっかり大人しくなったけどね。
「なるほどね、プラーガ帝国が残した負の遺産ってとこか」
「「「えっ!?」」」
アイカ以外の皆がギョッとして私を見る。
無理はないけど真実よ。
「へぇ、よく分かったね? 鑑定スキルでも持ってた?」
「そうよ。ついでにギフトも分かったわ。万物錬金とかいう便利そうなやつ。それを使ってアサルトライフルやグレネードを作ったと」
「あっちゃ~、そこまで分かるんだ? でもさ、鑑定スキルってギフトまでは見抜けないはずじゃ……」
ヤッバ! ミルドの加護があるお陰で、普通の鑑定スキルよりも強力になってるのを忘れてた!
「……コホン。私のことはいいのよ私のことは。それよりアンタよ。見た目と年齢がマッチしてないのは何故なの?」
「ああそれね。――ほら、コレの指輪を身につけとけば、年齢を偽装できるのよ」
そう言って手の甲を見せつけてきた。
この指輪はカゲツが持ってたのと同じやつだわ。ギフトの万物錬金で作ったのね。
近代兵器も同じように作り、恐らくはヨシテルの時を止めたアイテムも……。
「凄いね徳ちゃ~ん! そのギフトがあれば、おやつ作り放題だね~」
まさかのルーやミリーと同じ発想!? とても残念だわ……。
「アハハハ! ほぉんとアイナちゃんは面白いねぇ。けど欠点が有ってさ? 錬金するための素材がなきゃ意味ないのよ」
ギフトは万能だけど、素材が調達出来なきゃ意味ないもんね。
「じゃあアサルトライフルやグレネードも少数しか作ってないのね?」
「そ。時間停止のアイテムも竜の牙とか海底魚の鱗とかが必要で、結局作れたのは1つだけってオチ。使った相手はアンタが誘拐したヨシテルだけだよ」
ちょっとだけ安心したわ。時間停止アイテムが無いのなら一応の脅威は去ったと言える。
「それで、アンタの狙いは何? ヨシテルの時間を止めたのと関係があるわけ?」
「フッ……」
この質問に待ってましたとばかりに口の端を吊り上げ、フワリと上空に舞い上がった。
「最初はね、ダンノーラを征服したくて潜り込んだのよ。せっかくの異世界なんだし、裏から支配してやるのも面白いじゃない?」
くっだらない理由。しかも面白半分みたいな感じで、聞いてるだけでイラッとくる。
「ところがよ、この国には琉球の番ってのが居るって聞いてさ、コイツを利用すれば過去に封印された恐ろしい魔物を復活させられるって思ったのよ」
恐ろしい魔物って、確か八岐大蛇よね? 大した脅威じゃなかったけれど。
「それで調べたんだけどさ、琉宮の番って年齢を重ねるごとに八岐大蛇を抑える力を消失してくんだって。だから時を止めて消失するのを妨害しつつ、力を吸収してたって訳よ」
「力を吸収――って、ただ強くなりたいだけなわけ?」
「あ~違う違う。私が欲しかったのは八岐大蛇を制御する力。つまり使役するって意味ね。ま、そろそろ頃合いだし、ちゃっちゃと召喚しちゃいますか――蘭丸!」
「はい……」
蘭丸という付き人に命じると、突然――
ザクッ!
「ゴフッ!」
「「「な!?」」」
コイツ!? ――蘭丸が自分の腹をナイフで刺した!
「あ~別に可哀想とか思わなくていいよ? 最初からコレが目的で奴隷商から買い取ったんだし。それに内戦の時から多くの兵士が贄として捧げられてるし、――まぁ中には生け贄にしたヤツもいるけど、そんなの些細な問題っしょ?」
「だからってアンタ!」
「そんな事より――はいちゅうもーーーく! 今から八岐大蛇を召喚しちゃいまーす!」
千石が叫ぶと空中に真っ黒な穴が空き、蘭丸の死体が吸い込まれていく。
すると徐々に穴は大きくなっていき、以前見た八岐大蛇と同等のサイズに。
「アハハハハ! コレよコレコレ、わざわざ死んだフリしてまでプラーガ帝国を脱出した甲斐があったってもんよ! しかも連中、まさか自分達が使ってた勇者召喚の儀式が応用されてるとは思ってないはずよぉ!」
チッ、プラーガ帝国のやり口を真似て召喚しやがったのね。
「お姉ちゃんを召喚したのも同じやり方ね?」
「そうよぉ。何度か試してようやく成功したって感じ? でも命令には従わないし私をちゃん付けで呼ぶし、おまけに摘まみ食いしまくるしで上手くいかなかったから放置したのよ」
あ~うん。お姉ちゃんは召喚されてもマイペースだったのね……。
「それよりほら、もうすぐ復活するわよーーーっ!」
興奮する千石が真っ黒な空間を指す。
やがて姿を現したのは、以前見たのと同じ形態の……
「……我が眠りを妨げるのは誰だ?」
「召喚したのは私だけど……。あれ、何だか機嫌が悪い?」
「そうだ。我は今機嫌が悪い。用が無いのならすぐに立ち去るがよい」
いかにも不機嫌そうな八岐大蛇。
それに首が五本しかないような……
「い、いえ、用なら有ります! コイツらを皆殺しにしちゃって下さい!」
「む? コイツらというのは――ンゲッ!?」
あ、今の反応で確信した。コイツ、あの時と同一の個体だわ。
だってアンジェラを見てビクッってなったし。
「き、貴様らーーーっ! よくもまた堂々と現れおったな!?」
現れたのはアンタだけどね。
「この首を見ろ! まだ五本しか再生してないんだぞ!? どうしてくれるんだ!」
どうしてくれるって……こっちは正当防衛だし、自業自得じゃないの。
「まぁよい。ここで会ったが百年目、あの時の恨み、今晴らして――」
「なんじゃ、あの時の続きがしたいのかや?」
「ちょちょちょちょちょっと待ってほしい。今はまださわりの部分だから――」
「なぁに、遠慮はいらんぞ?」
「いえいえいえいえ、遠慮とかそういうレベルの話じゃなくてですね――って、だから待てと言うに! ――だぁっ! よせ、触るな、襲われる、穢される、犯されるぅぅぅ!」
指を鳴らして近付くアンジェラ。
うん、八岐大蛇にとっては最大級の恐怖よね。
一方の千石はというと、訳も分からずポカーンとして眺めていた。
武蔵や小次郎も同様で、まるで見世物小屋の意味不明なショーを見てるかのよう。
「今度は優しくしてやるぞ?」
「嘘だ! そんな事言って、また首もいだり酷い事するつもりだろ? グロ同人のように!」
「む? グロいのが好みかや?」
「ちちちち違う! 断じて違うぞ!? ここは一つ平和的に――」
「セイヤァ!」
ドゴォ!
「ぶべらっ!?」
さっそく始まったアンジェラVS八岐大蛇。
もう放置してても問題なさそうね。
「こ、これが八岐大蛇……なの?」
そうよ千石。せいぜいガッカリしてなさい。
「アンジェラちゃんが楽しそうにプロレスごっこしてるね~。お相手も何だかんだ言って楽しそう~」
いや、それだけはない。
「クッ……頼みだった八岐大蛇があんなだったとは……。こうなったら!」
千石が私へと振り返る。
「お前さえ死ねば、まだ勝機はある。今ここで死――」
「死ぬのはテメェだぜ?」
ザシュ!
「ぐふっ!?」
私に向かってきた千石に対し、モフモフの爪が食い込む。
さすが勇者殺しと言われるだけあって、千石は対処できなかったみたい。
「これでトドメよ――フレイムキャノン!」
ドムッ!
「ギャァァァァァァ!」
これでほぼ死んだはず。もし生きてたらアンジェラに頼むだけだし、いずれにしろ千石が生き延びるのは不可能よ。
……あ! ガルドーラの侵略目的を確認するの忘れてた……。




