大包囲作戦
ダンノーラ帝国のギフという町に居城を築いた信長。
城の最上階からは城下町を一望でき、グルリと見渡せば町の中心にあるのがすぐに分かる。
そんな居城にて、配下の一人である明知光秀の声が響く。
「殿ーーーっ、一大事に御座いまする!」
「騒がしいぞ光秀。何をそのように慌てておる」
上段の間で横になりつつカステラをつまんでいた信長が、不機嫌そうに顔を上げる。
つい先日ガルドーラへの宣戦布告を行い、それと同時に攻め込むための船団をも差し向けたのだ。今頃向こうは慌てふためいているだろうと信じて疑わない。
しかし報告に訪れた光秀の台詞は、その思考を180度変えてしまうほどのものであった。
「せ、船団が……ガルドーラへと向かった船団が……かかか、壊滅いたしました!」
「……ほへ?」
……はて、かいめつとはどのような字であったかと考える。
「かいめつとは……ああ、めっちゃ快感にうち震えるという意味か?」
「違います!」
「ならばめっちゃ快適か?」
「それも違います!」
「ああ分かった、めっちゃ開放的だろ?」
「だから違いますって!」
「じゃあなんだ、まさか本当に壊滅した訳ではあるまい?」
「それで合ってますってば!」
「なんだ、そんな事で――」
「なんですとぉぉぉぉぉぉ!?」
驚きのあまり飛び起きた信長が光秀にすがり付き、ガクガクと前後に揺すりながら続きを促す。
「そそそ、それでそれで、いったい我が軍の船団に何が起こったというのだ!?」
「詳しくは存じませぬが、後詰めで向かっていた船団によりますと、とてつもない大魔法が発動されたかのような爆音が轟き、直後に船団との連絡が途絶えたとの事に御座いまする」
「そ、そんな……」
勝ちは揺るがないと確信していた信長に、焦りが見え始めた。
その報告が本当なら、攻め込んだ第一陣は無力化されている事になる。
「やむ無く後詰めの船団は引き上げましたが、一度再編成を行わなければ攻めるに攻めれませぬ」
「ムググググ……」
跪く光秀の前で頭を抱え、右往左往と取り乱す。
優雅な一時とは一転し、まるで悪夢が降りかかってきたかのようだ。
――と、そこへ傍らに控えていた盛蘭丸が遠距離通信用の水晶を手に持ち、信長の前に差し出してきた。
「殿、大供宗麟からの通信です」
「宗麟だと? 今はそれどころではない。日を改めて――」
「ですが本人からは急を要する事だと。それに殿を呼び捨てにしているところを見るに、何かしら心境の変化があったものと存じます」
「……何?」
自分を呼び捨てるとは不届きな! そう思い船団の事は放り出し、水晶を覗き込む。すると、うっすらとニヤケ顔の宗麟が浮かび上がってきた。
『フン、久しぶりだな信長コノヤローめ』
「き、貴様宗麟! この信長に対してなんたる無礼な!」
『貴様こそ無礼だぞ? キシリトール様を排除しようとした愚は忘れはせぬ。今日はキシリ教の誕生を貴様に教えてやったのだ、ありがたく思うがいい』
「き、き、ききき、貴様ぁぁぁ! 儂に黙って宗教を!」
なんと、信長の命令を無視した宗麟が、キシリトールという神を崇めだしたのだ。
もはや謀反に他ならず、ダンノーラの皇帝として見過ごすわけにはいかない。
『ああ、一つ言っとくが、こちらには前皇帝である前白河様がついてらっしゃるのでな、貴様がいなくなったところで誰も困らんから安心せぃ』
「グヌヌヌヌ、あの法王め……」
ガルドーラに亡命したと聞いたが、自らの意思で戻ってくるとは予想していなかった。
刺客も差し向けたが報告に上がらないという事は、つまりは失敗したのだろう。
『それとな、竜造寺と嶋津もこちら側についたぞ?』
「んな!?」
『貴様も知っておろう? 噂に名高いダンジョンマスターのアイリ様を。あの御方の前になす術もなくひれ伏しおったわ』
「噂に名高い……、しかも竜造寺と嶋津をも簡単にねじ伏せる存在――ま、まさか!」
信長にも心当たりがあった。
魔女の森にダンジョンを構えている恐るべきダンマスを。
確か名前はアイリだったはず……
「あのアイリだというのか!?」
『そうだ。アイリ様はガルドーラに手を出している貴様に大変お怒りだ。いずれダンノーラが火の海になると心得よ』
「ク、クソゥ……さてはガルドーラに向かった船団を壊滅させたのはアイリだな? 貴様もアイリの手先に身を落としたというのか!」
『そうとも。あの御方こそキシリトール様の化身として君臨なされた救世主。貴様のようなうつけとは一味も二味も違うわぃ。そう遠くないうちに貴様を追い詰めるゆえ、せいぜい震えて眠るがよいわ』
シュン……
言うだけ言うと、勝ち誇った宗麟の顔はサラサラと消えていった。
後に残されたのはワナワナと震える信長と、顔面蒼白となった配下の二人。
そのうちの一人である蘭丸が、恐れながらと再び水晶を差し出す。
「……今度は何だ?」
「長祖我部元親からです」
「チッ!」
舌打ちしつつ覗き込むと青空よりも真っ青な顔をした元親が、顔面をドアップにして訴えてきた。
『殿ーーーっ、一大事に御座いまする! 城にシルバーウルフとカオスブラックウルフが侵入し、縦横無尽に暴れまわっております!』
「な、何だと!?」
どこかデジャヴを感じる台詞の後に発せられた内容は、城内に魔物の侵入を許したという報であった。
いずれもCランクの魔物で、支配下に置いたウルフを使役して襲撃してくる大変危険な魔物である。
ちなみにアイリの眷族には、シルバーウルフのギンとカオスブラックウルフのクロが存在する。
『このままでは持ちそうにな――』
シュン……
通信が途中で切れてしまった。
送信元に異常が発生すると遮断されるので、元親の身に何かが起こったのだろう。
だがそれを考える間もなく、別の顔――猛利元就の顔が水晶に浮かび上がった。
『お、お助けくだされ殿ぉぉぉ! 魔物が、魔物がぁぁぁ!』
「落ち着け元就! いったい何が――」
『上空からワイルドホークが襲撃しており、このままでは城が崩れ――ガガガガガ!』
どうやら元就の方はBランクのワイルドホークにやられたらしい。
風を操る魔物のため、弓矢を放っても簡単に弾いてしまうのが特徴だ。
ちなみにアイリの眷族には、ワイルドホークのホークが存在する。
「ええぃ、クソッ! 元親の次は元就だと? いったい何故このような――」
シュン!
喚く信長に追い打ちをかけるかの如く、またしても別の顔――北上氏康の顔が浮かんできた。
『殿、大変ですぞ! 我が城にセイレーンが現れ、兵が次々と眠っておりまする!』
「こ、今度はセイレーンだと!?」
『このままでは全ての兵が無力化され、いずれは某も――』
シュン……
話してる間に深い眠りについたようだ。
セイレーンといえばBランクの魔物であり、かの子守唄に抵抗できる者はそうはいないだろう。
ちなみにアイリの眷族には、セイレーンのセレンが存在する。
そして間髪いれず別の顔――得川家康の顔が浮かぶ。
シュン!
『こ、こちらは家康、ただいま突如として現れたリザードマンキングと交戦中! たった一人と言えど相手は手強く、このままでは全滅の恐れも――』
シュン……
どうやら無事全滅したらしい。
ちなみにアイリの眷族には、ザードという名のBランクのリザードマンキングが存在する。
「ま、まさか……まさかまさかまさか、氏康や家康までやられたというのか?」
もはや怒りすら失せ、憔悴しきった顔の信長がそこに居た。
しかししかし、無情にもそれだけでは終わらない。
今度は上過謙信からの通信が入る。
『殿、人類を脅かさんとする魔物の襲撃です。相手はSランクのデルタファングにつき、まことに残念ながらここで武運が尽くようで御座います。殿……どうか御無事で……』
「デデデデデ?」
もはや言葉にならないくらいの動揺を見せる。
Sランクといえば国一つが滅ぶとも言われており、そうなると玉砕覚悟で挑むか国を捨てて逃げるかの二択しかない。
ちなみにアイリの眷族には、デルタファングのモフモフという眷族が存在する。
「よもや謙信までもが……」
だがこれで終わりとはならなかった。
よほど神は信長を過労死させたいらしく、竹田信玄からも通信が入る。
『す、すまねぇ親方様。とんでもなく強ぇ女が現れやがって、配下の精鋭達でもまるで歯が立たねぇ。わりぃが俺はここまでの――「ほれほれ身体が固いぞ? しっかりとほぐしてやるから感謝せぃ」――ひぃぃぃぃぃぃ!』
よほど苛烈なマッサージを受けているのか、信玄の通信も遮断されてしまった。
「な、何という事だ、すでに周囲の国々はアイリの手に落ちてしまったというのか……」
ガクリと項垂れる信長。
通信が入った全ての大名が討ち取られたのであれば、すでにギフは孤立しているという事になる。
そんな信長の元に配下の一人――歯歯歯秀吉がドタドタと駆け寄ってきた。
「申し上げます! 全国に潜む暗黒寺の坊主共が一斉に挙兵! 反信長勢力として動き出しました!」
「…………」
予てから隙を窺っていた勢力が立ち上がった。
いくら信長でも、この状況を覆すのは容易ではない。
光秀、蘭丸、秀吉が見守る中、ついに意を決した信長が立ち上がる――
「も、もうダメじゃ、おしまいじゃ……」
――事はなかった。
だが信長の代わりに立ち上がった者がいる。
「あらあらお父上、そのように落ち込んでる場合ではありませんわよ?」
「お、お徳?」
それは信長の一人娘である徳姫であった。
「し、しかしお徳よ、敵はすぐにでもやって来るぞ?」
「心配いりませんわ。まずは籠城し、時間を稼ぎましょう。アイリへの対策として、優秀な刺客をガルドーラへ転移させました。上手くいけば、慌てて引き上げるでしょう」
「そうであったか……」
「ええ。ですのでお父上は何も心配する必要はないのですよ。何も……ね。フフフフフ」
徳姫の目が怪しく光るが、その場の四人は誰も気付いていなかった。




