過去の因縁
「お姉様、こちらを」
「ん? あれは……」
ダンノーラの船団を撃破し、いざこちらから乗り込んでやろうと考えてた矢先、一隻の船が現れた。
ドローンからの映像を見る限りだと普通の商船に見えるけれど、宣戦布告を受けた直後から交易はストップしてるはず……。
「どうしますルミルミ様?」
「大船団の後だし、怪しい事は確かだわ。けれどダンノーラの皇帝とは別口の可能性もあるし、こちらの指示に従うのなら話を聞きましょうか」
こちらの船4隻で四方を固め、港への誘導を開始する。
どうやら素直に従ってくれるらしく、言われるままに黙ってついて来てくれたわ。
ほどなくして港に着くと下船してきたのは四人の男女で、内一人の30代くらいに見える銀髪の女性が自己紹介を始めた。
「此度は特別のご配慮をいただき、まことに感謝致します。手前はダンノーラ帝国の元商船団の団長を勤めておりました、影縫と申します。以後お見知りおきを」
頭の下げ方にも気品を感じる人だわ。それなりの地位にいたやつの御用商人だったのかもしれない。
「私はアイリよ。現領主様の代理で来たんだけれど、単刀直入に聞くわ。ここへ来た目的は何?」
「はい。今が戦時中である事は重々承知しておりますが、発展目覚ましいガルドーラの地にて商人として旗揚げしたく参った次第でございます」
「……どうして今なの?」
「商機を逃すのは商人としては二流。戦時中だからこそ活路を見出だせると考えました。よろしければ一度ご領主様にお目通りさせてはいただけないでしょうか」
話し方も丁寧だし、好感を持てるわね。
だからといって、即座にルミルミへと会わせるわけにはいかない。
「即答はできないから、こちらの指定した宿で待機しててちょうだい。ルミルミ――じゃなかった、ルミナステル様には私から伝えておくから」
「承知致しました」
――とまぁ、冷静さを装って中心街の旅館へと案内し、ルミルミの邸へと戻った。
「相手の様子はどう?」
「はい。商人に扮した忍び集団でした」
「ブフッ!」
紅茶に口を浸けたルミルミが、私の台詞を聞いて盛大に吹き出す。
いや、実際そうだったのよ? 鑑定したら全員が真っ黒。あの女もくノ一だったし。
「そんな輩だと知っててどうして旅館に泊めたの! アイリなら簡単に排除でき――」
「お待ちくださいルミルミ様。お姉様なら簡単に排除できたのは事実ですが、これには深い訳がありまして」
「深い訳?」
「あ、詳細は私から話します。実はあのくノ一は――」
鑑定で判明したのは、忍びという事実だけじゃないのよ。私の考えが正しければ、あのくノ一はこっそりと首都へ向かうはず。
そうこう考えてるうちに夜を迎えると、あの忍び集団がコソコソと動き出した。
向かう先はルミルミの邸――ではなく、一直線に西門へ。
上空のドローンには当然気付かず――っと。
「思った通りだわ」
「ですね。しかしここまでして気を回す必要はなかったと思うのですが?」
「まぁそうなんだけどね。でもカゲツは自分から話したがらない性格だから……」
あのくノ一はカゲツと関わりの深い奴だった。だからカゲツ自身で決着をつけてもらいたいのよ。
★★★★★
コツッ――コロコロコロ……
「!」
首都にある宿の一室にいたカゲツが、外から放り込まれた何かを手に取る。
見るとそれは石を紙で包んだものであり、紙には何かが記されていた。
「こ、これは!」
読み進めるうちに顔が険しくなっていき、ついには紙を強く握り潰した。
「おのれ風月!」
忍び四天王の一人であるフウゲツの名を叫び、すぐさまカゲツは部屋を飛び出していく。
そして丸めて捨てられた紙にはこう書かれていた。
【お前の息子――陸の身は預かった。返して欲しくばあの場所へ来い。そうだ、お前の大事な女が眠る場所だ。夜明けまでに来なければ、息子の命は無いと思え】
最後に風月と小さく書かれており、それはカゲツもよく知っている人物である。
そのフウゲツの目的はカゲツにあるようで、逃げられないようにとリュックを拐った上で誘い出したのだ。
ならばこうしてはいられないと素早く身支度を整え、妻――お絹の墓へと急ぐ。
「きたか……火月」
「風月!」
墓の前で佇むくノ一が、頭巾を外して顔を見せる。
暗くて表情こそ分からないものの、やはりカゲツの知っている人物――フウゲツなのは間違いない。
「息子はどこだ?」
「安心しろ、今はまだ生きている」
パチン!
フウゲツが指を鳴らすと、茂みから四人の黒装束が現れる。
彼らの前には陸――もといリュックが、短刀を突き付けられた状態で跪いていた。
「息子を放せ! お前とは関係ないはずだ!」
「確かに関係はないな。だがお前が死ねば気にかける意味もなかろう?」
やはりフウゲツはカゲツの命を狙っていた。
すぐにでも斬りかかってやりたいが、リュックを人質にとられている今、無闇に手を出すわけにはいかない。
「……なぜ俺を狙う?」
「なぜ――だと? 貴様ぁ……本気で言っているのか!?」
シュッ!
「っ!」
激昂したフウゲツがクナイを飛ばし、カゲツの頬を掠めていく。
最初から当てる気はなかったようで、赤い一本線だけが頬に残った。
「やはりお前は……」
「ああ、そうだ。惨めにも貴様に捨てられた私は復讐のためだけに生きてきた。おかげで三代目風月という肩書きを得ることができたが、もはやそれはどうでもいい。貴様を後悔させてやることが私の全てだからな!」
カゲツとフウゲツ、二人の関係は複雑のようで簡単だ。
何故ならば、かつては男女関係だったのだから。
「できることなら貴様の目の前でお絹を始末してやりたかったが……それが出来ないのがとても残念だ」
狂気をはらんだ顔から一転、心底悔しそうな顔で俯く。
お絹に対して本気で殺意をいだいていたのだろう。
そして俯いた姿勢のまま、改めて問いかけてきた。
「なぜだ……なぜだ虎太郎! なぜ私を捨ててお絹を選んだ? 私の何がダメだだというのだ!?」
涙で地面を濡らしつつ、カゲツ本来の名を叫んだ。
「……ダメという事はない」
「だったら――」
「お前は……半奏は一人でも生きていけるだろうが、お絹は違った。新皇帝に捨てられたお絹はすでに憔悴しきっていたのだ。哀れに思った俺は、可能な限りお絹を支えてやろうと決めた。結果的にお前を捨ててしまった事には変わりないが、決して――」
「黙れ……」
酷く冷えきった声がカゲツの耳を突く。
見るとフウゲツが小刻みに身を震わせており、やがて怒りを爆発させるかのように……
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇ! 私の気も知らないで、何が一人で生きていけるだ! 今さら言い訳をしたところで貴様に捨てられた事実は変わらんのだ!」
「風月……」
「私がどれほど惨めな時を過ごしていたかも知らないで、知った風な口をきくな!」
一頻り怒鳴り尽くしたフウゲツが、ゼェハァと息をする。
やがてそれが収まると、再び狂気をはらんだ顔へと変化させた。
「だがそんな惨めな時も今日で終わりだ。知っているだろう? その名の通り、私の得意技は影縫。貴様はもう身動き一つ出来んのだ」
「なっ――しまった!?」
言われて動こうとするが、ピクリとも動けない。
よく見れば足元には月明かりで出来た影があり、その影を縫いつけるようにクナイが突き刺さっていた。
「クックックッ。私が衝動だけでクナイを放ったとでも思ったのか? だとしたら甘い、金平糖のように甘いぞ!」
そう、ついさっき激昂して放ったように見えたクナイだが、カゲツの目を欺き地面へと刺したのだ。
「さて、そろそろ覚悟はできたか? 言い残す事があれば聞いてやってもいいぞ?」
「……ならば一つお願いしたい。息子のリュックを――」
「断る!」
カゲツの言わんとしている事を予測し、顔を歪めて言い放ってきた。
「これは貴様への復讐なのだ。貴様が後悔しなければ何の意味もない。だから――」
「ま、まさかお前!?」
フウゲツが部下の黒装束に顎をしゃくると、意図を理解した部下達がリュックに対して短刀を振り上げた。
「クックックッ、息子が死にゆく様を目に焼きつけるがいい!」
「やめろぉぉぉぉぉぉ!」
ザクッ!
黒装束の短刀がリュックの首へと突き刺さる。そのまま首を掻っ捌いてやろうとしたところで、ある異変に気付く。
「て、手応えがない!?」
「何だと!?」
短刀が斬り込む感触が、途中から消え失せたのだ。
異変はそれだけではなく、吹き出すはずの血もまったく出てこないではないか。
するとリュックだったものが徐々に変化していき、最終的にはただの藁人形が横たわるだけとなった。
「残念だったわね。アンタのやる事はお見通しよ?」
ふわりと上空から舞い降りたのは、我らがダンマス――アイリである。
そして着地の直前に、影縫のクナイを斬撃で弾き飛ばした。
「き、貴様はアイリ! なぜここへ!?」
「何故も何も、アンタの正体は最初からバレてんの。恐らく人質をとるだろうって思ったから、リュックのベッドにはダミーを寝かせておいたのよ。結果は案の定ってわけ。本人なら別の部屋で寝てるわ。ってことで――」
ズバズバズバッ!
「「「ぐわぁ!」」」
くるりとターンしながら四人の黒装束を斬り飛ばしていく。
「はい終わり。残ってるのはアンタだけよ」
「クソッ!」
ドズッ!
「がはっ!?」
慌てて逃げようとするフウゲツの前にカゲツが立ち塞がり、躊躇うことなく心臓に短刀を斬り込ませた。
「とても残念だ風月。できれば殺したくはなかったが、息子の命を狙ったとあらば生かしてはおけぬ」
「か……かげ……つ……」
奇しくもお絹の墓の隣で、フウゲツは冷たくなっていった。
カゲツ=風魔小太郎
フウゲツ=服部半蔵
が元ネタとなっております。それぞれ漢字を変え、半蔵の性別も違いますが、特に意味はありません。




