精霊の衣
「精霊の衣?」
「うん。我がアインシュタイン家の元祖――ルドランが当時の国家主席に献上し、貴族の地位を得たって言われてるの」
呪いについて思い当たる節があるかと聞いたら、精霊の衣というレアアイテムが出てきた。
そのルドランって人が森を探索中に偶然拾ったらしく、決して精霊から奪ったわけではないらしい。
それが本当ならとばっちりもいいとこよね?
「入手するのが困難な代物で、国家首席は大喜びだったみたい。おかけでそれ以外の功績を上げてないにもかかわらず、今でも侯爵の地位を保ってるくらいだから」
「こ、侯爵だったんだ……」
庶民からの成り上がりだって聞いてたから、良くて子爵くらいだと思ってたわ。
でもそれだけ精霊の衣はレアアイテムだってことよ。
何せ滅多に人前に現れない精霊が身につけてる代物なんだから。
「呪いを掛けてるのは精霊だし、多分精霊の衣が原因なんでしょうけれど……。他に知ってる事はない?」
「ううん、言い伝えで残ってるのはそれだけ。精霊に会ったとか、誰かから盗んだって話はなかったはず」
「そう……」
あくまでもルドランって人の自証だし、どこまで真実かは分からない。
やっぱり精霊に会うしかないか。
「こうやって知り合ったのも何かの縁よ。呪いは必ず解呪してあげるから、それまでは安静にしてて」
「ありがとう、アイリちゃん。それから……」
「ん?」
「さっきは睨んじゃってごめんなさい!」
「ああ、そのこと」
大して気にはしてなかったから深々と頭を下げられると、かえって恐縮しちゃうわね。
「別に気にしてないわよ。それに一応言っとくけれど、リュックに対しては特別な感情はないから安心して」
「ホ、ホントに!?」
「うん。だからこれからも良き友達でいましょ」
「うん、分かった!」
呪いを解くのを約束し、固い握手を交わしてからクレアの邸を後にする。
当然のようにリュック達に追及されたから、服を脱いでもらう必要があったと伝えて追及を逃れた。
男子二人は顔を真っ赤にしてちょっと面白かったけれど、ならあたしはよかったでしょとトリムからは抗議されたっけね。
まぁ最終的には見せ物じゃないからと言い聞かせて渋々納得させたけども。
『それでお姉様、いったいどこに向かわれてるので?』
『精霊の衣が発見された森よ』
まずは現地に行って確かめる必要があると思ったのよ。
精霊と言っても多数存在するし、片っ端から接触してたら時間が掛かりすぎるからね。
ちなみに今、アイカとは念話でやりとりしてるだけだからここには居ないわ。
代わりに透明になったドローンが近くを飛び回ってるわけだけど。
あ、そうそう、このドローンはアイカが色々と付与して近代兵器や魔法も放てるという恐ろしい兵器と化してるのよ。
アーモンドとかいうヴァンパイアと戦った時、エリクサーを散布したのもこのドローンでしたってわけ。
「で、ここが現場の森ね」
目の前に広がるのは樹海と言ってもいいほど腰の高さまで草が生い茂っている森で、それが遠くに見える山の麓まで続いている。
首都郊外から5キロほど離れた場所にあって、延び放題となった草木を見るに、冒険者も殆どやって来ないんでしょうね。
『首都には攻略中のダンジョンがあるそうで、皆さんそちらに集中されてるのでしょう。ところでお姉様――』
「うん、気付いてるから大丈夫」
クレアの邸から私を尾行してるのがいるのよねぇ。
まぁ誰かは分かってるんだけど。
「グラド、尾行してるのはバレバレよ」
ガサッ!
バレてるのは思わなかったようで、慌てたグラドが茂みから這い出てくると、頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「い、いやぁ……き、奇遇だよなぁ、こんなところで会うなんて」
「奇遇じゃないでしょ……。どうして付けてきたの?」
「う……ま、まぁほら……俺もクレアが心配だからさ、何とかして力になりたいって……」
はは~ん、なるほどね。
「好きな子を助けたいって気持ちは分からなくもないわ」
「だろ? だから――っておい! 別に俺はそんなんじゃ――」
「今さら隠さなくてもいいわよ。一人でこんなところまで付いてくるんだから、そうでもないと出来ないでしょ?」
「う……うん……」
もう日が沈んでるし、いつ魔物が襲ってくるか分からない。
そんな場所にまで付いてくるんだから、その勇気は買ってあげないとね。
『しかしお姉様、これからは彼らの板挟みに合わないよう注意するべきかと』
『私は誰の肩も持たないわよ?』
恋人とかちょっとは羨ましいと思うけれど、私にはまだ早いと思ってるし。
『てすが既に三角関係ならぬ四角関係になってますけどね』
『は? もう一人は誰よ?』
『気付いてないのですか? リュックはお姉様に好意を寄せてるのですよ?』
『……マジで?』
『マジです。これでお姉様がグラドに好意を寄せてたら完璧でしたね』
『でも現状は一方通行じゃない』
参ったわね。下手するとクレアとの関係が拗れちゃうし、こっちの面でもなんとかする必要がありそう……。
「――ってアイリ、前前!」
「慌てなくても大丈夫よ――セイッ!」
ガスッ!
「ギャウン!?」
こっそり忍び寄っていた森狼に回し蹴りを叩き込んでやった。
背中ががら空きだとでも思ったんでしょうけれど、今さらFランクの魔物にやられるほど弱くはないわ。
「安心しなさい。Aランクの魔物までなら対処できるから」
「……それ、プラーガ帝国の勇者と変わらなくね?」
「かもね。――ほら、さっさと先に進むわよ。今さら帰れなんて言わないから、原因を突き止めに行きましょ」
「お、おう……」
と言っても、ここに謎を解く鍵があるとは限らないんだけども。
『カギだけに――ですか?』
『そうそう、鍵だけに限らな――ってくだらない事で念話を使うんじゃない!』
『ですがカギなら見つけたかもしれませんよ?』
『え!?』
『10時方向に魔力を感知しました。付近に魔物の気配はありませんので、魔力を含んだ何かがあるはずです』
ドローンが魔物ではない何かを見つけたらしい。
『アイカ、ここを真っ直ぐ?』
『はい。約300メートル先です』
駆け寄ってみると、何てことはない普通の木が立っているだけ。
他に怪しいものは何も見当たらない。
「おかしいわね? 確かに魔力が――ん?」
手で触れると空間が歪む?
歪んだ先にも似たような風景が続いてるけれど、中に入れるなら入ってみるしかないわね。
「グラド、手を離しちゃダメよ? はぐれたら探せるかどうか分からないし」
「わ、分かったぜ」
やや青ざめた表情のグラドが私の手を掴んだのを確認し、空間の中へ飛び込んだ。
私の予想だと、ここに元凶となる精霊がいるはずなのよ。
その精霊と接触できれば解決できるんだけれど……
「止まれ! おとなしく武器を捨てろ!」
「怪しいやつらめ、どうやって侵入した!?」
入った瞬間に弓と剣で武装したエルフに囲まれるという、思った以上に手荒い歓迎を受けてしまった。
「こんなところにエルフが!?」
「どうやらエルフの隠れ里の一つだったらしいわね」
もしかしたら無関係かもしれないけれど、黙って引き返すわけにはいかない。
このエルフ達が精霊と関わってる可能性もあるし、それを調べる必要がある。
「何をごちゃごちゃと言っている! 早く武器を捨てねばこの弓で心臓を射抜くぞ!?」
「あ~はいはい、武器は捨てるから手荒な真似は止めてちょうだい」
やむを得ず連行されることにした。
エルフは平和主義者だし、いきなり殺しにくる事はないだろうと考えてね。
そして歩かされること数分。所々にランプが灯された集落へとたどり着き、住人らしきエルフに注目される中、一軒の屋敷へと連れて来られた。
奥には長老と思われるエルフが床に座っていて、周囲に目配せをするとさっそく尋問が行われた。
「ワシはこの里の長をしておるヌジュールという者だ。率直に聞くが、お前達の目的はなんだね?」
「精霊の衣について調べにきました」
「何だと!?」
「貴様はいったい――」
長老とは別に他のエルフ達が騒ぎだした。
それを見た長老が手で制すると、私に向き直って続きを促してくる。
「実は私の友達が精霊の呪いを受けていて、その原因として考えられたのが、彼女の先祖が入手した精霊の衣にあると思ったんです」
「……嘘は言っておらぬようだな」
「分かるんですか?」
「うむ。過去に人間や獣人に誑かされたエルフが大勢おったんでな、他人を見る目は肥えていると自負しておるよ」
理解してくれそうで助かった。
協力を得られそうなので、これまでの経緯を説明することに。
「……なるほど、そういう経緯であったか」
「はい。彼女には落ち度がないし、なんとか助けてあげたいんです」
「そうなると、やはり精霊様と話す必要があるか……。しかしなぁ……」
腕を組んだまま俯いてしまった。
何か問題でもあるんだろうか?
「精霊様って、あの精霊様だよな?」
「ああ、多分な」
「うげっ! 俺、あの精霊って苦手なんだよなぁ……」
「ちょ、ちょっと、様を付けないと精霊様に聴かれたら機嫌損ねるわよ?」
あら? どうも精霊の評判がよろしくないようで、周囲のエルフ達が困ったような嫌な顔をしている。
「これ、静かに。……コホン。それでアイリ殿、薄々気付いてはいるだろうが、この里には守護神とも言える精霊様が居ってな、その精霊様はなんというか……その……大変気難しい御方でな、機嫌を損ねると非常に面倒臭――じゃなかった、非常によろしくない」
今めんどくさいって言わなかったかしら?
まぁ何となく言いたい事は伝わってきたけどね。
「分かりました。機嫌を損ねないように善処するので、精霊様に会わせてください」
等と言ったけれど、その精霊はかな~りアレな性格だった。