カゲツの事情と法王の苦難
「……つけて来たのか」
「ゴメンね。悪いとは思ったんだけど、どうしても気になって」
次の日の早朝。ガルドーラの首都クラウンへとカゲツを送りそのまま尾行してやって来た場所は、郊外にてひっそりと生える巨木の前だった。
「コレが奥さんのお墓なの?」
「ああ。公にしたくはなかったのでな、住人の墓地からは離したのだ」
巨木の下へと視線を移せば周囲の雑草をキレイに刈り取られた状態にあり、丁寧に磨かれたであろう掌サイズの墓石がチョコンと積まれているのが目に止まる。
刻まれている文字は……うん、やはり【絹】だったわ。
「身体が弱いやつでな、息子を産んでからすぐに他界してしまったよ」
「じゃあ息子さんはお母さんの顔を見てないの?」
「ああ。さすがに乳児では覚えておるまい。姉のお糸は覚えてるやも知れぬが」
あ、息子と娘がいるのね――ん? イト?
「ちょっと待って。お糸さんって、学園に通っているあのイトさん?」
「察しがいいな。あのイトが、新皇帝とお絹の間に産まれた娘だ」
確か側室の娘だって聞いてたけれど、まさかお絹さんの娘だったとはね。
「捨てられたとはいえ、娘のイトは皇帝の血を引いているのは確かだからな。邪魔な存在として見られるのは当然かもしれん」
世知辛いわね。ガルドーラにいる限り、イトさんは護ってあげなきゃ。
あ、それと息子さんもね。
「ところで息子さんは健在なのよね?」
「うむ。ガルドーラの孤児院に預けた後、自らの意思でウィザーズ学園へと入ったようだ。お前も知っているはずだぞ?」
「え……」
私も知っている?
「……名前は?」
「俺がつけたのは陸という名だ。但し、お絹との繋がりを悟られぬよう改名したが」
陸から改名――ん? りく?
「分かった、リュックの事ね!?」
同じ銀髪だし、私が知っている学生で類似点が有るのはリュックしかいないもの。
「その通りだ。いまだリュックには伏せているがな」
「どうして伏せるの? 堂々と父親として名乗り出ればいいじゃない」
「……そう易々とはいかん。何せ俺はリュックを捨てたのだ。散々放置しておきながら父親面して現れろと?」
そういわれると強くは言えない。
リュックがどう思ってるかなんて見当もつかないし、母親が他界しているのを知ったら余計にカゲツを……恨むかな? いや、事情を話したら納得するんじゃないかな。
せっかくの肉親なんだし、私としては親子で仲良くしてほしい。
「他所の家庭だし強制するつもりはないけれど、孤児院に預けたのは琉宮の番だとバレるのを恐れたからなんでしょ?」
「っ!」
「……やっぱりね。キチンとした理由が有るんだし、面と向かって話してみたら? もちろんイトさんも含めてね」
どうせカゲツの事だからイトさんにも話してないだろうし。
というかリュックもイトさんも、互いに血が繋がってると知ったら驚くわね。
「やはり話した方がいいか……」
「少なくとも私はそう思うわ」
「そうか……。しかしな、リュックはいいとして、お糸に対しては散々様付けで呼んでいたのでな、これはこれでお糸には怒られるかもしれんな」
それは自業自得だから諦めてほしい。
「話すなら早い方がいいわね。さっそく今日にでも――」
『お姉様、その必要はありません』
――っと、アイカからの念話だ。
『それってどういう意味?』
『学生寮に居た二人にドローンでのライヴ中継を見せておりますので、だいたいの内容は把握しております』
いつの間に……。まぁ手際が良くて有り難がるところかもね。
『特にイトさんの喜びようは凄まじいですね。よほど肉親に飢えていたのか、急にリュックの世話を焼き始めましたよ』
それはちょっと見てみたい。面白半分だけどね。
『見てたなら話が早いわ。今すぐ二人を連れてきて』
『了解です』
後は家族で話し合ってもらいましょ。
★★★★★
アイリの計らいによりカゲツ達に話し合いの場が設けられた頃、ウィザーズ学園の学長室にて、学園長のカーバインと法王前白河の二人が茶話を行っていた。
「こうして言葉を交わすのは何年ぶりかのぅ?」
「少なくとも10年ではきかんぞ? 何せ当時のお主は皇帝だったのだからな」
この二人は古くからの友人であり、度々顔を合わせていたのだ。
だがカーバインは学園長、前白河は皇帝という身分になってからは、その機会は失われていったのである。
皮肉にも皇帝の座を奪われたために、こうした機会を得たわけだが。
「それにしてもカーバインよ、儂と違ってお主は上手くやっておるのぅ。ウィザーズ学園の生徒は年々増加しているというではないか」
「いや、これでも貴族からの横やりで順風満帆とはいっておらんかったのだ。アイリ君のお陰で改善されつつあるがな」
「あの少女……か」
改めて思い返してみる二人。
戦場に立てば一騎当千の戦果を上げる二本刀に引けを取らず、あまつさえ復活した八岐大蛇まで倒してしまったのだ。アイリが居なければガルドーラは危機に瀕していたと言えよう。
「彼女が居なかったらと思うとゾッとする。まさに度重なる未曾有の危機のために現れたと言っても過言ではあるまい」
「確かに。我が孫が無事なのも、彼女あってのものだのぅ」
実のところ法王はリュックとイトの二人を看破していた。但し本人達が気付かない限り、法王自ら明かそうとは思っていないようだが。
ちなみにこの法王、ヨシテルもアイリに保護されてると知り、ダンノーラから亡命した状態にある。
コンコン
「学園長、前白河様とお目通り願いたいと申し出ている者達が来られましたが」
「……何?」
教員の言葉を受け互いに顔を見合せる。
今現在ウィザーズ学園において、法王を匿っているという事実は外部へ漏らしてはいないのだ。
「恐らくは帰還命令の催促じゃろう。ここへ来たという事は惚けても無駄とみた。どれ、儂が直接追い返してやるわぃ」
「儂もいこう」
学園長と法王が正面入口までやって来ると、外に見えるのは鎧兜で防備した二人のダンノーラ兵であった。
それ以外は見当たらず特に殺気も感じない事から、一応は話を聞いてみる事に。
「探しましたぞ法王様! ささ、我らと共にダンノーラへ帰還しましょうぞ!」
「閣下もご心配なされております。すぐに出立の準備を」
「ずいぶんと強引じゃのぅ。そもそも戻るつもりはないぞ? 儂はガルドーラに亡命したのじゃからな」
人質が解放された今、ダンノーラへと戻る意味は皆無なのだ。わざわざ敵の手中に飛び込むメリットはない。
「法王様ともあろう御方がそのようなお戯れを! まさか本気で反逆を企ててるわけではありますまいな?」
「左様。今の発言は聞かなかった事に致しますゆえ、早く我らと共に」
ガシッ!
「ま、待たんか!」
どうやら意地でも連れ帰るつもりのようで、法王の腕をガッチリと掴み上げた。
こうなると話し合いは平行線だ。実力行使をしようものなら、生かして帰すわけにはいかない。
「ええぃ、離さんか!」
「むぉっ?」
ダンノーラ兵を振りほどいた法王は臨戦態勢をとり、学園長も詠唱を始めた。
「やれやれ。教業よ、こうなると我々も本気を出さねばなるまい!」
「直正殿、こちらも同じように考えておりました。このまま戦果もなく帰還しては、面目が保てませぬ」
ググ……ググググググ……
「「何っ!?」」
なんと、二人が鎧兜を投げ捨てたかと思うと、みるみるうちに腕や足やらが膨れ上がっていくではないか。
やがて巨大なオーガへと姿を変えると、殺気のこもった目で見下ろしてきた。
名前:レッドオーガ(紅井直正)
性別:男
年齢:47歳
身分:ダンノーラ帝国の武将
備考:魔物のランクとしてはDランクに相当する。気性の荒い赤肌のオーガ。
名前:ブルーオーガ(紅井教業)
性別:男
年齢:20歳
身分:ダンノーラ帝国の武将
備考:魔物のランクとしてはDランクに相当する。見た目の割には慎重な青肌のオーガ。
「抵抗するのなら仕方ないわぃ! 最悪は殺しても構わぬと言われておるのでな。悪く思わんでくれよ!?」
「辞世の句はお済みになられましたかな?」
突如魔物へと変化を遂げたダンノーラの兵。
しかし、学園長と法王の二人は落ち着き払って注視する。
「む? なんだ、もはや怖じ気付いて声も出ないか? ならばその恐怖と共にあの世へ送ってくれるわ!」
「ま、待て、直正殿――」
ガギギギギギギィ!
「ぐおぉぉぉっ!?」
レッドオーガが殴りかかるが、学園に施されている結界が弾く。
「クッ……やはり結界が……」
「その通り。この学園を護る結界は、そう易々とは破れんぞ?」
ブルーオーガが悔しげに顔を歪ませる。
以前スタンピードにより破られたのを考慮し、アイリの手によって何重にも重ね掛けされているのだ。たかがDランクの魔物2体では到底破れはしない。
「さて、お主の方こそ覚悟はよいか?」
「! し、しまった!」
「フッ、もう遅い――タブレンスウィンドカッター!」
ズバズバズバズバッ!
「ぐがぁぁぁぁぁぁ……」
詠唱を終えた学園長によりブルーオーガが切り刻まれ、だるま落としのように崩れ落ちていく。
「ぐおぉぉぉ! よくも教業を!」
怒りに満ちたレッドオーガが殴りかかるが、やはり結界が阻害する。
そこへ法王が琵琶を取り出し、不思議な音色を奏でだした。
「ぐ……が……なんだ、この……音色……は」
「お主に送る葬送曲じゃよ。耳がデカイとよく聴こえるじゃろう?」
耳を押さえてのたうち回るレッドオーガをよそに、尚も葬送曲は続く。
そしてついに……
ブシュウ!
「ガフッ……」
首から上の至るところから血を吹き出し、膝を折って前のめりに倒れ込む。
「フン。まだまだ若いもんには負けんわぃ」
「だがアイリ君に言わせれば、年寄りの冷や水だろうがな」
「言うなカーバイン。初めてアイリ殿と対峙した時に、膝が震え上がったのを思い出してしまうわぃ」
「だが今後も彼女の助けが必要になるぞ? せいぜい今のうちに慣れておけ」
「寧ろ忘れてしまいたいわぃ……」
刺客を返り討ちにした学園長と法王。
しかし、ダンノーラ帝国との戦いは終わる気配を見せない。




