姉妹の再会とアンジェラの敗北
「アイリ様、無事カゲツと共に帰還致しました」
「戻りましたぜ姉御!」
「戻ったッス!」
二本刀と八岐大蛇を撃破して数日。自宅ダンジョンで晩御飯ができるのを待っていると、カゲツの護衛を任せていた三人が帰ってきた。
「お帰りみんな。怪我はなさそうで安心したわ」
「勿論ですぜ。そこらの雑魚にゃ遅れはとりやせんぜ」
「ま、ワイの救援があったから助かったようなもんやがな! つーかもっと感謝せぇよ、特にモフモフおどれや!」
「あ"?」
「貴方達、アイリ様の前でお止めなさい」
そういえば「ちょいと出かけてくるで!」ってホークが言ってたわね。どこ行ったのかと思ったら、モフモフ達に念話で呼ばれてたんだ。
「感謝するぞアイリ。もう少しで役目を果たさず逝くところであった」
「カゲツも無事――って、もしかしてそれが本当の素顔だったり?」
「その通りだ。ウィザーズ学園に入学するためには年齢を誤魔化す必要があったのでな」
どこのオッサンかと思った……。
鑑定しなきゃ分からなかったわ。
「あ、そういえば姉貴。訳あってダンノーラで保護した女の子がいるんスけど、どうすればいいッスかね?」
「保護?」
「はいッス。初めて見た時からどうにも放っては置けなくて、悪徳代官と金貸しのオッサンから助け出したんスよ。身寄りがないって事で連れて来たんス」
何その悪代官と越後屋みたいな悪人コンビは……。どの世界にも似たような存在はいるのね。
「この子なんスけど――ってあれ?」
「あの嬢ちゃんどこ行きやがった?」
「おかしいですわね? さっきまでここに居たはずですが……」
ちょっとちょっと、ダンジョンを勝手に彷徨いてるんじゃ……
「んん~、おいし~い♪」
「ちょっ! 勝手にキッチンに入らないで下さ――というか貴女はどちら様ですか!?」
「もんあえす~」
「モ、モンアさん? いったいどこから――」
アイカの叫び声が聴こえる。どうやら台所に侵入したらしい。
どこの小娘か知らないけれど、人様の家でつまみ食いとはいい度胸ね。
「バグバグ~♪」
「あらあら~、ヨシテルも美味しいって~。赤ワインを使ってるところもグッドよ~」
「おや、お分かりになられますか。そうなんですよ、ネットで仕入れたレシピを――って、そうじゃなくてですね――」
だぁぁぁもぅ! いくら客人だからって遠慮ってもんを知らないわけ!? 肉親がいるなら顔を見てみたいわ!
「ちょっとアンタ! 勝手に上がり込んで好き勝手するとはいい度胸……じゃ……ない?」
「んん~?」
……え?
……えええっ!?
ちょ、まさか――
「おおおお、お姉ちゃん!?」
「ああ~! アイリちゃんだ~!」
ムギュギュギュ!
「お久しぶり~! アイリちゃんが居なくてお姉ちゃん寂しかったんだ~」
「グヘッ!? ちょ、待って、苦し――」
「けど元気そうで良かった~」
「ちょ、マジで離して――」
「あれ~? そういえばどうして生きてるのかしら~?」
今更ですか……。
でもこの天然っプリは間違いなくお姉ちゃんだわ。
「あ、あの~、そろそろ離していただかないと、お姉様が窒息してしまいますので……」
「あら、たいへ~ん」
「――プハァ。あ"~空気が美味しい」
というか全然大変そうに見えないんだけれど、気のせいだろうか?
まぁそれはともかく……
「とりあえず色々と情報交換しなきゃならないし、晩御飯でも食べながら話しましょ」
「さんせ~い♪」
★★★★★
――とまぁ、突如お姉ちゃんが現れるというもの凄いサプライズが発生し、妙に食卓が騒がしくなる。
しかもカゲツが居る上にヨシテルっていう赤ん坊までが加わるという大変な賑わいよ。
「肉だどーっ! 食いまくるどーーーっ!」
「ええぃ、待たんかレイク! その肉は妾の分じゃぞ!」
「――ってアンジェラ! テメェこそ俺の肉を取ってやがるじゃねぇか!」
「だぁぁぁ! そういうアニキも俺の肉を取ってるじゃないッスか!」
「これお前達、客人の前で醜態を晒すでない」
「…………」ヒョイ
「――っと、ペサデロ、その肉はこのリヴァイのですぞ!?」
こんな感じに肉の奪い合いはいつもの事で、最後はリヴァイがしめてくれる。
けれど今夜はお姉ちゃんやカゲツがいるのよね。あ、最近加わったペサデロはすっかり馴染んでるわ。
「こうして見ると、本当にアイリちゃんったらダンジョンマスターとして生き返ったんだね~」
「そうなのよ。当時はそれしか選択肢がなかったようなものだけど、なんだかんだ楽しいし、眷族たちにも恵まれてるしでダンマスになって良かったと思ってるわ」
それもこれもミルドっていう神様のお陰なんだけどね。その加護のお陰でお姉ちゃんと再会できたのかもしれない。
「ところでお姉ちゃんを呼び出した奴って、どんな奴だった?」
「う~ん……人が多すぎて正確には分からないわ~。だけどイグリーシアの事を教えてくれたのは、お徳っていう女の子だったよ~」
そのお徳って子が単なる監視だったのかそうじゃないかは不明ね。
けれどお姉ちゃんを召喚した奴がヨシテルの時を止めた人物と関わってる可能性が高いし、注意深く探っていく必要があるのも確かよ。
「まぁいいわ。お姉ちゃんはここで匿うから、安心して生活してちょうだい」
「ありがと~アイリちゃ~ん!」
ムギュギュギュ!
「ちょ、だから苦しいって!」
「アイナお姉様、激しいスキンシップはほどほどに願います。巨乳はお姉様の敵ですので」
「そうなの? 残念ね~」
「――プハァ。二度目の生還!」
アイカが気になる事を言った気がするけど、今は保留にしとく。
スクッ
「さてアイナ殿」
「ん~? どうしたのアンジェラちゃん」
徐に立ち上がったアンジェラが、敵意のこもった視線をお姉ちゃんに向けた。
「アンジェラ?」
「少々取り決めをしておこうかと思うてな。なぁに、心配はいらん」
「それにしては敵意がこもってたけど?」
「むぅ……細かいのぅ。危害を加えるつもりはないし安心せい」
それでも敵意を向けた理由が分からない。いっそ命令で止めさせた方が……
「大丈夫ですぞアイリ様。古株のアンジェラよりも親しい姉が現れたとなれば、面白くないと感じるのも仕方ありませぬ」
「わたくしもリヴァイに同意です。お姉様はお気付きではないのでしょうが、アンジェラは一番最初に眷族となったのを誇っているのですよ」
それは気付かなかったわ。眷族でも色々とあるのね。
「そこの二人、聴こえておるぞ。別に妾は悔しいとか、面白くないとか、ちょっと困らせてやろうとか、そういう風に思ってるわけじゃないからの!」
「「「…………」」」
両手を振り回して駄々っ子のように訴えてきた。というか、おもいっきりド直球でドストライクな本音よね。
けど安心したわ。アンジェラも意外とかわいいところがあるじゃない。
「……コホン。待たせたなアイナ殿」
「いえいえ~」
「簡単に説明するとだな、ここで生活する以上は上下関係をはっきりせねばならん。それがここアイリーンのルールなのじゃ」
そんなルールあったっけ?
「ねぇアイカ」
「仰りたい事はわかります。そんなルールはありま――」
「ええぃ、うるさいのじゃ! 妾があると言ったらあるのじゃ!」ジタバタ
「「はいはい」」
ああ、どうしてだろう。アンジェラが物凄い可愛らしく感じる。
「……コホン。そこでじゃ。今から一時間以内に妾を泣かせてみよ。見事泣かせる事ができたならアイナ殿の勝ちじゃ」
んん? 何か妙なことを言い出したわよ?
「ええっと~~~、泣かせるって言われても~、暴力は反対ですよ~?」
「もちろん暴力を推奨したりはせん。口喧嘩で言い負かせてもよいのだぞ?」
「そんなこと言われても~」
これはお姉ちゃんにとっては部が悪いわ。
なぜなら私と喧嘩したら100%お姉ちゃんを言い負かすもの、この勝負はアンジェラの勝ち――かと思われたんだけど、お姉ちゃんの口からとんでもない爆弾発言が飛び出した。
「あ、そうだ~。アンジェラちゃんに謝らなきゃいけない事があったんだ~」
「なんじゃ、もう降参か?」
「ううん、そうじゃないんだけど~、今日の晩御飯にアンジェラちゃんへ出される予定だった黒毛和牛、私が食べちゃったの~」
「……は?」
あ、そういえばキッチンでつまみ食いしてたわね――って、まさかあの僅かな時間で!?
「お……お"お"お"ぉぉぉ! な、なんという恐ろしい事をーーーッ! また一ヶ月も待たねばならんというのかぁぁぁ!」
あらら、アンジェラったら両手首ついて号泣しちゃったわ。
「お、おい、アイナの姉ちゃん。あの暴力バカなアンジェラを泣かせやがったぞ?」
「この先一生見れないんじゃないッスかね」
「なんと! これは天変地異の前触れでは?」
「あの姉ちゃん、どんなスキルを使ったんや……」
モフモフを筆頭に、他の眷族達が信じられないって顔して眺めている。
でもアンジェラにとっては泣くほどの案件なのよ。
何せ黒毛和牛の注文は納期一ヶ月待ちで、今日にでもアンジェラに食べさせようとしたら、まさかのお姉ちゃんが食べてしまったという。
「参った。妾の負けじゃ……。これからは姉上と呼ばせてもらおう」
「よく分からないけれどいいわよ~」
こうしてアンジェラはKOされ、アンジェラを倒した存在として、お姉ちゃんは恐れられる事となるのだった。
しかぁし! 衝撃的な出来事は続くもので、カゲツの口からも新たな新事実が飛び出そうとしていた。




