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奪還? 前皇帝の孫

「逃がすな、追え、追えーーーっ!」


 多数の武士から追われている五人組が、広野の先に見える夕日へと疾走する。

 先頭を走るのは強面角刈り男のモフモフで、その後ろを番傘を片手にしたギンが続き、回り込んだ敵を排除しつつ道を切り開く。


「なぁ、何で俺達ぁこんな雑魚共に追い回されなきゃならねぇんだ?」

「赤子を(さら)ったのですから当たり前でしょう。無駄口を開かず敵の排除に専念なさいな」


 そう、彼らはとあるお屋敷に突入すると、そこにいた生後間もない獣人の赤子を連れ去ったのだ。


「俺としても何故そうなったのかを知りたいんスが、それどころじゃないッスからね」

「でも何だか楽しいよね~」

「いや、全然楽しくないッスけど……」


 二人を追いかけるモブ顔のクロが口を開くと、隣で並走するアイナがウキウキしながら答える。彼女の背中には拐ってきた獣人の赤子が背負われており、この騒がしい状況を作り上げた原因の一つとも言えよう。


「これが楽しいだと? ちょいと感覚がズレちゃいねぇか……」

「さすがに同意しますわ。良く言えば肝が据わっているのでしょうが」


 時たま弓矢までもが飛んでくるこの状況を楽しめるはずはなく、前を走る二人も呆れた様子だ。しかもモフモフに言わせるのは余程の事である。


「すまぬな。本来なら俺一人で済ませる予定だったのだが」


 四人の後ろ――最後尾に続くカゲツが、アイナの背後を気にしつつ答える。

 彼が事の発端とも言え、忍び込んだ屋敷で何をするかと思えば、アイナの背中で寝息を立てている赤子を連れ出そうとしたのだ。

 当初は困惑した四人だが、アイリからの命令によりカゲツを護らねばならないため、敵兵に囲まれた彼を助けた上で、共に逃走を開始したのである。


「だが助かった。自分一人では脱出は困難だったやもしれぬ。追手を()いたら礼も含めて詳しく話すとしよう」

「まったくだ。俺くらいの強さならまだしも、クロとどっこいどっこいの強さなら無謀もいいところだぜ」

「いや、アニキと同じくらいって……それもう一般人じゃないッスよ……」


 ――などと軽口を叩きつつもどうにか追手を振り切り、バッカス行きの船が出ている港町へとたどり着く。

 日が沈みかけてる事もありさっそく手頃な宿を決めて一息つくと、ポツリポツリとカゲツが語り始めた。



「アイリの命で動いていたのなら俺自身の説明は不要だな。ならばこの赤子の正体から明かすとしよう。スバリ言うが、この男児は前皇帝の孫――つまり、現法王の孫にあたる」

「法王の――」

「――孫ッスか?」


 モフモフとクロが顔を見合せ首を傾げる。

 そもそもダンノーラの情報には明るくないため、皇帝やら法王やらと並べられてもさっぱりなのだ。

 だがここで、意外な人物が解説を始めだす。


「それなら私も知ってるわ~。前皇帝の前白河(さきしらかわ)って人が新皇帝との戦いに敗れて、法王っていう地位に抑えられたんだって~」

「……え、アイナさん知ってるんスか?」

「ええ~。私を呼び出した人がそう言ってたの~。前白河さんがおとなしく従ってるのは、孫を人質にしてるからだって」

「人質……なるほど、そういう事でしたか」


 相変わらずな間延び口調のアイナが詳しく紐解く。

 彼女を呼び出した人物とやらは置いとくとして、人質である赤子を救出したのだと一同は理解し始める。


「うむ、知っているなら話は早い。俺は法王の娘でもある自身の妻による悲願を聞き入れ、法王の孫――名はヨシテルというが、その子を救出するために戻ってきたのだ」

「法王の娘が妻ッスか?」

「そのガキの面構えでか? やるなぁお前!」


 今もなおカゲツは偽装により年齢を誤魔化していた。

 しかしもはや不要だと考え、偽装を解いて本来の顔に戻す。


「これが俺の素顔だ」

「あら~、渋いオジ様ね~」


 少年だった見た目は鳴りを潜め、銀髪のやや強面に近い中年男がそこにいた。

 普通なら驚くべきところだが、アイリから事前に聞かされていたため驚く者はいない。

 アイナは……割りと鈍感なので、こちらも驚いた様子はない。


「急に年食った感じになったッスね」

「これでも30代なのだが……。それより貴殿らは普通の獣人ではないな。元は魔の者(魔物)で偽装した姿と見た。つまるところ、アイリに雇われた冒険者ではなく、アイリの眷族そのものではないか?」


 アイナ以外の三人がピクリと反応する。彼らの見た目は犬獣人――もしくは狼獣人そのもので、魔物だと看破できる者は少ない。

 だが見た目を偽装していたカゲツなら気付くのも頷けると思い直し、すぐに落ち着きを取り戻す。

 そして三人の僅かな反応を見て、推測は当たったのだとカゲツは確信した。


「やはりそうか。そちらのお嬢さんは違うようだが……何にせよ戻ったら礼を言わねばならんな」

「そうしてくださいッス。姉貴も喜ぶと思うんで。ところでカゲツの奥さんはどこに居るんスか? 救出した事を伝えるんスよね?」

「勿論伝えるとも。但し、墓前への報告となるが……」

「あ……」


 墓前――つまり、カゲツの妻はすでに他界しているという事だ。

 それに気付いて透かさず頭を下げるクロだが、当のカゲツは気にするなといった具合に手をパタパタと振る。


「他界したのは何年も前だ。今さら気にしたりはせん」


 ――と、本来ならここで話が終わるところだが、今の会話の流れで不自然な部分を感じ取ったギンが鋭く切り込んでいく。


「少々気になる事をお尋ねしますが、先ほどこの赤子が法王の孫だと(おっしゃ)いましたね?」

「そうだが……何かおかしいか?」

「はい。法王の孫ならば、貴方の息子に当たると思ったのです。違いますか?」

「「「!」」」


 ギンの指摘にカゲツは眉を潜め、他の面々はハッとなる。


「そうッスよ、法王の孫なら奥さんの子供ッスよね? なんで回りくどい言い方を?」

「あら~、おめでとう御座います~」

「よく分からんが、めでてぇのか?」


 アイナとモフモフはともかく、クロは理解した。

 但しこの場合、法王の子供が一人だけという条件が付くが。


「ああ、そういう事か。紛らわしくてすまんな。法王の娘として姉の(けい)と妹の(きぬ)の二人が()ってな、お絹が俺の妻にあたり、お慶が新皇帝の御手付きとして連れてかれてしまったのだ」


 聞く限りだと複雑な相関々係を描いているようで、各自で(あご)に手を添え情報を整理する。ただ一人、モフモフは面倒臭いとばかりにゴロリと横になり思考を中断したが。


「……つまり、ここにいるヨシテルはお慶の息子という事で?」

「その通りだ。一応補足すると、お絹も御手付きにされたが琉宮(りゅうぐう)(つがい)だとバレてしまい、すぐに捨てられたのだ。後に俺が妻として迎え入れたが、最後まで捨てられたショックは拭えなかった……」


 拳を握りしめたカゲツが、やや吐き捨てるように述べた。その言動からは、妻を捨てた皇帝に対する怒りを感じさせる。


「琉宮の番とやらがいまいち不明ですが……まぁいいでしょう。要はお慶の子供がヨシテルなのですね?」

「そうだ。死ぬ間際にお絹から頼まれたのは、当時はまだ健在であったお慶の救出だった。しかし入念な計画を練っているうちにお慶は他界。ならばと、せめてその息子であるヨシテルを救出しようと考えた」

「それで現在にいたる――って感じッスね」

「ああ。奇しくも姉妹は15年前の同じ月に逝ってしまい、もはや自己満足でしかないのだがな」


 危うく死にかけたが、結果的にヨシテルの救出には成功した。

 後はガルドーラへと脱出すれば大成功だが、ここでもギンが新たな疑問をぶつける。


「失礼ながら、ヨシテルが産まれてからどのくらいの日時が経過しているのでしょう? 15年も前に他界しているのなら、ヨシテルは少年期のはずでは?」


 そういえばと、クロがヨシテルに注目する。

 どう見ても生後間もない赤子であり、ひいき目に見ても15歳の少年には見えない。


「あら~、もしかして発育不良かしら~」

「「それはない(ッス)」」


 即座にアイナへのツッコミが入る。

 いくらなんでも発育不良はない……。


「ごもっともだな。これはあくまでも噂だが、何者かがヨシテルの時を止めたらしいのだ」

「「「時を?」」」


 それが本当なら油断ならない。

 時を操る魔法士は非常に少ない上、手強い相手であるのは間違いないのだ。


「だがヨシテルを見るに、噂は本当だとしか思えな――!?」


 会話の途中でカゲツの表情が険しくなる。

 するとギンやクロは犬耳をピクピクと動かし、モフモフは黙って立ち上がった。


「あれ~? みんなどうし――」

「お静かに。どうやら敵が来たみたいです」


 能天気なアイナの口を(ふさ)ぐと、ギンも表情を引き締めた。

 どうやら帰無事れるのはまだ先になりそうだ。



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