侵食
「うあぁぁぁぁぁぁ!」
ズガァァァァァァン!
「おい、やめろリュック! 正気に戻れ!」
「そうよリュック、なんで私たちが戦わなくちゃいけないの!?」
「言っただろう、僕が抑え込まなきゃ魔物が復活してしまうんだよ。それに少しずつだけど意識が遠くなっていくのが分かるんだ。もう僕の意志だけじゃ制御できない……」
リュックに起きた異変――それは、封印されし魔物による乗っ取りであった。
一行が手出しを躊躇っている今も、徐々に肉体の自由が奪われているのである。
「は、はやく……僕を……ぉおおおおお!」
ガスン! バスンドスン!
時雨叢雲をでたらめに振り回すリュック。
なんとか理性で押さえつけているものの、これでは完全に支配されてしまうのは時間の問題だろう。
「いかん! ローグパーマネント!」
フィキーーーン!
「ウグッ!」
「「学園長!?」」
「目標を拘束する闇魔法だ。リュック君は儂が押さえるから、キミらは頼姫を!」
「「はい!」」
まずはリュックの後ろで余裕の笑みを浮かべている、頼姫を排除する必要がある。
「……アイリの命によりお前を仕留める――覚悟!」
ペサデロがリュックを飛び越え頼姫へと斬りかかる。
だが相手は頼姫一人ではなく、残存していた黒装束が妨害に入った。
ガキィィィン!
「……チッ」
「頼姫様の邪魔はさせん!」
まるで盾となるように頼姫の前で構えた黒装束四人。そのためペサデロに続こうとしたグラドとトリムも動きを止める。
「フフフフ、動きを止めている隙はありませんわよ――業火扇風迅!」
「……させない――ウィンドシールド!」
ゴォォォォォォ――バチバチバチバチ!
頼姫の炎とペサデロの風がぶつかり合う。
激しい光を放つために思わず黒装束も目を覆り、今が好機とグラドが弓を構えた。
「今だトリム、ペサデロの手が塞がっている今、俺達でやるしかねぇ!」
「で、でもどうやって……」
「でたらめでもいいから撃て!」
「わわわ分かった――ホーリーレイ!」
グラドがペサデロを避けるように弓を放つと、トリムは光魔法を見舞う。
そして光が収まった時、血を流して倒れている黒装束二人と、奥義を放った状態で静止している頼姫の姿がそこにあった。
「……感謝するトリム。お陰で耐えきる事ができた」
「……へっ?」
一瞬ペサデロがなにを言っているのか分からなかった。
だが直後に豹変する頼姫により、事の起こりを理解する。
「よ、よくも……よくも……」
「え……な、なに?」
「よくもよくもよくもぉぉぉ! よくもわたくしの顔に傷をつけてくれましたわね!?」
見れば肩と頬から血が滴っており、トリムがでたらめに放った光魔法が命中したのだと判明した。
「許しませんわよ小娘ぇ、貴様にはもっとも惨たらしい死をくれてやりますわ!」
ザスッ!
「ゴハッ!?」
「よ、頼姫様――ゴフッ!」
何を思ったか仲間であるはずの黒装束を斬りすて、リュックの方へと放り投げた。
「さぁリュック、新鮮な血を吸い上げて更なる力を得なさい!」
「ぐあぁぁぁっ!」
「い、いかん! これ以上は持たぬ!」
バシュゥゥゥゥゥゥ……
「そ、そんな! 学園長の魔法が破れたなんて!」
「ど、どうなってんだよこりゃあ!」
なんと、リュックが自力で拘束魔法を振り払ったのだ。
「時雨叢雲は生き血を啜ることで、より強力になるのですわ」
「んだと!? じゃあ来る途中でくたばってた魔物や黒装束は――」
「フフ、ご名答。時雨叢雲へ捧げた生け贄ですわ」
つまり、魔物や黒装束を生け贄にして、リュックはより強くなったのである。
「更に封印されし魔物をも降臨させれば、まさに可能性は無限大。――さぁリュック、まずは小娘を血祭りに上げなさい!」
「ぐおぉぉぉぉぉぉ!」
理性を失ったかのようにリュックが叢雲を振り上げ、トリム目掛けて――
ガギギギィィィ!
「バッキャローーーッ! 仲間を傷つけてどうするつもりだ!」
振り下ろされたところで真っ赤な髪をした獣人の少年が受け止め、リュックを押し返す。
その少年には見覚えがあり、グラドとトリムはまじまじと顔を見ると……
「あ! お前は確か、アイリに片想いしてるけど相手にされてない奴!」
「だはっ! なんつー覚え方を。俺はレックスだレックス! 夢の翼のレックスだ!」
レックスは以前、アイリのダンジョンでエリオットの特訓に付き合った冒険者であり、アイリとエリオットが学園の中庭で模擬戦を行った時にも見学していた少年だ。
――が、大変残念なことに、グラドは中途半端な覚え方をしていたらしい。
「ちょっとグラド、はっきり言ったら可哀想じゃない」
「いや、アンタみたいに遠回しに言われるよりはマシだ……。つーか相手にされてない訳じゃねぇーーーっ!」
グラドに習い、トリムも大概であった。
「……オホン。よく分からんが、加勢してくれるという事でよいのかな?」
「ああ、そのために来たんだからな。リュックは俺に任せて、そっちはユユと一緒にあの女を頼む!」
「ユユとな?」
聞きなれない名前に学園長が戸惑うも、すぐに正体が明らかになる。
「……アイスジャベリン」
「きぃぃぃ! 小賢しい小娘がぁ――業火扇風迅!」
いつの間にかエルフの少女がペサデロの隣に並んでおり、頼姫との戦闘を開始していた。
「学園長、今なら一気に畳み掛けられるぜ!」
「うむ!」
「あたしもやるわよ――ホーリーレイ!」
「……チャンスは逃さない――ウィンドカッター!」
レックスがリュックを抑えてる隙に、他の面々が頼姫に殺到する。
グラドの弓矢、トリムの光魔法、ペサデロの風魔法に学園長の闇魔法という集中砲火だ。
「ギャァァァッ! わ、わたくしの……わたくしの美しい身体がぁぁぁぁぁぁ!」
氷と風の刃が全身を斬りつけ、光と闇が交差した光線がジワジワと溶かしていく。
その姿はゾンビとスケルトンのハーフにしか見えない。
「おいトリム、この女が美しいだとよ」
「いちいち振らないでよ。こんな醜い女と一緒にされたくないわ」
「――だとよオバサン。あの世で自分の醜さに酔いしれてな!」
「あああ……ぁぁぁ……」
グラドの罵りが聴こえていたかは定かではないが、最後は跡形もなく消えていった。
「助かったぞレックスとやら。後はリュック君を正気に戻すだけだ」
「OK!」
頼姫は倒した。後はリュックを救うだけとなり、鍔迫り合いに持ち込んだレックスが説得にあたる。
「リュック、もう戦いはおしまいだ。さっさと剣を捨てちまえ」
「そ、それは……できない……」
「バッキャロゥ! こんなんでライバルを失っても俺は嬉しくねぇぞ!」
「無理だ! 手離したら……最後。お、恐ろ……しい……魔物が、復活……して……」
尚もリュックは説得に応じない。
「リュック君、例え魔物が復活しても、それはキミのせいではない」
「……学園長に同意」
「だいたい魔物がなんだってんだ。復活したなら倒せばいいじゃねぇか」
「そうよリュック。あたしらで倒しちゃいましょ!」
「み、みんな……」
カラン!
ついにリュックは手離した。
すると瞬く間に腫れ上がった腕や足が元通りに収まっていく。
「ごめんみんな……」
「何言ってやがる。俺達は仲間だろ!」
「グラドの言う通りよ。謝る必要なないわ」
膝をついたリュックをトリムが助け起こすと、グラドが肩を貸してニッと笑う。
それを見たリュックは安堵の笑みを浮かべ、戦いは終わったのだと緊張感が和らいだ。
「どうやら一件落着だの」
「! 待って。まだ終わってはいない!」
引き上げようとした矢先、ペサデロが何かを察知した。
何事かと皆が振り向く中、時雨叢雲が浮遊し始めたではないか。
「おいおいまだ終わりじゃねぇってか?」
「……用心してレックス、その剣から禍々しい邪気を感じる」
「邪気――ってまさか!?」
「……恐らく、彼が言っていた魔物が復活しようとしている」
「「「!」」」
ユユの指摘に一同がハッとなる。
決して忘れていたわけではないが、まさかすぐさま復活しようとしてるとは思わなかったのだ。
ゴゴゴゴゴ……
「マズイわ、振動で洞窟が崩れそうよ!」
「くっそ~、一難去ってまた一難かよ!」
「……文句を言う隙があるならさっさと脱出する」
グラドがリュックを担いで走り出すと、トリムとペサデロも後に続く。
「お、おい、この剣はどうすんだ?」
「今は放って置くしかあるまい。それよりも早く走るぞぃ!」
「……レックス、急いで」
「お、おぅ!」
レックスが時雨叢雲を気にかけたが、それよりも脱出が優先とあり、学園長も含めて外へと走り出した。
ズドドドドドォォォォォォ!
間一髪、全員が脱出した直後に洞窟は崩れ、大量の土埃が周囲に舞う。
やがて土埃が修まると、洞窟の真上にはドス黒いオーラをまとった時雨叢雲――だったものが、静かに一同を見下ろしていた。
「な、なんだこのデカブツは!?」
「ちょっとちょっと、これってドラゴン種じゃないの!?」
グラドとトリムが驚愕するのも無理はなく、真っ黒なシルエットは人の数十倍はある大きさを象っていたのだ。
「これが封印されていた魔物だよ」
「知ってるのかリュック!?」
「うん。時雨叢雲を通じて見ていたんだ。だから間違いない」
「マ、マジかよ! コイツはちぃとヤバいかもな……」
さすがのレックスも嫌な汗を流す。封印されていた魔物が予想を遥かに上回っていたのだ。
「……悔しいが、今の我々では刃が立たない」
「……同意。すぐに撤退すべき」
ペサデロとユユの二人にも、相手が強大なのが伝わっていた。
「どうやら遅かったようじゃな……」
――と、そこへ琵琶を持った老人が学園長の隣に現れた。
「お主は……法王! 何故ここに――いや、それよりも今はあの魔物だ。アレについて知っておるのか!?」
「アレがかつて、ダンノーラを恐怖のドン底に突き落とした魔物じゃよ」
「や、やはりアレがそうなのか……」
「うむ。こちらへ向かっている最中に八咫烏鏡がアレに吸い寄せられてしもうてな、まさかと思い駆けつけてみれば案の定だったわぃ」
この法王という老人は、三種の神器のひとつである八咫烏鏡を持っていた。
しかし、アレが復活したのと同時に吸収されてしまったらしい。
「そういう事みたいよ。私が持っていた八岐勾玉も吸収されちゃったみたいだし、アレを倒すしかなさそうね」
「アイリ君!」
あろう事か、三種の神器の全ては復活した魔物に吸収されたらしい。
そんな絶望たる状況下で、シルエットだった魔物がついに正体を現す!
「「「この空気……我はついに復活を果たしたのだ!」」」
八つの首が同時に喋る。ドラゴンのようでドラゴンとは異色なそれは、声を張り上げ堂々と名乗りをあげる。
「「「我は八岐大蛇なり。地を這いずる者共よ、真の恐怖を味わい心して逝くがよい!」」」
レックス「お前らキャラ被りすぎ」
ペサデロ「……好きで被ってるわけではない」
ユユ「……右に同じ」




