これが冒険者の戦い方
「待ちやがれ!」
「待て待て~♪」
「ハッ、待てと言われて素直に待つのは犬だけだぜ!」
重そうな鎧を身につけながらも軽快なフットワークをみせるヨシツネ。
山道から獣道へと逸れ、気付けば底の見えない沼地へと入り込んでいた。
「あ~くそっ、足が取られて上手く走れねぇ!」
「落ち着いてください。動き難いのは相手も同じです」
イトの言う通り前方のヨシツネもスピードを落としていたが、そんなものは苦にならないとばかりの顔を見せ、小馬鹿にするように挑発してきた。
「へへ、どうした、もうバテやがったか?」
「んの野郎!」
「バカ、挑発に乗るな。闇雲に追いかけても術中に嵌まるだけだぞ」
「じゃあどうすんだよ!?」
「フン、そこで見ていろ」
四苦八苦するリュースを差し置いて、沼の上を器用に走り出すアヤメ。
これにはヨシツネも驚き、すぐさま走り出す――かと思われたが……
「バカめ、掛かったな!」
「「「捕縛せよ――桂馬の網!」」」
「何!?」
沼の中に潜んでいた黒装束がアヤメを取り囲むように姿を現し、触手のように動く鎖を放ってきた。
シャーーーッ――ガシシシッ!
「クッ、しまった!」
触手のような鎖はアヤメに絡み付き、身動きできないよう締め上げる。
「アヤメさん、今助けます!」
「ハッピィもいっくよ~」
アヤメを救出しようとイトとクレアも動き出す――が、ここへきて予想外の現象が起こる。
「氷の刃よ、障害たりえる全てを斬り裂き、我が道を――え?」
「ハッピィーーーダイナミィィィ――はれ?」
なんと、撃ち出そうとした魔法が発動しないではないか。
「お、おい、どうしたんだよ二人とも!?」
「おかしいです! 突然魔法が出なくなるなんて」
「おっかしぃよね~。これじゃあハッピィお手上げかも~」
突然の出来事にイトもクレアもパニックになる。
そこへニヤニヤと薄ら笑いを浮かべたヨシツネがパチンと指を鳴らすと、彼の背後から頭巾をはずした黒装束が現れた。
「どうやら作戦は成功したとみてよさそうだな」
「お、お前は――」
その黒装束には見覚えがあった。
相手は師匠であるカゲツと肩を並べるほどの実力者で、地術の使い手――
「地月!」
「む? よく見ればアヤメではないか。このような姑息な手に掛かるとは、火月が知ったら枕を涙で濡らすのではないかな?」
「黙れ! それよりも答えろ。魔法を封じたのは貴様の仕業か!?」
「左様。魔法士対策とも言われる静寂の粉を用いたのだ。効果は座してご覧じろ――とな」
「静寂の粉! クッ、そういう事か……」
悔しげに唇を噛むアヤメ。
静寂の粉には魔法の発動を抑制する効果があるため、魔法士殺しに近いアイテムと言えるのだ。
「すでに沼全体に撒いてあるのでな、ここから脱しない限り魔法を用いる事は不可能ということだ」
「へへ、だが沼地のど真ん中にいちゃムダな足掻きだがなぁ?」
「マジかよクソッ!」
声を荒らげながらもリュースは現状把握に努めた。敵の数と位置、そして味方の位置を再確認し策をめぐらす。
アヤメは拘束され、魔法主体のイトとクレアが無力化されてる今、自分しか動ける者はいないのだ。
(落ち着け、こういう事は何度も経験済みだ。スラムの奥地でゴロツキに囲まれた時に比べりゃやりようはある)
あの時は自分一人でどうにもならず、対立するゴロツキ集団が現れたために、乱闘に紛れて逃げられたのだ。
ではこの場はどうか。ヨシツネ達と対立する連中が偶然現れるのはゼロに等しい。だが偶然という単語を抜きにすればゼロではない。
(アイリなら何らかの手を打っている可能性はある。だったら時間を稼げば……)
考えはまとまった。今は時間を稼ぐことに専念すべきだと。
「おい、頼姫は何を企んでやがる? ここまでして邪魔されたくない理由ってなんだ?」
「お、気になるか? そうかそうか、そんじゃ一つ冥土の土産に教えてやろう。姉者の計画とは、かつてダンノーラで暴れ回った魔物を依り代に宿らせ、都合のいい手駒に変える事なのさ」
「手駒――って、まさか!?」
手駒を他所から調達したのなら、当てはまる人物は一人しかいない。
「お、お前ら、リュックを!」
「ああ、そういやそんな名前だったなぁ。まさか琉宮の番がこんなところに居るとは思わなかったけどよ」
「そんな! リュックは貴方達の手駒になんかさせない!」
激昂したクレアが魔法を放とうとするが、やはり不発に終わってしまう。
「ハハッ、ムダだムダだ。静寂の粉が効力を失うのおよそ三日後だ。つまり、今日ここでお前らは終わり――ってわけさ」
さすがに三日も待ってはいられない。ヨシツネの言う通り、このまま何もできなければ死を待つ以外に道はない。
「さて、そろそろお喋りはおしまいだ。おとなしく腹を括ってもらおうか?」
(アヤメは……まだ拘束は解けないか。そしてクレアとイトが戦えない状態でチゲツとヨシツネが残ってやがる。こうなりゃ一か八かで突撃かますしか――)
これ以上の時間稼ぎは難しく、いよいよ覚悟を決めるリュース。
――が!
ズバズバスバッ!
「「「!?」」」
どこからか飛んできた風の刃が、アヤメに絡み付いていた鎖を断ち切った。
「思った通りです。沼地の外からなら発動できましたね」
「だ、誰だオメェ!」
「何奴!?」
ヨシツネとチゲツが魔法の放たれた方へと視線を向ければ、見慣れない魔族の少年が目に止まる。
「名乗るほどの者ではありませんが、それよりご自身の身を案じた方がよろしいと僕は忠告しますよ」
「んだとぉ? そりゃどういう――」
「こういうことだ!」
ドスッ!
「グボッ!?」
ヨシツネの心臓から剣が生える。
いつの間にか別の少年が背後に回り込んでいたのだ。
「冥土の土産に教えてやる。Aランクの冒険者パーティ――夢の翼のアルバだ」
「冒険者が……こんな……ところに……」
不意をついた一撃のため、即死に近い形でヨシツネは絶命した。またそれに続くように、自由を取り戻したアヤメが黒装束を蹴散らしにかかる。
「形勢逆転だな!」
「「「ぐわぁぁぁ!」」」
アヤメが動ければ下忍なんぞに遅れは取らず、瞬く間に黒装束を刈り取っていく。
「さぁ、後は貴方だけです」
「面白い、忍び四天王の一人――地月が相手をしてくれる!」
「ではこちらも。冒険者パーティ――夢の翼のルークと申します」
互いに名乗りを終え、刃と刃がぶつかり合う。
四天王というだけあって、チゲツの動きには無駄が少ない。対するルークはというと、チゲツほどの洗練された動きではない代わりにステータスの差で勝っていた。
「やるな。ならばこれでどうだ、奥義――銀砂粒!」
ザザザザザッ!
「クッ、砂埃が!」
チゲツの奥義により、ルークの周りを砂埃が舞う。咄嗟に目を瞑るルークであったが、それこそがチゲツの狙いであった。
「この地月に隙を見せたことを後悔するがいい! 奥義――飛車角落とし!」
チゲツが両手にした短刀が頭上から迫る。
しかしルークは不適に笑い、剣を構えようとはしない。
「後悔するのは貴方の方になりそうですよ?」
「何だと?」
ズバッ! ザシュ! ドスッ!
「ぐおぉぉぉぉぉぉ!?」
リュースとアヤメが地上で待ち構えており、更にそこへアルバも加わった。
「へっ、俺たちを忘れてもらっちゃ困るぜ? イトとクレアの分までキッチリと受けとりやがれ!」
「私の分は自分で返す!」
「アンタに恨みはねぇが、アイリからの頼みだ。アンタら、敵対する相手を間違えたみてぇだぜ?」
「クッ……クソォ……」
ドサッ!
最後の敵――チゲツを葬って一旦は落ち着く。
そして改めて自己紹介を行うと、彼ら――夢の翼のパーティは、やはりアイリが手を回したために駆けつけてくれたのだと知る。
「何にせよ助かったぜ!」
「わたくしからも礼を言います。お力添えありがとう御座います」
「ハッピィからも~、サンクスバリバリモエモエキュン♪」
「…………」
各々が礼を述べる中、アヤメだけは俯いたままプルプルと震えている。素直になれない性格が邪魔しているのだろう。
「……アヤメさん? 助けていただいたのですから、キチンとお礼を――」
「あ、ありがと……」
「あのアヤメがデレた!?」
一大事とばかりにリュースが騒ぐ。何故かイトまでもが驚愕した顔を見せる中、肝心のアヤメが腕を振り回して抗議の声を上げる。
「う、うるさい! 私だって危なかったのは理解している。だいたい忍び四天王が出てこなければ――」
「あ~失礼お嬢さん。そろそろ仲間の元へ急いだ方がよろしいかと……」
「! そ、そうだ、早く二本刀を――」
ズドォォォォォォン!
「「「!?」」」
突然の振動により皆の言葉が止まる。
奇しくも振動の発生源は、学園長たちが向かった方角と同じであった。
「急ぎましょう!」
「ああ!」
一抹の不安を覚えつつも、学園長らと合流すべく急ぐのであった。




