宿りし依り代
「へへ、じゃあな!」
「「「……え?」」」
地を踏み鳴らして立ちふさがったかと思えば、クルリと反転させそのまま逃走を開始するヨシツネ。
「あ、この野郎、待ちやが――」
「……待って。拠点と思われる場所はあっちの方。そっちは違う」
「――え?」
リュースの行く手を遮ったペサデロが言うには、ヨシツネの向かった先は拠点とは別方向だと言うのだ。
「……これは恐らく陽動。追いかけるのは推奨しない」
「ですが放置しておいて奇襲されては元も子もありません。二手に別れてでも追撃するべきでしょう」
ペサデロとは反対に、ヨシツネを追うべきだと主張するのはイトだ。
「けどよ、逃げた野郎は頼姫の計画を邪魔されたくないって言ってたろ? だったら早いとこ頼姫んとこに行くべきじゃね?」
「ええ~!? ハッピィあの逃げたヤツを再起不能にしたいな~」
「ちょっとクレア、今はリュックの救出が優先でしょ?」
「俺はヨシツネってヤツをブチのめしたいけどな」
「ああ~、オッホン! よろしいかな諸君?」
グラドとトリムは拠点を、クレアとリュースはヨシツネ追撃と、早くも収拾がつかなくなったところで学園長が妥協案を出す。
「このままでは無駄に時間が過ぎるだけ。ならば二手に別れるのも手であろう。儂は拠点へ向かうのを支持するが、皆はどうか?」
「わたくしはヨシツネを追いますわ」
「私はイト様と共に!」
「俺も行くぜ!」
「ハッピィもいっくよ~」
すぐにメンバーは決まり、イト達四人はヨシツネの追撃への向かっていった。
学園長を筆頭とする残りの五人は、これまで通りに拠点を目指して進んでいく。
「リュース達は大丈夫かな? 無茶してなきゃいいが……」
「アンタじゃあるまいし大丈夫でしょ。イトさんやアヤメもついてるんだし、パパッとやっつけて合流しにくるわよ」
「……トリム、その台詞はフラグって言われるらしい」
「フラグ?」
「……アイリがそう言っていた。フラグが立つから、ホークは余計な事を言うな――とか」
「ホーク? よく分かんないけど、余計な事を話さなきゃいいのね?」
微妙に勘違いしているトリムだが、ペサデロはフラグが立たない事を祈りつつ拠点とおぼしき場所を目指した。
「……血の臭いがする」
不意にペサデロが立ち止まり、ボソリと呟いた。
「確かにひでぇ臭いだ。こりゃ何人もの犠牲者が出てやがる」
「何人も――って、魔物じゃなくて?」
「魔物の臭いもするけど、人間とか獣人が中心だと思うぜ」
「人間……まさかね?」
鼻をつまみながらグラドも言う。そんなに死人が出てるのなら魔物が寄ってくるという心配もあるが、何よりリュックの安否である。
血の臭いにリュックが含まれてる可能性は考えたくはない。そう思うと自然と一行は駆け足になっていく。
やがて視界に入り込んだのは、木々で上手く偽装された洞窟の入口だ。
「あれだな」
「……うん。あの洞窟から放たれた血の臭いがそこらに漂っている」
偽装に気付いた学園長とペサデロが、茂みを掻き分けていく。
一方で偽装に気付かないグラドとトリムが首を傾げながら後を追うと、数メートル手前でようやく入口に気付くのだった。
「こんなところに洞窟が……」
「この奥にリュックがいるのよね?」
「…………」
「――って、待ってよペサデロ」
トリムが呼び止めるもペサデロは躊躇う素振りも見せず、洞窟の中をズンズンと進む。
やむを得ずといった感じにトリムとグラドも続き、彼らの背後を護るように学園長がついていく。
「うっわ、何これ。魔物の死骸まで散乱してる……」
所々に灯された松明がゴブリンやらオークやらの死骸を不気味に照らし、思わずトリムは口元を押さえる。
燃やされずに放置されている光景は、ちょっとしたホラーとも言えるだろう。
「血の臭いに釣られた魔物だろうの。拠点を占拠されても困るだろうし、ダンノーラの者が始末したのだろう」
「でも放置されてるのはおかしいんじゃないです? これじゃあ逆に魔物を集めてしまってるような……」
学園長の分析は正しく、現に侵入した魔物はことごとく始末されていた。
しかし、グラドの言う事ももっともであり、死骸を長時間放っておくと魔物を呼び寄せるし、下手をするとアンデッドになる場合もあり得る。
「……グラドの言ってる事は当たっている。ほら……」
「え……えええ? なんじゃこりゃ!?」
ペサデロが顎でしゃくった先には、磔にされたゴブリンが惨たらしい死に様を晒していた。
数センチごとに斬り下ろされたやつや、臓器を抉り出されたやつなど、まるで殺人鬼が住み着いているのではと錯覚しそうになる。
「何かの実験? ――だとしても気味が悪いわ……」
あちこちで横たわる魔物を足で退かし、更に先へと進んでいく。
魔物を踏まないようにと足元に注意を払っていると、今度は複数の黒装束が横たわっているのが目に止まる。
「コイツらは……」
「ダンノーラの工作員だの。恐らくは魔物を斬り殺した者と同じ者がやったのだろう」
魔物のみならず黒装束までが血溜まりに沈んでおり、魔物と同様に無惨な有り様だ。
「じょ、冗談じゃないわ、そんな奴が彷徨いてるならリュックは――」
「無事ですわよ?」
「――な、誰!?」
「貴女のお仲間を拐った本人よ。まさか忘れたわけではないでしょう?」
聞き覚えのある声と共に現れたのは、リュックを拐った憎き相手――頼姫であった。
「「「頼姫!」」」
すぐにでも叩きのめしたいところをグッと堪え、ひとまずは様子を窺う。リュックの安否を確認するのが優先だからだ。
「フフフ、会いに来てくれて嬉しいわ」
「お前に会いに来たわけじゃねぇ! リュックはどこだ!?」
「あら残念。そこはハイと答えるところですのに」
「こ、コイツ――」
「グラドは下がって」
冷静さを欠いているグラドを強引に下げ、代わりにペサデロが前に出た。
「……もう一度聞く。リュックはどこ?」
「もう、つれないですわね。そんなに会いたいなら感動の再会を――と行きたいところですが、後悔するかもしれませんわよ?」
頼姫の意味深な発言により、すでにこの世の者ではなくなっている姿を連想した一行。だがここまで来ておいて退く理由はない。
「……最後の忠告。リュックはどこ? 答えないのなら生かしてはおかない」
チャキ……
「あらあら、丸腰のわたくしに刃物を向けるなんて、少々野蛮なのではなくて?」
「…………」
「はぁ……分かりましたわ。会わせて差し上げますから、そのようにおっかない顔で睨まないでくださいまし」
パチン!
頼姫が扇子を閉じると、何者かがノソリと現れる。
「み、みんな……」
「おおリュック、無事だ――え?」
「ちょ、ちょっとリュック、どうしたのよそれ!?」
「これは奇っ怪な……」
顔はリュックで間違いないが腕や足が異常に腫れ上がっており、言い表すなら小柄なオーガといったところだろう。
「おいリュック、いったい何があったんだ? コイツに何をされた!?」
「随分と失礼な言い回しですわね? わたくしはただ、時雨叢雲を与えただけですわ」
事は非常に単純で、リュックに時雨叢雲を握らせててから、力を解放させたのだ。
だがこの単純な行動にこそ、頼姫の狙いが込められていた。
「琉宮の番には、三種の神器から解き放たれた魔物を再び封印する能力が受け継がれてますの」
「んな事は知ってるよ、イトさん達から聞いたし」
「あらそう。ならば魔物の封印を解く事もできるというのもご存知なのでしょうね」
「封印を……解く?」
琉宮の番に関しては、道中でイト達から聞いている。
しかし、封印を解けるというのは初耳だ。
「今の彼は、かつて封印された魔物に憑依されつつあるのですわ。当然ですわよね? 封印を解いてしまっているのですから」
よく見るとリュックの手には、頼姫が手にしていたはずの時雨叢雲が握られていた。
「ごめんみんな……。僕が誘惑に負けたせいなんだ」
「ど、どういう事よ?」
「あのアイリさんをも上回る力が手に入るって言われたら、もうそれ以外の事は考えられなくなって。それで……」
「待ってよ。そんなのこのオバサンに騙されただけじゃない!」
「そうだぞリュック。今からでも遅くねぇ、そんな剣は捨てちまえ!」
「そ、それは……」
トリムとグラドが説得にあたる。時雨叢雲さえ手離せば、元のリュックに戻ると思ったからだ。
「アッハハハハ! それは無理よ。そうでしょうリュック?」
「…………」
コクリ……
「そ、そんな!」
「リュック、お前……」
無言で頷くリュックに二人は理解できないでいた。しかし、続くリュックの言葉により、ようやく理解が追い付くのだが……
「本当にごめん。この剣を手離せば、かつての魔物が復活してしまうんだ。だから手離すことはできない……」
「んな事言ってる場合じゃねぇだろ!」
「そうよリュック、さっさと手離して!」
「……この二人と同じく、私も手離すことを推奨する」
「そうだの。復活した魔物の事は後で考えればよい。だから――」
「無理だ!!!」
尚も説得を試みたが、やはりリュックは手離さない。
「かつてダンノーラ帝国を破滅においやった魔物なんだ。それがガルドーラで復活なんてしたら……」
「つったってお前――」
「だからお願いだ。このまま僕を葬ってくれ。手遅れになる前に!」
リュックの意思は固く、時雨叢雲もろとも殺せと言ってきた。
そして4人を威嚇するように時雨叢雲を振り下ろす。
ズドォォォォォォン!
「ぐぉぉ!? なんて力だよ!」
「ほ、本当にリュックの力なの!?」
一振で洞窟内が大きく揺れ、その風圧によりグラドとトリムが大きく押し出されていく。
ペサデロと学園長は耐えているようだが、リュックの変わりように驚いているのが見てとれる。
「フフフフ。さぁリュック、かつての仲間に葬送曲を送って差し上げなさい!」




