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頼姫の企み

 時は(さかのぼ)ること2時間ほど前。アイリが岬周辺を必死に捜索している頃、学園長を筆頭にした8人が、バッカスの南にある山中の捜索にあたっていた。

 学園長以外のメンバーは、グラドとトリム、リュースにクレア、そしてSクラスのイト、アヤメ、ペサデロという精鋭揃いだ。


「しっかしよかったんですか? 学園長自らが(おもむ)くなんて」

「何を言うかねグラド君。アイリ君はともかく君たちだけを危険に晒すのは、生徒を預かる立場としては無責任というものであろう」

「でもよ、下手すっと死ぬ可能性があるわけじゃん? それなのにさ」

「だからこそだよリュース君。こういう時こそ大人が先陣を切って行かねばならぬのだ。それに君たちとて命がけであるのは変わりないだろう?」

「そ、そりゃまぁ……」


 グラドもそうだが、リュースも友と認めた仲間は見捨てたりはできない性格だった。それ故に危険も承知でやって来たわけで、先ほどから沈黙しているトリムも恐怖を圧し殺して付いて来たのである。

 勿論リュックに好意を寄せているクレアもやる気充分で、敵と遭遇したら徹底的にヤルつもりだ。但し、ハッピィの力を借りてだが。


「敵はどこ? リュックを拐ったクソったれはどこなの?」

「お、落ち着いてくださいクレアさん。言葉遣いが少々おかしくなってますよ?」

「イト様、コイツがおかしいのはいつもの事では? 戦闘時に突然笑いだしたりするのを頻繁に見かけますし」

「そ、そうなのですか……」


 憑依(ひょうい)中のハッピィが魔法をブッ放している時の言動をしっかりと見られているようで、クレアは残念な性格だと一部で認識され始めてたりする。


「ま、おかしいと言っても、オリガの足元には及ばないレベルですが」

「あ、ああオリガさんですか。あの方は別格ですものね……」

「……アレは例外。魔物の私でも理解不能。うなじを舐められた時は本気で殺意が湧いた」

「よく分かんないけど、オリガって人は変態って事でOK?」


 そして何故かオリガへと飛び火するが、本人がこの場に居ないのは幸いかもしれない。

 しかしそれとは別にクレアへの視線は珍獣を見る目であるのは変わりなく、知らぬが仏とだけ言っておこう。


「っ! どうやら我々に気付いたらしい。得体の知れない反応が接近してくる」

「「「!」」」


 学園長の一言により全員が息を飲む。相変わらず周囲は静けさを保っており、風で木の葉が揺らぐ音しか聴こえない。

 だが学園長に続いてアヤメがクナイを取り出せばイトも詠唱に入り、()()クレアまでもが表情を強張らせたとあらば、敵が間近に迫っているのは間違いないのだろう。


「ど、ど、どこ? 敵はどこにいるの?」

「落ち着けってトリム。――っていうか俺を前に押し出すなよ」

「おいお前ら、こんな時まで夫婦漫才してんじゃねぇ」

「「夫婦じゃない!」」


 呆れ顔のリュースが煽りにしかならない忠告をしたのがよかったのか、トリムの緊張は解けグラドも本調子になり鼻をヒクつかせる。すると嗅ぎなれない臭いが四方から近付いているのに気付き、慌てて声を張り上げた。


「気をつけろ、周りを囲まれてやがる!」

「え――周り!?」

「マジかよ!」


 グラドの背中に隠れたトリムがキョロキョロと周囲を見渡すと、リュースもそれに続き神経を張り巡らす。が、いまだ敵の姿はなく、木々が生い茂る光景が見えるのみ。

 しかし学園長とSクラスのメンバー、それから例外的にクレアも気付いているようで、阿吽(あうん)の呼吸で背中合わせに四方へと注意を向けた。

 すると次の瞬間!



 シャシャ――シャシャシャシャシャシャ!


「きたか――ウィンドシールド!」

「させません――アイスバリケード!」

「……ウォーターカーテン」

「フン、十字手裏剣(じゅうじしゅりけん)ごときでやられはしない――昇炎天舞(しょうえんてんぶ)!」


 学園長とSクラスの三人が障壁を展開し、四方から迫る飛び道具を防ぐ。

 だが飛来する数が多いために中々反撃に至らず、一行は苦虫を噛み潰した顔を見せる。


「クソッ、何て数だ。いったい何人いやがんだよ!」

「落ち着けリュース。数は……ザッと30ってところだ」


 並の獣人よりも鼻のきくグラドが、おおよその人数を言い当てる。そんなグラドにトリムがすがりつく。


「そんなに!? ねぇ何とかならないの?」

「分かんねぇ。だが――」


 障壁の隙間から顔を出し、臭いの濃い場所を見据えると……


「やるしかねぇだろ!」


 シュッ――トスッ!


「ぐわぁ!」

「うっし、命中――っとと!」


 シャシャシャシャ!


 仲間がやられたせいか、矢を放ったグラドに飛び道具が集中する。辛うじて顔を引っ込めたが、効率はよくないだろう。


「っぶねぇ! 俺一人じゃキリがねぇ……」

「ねぇクレア。いつもみたいに派手にブッ放せないの?」

「できなくはないけどぉ、ハッピィだけだと標的になっちゃうよね~。同時に誰かが援護してくれたらな~……チラッ」

「援護ねぇ――って、まさかあたし?」


 クレアが――もといハッピィがトリムへと意味深な視線を向ける。


「で、でも、敵が見えなきゃどうしようもないでしょ?」

「だけどトリムってば光魔法使えるじゃん? グラドに居場所を教えてもらえばいいんだし余裕っしょ? いけるいける♪」

「そ、そんな事言われても……」


 だが現状は自分たちしか動ける者がいないのも事実で、周りを見渡したトリムが意思を固めると……


「分かった、やってみる!」

「OK~♪ じゃあ最初にハッピィがブッ放つから、後ろの敵さんはお願~い」


 そう言うと、素早く詠唱を整えたクレアが障壁をスルリと抜け出した直後、豪快な一撃を放つ!


「ハッピィいっきま~す――ハッピィ~~~フェステバ~~~ル!」


 チュドーーーーーーン!


「よし、こっちもいくぜ、トリム」

「分かった! くらいなさい――ホーリーレイ!」


 ジュゥゥゥゥゥゥ!


 クレアとトリムの活躍により敵の包囲に大穴があく。これにより敵は怯み、一行への攻撃が手薄になった。


「今が好機。反撃に転ずる」

「くノ一アヤメを舐めるな!」


 包囲さえ瓦解すれば脅威ではなく、ペサデロとアヤメが反撃に移る。

 こうなると並の冒険者よりも強い彼らに敵も防戦一方となり、瞬く間に蹴散らしていく。


「よくも不意打ちしてくれたなぁコイツ!」


 ザシュ!


「グフッ! ――こ、こんなガキ共に……」


 最後の一人をリュースが仕留め、再び静けさを取り戻す。

 改めて見渡せば敵の全ては黒装束であり、近くに拠点があるのだと予想された。


「……敵のアジトは近い。多分こっち」

「さすがアイリの眷族! こっちに行けばリュックが居るん――」

「……待って」

「フギュ!?」


 ペサデロが指した方に進もうとしたリュースだが、首根っこを掴まれ止められてしまう。

 そして一点を注視すると、姿の見えない何者かに問いかけた。


「そこにいるのは誰? 姿を見せないのなら敵と判断する」


 ガサガサッ!


「へへへ、中々鋭いなぁ? 殺すにゃ惜しいやつだぜ」


 学園長らも注意深く見守る中、茂みからノソリと現れたのは、血で染まったような真っ赤な鎧に長剣で武装した長身の男であった。

 すると男に見覚えがあったのか、イトとアヤメがハッとなって身構える。


「その顔……貴方はヨシツネですね!」

「おぅおぅ、誰かと思えば無様にも生き恥を晒しているお姫様じゃねぇか。いまだにしぶとく生きてやがったとはなぁ?」

「ほざけヨシツネ! 貴様らの思い通りにはさせん!」

「ハッ、威勢だけは一人前か。だが()()の邪魔はさせん。姉者の元へは行かせんぞ!」


 スチャ……


 太刀を構え、一行の前に立ちはだかるヨシツネ。

 しかし計画の二文字が気になった学園長は、にじり寄りつつもヨシツネへと問いかけた。


「計画とは何だ? 何を企んでおる?」

「お、興味あるか? そんじゃあ手短に教えてやるが、三種の神器で封印されてる魔物を降臨させようって試みさ」

「降臨させる……だと?」

「バカな! そんな事をすれば、この国は一溜りもない!」


 途中から割って入ったアヤメが叫ぶ。言葉通りなら、ガルドーラにかつての魔物を解き放つ事に他ならない。

 だがヨシツネは肩を(すく)めて失笑する。


「ヘッ、なぁに勘違いしてやがる。降臨つっても野に放つわけじゃねえ。()()()に降ろすんだよ」

「依り代……ま、まさか!?」

「へへ、気付いたか? お前らのお仲間に降臨させ、そいつを使役するのが姉者の計画さ」


 依り代というフレーズに学園長がハッとなる。リュックが拐われた理由が判明したのだ。


「そんな訳でな、こっから先へは行かせられねぇ。どうしても行きたきゃ――」


 ダン!


「俺を倒してからにしなぁ!」


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