表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/110

天誅!

 北から東にかけて大海原が広がる港街バッカス。海を隔てた向こうからは多くの船が入港し、街のあちこちで怒号の飛び交う取引が行われていた。

 海の荒くれ男は少しでも高く、目利きの商人はより安くを掲げ、双方が激しいバトルを繰り広げている。

 そんな地上とは別にバッカスの地下では、双方からの利益を上手く吸い上げている組織が存在した。


「ボス、ダンノーラからの上納です」

「…………」


 ソファーでふんぞり返っていた大男――というより肥満体型の初老の男が、部下が差し出してきたズタ袋を無言で掴み取る。

 ズッシリと重いその袋を覗き込めば、黄金色の通貨が当然とばかりに存在感をアピールしており、これだけでもダンノーラ帝国につく理由としては充分と言えよう。


「今月も上々だ。やはりガルドーラとは距離を置いて正解だったな」

「はい。発展途上としては中々でしょうが、大国相手では長くは持たないでしょう」

「そうだ。ダンノーラという強国があるにも拘わらず、貴族連中は派閥争いにお熱ときた。そんな体たらくだから見限られるのだ。ま、今さら気付いたところでガルドーラに寝返るつもりはないがな」


 まるで先見(せんけん)(めい)があると言わんばかりに豪語するボス。元は商会のまとめ役だった彼だが、当時の領主があまりにも横暴だったために一斉奮起を図ったのだ。

 結果はご覧の通りで、今では闇ギルドの頭領として君臨するほどに。

 当然ガルドーラも黙ってはいなかったが、民間人を味方につけた彼らを根絶やしには出来なかったのである。


「ところでだ。二本刀が首都に攻め入ったはずだが、いまだ陥落の報はない。いったいいつまで待たせるつもりだ?」

「そ、それが……」

「どうした? 知っているならさっさと話せ」

「……では。首都クラウンはいまだ陥落には至らず、貴族も平民も普段通りの生活を送っております」

「……は?」


 言い(よど)んだ部下から発せられたのは、首都陥落とは程遠い現状であった。

 これには思わず目を点にして間抜けな顔を見せてしまう。


「冗談はよせ。二人揃って戦場に立てば、千の軍隊をも苦にしない二本刀だぞ? しかも都合よくスタンピードまで発生したそうではないか。これだけの条件が揃っておきながら、失敗なんぞあり得んだろう」


 そう、こっそりとアイリを尾行していたヨイチが、ダンマスであるガルドーラを射ち殺したところまでは聞いていた。これによりスタンピードが発生した事も含めて。

 しかし、上手くいったのはここまでで、再び言いずらそうにしつつも部下が口を開く。


「いえ、決して冗談ではなく、二本刀の二名はウィザーズ学園の連中に撃退され……」

「に、二本刀が撃退された……だと?」


 (あご)が外れそうなくらいに口をあんぐりと開けるボス。いくら学園の教師と生徒が強くても、二本刀にスタンピードでは泣きっ面に蜂――と予想したが、見事に外れた形だ。


「クソッ、話が違うだろうが! ダンノーラが占領した暁には、このオイドン様がバッカスの領主になるのだ。もしもガルドーラが巻き返すようなら……」


 考えたくはないが、そうなれば白紙に戻るのが当たり前。更にダンノーラがバッカスから撤退すれば、ガルドーラの貴族がやってくる可能性は高まる。


「そ、それでですね……大変申し上げ難いのですが……」

「何だ、まだあるのか?」

「はい。先ほど首都クラウンから、ルミナステル侯爵が兵を率いて出陣したと……」

「出陣だぁ? 兵法のイロハも知らない女侯爵が――っておい、まさか!」

「はい、真っ直ぐにこちらへ向かってるとの事です」

「チッ、面倒な……」


 ドーラ派の旗本であるドーラのお陰で成り上がったルミナステル。その事実はボスも知っおり、特別脅威となるわけではない。

 しかし、続く部下からの報告により、その考えを改める羽目になる。


「そ、それでですね……」

「今度は何だ? まさかルミナステルが兵と共に転移でもしてきたか?」

「! さ、さすがはボス、もうご存知でしたか!」

「フン、そんな事だろうと思っ――」




「ちょっと待て。今なんつった?」

「え? ええ~と……もうご存知で――」

「その前だ!」

「さすがはボス」

「もう一声!」

「そ、それでですね」

「違う、お前のじゃなく俺の台詞!」

「まさかルミナステルが兵と共に転移でもしてきたか?」

「それだぁぁぁ! まさか本当に転移してきたってのか!?」

「はい、てっきりご存知だったと思ったのですが……」


 これは予想外だった。高位の魔術師ですら数名を転移させるのが関の山で、一度に多くの兵を転移させるなど貴族だけでできるはずがない。できるとすれば、召喚術が得意な()()()()()()()()()以外にいないだろう。


「そそそそれで、転移ってのはどこにだ? まさかすでに街中に入り込んで――」

「さすがはボス! その通りです!」

「なんですとぉぉぉぉぉぉ!? ヤベェだろ、めっちゃヤベェだろ! ダンノーラの連中には知らせたのか!?」

「ルミナステルが現れた直後に音信不通となりました。恐らく拘束されたか脱出したかだと思われます」

「ほげぇぇぇぇぇぇ!」


 頼みの綱だったダンノーラの忍びはいもうない。ならば自分達で追い払うしかなく、部下を伴い地上へと出て見ると……


「これよりバッカスは、正式にガルドーラの監視下に置かれる事となった! 抵抗する者は容赦なく拘束するゆえ、勝手な行動は謹んでもらおう!」


 すでに街中のあちこちにルミナステルの兵が目を光らせており、兵士長と思われる男がマジックアイテムとおぼしき奇妙な物体を手に声を張り上げていた。

 そんな兵士長の前を拘束された黒装束がズルズルと引きずられていき、ダンノーラの抵抗は鎮圧されたのだと一目で理解できる。

 余談だが、兵士長が手にしたアイテムは、アイリが召喚した拡声器である。


(クソッ、これじゃあ表立って動けねぇ。一旦脱出して、どこかでダンノーラの連中と合流するのが得策か?)


 ――等と思考するボスであったが、またしても部下が言いずらそうにしつつ告げてきた。


「そ、それでですねボス。非常に申し上げにくいのですが……」

「……これ以上何があるってんだ?」

「ルミナステル()のご命令により、ボスをお連れするよう言われておりまして……」

「ルミナステルに――って、ちょっと待て」


 部下の台詞に一文字だけおかしい部分があったのを、ボスは見逃さなかった。


「テメェ、さてはルミナステルに買収されやがったな!?」


 慌てて飛び退くボスことオイドン。巨体にしては素早い身のこなしであった――が、それまでだ。


「買収はされてません。本日よりバッカスは、正式にガルドーラへと属する事となりました。これは()()()()での全会一致により決定された事ですので、覆される事はありません」

「な、何……だと……」


 唐突な内容により力なく膝をつくボス。まさか簡単に裏切られるとは思っていなかったのだろう。

 だが部下の男は淡々と事実を告げていく。


「すでに本日の午前中から打診がありました。ダンノーラと手を切りガルドーラにつくのであれば、身の安全は保証すると。但し絶対条件として、バッカスを牛耳るボスの存在は見過ごせないとの事でしたので、ここでも全会一致で()()()()事に致しました」


 グイッ


「な、何しやがる!?」

「決まってるじゃありませんか、ルミナステル様の元にお連れするのですよ」

「ふざけるな! なんだって俺がこんな目に合わなきゃならねぇんだ! だいたい全員で立ち向かえばガルドーラの連中なんぞ――」

「フッ……」


 この期に及んで喚くボスを、まるで見下しているかのように――いや、実際に部下の男は見下していた。オイドンはガルドーラとダンノーラを表面上でしか知らないと。

 それにルミナステルの背後には、自分達では到底敵わないダンジョンマスターがついているのだ。わざわざ敵対するのは愚の骨頂と言えるだろう。


「何がおかしい?」

「何って……ボスの全てですよ。貴方は移り行く情勢についていけなかったのです。だからいつまでもダンノーラについているという愚を冒すのです。そもそも――」

「まぁまぁ。哀れな首領をそれ以上いじめないであげて」


 オイドンと()部下の男の前に貴婦人が現れる。言わずと知れたルミナステルだ。


「ルミナステル様、()()()がダンノーラに寝返るよう画策した人物です」

「ええ、知ってますわ。情勢の変化についていけなかった哀れな首領なのでしょう?」

「テ、テメェ……」


 オイドンが恨みの籠った目で見上げる。ルミナステルの側には元部下と見知らぬ()()だけ。


(バカめ、侯爵が無防備に出てきやがるとはなぁ!)


 今ならイケると思ったオイドンが、懐からナイフを取り出しルミナステルへと駆ける!


「死にやが――ブボッ!?」

「往生際が悪いですね、おとなしくしてていただけませんか?」


 ――が、少女の裏拳によりあっさりと撃沈。

 哀れオイドンは、鼻水を垂らしてその場に(うすくま)る。


「ありがとアイカ。やっぱり貴女達は頼りになるわぁ」

「いえ、それほどでも」

「……で、そこの貴方。()は聞いてるわね?」

「はい。ルミナステル侯爵を新たな領主として迎える準備は整っております」


 すでに国家主席にも話が通っており、バッカスを取り戻したなら領主と名乗ってもよいと言われていたのだ。

 更にバッカスでもオイドンと親しい者は予め隔離済みで、オイドンを差し出すのみとなっていた。


(バッカスには二本刀は居ませんでした。残るはお姉様が向かった北西の岬と、学園長達の向かった南の山中ですが……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ