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三人組の旅路(後)

 宿場町の中央に陣取られた大きな屋敷。屋根に乗せられた金のシャチホコは遠目からでも存在感を失われておらず、一目で代官の屋敷だと分かるようアピールしていた。

 決して良い趣味とは言えないその屋敷に連れられて来たのは、宿を営むオイデ屋に居候していたアイナという黒髪の少女で、それを実行に移した代官とミナシネ屋の主人が共に(さかずき)を交わした。


「いやはや流石はお代官様、実に見事なお手並みで。あのオイデ屋の奴め、今ごろ悔し涙を流しているに違いありませんぞ」

「そうであろう、そうであろう。バレないようにと細工はしたが、ここまで上手くいくとはな」

「ええ。まさか背負った借金が我々の仕込みだとは夢にも思わないでしょうな」

「何を言う。思ってもらっては困るではないか、クククク……」


 酒が進むにつれて二人の口はどんどん軽くなっていき、ついに真相が飛び出てしまう。


「しかしオイデ屋の奴も不幸よのぉ。アイナを引き取ったばかりに、お主の悪巧みに飲まれてしまったのだからな」

「いえいえ。ただわたくしめは、大変評判の良い看板娘がオイデ屋に居ますよと、お代官にお伝えしただけに御座います」

「それが悪巧みだと言うておる。実際目にしてみれば見事な美少女ではないか。ならば手篭めにしたくなるのは当然であろう?」

「ええ。奴隷商に(おもむ)いても、中々お目にかかれない上玉ですからな、イッヒッヒッヒッ!」


 そう、代官の目的はアイナを手に入れる事であり、オイデ屋の借金を取り立てる事ではなかったのだ。

 ミナシネ屋もミナシネ屋で、事前にこうなる事を予測した上で代官に話を持ちかけ、その見返りとして暴利を貪るのを見逃してもらっていた。

 つまり、この宿場町にてミナシネ屋から借金をしたが最後、ケツの毛までむしり取られるのは避けられないのである。


「ところでお代官様。さっそく今夜にでもお楽しみになられるので?」

「当然ではないか。そのためにわざわざ風呂に入れさせてるのだからな」

「左様で。わたくしめとしては、汗の滴る生娘の方が大変魅力的かと。特にうなじや脇の下などは格別の――」

(たわ)け、貴様の性癖など聞いとらんわ」

「これは失礼を」


 ――等とミナシネ屋の際どい性癖がバレたところで(ふすま)が開き、綺麗に着飾った一人の女芸者が室内に足を踏み入れた。


「失礼致します」

「ん? 何じゃお主は? 芸者など呼んだ覚えは――」

「いえ、お代官様の日頃のご活躍が当モフモフ屋にまで(とどろ)いておりますれば、せめてもの(ねぎら)いをと念慮(ねんりょ)しましたところ、手前を夜のお供にとさせていただきたく参上つかまつりまして御座います。つきましては当モフモフ屋を何とぞ良しなに」

「ふむ……」


 代官が(あご)に手を添え、値踏みするように芸者を見る。

 この芸者の台詞を要約すると、代官の名声を聞き及んだモフモフ屋がお近付きにと若い女を出したので、以後お見知り置きを――といった感じだ。

 ちなみにこの代官、宿場町の全ての店を知っている訳ではないので、知らない名前を出したところで不審には思わない。


「ウムウム、あい分かった。モフモフ屋の主人に伝えるがよい」

「ありがとう御座います。いずれ主人からの正式なご挨拶があるとは思いますが、まずは手前から……」


 そう言って軽く着物をはだけさせ、目を細めて代官へと寄りかかる。

 すると代官もその気になり、抱きかかえるように手を回す。何せ見た目は銀髪の美女である。ここで拒否する理由は見当たらない。


「ムハハハハ! そうかそうか、ならばじっくりと親睦を深めねばのぅ!」

「はい。是非ともご賞味くださいませ」

「ウムウム、苦しゅうないぞ。してそなた、名は何と申す?」

「はい。今夜お相手させていただきます手前は【ギン(やっこ)】と申します」


 芸者の正体――それは、上手く二人に接近して油断させようと思い付いたギンであった。


「ささ、お酌をさせていただきます。ミナシネ屋のご主人様もどうぞ」

「では一杯貰おうか」

「ムホホホ、美女からの酌――たまりませぬなぁ!」



★★★★★



 ギンの妙案により上の階で盛り上がっている頃、地下の座敷牢にはオイデ屋から連れて来られたアイナが横たわっていた。

 湯に浸からせた後に代官の元へと行かせる予定だったのだが、ギンの乱入によりすっかり忘れ去られてしまったのである。

 そんなアイナを見張っていた役人がアクビをした瞬間!


「ふぁ~ぁ――フゴッ!?」


 ドサッ!


「へっ、チョロいぜ」


 素早く背後に回ったモフモフが手刀を叩き込み、その場で崩れるように倒れ込む。


 ゴソゴソ……


「見張りって事は、恐らくコイツが……あ、思った通りッス」


 倒れた役人から鍵束を奪うと、牢を開けてアイナを抱き起こした。

 目を閉じてはいるが眠っているだけのようで、静かに寝息を立てている。


「眠ってるだけッスね。とりあえず無事でよかったッスよ」

「おう。んじゃとっととずらかろうぜ」


 アイナさえ救出すれば、後はギンと合流して諸悪の根元を断罪するだけである。

 ――が、しかし!


「おぉい、その娘をどこへ連れてこうってんだぁ?」


 ガラの悪い男達が地上への階段を塞ぐ。

 よく見れば代官と共にオイデ屋に現れた連中であり、ミナシネ屋に雇われてオイデ屋の営業を妨害した冒険者だ。


「んだテメェら、俺の邪魔をしようってんならブチ殺すぞ?」

「ああ? バカなのかテメェ。こっちは6人、テメェらは2人。死ぬのはテメェらだぜ?」


 モフモフ達と冒険者とでは力の差が有りすぎ、この場合だと数は問題にはならない。

 そんな勘違い野郎共も断罪する予定だったこともあり、モフモフの腕が連中を貫いて――


「待ってほしいッスアニキ」

「あ? なんで止めやがる?」

「ちょっといい事を思い付いたんスよ」


 ――と、その前にクロが止めに入った。

 首を傾げるモフモフに耳打ちすると、モフモフもなるほどと頷く。


「よかったなテメェら。どうやら死なずに済みそうだぜ?」

「ああ? 何言ってやが――」


 ドスドスドスドスドス!


 目にも止まらぬ動きで次々と男達に手刀を当て、ものの数秒で無力化に成功。

 まとめて縛ると、ギンの元へと急いだ。



 バァァァン!


「おらぁ、おとなしくしやがれ!」

「ブフッ――ゲホッゲホッ!」

「ななな、なんだお前達は!?」


 モフモフとクロがギンのいる部屋へと踏み込むと、顔を赤くした元凶二人が盃を放り投げて後ずさる。


「遅いですよ二人共」

「しゃーねーだろ、ゴロツキを6人も引きずってきたんだからよ」


 驚く元凶二人を無視して拘束した6人をその場で転がす。

 アイナはクロが背負っており、作戦が成功したのだとギンは理解した。


「ゲホッゲホッ……。ギン(やっこ)――貴様!?」

「お生憎様。貴方達のようなゴミを慕う理由なんて、最初からありません」

「グヌヌヌ……。く、曲者だ、出合え出合えぇぇぇい!」


 しーーーーーーん……


「どどど、どうした? なぜ誰も来ぬ!?」

「来るわけねぇだろアホんだら。屋敷の役人はみんな揃って夢心地なんだからな」


 アイナの居場所が分からなく、出くわした役人を片っ端から気絶させたのだ。結果全員が気絶するという事態になり、もはや障害は何もない。


「ミ、ミナシネ屋、貴様のせいだぞ!? 貴様が儂を(たぶら)かしたのが悪いのだ!」

「そんな、お代官様だって賛成したじゃないですか! わたくしめはただ――」

「じゃかぁしぃぃぃぃぃぃ!」


 ダン!


「「ヒッ!」」


 モフモフが片足で踏み鳴らすと、悪者二人は互いに抱き合う形で震えあがる。

 ただでさえ角刈りの厳つい顔をしたモフモフに対して、己の恐怖を抑えるなど不可能というものだ。

 そんな恐怖に凍りつく二人をギロリと睨み、モフモフ節が炸裂する。


「おうおうおう、テメェら! この期に及んで擦り付け合うたぁ見苦しいぜ。例え神が許してもなぁ、俺達ぁ見過ごさねぇ。地獄までのカウントダウンをその身に刻みな!」

「ままま、待ってくれ! 金ならある! だから助け――」


 ブシュ!


「――グホッ!?」


 恐怖に染まるミナシネ屋の心臓を一気に貫いた。ご丁寧に冒険者の剣を用いてだ。


「そんなに金が大事なら、賽の河原で積んでやがれ!」


 力なく倒れたミナシネ屋が動かなくなったのを確認し、代官へと視線を移す。


「わ、わ、儂は違うぞ! 儂はミナシネ屋に騙されてただけだ!」

「へっ、見苦しいっつったろう? テメェみてぇな女好きは――」


 ズバン!


「ぎゃぁぁぁ……ぁ……ぁ」

「追い剥ぎ婆でも抱いてな」


 代官を真っ二つに斬り下ろし、使った剣を冒険者に握らせた。

 代官とミナシネ屋を殺した罪は、この冒険者パーティが背負ってくれるだろう。


「なるほど。わざわざ冒険者を生かしておいたのは、このためでしたか」

「その通りッス。指名手配なんてされたら姉貴に迷惑がかかるじゃないッスか」


 最初は二人を殺した後、素早く町を離れる予定だったのだ。そこへ身代わりになりそうな冒険者が現れたため、ここぞとばかりに利用しようと決めたのである。


「んな事よりさっさとずらかるぞ。ボロ屋の主人も心配してるだろうしな」



★★★★★



「アイナ! 戻ってさ来れたんか!」

「は~い。お風呂から上がったら、いつの間にか戻ってました~」

「そうかそうか。意味はよく分からんが、とにかく無事でなによりさ!」


 実の親子のように抱き合う二人。

 起きたばかりのアイナは状況を理解してはいないが、オイデ屋の主人には分かる。目の前の三人が強引に連れ帰ったのだと。


「ところで皆様。ものは相談ですが、よければうちのアイナさ連れてっていただけねぇでしょうか?」

「……おじ様?」


 オイデ屋主人のとんでも発言により、アイナが不安一杯の顔を見せる。再会を喜んだばかりだというのに何故なのか。


「理由を伺ってもよろしいかしら?」

「へぇ。こうしてアイナさが無事なのも皆様のお陰。手前1人じゃこの先アイナさ護れねぇでさぁ。そんなら強い人に護ってもらうんが一番だと思ったさぁ」


 理由は分かる。しかし三人にはカゲツの護衛という任務があり、アイナを同行させるのは得策ではない。やはり断るべきかと考えたところで――


 ジジジジジ……


「「「!」」」


 三人の脳裏に鈍い痛みが走る。

 まさに警告のような感じであり、アイナから離れてはならないと何かが訴えているかのようだ。

 これはアイナを助け出す前の感覚にも類似していたため、三人はそれに従う事にした。

 幸いにしてアイナも納得したようにウンウンと頷いている。


「分かったぜ。アイナの事は任せな」

「よろしくお願い致しまさぁ。アイナも達者でなぁ」

「はい~。今までありがとう、おじ様」


 オイデ屋の主人に別れを告げ、再びカゲツの尾行に戻る三人――改め四人。

 この後アイナの素性が判明して三人が仰天するのだが、それはもう少し先だ。


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