三人組の旅路(前)
アイリの命令により陰ながらカゲツを護っているモフモフ達三人は、とある宿場町へとやって来た。
もうじき日が暮れることもあり、今は質素な宿屋にて旅の疲れを癒している最中である。
肝心のカゲツはというと、大通りを挟んで数軒先にある大きな宿屋に泊まってたりするのだが、モフモフ達はクロの進言により今にも潰れそう(経済的にも物理的にも)な宿屋をチョイスした。
「おいクロ、何だって俺達ぁこんなボロっちぃ宿屋に泊まらなきゃならねぇんだ?」
「こういう宿屋こそ、隠れた名店だったりするんスよ」
「……そこらにクモの巣が張っててもか?」
「もちろんス」
「……建物全体から軋んだ音が聴こえねぇか?」
「いかにも老舗っぽいじゃないッスか」
「……すきま風でスースーするんだか?」
「風通しをよくしてるんスよ」
カサカサカサ……
「……クロコゲ虫が這いずってるぞ?」
「よければ間食にどうぞッス」
「んなゲテモノ食えるかボケェ! テメェが食ってみろや!」
「ちょ、やめるッス兄貴! そんな生ゴミを食わせるなんて鬼ッスか!」
「誰が鬼だゴルァ! 鬼よりも俺の方が強いだろうが!」
「そ、そうッスね……」
いつものようにドタバタとしている二人を見て、紅一点のギンが深いため息をつく。
(まったく、何をおバカな事をやっているのでしょう……)
アイリからは、カゲツが無事に帰って来られるようにとサポートを命じられていながら、モフモフとクロの二人からは緊張感がまったく伝わってこないのだ。これでは不安になるのは当たり前である。
そんなギンが二度目のため息をつくと、静かに襖が開いた。
ススス……
「お寛ぎのところさ失礼します。風呂の準備さできましたで、ゆっくりと湯に浸かってくだせぇ」
「サンキューッス。さっそく――」
「ありがとよオヤジ。ひとっ風呂浴びてくるぜ!」
ダッ!
「ちょ、アニキ! ズルいッスよ!」
ダッ!
一番風呂をめぐってモフモフとクロが駆け出していき、残されたギンは早くも三度目のため息をつく。
「騒がしくてすみません。後でキチンと言い聞かせますので……」
「そんな、とんでも御座いません。うちのような寂れた宿さ選んでいただき感謝してまさぁ。他に客さ居らんし、賑やかでええと思いまさぁ」
「まぁ、確かにお客がいな……あ!」
マズイ――と思ったがすでに遅く、口に手を当てた時には口走った後であった。
「ハッハッハッ! 気にせんでええでさ。客が居ないのはいつもの事でさぁ」
「はぁ……」
主人が気にしてないどころか逆に笑い飛ばしたため、ギンは呆気に取られてしまう。
だが同時にある疑問が浮かんできた。
「時にご主人、この宿屋は大通りに面するという立地条件でありながら、どうして寂れているのです? もっとお客がいてもよい気がしますが」
あまりにも不自然であった。同じ通りにある他の宿屋はどこも賑わっているように見え、どうしてこの宿屋だけが寂れているのか。
「まぁ少々込み入った事情が有ることにゃ有るんですが……。まぁまぁ、そんな事さ気にしねぇでくだせぇ」
「そうですか」
主人の表情が影を落としたように見えたが、本人に気にするなと言われた手前、余計な口出しは控えることにした。
「おじ様~、お客様にお出しする食材なんですが~、これから山で採ってきますね~」
やや間延びした少女の声が下の階から聴こえてきた。やはり経済的事情のせいか、食材の調達も自力らしい。
「おお、そうかい。日が暮れるまでには戻っておいで――」
「アイナや」
「はい、分かりました~」
(アイナ? どこかで聞いた覚えがありますが、気のせいでしょうか……)
微かだが記憶の片隅にあった気がした。
しかし、いくら首を捻っても一向に答えが出てこない。仕方なく放置しようかとも思ったが、今度は脳裏がチリチリと焼き付く感覚に陥る。
それは徐々に大きくなり、このまま放置すると取り返しがつかなくなる――そう訴えているようにも感じた。
そこでギンは、思いきって主人に尋ねてみる事に。
「失礼ですがご主人。先ほどの娘さん――アイナという名前でしたか?」
「へ? へぇ、左様で御座いますが……あ、もしやお客様、アイナさのお知り合いで?」
「自信はありませんが、以前聞いた名前だったかと思いまして」
「なるほどさぁ。実はですな、アイナと手前は血の繋がった親子ではないので御座いまさぁ」
これも何かの縁だと思い、宿屋の主人は語り出す。すると驚くべき事実が発覚した!
「見知らぬ地へ突然やって来た――ですか」
「へぇ。何でも魔法さ存在しない場所から来たそうで。だどもそんな場所さ手前のような田舎者は知らんでさぁ」
ここイグリーシアにおいて、魔法が存在しない場所などない。
あるとすれば神が創った特別な空間くらいだろうが、少なくとも地上にないことだけは確かだ。
そうすると可能性はただ一つ。アイナという少女は異世界から来たに違いない。
「行く当てさねぇって事で、居候させてたんでさぁ。手前としても可愛い娘さできたみたいで嬉しい限りでさぁ」
「そういう事情でしたか」
(本人と話すのが一番手っ取り早いですわね)
明日にでも話そうと決めたその日の夜。早くも宿屋に起こっている現象が明らかになる。
「おい、オイデ屋はいるかぁ!」
風呂上がりの三人が晩酌をしていると、下の階から怒声が響く。
襖を半開きにしてソッと覗いてみると、いかにも悪人ですと言いたげに、ガラの悪い男達が正面入口に立っていた。
その中で1人だけ、金ピカの着物を身につけた悪趣味な男がいた。この男がリーダー格なのだろう。
「こ、これはこれはお代官様、ようこそいらっしゃいました」
なんと、ガラの悪い連中を率いるのは代官であり、宿の主人を偉そうに見下ろす。
「うむ。してオイデ屋、儂が来た理由……分かっておろうな?」
「へ、へぇ……何泊のご予定で?」
「うむ、では今日から3泊くらいは――って、戯け! 誰がこんなボロ屋なんぞに泊まるか。借金の取り立てに決まっておろう!」
どうやらここの――オイデ屋の主人はミナシネ屋という金貸しから借金をしているらしく、支払いの期限がとっくに過ぎているのだという。
そこでミナシネ屋が代官に相談したところ、借金の取り立てを引き受けたのである――表向きは。そう、これらの動きは表向きだ。
ならば裏ではどうなっているのか……実のところ代官とミナシネ屋が仕組んだ事であり、ミナシネ屋が雇った冒険者がオイデ屋の悪評をバラまいていたのである。
更に泊まっている客にまで因縁をつけたりすれば、自然と客足は遠退くというものだ。しかも客が代官に訴えたところで全てを揉み消すのだから悪質極まりない。そして時間が経つにつれてオイデ屋の悪評が目立つようになり、経営は火の車に。
そこへ善人面をして現れたのがミナシネ屋の主人であり、詐欺まがいの高利貸しで借金を背負わせたのであった。
「困りますなぁオイデ屋さん。借りた金はキチンと返済していただかないと」
「ミ、ミナシネ屋さん!」
男達を掻き分け現れたのは、代官とグルのミナシネ屋の主人だ。
「さぁさぁ、利子も合わせて金貨100枚、耳揃えて返してもらいましょうか」
「ま、待ってくだせぇ、そんな金さ御座いませんでぇ……」
「これはおかしな事を申される。本来ならば先月までに支払いを終えてなければならないのですよ?」
「そこを何とかお願いしまさぁ! 手前を助けるさ思って、せめて一晩、一晩だけ――」
「ほぅ、一晩待てと?」
「せめて一晩泊まってくだせぇ!」
「そっちかい! こんなボロ屋に泊まってやる義理はないね! 返済できないなら借金のかたとして――」
契約書によれば、期日までに返済できなければ娘のアイナを連れていくと記されている。
つまり……
「この娘は貰ってきますよ」
「え……ええ? あたしは何処へ連れていかれるのでしょ~?」
厨房でつまみ食いをしていたアイナが、男達によって連行されてくる。
「そ、それだけはご勘弁を! アイナには手を出さないでくだせぇ!」
「ええぃ、黙れ! 邪魔立ていたせば二度と娘とは会えないと思え! ――連れてけ」
「「「へぃ!」」」
オイデの主人が代官にすがるも、アイナは強引に連れ出されてしまった。
「ああ、アイナ! 私はいったいどうすれば……」
最後に残されたのはガクリと項垂れたオイデ屋の主人のみで、一連の流れを見ていた2階の三人は襖を閉じて顔を見合わせる。
「アニキ、どうします?」
「どうするって……お前、今の流れを見てて放って置けとでも言うのか?」
「じゃあ!」
「ああ、助けてやるさ。それにさっきから妙な胸騒ぎがしてよ、このままにしちゃいけねぇって言われてる気がするんだよなぁ」
ギンと同じく、モフモフも何かを感じとっていたらしい。するとクロまでも……
「アニキもッスか? 実は俺もそうなんスよ。何でか絶対に助けなきゃならないって気がしてて」
「ならば助けましょう」
「ギンちゃん?」
「私によい考えがあります」
こうして三人組によるアイナ救出作戦が始まろうとしていた。
ご主人「ああ、アイナ! 私はいったいどうすれば……」チラチラ
クロ「あのご主人、めっちゃこっちを見てるんスけど……」
モフモフ「話だけでも聞いてやれ」




