VS頼姫
「舐めてくれるな頼姫よ。これでも学園を預かる身だ。そう易々と思い通りにはさせん――ハリケーンストーム!」
「甘いですわ――極砂粒演舞!」
カーバインの風魔法と頼姫の妖術が正面からぶつかり、まともに立ってはいられないほどの風圧を放つ。
皆が顔を伏せる中でも両者の旋風はぶつかり合い、最後は屋根を大きく抉って消滅した。
――が、消滅したのはそれだけではない!
「頼姫は!?」
砂埃に紛れて頼姫までもが目の前から消え失せ、カーバインの額に嫌な汗が滲み出る。
さすがに自分まで操られるわけにはいかず、全神経を集中させ気配を探った。
「――そこかぁ!」
バチバチバチバチィィィ!
「フフッ、大・正・解♪ ……と、言いたいところですが、少々遅すぎましてよ?」
「それはどういう――これは!?」
なんと、カーバインの風魔法を防いだのは生徒達であり、身を呈して頼姫を護るように障壁を展開しているではないか。
「す、すみません学園長!」
「身体が勝手に動いて……」
「もう撃たないで! これ以上撃たれたら死んじゃう!」
(なんという事だ、これでは迂闊に手を出せん!)
頼姫が取った行動は、妖術を放った直後に隙があった生徒を斬りつけるというもので、カーバインの裏をかいたのである。
「どう致します? ダンノーラ側につくのでしたら、苦しまないよう斬りつけてあげましてよ?」
その誘いは断じて否であるが、何とか隙を突けないかと様子を窺っていると……
「学園長、操られた生徒はお任せください。元はと言えば、わたくしが亡命したのが原因なのですから」
「不肖ながら、このアヤメも全力を尽くします!」
「すまない、二人とも!」
イトとアヤメが操られた生徒達を押さえにかかると、他の生徒もそれに加勢する。
中にはゲイルやセネカ、それにエリオットまでもがおり、彼らの戦意は衰えてはいない。
更に遠くでは教師陣がストロンガーを押さえ込み、その近くではオリガを含むSクラスの生徒がナンパールを取り囲んでいた。
「あらあら、随分強情ですこと。もっと下僕を増やした方がよろしいのかしら?」
「させると思うか? この私に同じ手は通用せんぞ!」
「フフ、では試して差し上げますわ――業火扇風迅!」
「唸れ――ハリケーンガルーダ!」
再びカーバインと頼姫が激突する。
眩い光を放ちつつ魔法と妖術が飛び交い、周囲の者達は余波に飲まれないよう2人から距離を取り始める。
だが一部の生徒は違った。
「魔法ならハッピィにお任せあれ~!」
ズドン!
「クッ、小娘が……」
クレア――もといハッピィが放った氷の塊により、頼姫の額から血が伝う。
何よりも顔を傷付けられるのを嫌う頼姫は、矛先をクレアへと変えた。
「後悔させてあげますわ!」
カーバインを大きく弾いた頼姫が、クレアへと斬りかかる。
しかし肝心のクレアは頼姫の動きに反応できておらず、ぼんやりと見上げるのみ。
「いかん、避けろぉぉぉ!」
「クレアーーーッ!」
ザシュ!
リュックも思わず叫ぶ中、時雨叢雲はクレアを斬る――
「……間一髪」
――ことはなく、代わりにペサデロが斬られてしまった。
彼女がクレアを突き飛ばしたため、身代わりになってしまった形だ。
「まぁいいでしょう。――そこの小娘を仕留めなさい」
「拒否する」
「……え?」
頼姫は信じられなかった。
確かに時雨叢雲で斬りつけたはずなのに、自分の意思を無視するのはおかしいと。
だがペサデロには、普通の生徒とは違うところがあるのだ。
「私の思った通り、その剣は魔物には通用しない――違う?」
「……正解ですわ。確かに魔物には――ハッ、まさか!?」
「そのまさか。私はアイリの眷族。私に命令できるのはアイリだけ」
勾玉が魔物を操るのなら叢雲はそれ以外を操るのでは……と、ペサデロは思ったのだ。
その予想は当たり、魔物であるペサデロには効かなかったのである。
「コイツの相手は私が。他は後方支援をお願いする」
タッ! ガギギギギ……
「魔物の分際でわたくしに楯突くとは生意気ですわ!」
「生意気上等。お前の好きにはさせない」
時雨叢雲が通用しないペサデロが攻勢に出ると、内心で舌打ちをしつつ頼姫もそれを迎え撃つ。
そして鍔迫り合いになった瞬間、カーバインとクレアが動いた!
「今だ――ウィンドスマッシュ!」
「いっけーーーっ♪」
バシュ! ドズン!
「クッ――しまった!?」
動きが取れない両腕に突風と氷がブチ当たり、堪らず頼姫は剣を手離してしまう。
宙を舞ったソレは地面へと落下し、これまで操られていた者は身体の自由を取り戻すのだった。
「リュック、その剣を拾え!」
「……わ、分かった!」
グラドの叫びにハッとなり、一番近くにいたリュックが走り出す。
「させませんわ――砂粒演舞!」
「クッ……不覚」
油断したわけではなかったが、頼姫の妖術によりペサデロの視界が覆われる。
同様にカーバインとクレアも砂埃により頼姫を見失う。
その隙に時雨叢雲を取り戻そうとした頼姫であったが、リュックの方が早かった。
「これは渡さな――」
ドクン!
「グッ!?」
しかし時雨叢雲を手に取った瞬間、勾玉の時と同じく得体の知れない何かが全身を駆け巡った。
その感覚が恐怖へと変わり、堪らずリュックは剣を手離してしまう。
カラン!
「リュック!?」
「どうしたのリュック、しっかりして!」
リュックの異変にグラドとトリムが異変に気付く。
そこへ頼姫が舞い降り剣を拾い上げると、彼女もリュックの異変に気付き、やがて事を理解したように興味深げな笑みを見せた。
「フフフフフ、まさかこのような地で巡り合うとは思いませんでしたわ」
「どういう……意味だ?」
「あら、そう。貴方は何も聞かされてなかったのですね。いいでしょう、わたくしと共に来るのでしたら、貴方の素性を教えて差し上げますわよ?」
素性……その言葉、この場にいる者達にはピンとは来ない。ただ一人、リュックを除いて。
「お前は……僕の過去を知っているのか?」
「ええ。貴方の正体は琉宮の番。歴としたダンノーラの民なのですわ」
これにはリュック自身も周りの者も、強い衝撃を受ける。
実のところリュックにはガルドーラの孤児院に来るまでの記憶がなく、その事実は周囲に明かしてはいなかったのだ。
「それから……そこの貴女、ペサデロと言いましたか? それ以上近付くとこの少年の命はありませんことよ?」
「クッ……」
不意打ちを仕掛けようとしたペサデロであったが、リュックを盾にされたためやむ無く動きを止めた。
「さぁどうしますリュック? 貴方がおとなしく従うのなら、この場は引き上げるのも吝かではありませんが?」
「…………」
もはや選択肢は一つしかなかった。
頼姫を学園から退かせるため、ひいては自分の過去を知るため、リュックは従う事を決意する。
「……分かった、貴女に従う」
「「「リュック!」」」
いつの間にか来ていたリュースを含め、グラド達から悲痛な叫びが漏れる。
だが誰もが理解していた。それ以外に選択の余地はないと。
シュン!
「頼姫!」
「あら、清姫ではありませんか。面白いモノを拾いましたわ、この少年――」
「詳しくは後で聞く。それより与一がしくじった。早くせねばアイリが来る!」
シュン!
突如現れた清姫が、頼姫とリュックを連れて消え去った。
直後にアイリが戻るのだが、リュックが連れ去られた事実を知り、改めて二本刀への怒りが再燃するのであった。




