時雨叢雲
「バカな! こんなガキ共に我々が……」
黒装束の一人が悔しそうに膝をついた。
屋根の上から周りを見渡せば他も同様で、学園への侵入を試みた黒装束は軒並み返り討ちに合っており、正面入口や中庭はもちろん裏口に渡り、地に伏せた黒装束が次々と拘束されていく。
「おやおや、学園一の貴公子――ナンパールをガキ扱いとは……。これだから粗暴な輩はモテないのだよ」
「……コホン。ナンパールはともかく、私までもガキ扱いとは許せませんわ。神に代わって天誅を下します!」
「くそぅ……」
最後の一人をナンパールとサフュアが拘束する。
奇襲のはずが難なく迎撃できたのはアイカのお陰であり、彼女が皆を叩き起こしたのが大きいだろう。
「アイカは大丈夫かな? 無事に帰ってくるといいけど……」
「心配性だなリュックは。アイリと同じくらい強いって話だし大丈夫だろ。何だったら賭けてもいいぜ?」
「あ、またリュースが賭け事しようとしてる。リルルにチクってやろ~っと♪」
「ちょクレア――いや、クレア様、それだけは止めてくれ! マジギレされちまう!」
クレアに土下座するリュースを眺めつつ、ここには居ない姉妹を思い浮かべる。
どんな敵をも撃破してしまうあの2人なら何事もなかったかのように笑顔でもどってくる――そんな気がしてきた。
だが……
(僕はまだまだ弱い。今回の襲撃、レックスならもっと戦えていたかも……)
実戦経験が少ないために動きに自信が持てず、何度かピンチを招いたのだ。他の仲間(特にクレア)がフォローしてくれなかったら危うかったかもしれない。
だがこの場にレックスが居たらどうだったのかとリュックは思う。
アイカの話によれば、学園のSクラスよりも強いというのだ。今のリュックより強いのは間違いない。
「ふぁ~ぁ。おいリュック、さっさと寮に戻ろうぜ? 後は先生方に任せておきゃ問題ないだろ。それともアレか? あのレックスって奴ならもっと善戦してたってか?」
「グラド……」
「リュースがよ、多分そうなんじゃないかって言っててよ――って、あの野郎は先に戻りやがったけどな」
「…………」
リュックが浮かない顔をしていたのをリュースが見ており素早く察したのだ。彼の観察眼は伊達ではないと言っておこう。
「気にする事ないよリュック。だいたい弱いと分かったなら特訓すればいいじゃない」
「お、珍しくトリムがいいこと言った」
「珍しくは余計!」
ゲシッ!
「ってぇぇぇ! 脛を蹴るのは卑怯だぞ!?」
「何言ってんのよ。敵の動きを封じるなら脛を狙えって、ザード先生に教えてもらったじゃない」
「俺は敵じゃねぇ!」
(特訓か……)
ザードやアンジェラとの過酷な特訓が脳裏に過る。辛くはあったがその成果はしっかりと現れ、武術大会でもベスト8に入った。
つまりだ、更に特訓を重ねればレックスに追い付けるかもしれない――そう思うと拳を強く握りしめ、改めて強く決意する。
(僕は負けない。絶対にレックスに勝ってみせる!)
「ありがとうグラド、お陰でスッキリしたよ」
「そうか? よく分からんけど良かったじゃないか。ならさっさと寝よ――」
トリムとグラドを伴い、寮に戻ろうとしたその時!
「ぐわぁぁぁっ!」
「「「!?」」」
屋上から聴こえた悲鳴に、周囲の生徒達が一斉に見上げる。
そこには片腕を落とされたナンパールと彼を守護するように前に出たサフュアが、謎の人影と対峙していた。
「大丈夫か、ナンパール!?」
「流血がひでぇ! トリム、早く回復を!」
「わ、分かった!」
リュック達3人が最初に飛び上がると、他の生徒達もそれに続く。
更にフローリアとストロンガーの教師2人が左右から人影を挟むよう構えた。
「き、気を付けたまえ諸君。この女は只者ではなさそうだ」
「「「女?」」」
よく見れば、謎の人影は胸元を強調するように着物を羽織っている妖艶な美女であった。
その美女は片手に細長い剣を持ち、空いた手で器用に扇子を開くと、軽く口元を隠しつつ妖しく微笑んだ。
「何者です? その格好を見るにダンノーラ帝国の刺客でしょうか?」
「フッフフフ。皆様にお披露目するのは初めてでしたわね? わたくしダンノーラ帝国の二本刀にして法皇様の片腕――河内頼朝と申します。以後は頼姫とお呼びくださいまし。フフフフフ……」
敵の新手は、アイリの邪魔をして清姫を連れ帰った頼姫であった。
「二本刀……」
そう溢したサフュアには聞き覚えがあり、周囲の面々も同様であった。
以前襲撃してきた清姫も同じ二本刀ではなかっただろうかと。
つまり、この女も清姫と同等――もしくはそれ以上の強さを持っているという事に。
「貴女が察している通り、ダンノーラからの刺客だと思っていただいて結構ですわ。目的はこの国を譲ってもらう事。あと――」
パチン!
尋ねたサフュアから視線を外さず、閉じた扇子でサッと後ろを指し……
「背後でコソコソと動き回っているネズミ二匹も、ついでに仕留めさせていただきますわ」
「「っ!」」
密かに回り込んでいたイトとアヤメが冷汗を流す。気付かれないよう動いていたはずが、まるで背中に目があるように筒抜けだ。
「アーユーデンジャラァァァス。この包囲された状態でできるってぇ!?」
「ええ。何故なら、わたくし1人ではありませんのでね――やっておしまいなさい、ナンパール!」
ナンパールという単語で、視線がナンパール本人へと集中する。
すると直後、彼の身体に異変が!
「か、身体が勝手に! ぐ……おおお!?」
ガキン!
「な、何をする、ナンパール!」
「ちちち違うんだ! 身体が勝手に動いているんだ!」
なんと、あろうことかアヤメへと斬りかかったではないか。
本人は必死に抵抗しているようだが、接合したばかりの腕を庇うこともなく剣を振るい続ける。
「頼姫、彼に何を――」
ザシュ!
「オゥフ! 危なかったなぁサフュア!」
「ス、ストロンガー先生!?」
サフュアに迫っていた頼姫の斬撃を、ストロンガーが代わりに受けた。
「あらあら、涙ぐましいですこと。その心意気は買いますが、後悔する事になりましてよ?」
「ファッツ? それはどういう――グッ!」
なんと、ストロンガーにも異常が表れ、ナンパール同様にアヤメに襲いかかろうとする。
「ストロンガー、しっかりして!」
「す、すまないフローリア。こいつぁマジでドジっちまったぜ」
透かさずフローリアが間に入り、教師2人の同士打ちが始まった。
――が、何とかストロンガーを取り押さえようと他の教師も加わり、最高責任者である学園長カーバインがリュック達の前に降り立つ。
「「「学園長!」」」
「キミ達は下がりなさい。コヤツは少々危険だ」
生徒達を遠ざけ、カーバインが注意深く頼姫へとにじり寄る。
「頼姫よ、2人がおかしくなったのは、その剣のせいだな?」
「あら、よく気付きましたわね。褒美といってはなんですが、ダンノーラに伝わる三種の神器をご紹介致しましょう」
2人をを斬りつけた一本の剣。それを見せつけるように天へと掲げた頼姫は、満面の笑みで語りだした。
「この剣は時雨叢雲。血を吸った相手を自由に操れるのですわ」
「ではあの2人は……」
「わたくしが時雨叢雲を手にしている限り、一生あのままですわね」
三種の神器の特殊効果を止めるためには頼姫から奪う以外にない。
つまり、何がなんでも頼姫を倒す必要があるのだ。
「さぁ、宴を始めましょう? フフフフフ」
時雨叢雲を愛おしそうに頬擦りをすると、切っ先をカーバインへと向け妖艶に微笑んだ。




