流行り病
私と――ついでにリュースがGクラスに馴染んでから数日。
妙な話題がクラスの中心となっているのに気付いた。
言わば外様の私が国の内情を知るはずもなく、その日の朝に水を向けられるまで関わることはなかったのよ。
「アイリさんはどう思う? 春から流行ってるらしいんだけれど……」
「流行り病?」
「うん。最初に風邪のような症状が出て、寝てても薬を飲んでも治らないんだ」
う~ん、まだ初春にはこっちの国にいなかったから分からないのよねぇ。
ちょっとプラーガ帝国のゴタゴタが起こったせいでね。
そっちは無事に解決したからいいんだけど、今度はこっちか……。
「しかもよ、症状が悪化するとどんどん耳が遠くなるらしいぜ?」
「グラド、耳が遠くなるんじゃなくって意識が遠退くのよ。まぁこっちの呼び掛けに反応しなくなるからそう感じるのも無理ないけれど、本人には自覚がないんだって」
自覚症状がなく意識が――ねぇ……。それって本当に病なんだろうか?
「死者は出てないの?」
「うん。寝たきりになった話はよく聴くんだけれど、幸い死者は出てないらしいよ。ただこのままだと患者が後を立たずに、診療所が頭を抱えてるって」
「でもよ、どうせ治らないんなら診療所に行ったところで意味なくね? 俺ならラッキーだと思って家でゴロゴロしてるけどな」
「それはアンタと一部の悪ガキだけよ。家で安静にしてるのが普通なんだから」
トリムの悪ガキ発言にビクッとしたリュースはさておき、死者は出ておらず最終的には寝たきりになるけれど死にはしないと。
病にしては中途半端な気もするわ。
――と、この時の私は特に危険視せずにいたけれど、後日、事態は更に深刻化する。
「どういう事? クラスの三割が休みって」
「他のクラスも同様らしいよ。酷いところだと半分が欠席してるとか」
「そんなに!?」
リュックはこんな事で冗談は言わないし、本当のことなんでしょうね。
これ、日本なら学級閉鎖とか学校閉鎖とかのレベルよ。
「そういえばグラドの姿が見えないけれど、ひょっとして……」
「うん、アイリさんの思ってる通りだよ。僕らは学生寮を使ってるんだけど、今朝行ったらダルそうなグラドがベッドで丸まってたんだ」
「あたしと相部屋の娘もそうよ。流行り病にかかったみたいだから休むって」
これは思った以上に危機的状況ね。
そしてその日の帰り、これ以上看過できない状況だという事がはっきりする。
「あれは……グラド? おーいグラドーッ! おとなしく寝てなきゃダメじゃないか!」
「…………」
何故か寮を出てフラフラと歩いているグラドを発見した。
但し、リュックが呼び掛けても無反応なのが、より私達を不安にさせる。
「ねぇ見て、あっちにはルタとヴィランもいるわ」
「おいお前ら、いったいどうしちまったんだよぉぉぉ!?」
遠くではルタとヴィランもフラフラと歩いていて、すぐ近くではリュースがつるんでた仲間を必死になって羽交い締めにしていた。
いずれも共通するのは心ここにあらず――って感じに、ある一方を目指してるって事。
「これは病なんかじゃないわ、誰かに洗脳されてるのよ」
「「「せ、洗脳!?」」」
リュックとトリム、ついでにリュースの声がハモる。
「目的は分からないけれど、全員何者かに呼ばれてるんだわ」
「じ、じゃあコイツらに付いてけば犯人をとっ捕まえれるんだな!?」
「その通りだけどリュース、こんな大掛かりな事をしでかす輩が一般人な訳ないわよ?」
恐らく病を流行らすのにも下準備が必要だったはず。
こんな大掛かりなんだもの、もしかしたら国家を揺るがす事態に発展しかねない。
「僕は行くよ。グラドは大切な仲間だ」
「当然あたしも行くわ。グラドはその……た、大切な仲間だし」
「お、俺だって行くぞ。Gクラスに負けてたまるか!」
いえ、アンタは既にGクラス――って言ってる場合じゃないわ。
どんどんグラド達が離れていくじゃない。
「じゃあ追いかけましょ」
さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。
黒幕をブチのめしにいきますか。
――と言って後をつけてみると、学園の近くにある雑木林に入っていくわね。
学園長の話だと、Gランクの魔物は出るものの脅威となる魔物は出ないらしい。
だだっ広い雑木林以外には何もないって聞いてるけれど、何もないところにグラド達が入っていくはずがないのよ。
この奥には騒動の黒幕が潜んでるに違いないわ。
「なぁ、コイツらいったいどこまで行くんだ? しかもこんな雑木林に入り込んでよ」
「そんなのあたしに聞かないでよ。……ねぇアイリ、どこまで行くと思う?」
「お前だってアイリに聞いてんじゃんか!」
「ちょ、ちょっと二人とも、こんな時に喧嘩は止めてよぉ……」
「ふぅ……」
どうもこの面子だと緊張感に欠けるわね。
その方が肝が据わってて良いかもだけど。
「見て、グラド達があの洞穴に入っていくわ!」
トリムが指をさした先には大人一人が優に入れる入口があり、グラド達は吸い寄せられるように入っていく。
もしかしてダンジョンかも? と思って鑑定スキルをかけてみた。
けれど結果はただの洞穴で、百メートル先には開けた場所があるみたい。
なぜ分かるのかって? そりゃ鑑定スキルだもの、大抵のものはこのスキルで見破れるわ。
「ここの雑木林にこんな洞穴があったなんて、お前ら知ってたか?」
「いや、知らないよ。何もない雑木林で自ら入り込むことなんてなかったし」
「あたしも。きっと学園長も知らないんじゃないかしら?」
トリムの言う通り、学園長すら知らない何かがここにあるのよ。
「な、なんだありゃ――」
「しっ!」
慌ててリュースの口を塞いだ。
何故ならグラド達の更に奥に、黒幕らしき人物がみえたから。
「大きな声出しちゃダメ。下手に騒いだら、あの黒マントの男に気付かれる。リュックとトリムもいい? 話す時は小声で話して」
「「「(コクリ)」」」
三人は無言で頷く。
すると直後、黒マントの男が高らかと宣言する。
「諸君、よくぞ我輩のために集まってくれた。このアモンドの糧になる事を誇りに思い、その命を散らしてくれ!」
集まった100人近くの若い男女が、アーモンドとかいう男を前にして全身を白く点滅させ始めた!
本格的にマズイわ、こうなったら乱入しちゃえ!
「待ちなさい、アーモンド!」
「む? 無粋にも我輩の邪魔をするのはどなたかな?」
「私はアイリ。それよりも彼らをどうするつもり!?」
「知れたことよ。偉大なるダンジョンマスターであられるギルガメル様の命により、彼らの魂を生け贄として捧げるのだ。これは大変名誉なことである!」
そんな名誉は糞食らえ――ってね。
まさかダンジョンマスターが関わってるとは思わなかったけれど、拘束して情報を引き出してやろう。
「アイカ、見てるんでしょ、早くやっちゃって!」
『了解です』
プシューーーッ!
「むぉ? なんだこの煙は!?」
方法は略すけれど、一部始終を見ていたアイカが何かを散布し始めた。
一見ただの煙に見えるコレは、当然何らかの効果がある。
どんな効果かはすぐに分かるわ。
「あ、あれ? 俺は今まで何を……」
「ここはいったいどこなんだ?」
「え、何々? 私ったらなんでこんな洞窟なんかに!?」
流行り病に掛かった全員が正気に戻った。
直後アイカが念話で伝えてくる。
『エリクサーを広範囲で散布しました。念のためドローンで鑑定してみましたが、漏れなく全員が元通りです』
『ナイスよアイカ』
さすがはエリクサーってとこね。
このエリクサーという薬は、体の部位欠損すら一瞬で復元するくらいの効果をもたらす最上級の薬よ。
当然チャチな状態異常ですらご覧の通りってわけ。
ちなみにドローンは――長くなるから別の機会に説明するわ。
「凄いやアイリさん! みんな元通りだよ!」
「安心するのは早いわよリュック。――みんな、危険だから下がってて!」
意識が戻ってざわめいてた彼らが、私の声でアーモンドから距離をとる。
見るからに怪しいから説明は不要だったわね。
「助かったぜアイリ! でもってあのコウモリ野郎が病を流行らせた奴なんだろ?」
「グラドにしては頭の回転が良いわね。ま、その通りよ。これから捕まえて尋問してやるから、おとなしく見ててちょうだい」
やや興奮気味のグラドを宥めて、私がアーモンドの前に立つ。
「さて、アンタの企みは潰えたわ。観念してもらうわよ」
「フン、潰えたところでまた再発させればよいだけだ。それに小娘ごときが我輩に勝てるとでも思っているのかな?」
「思ってるわよ? アンタが口先だけの雑魚アーモンドだってね」
「むぉぉぉ! 貴様ぁ、先ほどから聞いてればアーモンドアーモンドと! 我輩の名はアモンドだ!」
口調からして終始紳士的に接してくるものだと思ってたけれど、意外にあっさりと挑発にのったわね。
「ギルガメル様の眷族にしてCランクのヴァンパイアである我輩を怒らせたのだ、覚悟はできてるのだろうな!?」
Cランクか。大したことはない――と思いかけたところで、後ろが騒がしくなった。
「し、Cランク!? マズイよアイリさん、早く逃げよう!」
「そうだぜ、Cランクなんて騎士団やベテラン冒険者が相手にするやつじゃねぇか!」
「ちょ、ちょっと、出口が塞がってる!? どうなってんのよリュース!」
「お、俺に聞くなよ!」
む、出口が塞がれたみたい。
本当は全員を逃してからの方がよかったんだけど、どうやら私の本気をみんなに見せなきゃならないらしい。
「せっかくの獲物を逃すわけなかろう。お前達の運命はここで果てるのだ!」
アーモンドの台詞に皆が絶望の色を浮かべる。
但し、私以外っていうのを補足するわ。
「果てるのはアンタの方よアーモンド」
「おのれぇぇぇ! 何度も何度もアーモンドと。まずは貴様を血祭りにあげてくれる!」
ガツンッ!
「な――なんだと!? 我輩の拳を正面から受けたというのか!」
「そんなの見りゃわかるでしょ?」
「ええぃ、そのようなまぐれ、何度も起こらぬ!」
ガツン、ゴツン、ガッガッガッガッ!
最初の拳を受け止めた後、怒涛のラッシュが始まった。
だけど無駄ね。鑑定スキルで判明してるんだけれど、私のステータスの方が遥かに上回ってるんだから、どう足掻かれてもアーモンドに負ける未来は見えない。
「まぐれなら何度も起こらないわよねぇ?」
「そ、そんなバカな! 我輩の肉体はそこらの人間に及ばないほどの強化を遂げている! 貴様は――貴様はいったい何者なのだ!?」
ようやく私が普通じゃないと理解し始めるアーモンド。
じゃあそろそろ答えを言ってあげよう。
「最初に言ったけれど、私はアイリ。ダンジョンマスターよ」
「ダンジョンマスターだと? これほど脅威的なダンジョンマスターは聞いたことが……」
「本当に聞いたことがない? 魔女の森に構えるアイリーンの街は、かなり有名なんだけれども」
「魔女の森……ハッ、ま、まさか!?」
お? どうやら知ってるようね。
なら話しは早いわ。
「き、貴様があのアイリだというのか!?」
「そうよ。分かったら今すぐ念話で伝えなさい。ギルガメルは虎の尾を踏んだ――ってね」
私の平穏を邪魔したんだもの、そのうち報いを受けてもらうわ。
その前にアーモンドが先だけどね。
「今からアンタには、私の力の一部を見せてあげるわ――来なさいモフモフ!」
「!?」
アーモンドが驚き仰け反った先には、一体の大型狼――その名も、デルタファングというSランクの魔物が現れる。
もちろん私の頼もしい眷族よ。
ちなみに名前はモフモフって名付けたわ。
「こ、こやつは!」
「知ってるのね? なら話しは早いわ。モフモフ、やっちゃいなさい。一応は死なない程度にね?」
「へぃ、姉御!」
モフモフに手加減するように要望する私はなんて優しいのかしらね。
「オラオラオラァァァ!」
「グァァァ、ヤメロォォォォォォ!」
たかがCランクがSランクに敵うはずもなく、体のあちこちを噛みつかれたアーモンドが流血しながら膝をつく。
「これで終わりよ、しばらく寝てなさい!」
ゴスッ!
「グッ……ォォ……」
最後は鳩尾に一撃入れて、アーモンドの気を失わせた。
もう半分自棄で正体バラしたけれど、明日からどうなるかな……。