囮
時間はやや遡り、侵入者の知らせでアイリが飛び起きた直後。アイカはドローンと共に、草原をひた走る黒装束を追っていた。
学園側の抵抗が思いの外激しいと分かり、撤退を余儀なくされた黒装束に追撃を仕掛けているのだ。
「ありゃいったい何なんだ!? あんな化け物が居るなんて聞いてねぇぞ!」
「俺だって聞いてねぇよ! 厄介なダンジョンマスターは遠ざけたって聞いたのによ、このままじゃ犬死だぜ!」
「口を動かすくらいなら足を動かせ。どこからか飛んでくる鉛弾は強力だ。餌食になった連中を見ただろう?」
「んな事ぁ分かって――」
ズダダダダダダダダダダダダッ!
「ゴフッ!?」
「グアッ!」
「チッ、言わんこっちゃない!」
ドローンに撃ち抜かれた2人を捨ておき、他の黒装束は逃走に専念する。
その後ろを付け狙うようにドローンがピタリとマークし、その下では拡声器を手にしたアイカが声を張り上げた。
「無駄な抵抗は止めておとなしく投降しな~さい! そうすれば楽に死ねますよ~!」
つまりはドローンに射殺されるかアイカに斬られるかの二択である。黒装束にとってはどっちも御免だろうが、投降して死ぬよりは逃げ切る方を選択するのは当然だ。
かと言って特殊迷彩を発動させたドローンは視認するのは難しく、もはや八方塞がりと言っていいだろう。
「救援はまだなのか! このままでは全滅だぞ!?」
「すでに狼煙は上げている。あとは気付いてくれるかだ」
先程のから黒装束の一人が煙を上げつつ逃走しており、仲間の到来を待ちわびていた。
しかし仮に救援が来たとしても、彼らを巻き込んで終わる可能性も否めない。
「投降の気配なし。残り5名の掃討にかかります」
「クッ……」
救援は間に合わず、ドローンによる射殺が再開された。
ズダダダダダダダダダダダダッ!
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」」」
最後まで投降はせず(当たり前だが)残りの黒装束も血溜まりに沈むと、赤く立ち上がる狼煙だけがその場に残された。
「掃討完了。学園からだいぶ遠ざかってしまいましたし、すぐにでも戻ると――」
「それは困るな」
ガキン!
踵を返して引き上げようとしたアイカに、上空から何者かが斬りかかった。
だがアイカは驚きもせず、背を向けたままの状態で氷の障壁を発動させる。
「新手ですか。狼煙を見て駆け付けたのでしょうか?」
「そうだな。まぁ手遅れではあったが、結果的には大成功と言えるだろう」
「っ! ……なるほど、そういう事ですか」
振り向いたアイカが見たのは、大きな薙刀を構え、武骨な鎧に身を包んだダンノーラ帝国の二本刀――清姫であった。
「貴女が現れたのは、こちらにとっても好都合です。捕えた上で、じっくりと尋問するとしましょう」
「ほざけ虫ケラ! 捕らわれの身となるのは貴様の方だ」
「お戯れを――ウグッ!?」
ガクッ!
清姫が勾玉を掲げた瞬間、まるで重力が倍増したかのようにアイカの身体が重くなる。
詳しい理由は不明ながらも、八岐勾玉はアイカの身体にも異常を及ぼすのだ。
「ハッハッハッ! バカめ、妾が無策で動くと思うたか? 貴様があの憎たらしいダンジョンマスターの眷族である事は知っている。ならば勾玉の影響を受けるのは想定内というものだ。そうだろう?」
「…………」
(マズイです、ここでわたくしが倒れれば、清姫は必ず学園を襲うはず。それだけは阻止しなければ!)
「アイス……ジャベリン!」
「フン、甘いわ!」
ザスッ!
「ガフッ!」
動きが鈍いために氷の刃は呆気なく回避され、逆に薙刀で斬りつけられてしまった。
ドローンとのリンクも切れてしまい、このままでは射撃も儘ならない。
(こうなればお姉様だけが頼りです)
『お、お姉様……申し訳……ありません……』
『アイカ!? いったい何があったの!?』
『勾玉……です。八岐勾玉を……持った清姫が……』
伝える事は伝えた。しかしアイリが来るまでは持ちそうになく、つまらなそうに見下ろしていた清姫がアイカの頭を掴み上げた。
「手下が随分と世話になったなぁ? タップリと礼をしてやろうぞ――そぉら!」
なすがままのアイカが宙を舞い、やがて垂直に落下し始める。下では薙刀を構えた清姫が口の端を吊り上げており、もはや絶体絶命!
(お姉様、あとはお願いします……)
「フッ、八つ裂きにした貴様をあのダンジョンマスターに見せて――」
「遠慮するわ!」
ドゴォォォ!
「ゴッフゥ!?」
突如として真横に現れたアイリの膝蹴りを食らい、清姫は全身をくの字に変えて遠くへと吹っ飛んでいく。
「お姉様?」
「ふぅ……間に合ったてよかったわ」
コイツらの狙いは私を学園から遠ざける事だった。でもね、私に座標転移が有る限りそれは意味を成さないのよ。
「お気をつけ下さいお姉様。勾玉のせいで清姫のステータスが上昇しております」
「分かってるわ」
それでもステータスは私の方が上よ。それにね、アイカをボコッてくれたお礼はキッチリしてやらないと、ワタシの気が収まらない。
「おのれおのれぇぇぇ、どこまでも小賢しい真似を!」
吹っ飛んだ清姫が鬼の形相で戻ってきた。
「小賢しいのはアンタよ。勾玉がなければ何もできない小者のくせに」
「口の減らない……。だがその余裕もここまでだ。貴様を葬るのに相応しい奴を召喚してやろう」
ズゥゥゥゥゥゥン!
勾玉から放たれる紫色の怪しげな光りと共に、両手に剣を持つ鎧兜のゴツいスケルトンが現れた。
「ソイツは過去にダンノーラの地に恐怖を撒き散らした恐るべき覇王――の成れの果てだ。せいぜい足掻いてみるがいい」
「グォォォォォォ!」
名前:マサカド 性別:男
年齢:??? 種族:アンデッド
備考:魔物ランクだとBランクの上位に相当するスケルトン。元は剛腕な武人であり、その腕で多数の武者を討ち取っている。死者の怨念が積もり、アンデッドとして現世をさ迷っている。
骨だけのくせにどこから声がと思うくらいの雄叫びをあげるスケルトン。覇王と言うよりバーサーカーに近いかもしれない。
「ゆけ、マサカドよ。その小娘を亡き者にするのだ!」
「清姫!」
マサカドを前に出した清姫がどこかへ転移していった。今度こそ会ったら絶対に逃がさない!
「ガァァァッ!」
ガキン、ガキガキン!
「骨のくせに中々やるわね」
「骨だけに骨があると?」
「冗談言ってる隙があるなら援護しなさい!」
「ドローンとのリンクが切れたままでよければ」
清姫が去ったことで、アイカが元に戻りつつある。これならいけるわ!
「ホーク、ザード、アンタたちの出番よ!」
召喚したのは、ワイルドホークとリザードマンキングの人化した2人。
「久々の出番やな、いっちょ派手にかましたるでぇ!」
「相手にとって不足なし――ゆくぞ!」
ホークは空から、ザードは正面から挑み、私とアイカも両サイドに回り込む。
チマチマと相手するつもりもないし、一気に仕留めてやる。
「グアッグアッ!」
「なんの!」
ガキガキガキガキッ!
二刀流相手に上手く捌いていくザード。やや押され気味ながらも何とか持ちこたえている。
「やっとるやっとる。ほないくでぇ、ウィンドカッターや!」
そんなザードを援護するように、上空からホークが仕掛ける。
ザスザスザス!
「グオオッ!?」
よし、怯んだ!
「アイカ!」
「了解です!」
「「これで終わり(よ)です!」」
ズバズバァァァッ!
「グォォォォォォ……」
囲んでボコれば何てことはなく、地面にバラけた骨と鎧兜が跡形もなく消滅していく。
「お姉様、急いで学園に戻りましょう」
「ええ!」
清姫が向かった先は学園である可能性が高い。今度こそ逃がさないわよ!




