ドーラ派の思惑?
「私に面会?」
「そうだ。今日の午前と午後の計二回が予定されている。したがって貴様には朝食の後に湯浴みを行ってもらい、素早く身形を整えてもらうからな」
早朝になり、わざとらしく咳払いをしたチョビ髭から聞かされた話。国家主席や学園長だと抑えきれなかったらしく、強引に接触を図ってきた貴族が居るみたいね。
「湯浴みって言うけど、ここに湯浴みできる場所なんてあるの?」
「そこにあるだろう!」
そう言って指をさしたのは、独房の中に設置してあるバスルーム。というか、よく気付いたわね?
「夜な夜な水の流れる音が聴こえるのだ、気付かないわけなかろう!」
そういえばここの壁は薄いんだったわね。なら気付いて当然か。
「……一応聞くけど、覗いてないわよね?」
「誰が覗くかバカモンがぁ! そもそも鉄格子が開かんではないか! それにそっちの豪勢な棚には着替えまで用意しおるだろう。貴様には罪人としての自覚がないのかぁぁぁ!」
「ないわよ?」
「なにぃ!?」
「あ~はいはい、すみませ~ん(棒)」
「はぁ……まぁいい。時間を無駄にするわけにもいかんし、さっさと朝食をすませろ」
呆れたように肩を竦めたチョビ髭が上に戻っていく。そもそも罪人じゃないし、そんなに呆れられてもねぇ……。
「……リチャードさんも覗いてないわよね?」
「それは大丈夫。神に誓って未成年には手を出さないよ」
神と言われて脳裏に浮かべたのは、私の眷族である老執事リヴァイに土下座する女神クリューネの姿。あの安っぽい女神に誓うのはやめた方がいいと思う。それに……
「未成年じゃなかったら手を出してたの?」
「……コホン。あ、そうだ! 今日の午前に面会する貴族なんだけど――」
はい。露骨な話題逸らし入りました。
「ヴォルビクス侯爵の派閥メンバーだった伯爵なんだけど、アイリさんは気を付けた方がいいと思う」
「黒い噂が絶えないとか?」
「ある意味そうだね。その男を一言で表すと、女好きってフレーズが真っ先に浮かぶよ」
ゲス野郎か。だったら二度と言い寄って来ないように釘を刺すまでよ。相手次第では物理的に刺すことになるかもね。
「午後の貴族は?」
「確かドーラ派の貴族で――」
★★★★★
情報収集を行いつつの朝食を済ませ、シャワーも浴びていざ面会。
場所は詰所の2階にある質素な個室で行われる事になり、私の対面にはオークの亜種じゃないかと思われるようなオッサンデブが腰を下ろしている。
ちなみにだけど、チョビ髭看守と男の騎士2人が私への監視のため、デブの両脇で睨みを効かせているわ。
「チミがアイリ君だねぇ?」
「はい、アイリです」
「ムホホホホ! 実に可愛い声じゃないか。やはり美少女はこうでなくてはのぉ」
うっわぁ……、ネットリとした喋り方にネットリとした視線。凄ぉく気持ち悪い……。
更に見た目の醜さも相まって、そこに居るだけで不快感を感じる。
「おっと、自己紹介がまだだったのぉ。私の名はポークビッツァとい――」
「ブフッ!」
思わず吹き出してしまった。いくら何でもそれはないわぁ。だってポ○クビッツよ? 見た目からして豚なのに反則でしょ! これ絶対陰で笑われてるパターンじゃない。
「大丈夫かね?」
「ご、ごめんなさい、急に噎せてしまって」
アンタのせいよ――と言いたいところを必死で堪える。さすがに私から喧嘩を売るわけにはいかないし。
そして私につられたのか、両脇の騎士も口を押さえて肩を震わせている。笑いたかったらお先にどうぞ?
「オッホン。それでだな、不自由な身に置かれているチミに朗報があるのだ」
「朗報……ですか?」
何を言ってくるかは想像できる。
――と、その前にポークが騎士に目配せをすると、やや戸惑いつつも退室していく。それに続いてチョビ髭も退室し、私とポークの2人だけが残される事に。
「私はチミの潔白を証明したいと思っとる。チミのような美少女が魔物を放ったりはしないであろうし、ヴォルビクス侯爵の件も然りだ」
ポークの中では美少女=無罪らしい。
ええ、とても素晴らしい判断基準だわ。
「そこでだ。私には特別なスキルが有ってだな、相手の身体を直に見ることで罪人か否かを判別できるのだよ」
直にねぇ……。それってつまり……
「さぁ、服を脱ぎたまえ。私が隅々まで調べてあげよう」
どストレートにきたわねこの豚。
鑑定スキルで見てもそんなスキルは所持していないし、これまでも伯爵という立場を利用して同様な事を繰り返してきたと思われる。
「ほれどうした、はよう全裸にならんか。なぁに恥ずかしがる事はないぞぉ? ここには私とチミしか居ないのだからなぁ。あ~そうそう、念のため下着は没収させてもらうぞぉ? 何かを隠しているかもしれんしなぁ――フッヒッヒッヒッ!」
あーーー気持ち悪っ! 涎まで撒き散らして下着まで寄越せって!?
こんなド変態に裸を見せるつもりはないし、くれてやる下着もない。よって制裁決定!
「お言葉ですが、その必要はないと考えております」
「ひ、必要ない?」
「だってそうでしょう? 今でこそ罪人としての立場に甘んじてはいるけれど、いずれは自力で証明するつもりだもの、アンタの透けた欲望の餌食になるなんて死んでも御免よ。そんなに裸が見たいならオークの集落でも観光してくれば? 好きなだけ見せてくれるわよ。寧ろ豚の仲間だと思われて歓迎されるんじゃない?」
拒否されるとは思ってなかったのか、ポークは目を丸くして硬直する。
直後に豚扱いされている事に気付き、徐々に顔を赤く染め上げていき……
「お、お、おのれぇ……小娘が調子に乗りおってぇぇぇ! ――おおい、この不届き者を捕らえろ!」
しぃーーーん……
「お、おい、聴こえないのか!? 誰でもいいからコヤツを――」
いくら騒いでも無駄よ。音が漏れないよう風魔法で遮断してあるんだもの、壁を破壊しない限り誰も気付かないわ。
「どうやら見捨てられたようね?」
「そ、そんなはずは……。そもそも私は伯爵だぞ!? 私に逆らったらどうなるか――」
「どうなるっていうの? アンタ1人で戦うつもり? しかもダンジョンマスターである私を相手にこの場で?」
「ヒッ!?」
徐に立ち上がり、恐怖を味合わせるようにゆっくりと近付いていく。
すでにポークは椅子から転げ落ちていて、這うように後ずさる。
そして最大限の恐怖を与えるために、敢えて目の前で召喚を行った。
「「「プギィィィ!」」」
「ヒィィィィィィ!」
召喚したのはオーク4体。奇しくも似たような叫び声をあげたポークに対し、オーク達がにじり寄る。
「たたたた助けてくれぇぇぇ! ほ、ほんの出来心だったのだ! 本当だ、許してくれぇぇぇい!」
「プギィ?」
「フギァァァァァァッ!」
オークに顔を覗き込まれ、恐怖が最大限に達したでしょう。そろそろいいかな?
パチン!
「ヒィィィ…………イ?」
指を鳴らすと、オーク4体が消えていく。さすがに殺すつもりはないしね。
もしも鑑定結果がオークだったら喜んで討伐したんだけども。
「これで分かった? もしも私に手を出そうとしたら、その時は今以上の恐怖を与えるわ」
「…………」ブンブンブンブン
効果は抜群だったようで顔を真っ青にしつつ無言で頷くと、豚とは思えない素早さで逃げるように退室していった。
ところがよ。午後になってから別の貴族との面会が始まったんだけど、これがまた癖のある女貴族だった。
「お初にお目にかかりますわ。わたくしドーラ派の侯爵でルミナステルと申しますの。以後お見知り置きを」
見た目は普通の若い淑女のようにしか見えない。鑑定スキルを使用しても名前に偽りましたはなく、人間と表示されている。
ただ一つ、気になるスキルを所持していた。
「わたくしは貴女を救いたい。そして共に手を取り高みへと登りたいのです」
「あの~、意味がよく分からな――」
「怯える必要はないのですよ? さぁ、わたくしの目を見て……」
その瞬間、ルミナステルの青い瞳が妖しく光る!
バチィィィ!
「フフフフ、上手くいったわ。不用意にわたくしの目を見るなんて、まだまだ警戒心が足りないみたいね」
私が動かなくなったのを見て本性を表してきた。
コイツは相手を魅了して意のままに操るスキルを持っていたのよ。
「わたくしのスキル――咲き誇る薔薇の息吹に掛かった者は、誰であろうと言いなりですわ」
扇子を取り出すと、勝ち誇ったように扇ぎ始めた。




