秘密特訓
「――っと思ったんだけど、授業はどうするの?」
「ん? サボるけど?」
「……え?」
「授業なんて、あの子を振り向かせる事に比べたら――」
いやいや、比較する対象がおかしい。何を当たり前な事を――とでも言いたげな顔されても私が困る。
例え意中の子が振り向いても、成績悪くて卒業出来ずじゃ見放されちゃうでしょ!
「学園側にはすでに休むって伝えてあるから気にしなくても大丈夫さ」
「私じゃなくて、アンタが気にしなきゃならないのよ……」
いろいろと変なところがあるけれど、猪突猛進なのかもしれない。思い立ったら一直線――みたいに。
でもまぁ、休むのが決まったんならいいか。
「じゃあ今日から一週間くらいみっちり――」
「言い忘れてたけど、試合をするのは明後日だと伝えてあるから」
「――え"!?」
なんと言うか、無駄にアクティブ過ぎる気がしないでもない。
すでにスケジュールは決まってるって、これじゃあ私に選択肢がないみたいじゃない。
「……一つ聞きたいんだけど、私が断ったらどうするつもりだったの?」
「その時は土下座しながら男泣きをするつもりだったさ」
男泣きってそういう意味だっけ? いや、面倒だから深くは考えないようにしよう。
「明後日って事は、実質今日だけしか特訓はできないわね。1日でCクラス以上の実力を身につけてもらうから、かなり厳しくいくわよる。いいわね?」
「もちろんだ!」
その意気やよし――ってね。
でも地下牢じゃ狭くて動きにくいし、ダンジョンで特訓する事にしよう。
★★★★★
「じゃあさっそく始めましょうか」
説明するのも面倒だなと思って、何も言わずにアイリーンへと連れてきた。
今いる場所はスポーツジムの一室。そこを貸し切ってる状態よ。
「ちょ、ちょっと待って! いきなり手を引かれたと思ったら見たこともない不思議な街に入り込んでるし、この部屋の内装も見たこともないし、いったいどうなってるの!?」
やっぱり説明は必要らしい。
「どうなってる――って、ここが私のダンジョンよ。知ってるでしょ? 私がダンジョンマスターだって事」
「そ、そりゃ噂には聞いてたけれど……。でも実際に見るのは初めてだし、ダンジョンの中に街があるなんて……。だいたいあのデカイ建物は何なんだい?」
ここに来たら皆同じ反応をするわね。特に普通の街と違うのは、高層ビルと遊園地という巨大建造物ね。
で、遊園地はともかく高層ビルの中身は冒険者ギルドだったりする。多くの職員が寝泊まりできるスペースを確保してあるし、自主トレも可能よ。
但し、5階から上は使われていない。何故なら地上から離れすぎてて不安を感じてるらしいから!
失礼よね? ダンジョンの不壊属性を利用した建物なんだから、飛び降りたりしない限り安全なのに。
「それにエルフとドワーフのカップルがいるんだよ? 他所じゃ考えられないよ」
これは少々特殊な例で、アイリーンに移住してきたエルフとドワーフで意気投合したカップルが誕生したのよ。しかもエルフ(女性)の方がドワーフ(男)を気に入ったとかで。
種族的に相性が悪いはずなんだけど、種族の壁を超越したらしいわ。
一応言っとくけど、この件に関しては何もしてないからね?
「あと気になったんだけど、壊れた建物の前で老執事に土下座していた女性。あれって肖像画で見た女神クリューネにそっくりだったよ」
あ~見られたくないものを見られちゃったわね。
「まさか本物の女神が軽々しく姿を現すとは思えないし、他人の空似だろうけども」
そのまさかってやつで、本人――いや、本神よソレ。
アイリーンに作ったカラオケボックスがとても気に入ったらしく、ちょくちょく歌いに来るのよ。一応お忍びって事だから、女神クリューネというのは秘密なんだけど。
というかあの駄女神、ま~たシャウトで吹っ飛ばしたのね……。
「はいはい、余計なお喋りはそこまでよ。アンタには今日一日しか時間がないんだから、いつまでもキョロキョロしてないでさっさと木刀を構える!」
「う、うん……」
互いに木刀を構えて視線を合わせる。
エリオットが大きく深呼吸をし、落ち着き払ったところで木刀を振り上げた。
「いくぞーーーっ!」
気合い充分に、掛け声と共に木刀を振り下ろす――けれど……
バシッ!
「あっ!」
呆気なく木刀を弾き飛ばし、ジ・エンドって感じね。
「あのねエリオット。もっと相手の隙を突くとか誘い込むとか工夫しないとダメよ。そんなんじゃ簡単に捌けちゃうもの」
「工夫って言われても……あ、そうだ!」
何か思い付いたらしく、仕切り直しで元の位置に戻った。
「もう一度頼む」
「いつでもいいわよ」
む? 今度は構えたまま微動だにしないわね? だけど私からは目を離さず何を考えてるやら……。
「――ウォーターボール!」
ドシュ!
水魔法を使えたらしく、水弾を放ってから私へと斬りかかってきた。
なるほど、中々考えたわね――と言いたいとこだけど……
ザッ!
「あっ!」
「はい隙あり」
パシィ!
「アタッ! ちぇ~、いけるかと思ったのになぁ……」
水弾を使って動きを限定したまでは良かったわね。大抵はガードするか横に避けるかだから、そこへ斬りかかるのはグッドよ。
けれど飛び上がるまでは想定してなかったらしく、あっさりと頭上から斬り下ろして終了って感じね。
「でもいい線いってると思うわよ? バカ正直に突っ込んで来ないだけ全然マシよ」
「ホント?」
「うん。じゃあこの調子で――」
「おーい、アイリーーーッ!」
――続けようとしたら、入口から見慣れた顔ぶれが。
「貸し切ったって聞いたから飛んで来たぜ。トレーニングするなら俺も付き合うぜ? な、いいだろ?」
「すまんアイリ。お前さんの姿を見かけた途端、レックスがこの調子でな……」
入ってきたのは冒険者の知人――というより友達に近い2人で、真っ赤な髪をした獣人がレックスで、隣に立つ茶髪の人間がアルバね。
一緒に冒険した事のある数少ない冒険者仲間――と言ってもいいかもしれない。
「よく来たわねレックス。アルバもいらっしゃい。ちょうど今、私の通っている学園の生徒を鍛えてあげてたところなの。だから――」
「おぅ、そういう事なら俺に任せろ! ビッシビシ鍛えてやるぜ!」
「よく分からないけどお願いするよ」
ちょっ、どうしてそこでレックスが教官みたいになる!
それからエリオット、よく分からないのにお願いしないの!
「お、おいレックス、貸し切りってのは部外者は立ち入れないんだぜ?」
「分かってるって。俺達は親しい関係なんだから部外者じゃねぇだろ?」
「全然分かってねぇよ!」
残念な解釈をしてるようで、アルバの言葉を理解してなさそう。
はぁ……仕方ない。こうなったらレックスとアルバにも協力してもらおう。
「もういいわよアルバ。せっかくだし彼――エリオットを鍛えるのを手伝ってちょうだい」
「おぅ、任せとけ!」
「すまんアイリ。調子に乗り出すと止まんなくてな……」
何かとレックスも猪突猛進な感じがするし、意外と相性が良いかもしれない。
「いくぞぉ――オラオラオラァァァ!」
「ブハッ! まだまだぁぁぁ!」
「足が止まってるぞ?」
「グッ! もう一丁!」
「根性だぁぁぁ!」
「グエッ! くぅぅぅ……」
「敵に背中を見せるなよ?」
「ゴフッ! ちょ、ちょっとタンマ……」
さすがに2人がかりだとハード過ぎたのか、早くも息が上がってきた。
でもこれなら思ったよりも鍛えられそうね。
「ほぅ、随分と楽しそうではないか。妾も混ぜるがよいぞ」
「いや、楽しそうには見えな――ってアンジェラ!?」
戦闘狂のアンジェラがニコニコしながら入室してきた。
これはちょっとマズイかもしれない。さすがにアンジェラ相手だと……
「……あ、そうだ。急用を思い出した」
「奇遇だなアルバ。俺も用事を思い出したぜ」
「え……ど、どうしたの2人共?」
満面の笑みで腕組みをするアンジェラ。それを見たレックスとアルバは、直ちに逃げるという選択をしたらしい。
過去に散々瀕死に追い込まれてるし、当たり前っちゃ当たり前か。
「まぁ待て。久しぶりに顔を合わせたのじゃ。久々に特訓といこうではないか」
「「いけません!」」
しかし回り込まれてしまった――と。
「なぁに遠慮するでない。ここらで更に腕を上げるのもよいだろう」
「「上がりません!」」
腕が上がる前に昇天しちゃうものね。
「そこのお主も一緒にどうじゃ?」
「よ、宜しくお願いします、キレイなお姉さん!」
説明する間もなく、エリオットは地雷原に誘導されてしまった。
でもこれは自業自得ね。意中の子を放ってアンジェラに鼻の下を伸ばしちゃったんだから、精々派手にKOされちゃいなさい。
「ま、待ってアンジェラ先生! 特訓ならエリオットだけに――」
「レックスに賛成! 俺らは間に合ってますんで――」
「遠慮するなと言っておる。久々に血に踊る宴を始めようではないか」
「「ア"ーーーーーーッ!」」
巻き込まれた2人と共にエリオットの地獄が幕を開ける……って、私のせいじゃないから!




