招かれざる客
「来ちゃった♪」
「あっそ。もう帰っていいわよ?」
「ヒドッ!?」
学園からの使者が来たと思ったら、来なくてもいいアイツだった。
というか、なんでまた学園長もオリガを寄越したんだか……。
「今ワチキの事を変態って言わなかったですかね?」
「思ったけど口には出してないからセーフよ。言ってほしいなら声を大にして叫ぶけど?」
「い、いや、遠慮します……」
まぁ大声出したらチョビ髭に怒られるから言わないけど。
「それで? 学園長からのお使いなんでしょ?」
「あ、そうです。それそれ」
言われて思い出したようで、ガサゴソと鞄を漁ると手にした紙を口に挟んで……
「んーーー♪」
「…………」
そういうサービスは男にやってほしい。
同性の私としては、バッチイから触りたくない。
「すみませんリチャードさん。割と多めに血が飛び散るかもしれないけど大丈夫?」
「い、いや、それはちょっと……」
「ですよねぇ……。よかったわねオリガ。今回は制裁しないでおくわ。でも今度やったら簀巻きにして男子寮に放り込むからね?」
「申し訳ないです。若気の至りでした……」
本気で嫌そうな表情で手紙を手渡してきた。
なるほど、今度からオリガ除けに男子を引き合いに出すことにしよう。
「学園長からです」
「どれどれ……」
書かれている内容をまとめると以下のとおりになる。
・フローレン国家主席が私を解放しようと手を回しているけれど、他の派閥から横槍が入ってて上手くいかない。
・ヴォルビクス侯爵の死亡によりその派閥が瓦解したが、今まで中立を維持していたドーラ派が残存貴族を取り込み急伸してきた。
・私の取り込みを狙って、水面下では激しい牽制が行われている。
・皆が私を解放する代わりに取り込もうと必死になっている。
はぁ……要するに私に恩に着せて専属にでもしたいんでしょうね。それで横槍が入っていると考えてよさそうだわ。
それにドーラ派という派閥が急伸してきたところを見ると、まだまだ国内も安泰とは言えない。
更に手紙の最後にはこう書かれていた。
・ドーラ派の動きに注意されたし。ダンノーラ帝国と繋がっている可能性があり得る。
「よく分かったわ。まだまだ平穏とは程遠いって事が」
「ワチキは中身を知らないんで何とも。ですが、父や学園長が貴族の伝を使っていろいろと調べてるみたいです」
そっちは今後に期待しよう。
に、しても……
「はぁ……。獄中生活はしばらくかかりそうねぇ……」
「何でしたら、毎日ワチキがハートをお届けに参上しま――」
「来なくていい。寧ろ来るな」
「ヒドッ!?」
酷くないっての。寧ろアイカの現状の方がよっぽど酷い。
勾玉の影響を受けたせいか、ドローンの記録が吹き飛んでしまったらしいのよ。具体的に言うと、清姫や頼朝のデータを失って追跡が不可能になったって事。
これはさすがに想定外で、ドローンをダンノーラ帝国に向かわせるのは危険と判断。向こうの調査はモフモフ達を頼る事にしたわ。
「それでは傷心したワチキはおとなしく帰りますが、ワチキとは別にお姉様と面会したいという生徒がいるみたいですよ? 確か……エリオットって名前だったかな」
「エリオット?」
知らない生徒ね。多分直接話した事は無いと思う。
「ではアイリお姉様、また明日~♪」
「アンタに明日はない! 今度変態を寄越したら、残り少ない髪の毛を全部むしってやるって学園長に伝えなさい!」
それこそドローンを使った精密射撃でキレイな坊主頭にしてやるわ!
「まぁまぁ落ち着いて。ほら、面会希望者の少年が来たよ」
オリガと入れ替わる形で小柄なお坊っちゃまヘアーの少年が入ってきた。制服を着てるから同じ学園の生徒だとして、私の記憶では一度も話した事はなかったはず。
「……Dクラスのエリオットだ」
「アイリよ。で、どんな用件?」
「うん……」
緊張してるのか、おぼつかない口調で自己紹介を終えたエリオットは俯いたまま黙り込んでしまった。
「黙ってちゃ分かんないんだけど?」
「う……ゴ、ゴメン……」
話が進まない……。
それどころかチラチラとリチャードさんの様子を伺ってて、動機がさっぱりって感じ。
「もしかして僕がいると話し難いのかな? だったら少しの間上にいるから、キチンと話すといいよ」
「す、すいません!」
エリオットに頭を下げられたリチャードさんが、手をヒラヒラと振って上にいく。そんなに第三者が居ると話し難い事なんだろうか?
ん? 話し難い事? ――あっ!
このシチュエーションって愛の告白!? それなら他人が居ると話し難いのも頷ける。些か場所に問題があるけども。
「あ、あの……じ……自分と……」
うん、どうやらソレっぽい。ちょっとドキドキしながら話し終わるのを待とう。
「自分と戦ってくれ!」
「……はい?」
少なくとも愛の告白ではなかった。でもいったいどういう事なのか……。
「それは私と戦いたいって意味?」
「そ、そうだ!」
「…………」
どうしよう、エリオットの目的が分からない。もしかして小柄な外見とは裏腹に戦闘狂だったりとか?
「理由を聞いてもいい?」
「じ、自分は強さを示したい。それを示して振り向かせたい人がいるんだ」
なるほど。他の女生徒で好きな子が居て、その子を振り向かせるために私と戦いたいと。
だけど私を指名してるって事は武術大会での優勝を知ってる訳だし、言っちゃ悪いけど無謀だとしか思えない。
「強さを示したいんなら私じゃなくてもいいんじゃない? Dクラスなら、CクラスBクラスでも格上になるんだし」
脳裏にセネカやサフュアを思い浮かべて伝える。だけどエリオットはブンブンと頭を振ると、それではダメだと訴えてきた。
「違うんだ。あの子が見ているのはアイリさん――キミなんだ。だからキミと戦わないと意味が無いんだよ」
私を見ている……つまり、私に憧れてるとかそういう意味なのかも。
「そりゃあ他の強い人にもキラキラとした眼差しを送ってるし、話題にも出しているよ。だけどその子が夢中に語るのはアイリさんの事ばかりなんだ」
「だから私と戦いたいと」
ようやく意味が分かった。その子の視線が私に向いてるから、実際に戦ってるところを見せて自分に興味を持たせたいわけね。
「事情は分かったわ。だけど戦うだけでいいの?」
「と言うと?」
「いざ戦うなら、手を抜いてわざと負けたりはしたくないって意味よ」
普通に戦って私が負けるとは思えない。それこそSランクの魔物でもない限りはね。
だからと言って華を持たせる義理もないし、そのまま戦えば……ね?
「手を抜けなんて言わない。せめていい勝負が出来れば……」
負けてもいいから、端から見て拍手を送りたくなるような勝負をしたい――と。
それなら私に食らい付いてもらわなきゃならないわねぇ。一撃で伸したら意味ないし。
「じゃあ軽く実力を測ってみるわ。主要武器は何?」
「えっと……剣、だけど……」
「――っと。はい、コレを構えて」
その場で木刀を召喚しエリオットに持たせると、続いて私も木刀を構えた。
「いつでもいいわよ? 好きなタイミングで私に打ち込んでみなさい。それで実力を――」
「――セヤァァァ!」
――って、いきなりかい(怒)!
パシィ!
「アウッ!?」
「ダメでしょ……いろいろと」
不意を突いたつもりなんでしょうけれど、さすがに卑怯としか言いようがない。
他人に見せる勝負なんだから、正々堂々とやらなきゃ。
「でも今ので大体の実力は分かったわ」
鑑定スキルでも分かるんだけどね。実戦慣れしてるかを見ただけで、強さで言えばセネカをかなり下回るくらいだった。
これだと私に食らい付くのは無理ね。
「今から少し特訓するけど、それでもいい?」
「うん、寧ろ喜んでお願いするよ!」
しばらくは何もできないし、エリオットで暇潰し――じゃなかった。エリオットを鍛えてあげる事にした。




