バッカス襲撃
「う~ん……」
「どう、アイカ?」
独房に設置した巨大モニターをアイカと一緒に覗き込む。昼間だとチョビ髭がうるさいから、やむ無く夜間に捜索することにしたのよ。得意のドローンでね。
ちなみに学園から戻ったら、例の如くチョビ髭がプンスコ怒ってたわ。勝手に脱獄するなとか何とか喚いて。どうでもいいけど脱獄って許可を得てやるものじゃないわよね……。
「いませんねぇ……」
「もっとよく探してちょうだい。この街が一番怪しいのよ。ほら、もっと高度を下げて」
「そんなに下げなくてもドローンの鑑定範囲に収まってますので大丈夫ですよ」
潜伏先だと思われるバッカスの上空をドローンが旋回する。けれどこれがまた見つからない。絶対にこの街だと思うんだけど……。
「双子の美少女かぁ……中々にして珍しいね」
先ほどからリチャードさんが物珍しそうに視線を送ってくる。さすがにアイカの正体まで明かすわけにはいかないし、例の如く双子という設定にしてあるわ。
「あまりお姉様を持ち上げないで下さいね? 美少女と言われるとすぐに調子に乗ってしまいますので」
「……否定はしないけどアイカもでしょ」
調子に乗って私の過去をペラペラと喋るアイカには言われたくない!
「ほらほら、無駄話してないでチャッチャと探す!」
「分かってますよ――おや? こんな夜更けに船が一隻入ってきましたね。沖合いの漁から戻ってきたのでしょうか?」
随分とボロい船が静かに入港してきた。今にも嵐で沈みそうな……ま、大きなお世話ね。
「私が探してるのは漁船なんかじゃないのよ。いったいどこに――」
「んん? この船はおかしいぞ?」
「え?」
「普通なら遠目でも分かるように国旗が掲げられてるはずなのに、この船にはそれがない」
リチャードさんが指摘した通り、どこにも国旗は見当たらない。
国旗がないと海賊と認識されて、下手すると弁明する間もなく沈められる可能性だってあるのよ。
まさか船乗りがそれを知らないなんてあり得ないし、闇ギルドが何か企んでるのかも。
「ズームアップしてみます」
船乗りが下船しているところをアップで捉える。見た目は黒装束の忍者のような……あ!
「あの女!」
「お姉様?」
今まさに黒装束を出迎えているのがあの清姫よ!
何やら指示を出すと黒装束達が四方に散っていき、残った1人は清姫に同行して暗闇へと消えていった。どうせ何かしらガルドーラに不利益を与えるつもりだろうし、捕まえて尋問してやろう。
「ヨイチは見つからなかったけれど、学園を襲撃した清姫を見つけたわ。すぐにバッカスへ向かいましょ」
「い、今からかい? さすがに歩いて行くのは――」
「それなら大丈夫。瞬間移動でパパッと済ませるから」
「瞬間移動!?」
私には座標転移という瞬間移動スキルがあるんだもの。
このスキルは一度見た場所ならどこにでも転移可能なのよ。例えドローンの映像であってもね。ってな訳で――。
「リチャードさん、ちょっと出掛けて来るわね。朝までには戻るから」
「わ、分かったよ。アイリちゃんは色々と規格外だね……」
そんな諦めたような表情をしないでほしい。ちょっと他人より強くて幸運で美少女なだけだから。
★★★★★
シュン!
アイカを連れてバッカスの上空へと転移した。まずは散らばった黒装束を捕まえて、何をするつもりだったのかを聞き出そう。
「アイカ、お願い」
「ただいま実行中です。すでに3人は捕らえましたので、残りはあと3人ですね」
早っ! というか速っ!
「黒装束の姿はしっかりとドローンが捉えてましたので、探知波動で居場所は丸分かりです」
「さすがはドローンね」
この探知波動はアンジェラが持っているスキルで、DPを使用してドローンに付与したのよ。お陰でとても役立ってるわ。
「残りの身柄も確保しました。一ヶ所にまとめて拘束しております」
「オッケー。さっそく尋問しに行きましょ」
街から離れた雑木林で、案山子のように吊るされた黒装束を見上げる。
端から見れば何かの儀式のように見えるでしょうね、やったのはアイカだけど。気味が悪いからさっさと終わらせよう。
ゲシッ!
「ゴフッ!? な、何が――」
「目が覚めたかしら?」
「な!? 貴様はいったい……」
気絶していた黒装束の1人に踵落としをお見舞いした。目が覚めたみたいだし、さっそく尋問を――
「フッ、まぁいい。だが見られたからには生かしてはおけぬ。悪いが貴様の命はもらい受ける!」
吊るされてる状態で何言ってんのかしらコイツ……。
「アンタ自分の状態分かってるの?」
「お姉様の言う通りです。まずはご自身に起こっている状況を理解すべきですね」
「フン、俺の気を逸らそうとしても無駄だ。お前達の命運はここで尽きるのだからな」
……そうね。言っても無駄だって事を理解したわ。
「いざ――むっ? 身体が!? 貴様らいつの間に!」
気付くのが遅いって……。
「そういう訳だから、清姫に何を命じられたのか詳しく話なさい。もし抵抗する――」
「分かった。潔くすべてお話しいたそう」
「決断早っ!」
いくらなんでも潔すぎ! 手間が掛からないからいいけど!
「見ての通り我々は忍びだ。まぁ清盛を知ってるくらいだ、ダンノーラ帝国の者だとバレているのだろう?」
「まぁね。闇ギルドの連中とは違って独特だから、すぐ忍者だって分かったわ」
「そう、我々忍者は他国で言えば闇ギルドの構成員と同等の存在。そんな我々が命じられたのは、ここガルドーラでの破壊活動だ」
やっぱりね。学園の襲撃に失敗したから、姑息な手段で揺さぶろうと考えたんだわ。
「具体的には?」
「要人の暗殺。賊を誘導して治安を乱す――といったところだ。国力が低下すれば侵略も容易くなるからな」
強かね、ダンノーラ帝国は。魔物の次は裏方の連中を使って破壊活動とか。
「狙いは分かったわ。コイツらは騎士団に引き渡すとして、今は清姫を拘束しましょ」
「了解です」
バスッ!
「グッ!?」
ドローンの麻酔弾で夢心地となった黒装束は後回しにして、急ぎバッカスへと舞い戻る。
さてさて、放った黒装束が全員捕まったと知ったらどんな顔するかしらね? ちょっとだけ楽しみだわ。
そんな期待をいだきつつ、清姫達の後を追う。あの様子だと遠くには移動していないはずだけど……
「お姉様、街外れの倉庫に清姫の反応がありました」
「よし、行くわよ!」
見ればいかにも子供が隠れ家にしそうな倉庫。どうやらここに潜伏してるらしい。
バタンッ!
「「「!?」」」
「見つけたわよ清姫、観念して捕まりなさい!」
扉を開け放つとちょうど正面にいた清姫と目が合い、私を見て硬直した。まさか捕まってるはずの本人が来るとは思わなかったでしょうね。
「貴様、なぜ此処に!?」
「さぁ何故かしらね?」
周りにいる黒装束達もなぜ此処が――って顔をしている。バレたのは清姫のせいだから、恨むなら清姫を恨みなさい。
「一応聞くけど、ヴォルビクス侯爵を殺したのはアンタらね?」
「フッ、いかにも。貴様が目障りな存在だと予め認識していたのでな、動きを封じるためヨイチに命じたのだ」
うん、これではっきりした。
「ヨイチはどこ?」
「奴は本国に帰還させた。ここには居らぬ」
面倒ね……。これはダンノーラ帝国に行くしかないかも。
「それよりも貴様だ。どうやって脱獄したかは知らぬが……まぁよい。妾が直々に討ち取ってくれよう!」
清姫が薙刀を構えると、他の黒装束達も短刀を取り出した。
けれど残念、アンタらはもう遅いのよ。
「「「グルルル……」」」
「な!? いつの間に!」
予め召喚しておいたグレーウルフ10体が暗がりから姿を現す。Eランクの魔物とは言え、これを気にしながら私達と戦うのは無謀だと言っておくわ。
「理解した? これがダンジョンマスターの恐ろしさよ」
「チッ、どこまでも生意気な小娘よ!」
ズダン!
「ちょ、待ちなさい! ――アイカ、ここはお願いね!」
「お任せを」
この場はアイカに任せ、天井を突き破って逃走した清姫を追った。




