悪しき風習
案の定、私が異常な強さを持つ事がクラスで認められた。嬉しくはないけれど。
でもこれは仕方ない。放っては置けない状況だったし、舐められっぱなしなのも癪ってもんよ。
但し、問題は別のところにあった。
「あ~、アイリさん。Fクラスの担任から苦情が来てるんだけどさ~」
「……苦情ですか?」
「ああ。キミの暴力的な行いにより、リュースという生徒が怪我したそうじゃないか。それについて謝罪と賠償を請求してきてるんだ」
放課後に担任のノーランド先生に残るよう言われて、いつものやる気の無さそうな口調で先の話になった。
それにしても謝罪と賠償って、生前に何度も見たフレーズよね……。
「まさかとは思いますけど、私に謝罪と賠償をしろと?」
「まぁ、一言でいえばそうなるかなぁ」
「でも因縁をつけたのは向こうなんですよ? それにルタが暴力を振るわれたのはどうなるんです?」
「そりゃ仕方ないさ。何せ実力主義の学園なんだから、上位クラスに逆らったらひどい目に合う。ここでは常識なんだよ」
「…………」
呆れて言葉を失ったわ。
担任がこれじゃあGクラスの生徒は、この先上がり目がないじゃない。
ここは一つ、ガツンと言ってやらないと!
「ついさっき、この学園は実力主義だと仰いましたね? だったらリュースが軽く手首を捻ったのも実力不足なのでは?」
「いや、リュース君の場合は軽くではなく、おもいっきり骨折してたんだが……まぁいい。とにかく、上位クラスに逆らうのは御法度なんだ。おとなしく謝罪と賠償をしてきてくれないか?」
こりゃ話にならないわ。
悪しき風習なのか知らないけれど、こんなんじゃ本当に肥溜めみたいな場所になっちゃうじゃない。
「お断りします。非は向こうにあるのにこちらが謝罪するのは納得いきません。なんなら先生、実力で私に言い聞かせてみては?」
「う……ま、まぁ暴力的なことは好まない主義だから、先生はそんなことはしない」
白々しい。
新学期を迎えたばかりの授業中、居眠りをしてた生徒を殴ったそうじゃない。
結局この先生は、自分より下の相手にしか反論できないのよ。
どうせクラスに広まってる噂で、私に手出しするのを躊躇ってるのね。
見た目もヒョロヒョロしてて頼りないし、もっと熱意のある先生が望ましいわ。
「う、うん、アイリさんの言い分はわかった。この事はFクラス担任のウルベロム先生に伝えておくよ」
そして相手の担任に放り投げる――と。
典型的なダメ教師ね。
これから予測できるのは、相手の担任――確かウルベロムって言ってたっけ? その先生からの立場を利用した恫喝か、主犯のリュースって奴による復讐ってところかな。
「アイリさん、まだ話は終わんないの?」
リュック達三人が教室を覗き込んでいた。
もしかして待っててくれたとか?
クラスメイトと一緒に下校するとか私にとっては感動イベントなんだけど、生憎と今日は無理っぽい。
「ごめんね。私としてもさっさと帰りたいところなんだけど、この後Fクラスの担任と話さなきゃならないらしいのよ」
無視して帰ろうかとも思ったんだけど、一応は目上だしね。
「げっ、マジかよ。あのウルベロムって先生はかなりしつこい性格だぞ?」
「あたしも知ってる。一度説教が始まるとクドクドと同じことを話してきて、それだけで一時間を越えるっていわれてるわ」
「マジですか……」
だけど非は向こうにあるんだし、堂々としてればいいわね。
★★★★★
「さて、アイリ――と言ったね? これまでのキミの行動は目に余るものがある。よって正式な謝罪と賠償を求める!」
「分かったらさっさと払えよ。もちろん治療費は別で貰うからな?」
「僕としても残念だが、こうなったのはアイリ君、キミ自身に責任がある」
まさか両方が同時に来るとは思わなかった。
しかも私の担任であるノーランド先生までというオマケ付よ。
言い分を話すから一緒に来てくれって言われたから、Fクラスの教室まで付いてきたのに……。
「怪我する前に謝った方が身のためだぜ? 何せFクラス全員が揃ってるんだからな!」
――という腕に包帯を巻いたリュースの台詞通りに、30人ほどの生徒が勢揃い。
しかも教師も一緒になってこれなんだから、余計たちが悪い。
「な、なぁリュース、止めといたほうがいいぜ? あの噂は知ってるだろ?」
「この女、絶体普通じゃないって!」
「俺もそう思う。もしかしたらモンスターが化けてるのかも……」
「い、今さら怖じ気付くなよ! これは正当な復讐だぞ!?」
こんな圧倒的多数で囲んどいて正当?
どうやら腕一本じゃ足りないようね。
それからモンスターが化けてるとか言った奴、顔は覚えたからね?
「正直なところ正当性にかける現状だとは思うけれど、この際保留にしといてあげる。この学園は実力主義なんだから、今からそれを示してあげる。先生方もそれでいいわね?」
「フン、何をほざくかと思えば……。キミ1人に敗北したとあっては学園の恥。もしもキミが勝つようなら、明日からFクラスとGクラスをそっくり入れ替えようじゃないか」
随分と大きく出たわね?
まぁ私一人だし、自信過剰になるのもやむ無しか。
あ、そうだ! どうせならもっと色々要求しちゃおう♪
「それだけじゃ足りないわ。私が勝ったらアンタら二人は即刻教師を辞めてちょうだい」
「「なっ!?」」
「だってそうでしょ? 私の勝利――すなわち教師としての見る目がないって事なんだから、この学園に居る価値はないわ。それとも首がかかったら怖じ気付いたのかしら?」
「…………」
ウルベロム先生が肩を震わせながら顔を真っ赤にしていく。どうやら挑発に成功したみたいね。
一方のノーランド先生は苦しい表情。首になった直後を想像してるんだと思う。
だったら最初からこんな事するなと言いたい。
「そこまで言われたら仕方あるまい。我々が勝ったら貴様を学園から追放してやる――かかれぇ!」
さてさて、なぜかウルベロムの号令で生徒が襲いかかってくる。
一人一人相手するのは面倒だし、一気に片付けてやるわ!
シュタ!
「アクアスプラッシュ!」
「あだだだだだ!?」
「イタッ! ちょ――イタイタッ!」
「お、おい、俺を盾にするな――アダッ!」
天井まで舞い上がり、下に向けて水弾を放ってやった。殺傷能力はかなり低いし、死にはしないでしょ。
でもって1分も経たないうちに、Fクラスの面々は地にひれ伏すことに。
打撲はしただろうけど手加減してあげたんだから感謝してほしいわ。
「な……なにが起こったのだ……」
「ヒィィィ! こんなの想定外だ……」
まぁそういう反応になるわよね。
Gクラスの生徒が広範囲魔法を使えるはずがないと思ってたんでしょ。
いかにクラスが絶対的かというのが嫌になるほど分かってくる。
「ウ、ウルベロム先生……助け――」
「何てことを仕出かしてくれたのだ――」
「リュース君!」
「「へ?」」
私とリュースの声がハモった。
何故にリュース?
「これだけの戦力を有しながら散々たる敗北、これは由々しき事態だ。いったいどのようにして責任をとるつもりかね!?」
「そ、そんな!」
はい、見苦しい教師による責任転換入りました。
まさかそう来るとは……。
「それからノーランド先生、発端は貴方ですぞ?」
「い、いくらなんでもそれは!」
「担任である貴方が彼女の評価をキチンと行っていれば、このような事にはならなかったものを」
なんだろう。こういうのを口が上手いって言うんだろうか?
このウルベロムって先生は、口先だけで教師になったんじゃないかと疑りたくなる。
ガバッ!
「すまない、アイリ君。私は君をかしょうひょうかしていたようだ」
……でしょうね。
そうじゃなきゃ挑んで来ないだろうし。
「どうか私の謝罪を受け入れてほしい!」
どうしよっかなぁ。このまま終わらせるのも釈然としないけれど、土下座までされちゃねぇ……。
「なら今回は――」
「待ちなさい」
「――え? 学園長!?」
今回は特別に許そうとしたところで、背後から割り込んで来たのは学園長だった。
学園長はそのまま土下座ポーズのウルベロム先生の前に立つと、咳払いの後に言い放つ。
「アイリ君との約束はしかと聴いた。ならば責任をとって教師の座から退いてもらおう」
「な!?」
なるほど。この機会に問題のある教師を排除するつもりね。
口をパクパクさせて言葉が出てこないみたい。
「もちろんノーランド君、キミも同様だ。さっさと学園から去りなさい」
「…………」
担任はガクリと肩を落として膝をついた。
これで少しは改善されればいいんだけれど。
「それからアイリ君。さすがにGクラスとFクラスを入れ換えるわけにはいかん。これを行ってしまうと、クラス分けの定義が揺らいでしまうのでな」
「いいですよ、そのままで」
これはウルベロム先生が勝手に言い出した事だし、私に利するものは何もないし。
「最後にリュース君」
「は、はいぃぃ!」
「キミ、明日からGクラスだから」
「……へ?」
目の前でマヌケ面を晒すリュース。
ま、コイツには良い薬でしょ。
★★★★★
「ふむ、やはり予想通りの展開になりましたか」
さっそくその日の出来事をアイカに話した。
結果としては予想以上に予想通りな展開になったのよねぇ。
「では今現在、担任の椅子は空席ということでしょうか?」
「いえ、すぐに学園長が手配してくれたわ。今度の担任はヤル気に満ち溢れてるらしいから、ちょっと期待してるのよ」
さっそく明日から顔を合わせるんだけど、いったいどんな人だろう。
★★★★★
「――って言ってた私を殴ってやりたい……」
新しい担任はヤル気がある。
それは認めるけれど……
「ヘーローッ! エブリバデェ! おニューなティーチャーが朝をお知らせだーぜーっ! その名も――Mrストロンガーだぁ! Gクラスのみんなぁ、ヨロシクぅ!」
ちょっぴり――いや、とても暑苦しい担任がやって来た……。