背後に迫る者
「ねぇねぇ、アイリのエピソードって他にないの?」
「勿論あります。そうですねぇ……ではお姉様に好意を寄せている冒険者の話を――」
「聞っきた~~~い♪」
「早く早く!」
「リア充破裂しろ!」
アイリが居ないのをいいことにマシンガントークはとどまるところを知らず、歳の近い少年に一目惚れされたエピソードに及ぶ。
ちょうど去年の今くらいの時期に冒険者ギルドでぶつかったのが切っ掛けで、一緒に依頼をこなしたのである。
ちなみにその少年は、アイリのダンジョンであるアイリーンを拠点として今も活躍中だ。
「――っとまぁ、こんな感じですね」
「それでそれで? アイリはその少年の事をどう思ってるの!?」
ここでも凄い食い付きを見せるのは、ご存知の通りトリムである。
「特別な感情はありませんね。強いて言えば良いお友達――でしょうか?」
「「「ええーーーっ!?」」」
何それ勿体ない――とでも言いたげに、トリムを中心とした女子達は不満を滲ませた表情を作る。
せっかく好意を寄せられてるのに無反応なのは何事か! ――という台詞が今にも聴こえそうな雰囲気だ。
「あ、ハッピィ分かった~。その少年ってアイリより弱いんでしょ~?」
「その通り。共にこなした依頼では、これでもかと実力差を見せつけてしまいましたね」
「あ~それは興味持たれないか。自分より弱い男じゃね~」
「「「ね~」」」
クレアとトリムが少年が弱かったのだと推測し、他の女子達もウンウンと頷く。
街を出れば魔物や賊がうろついているのだ、冒険者の男であるならば強さは必需だ。
しかしアイカは意味深な笑みを見せ、チッチッチッと指を振る。
「フフン、そうは言いますがトリム、今の彼はAクラスの冒険者ですよ?」
「……へ? どゆこと?」
「彼は血ヘドを吐くような――いえ、実際に血ヘドを吐きながらの過酷な特訓を行ったのです。間違いなくトリム達より強いですよ?」
何せ少年の特訓相手はあのアンジェラだったのだ。勢い余って腕や足を潰してしまったのは一度や二度じゃない。少なくとも二桁には上るだろう。
「ほぇ~、私よりもかぁ……。あ、でも弱かった男が強くなったんなら、アイリとしても放っては置けないんじゃない? コホン……ああ、彼ったらいつの間にかこんなに逞しく……ああん、もぅときめいちゃうーん♪ みたいに!」
全身をクネらせてのボディランゲージでトリムが妄想する。
これを見たアイカは少々やり過ぎたと考えを改めることに。
(トリムが重症なのは理解しました。周りもやや引き気味ですし、これ以上盛り上げるのは止めておきましょう)
「お姉様の好みは強さに影響はされないと思われます」
「そうなの? あ、そういえばビルガ子爵も強い訳じゃなかったもんね。生きてたらあのままくっ付いたのかな?」
「それはないわね。考え方が違い過ぎたもの」
「フムフム、お姉様はその辺はシビアでしたからね――ん?」
「へぇ、割りと能天気に突っ込むイメージがあったけど、色々と考えてた――ん?」
別の声が会話に混ざってきたのに気付き、2人がキョロキョロと周囲を見渡す。
すると他の女子は壁際まで距離を取り、クレアまでが何かに怯えるように顔を青くしているではないか。
そんなクレアがソッと指を動かし、アイカとトリムの後ろを指した。
ポム!
「楽しそうね2人共。私も混ぜてもらえる?」
「「…………」」
2人の肩に手が置かれ、ソッと後ろを振り向く――すると!
「「ヒィィィッ!?」」
ここには居ないはずの人物が額に青筋を浮かべて仁王立ちしていたのであった。
★★★★★
「オゥフ、こいつぁミラクルだ! 奇跡の生還かい!?」
あ、ちょうどストロンガー先生が戻ってきた。
「余計なことをベラベラと喋ってたから軽~く説教しました。本人達は身に染みて理解したでしょう」
「oh……」
床にめり込んだアイカと、タンコブを作って机に突っ伏しているトリムを先生に任せる。
まさかアイカが生徒として潜り込んでるとは思わなかったけどね。でもこれはこれで学園を任せておけるから、自由に動ける今のうちに不穏分子を片付けちゃおう。
「じゃあ後はお願いします。まだ生還できてませんので、無実を証明したら戻ります」
「オーラァイ!」
自慢のアフロをグワングワン揺らし、ストロンガー先生がサムズアップをする。まぁこっちは大丈夫でしょ。
「アイリさん、無事だったんだね!」
リュックが手を振って駆け寄ってきた。確か物騒な事を企ててたっけ? 心なしかリュックの目が充血してるように見えるし、もしかして寝ないで計画を練っていたとか?
「私は大丈夫よ。まだ保釈中の身(嘘だけど)だから戻れないけれど、すぐに解決してみせるからおとなしく待ってて。間違っても詰所を襲撃しちゃダメよ? 決行したら絶交だからね、いい!?」
「わ、分かったよ!」
これで大丈夫でしょ。リュックにしてみれば絶交はされたくないでしょうし。相手の心理を利用するのは好きじゃないけどね。
「そういう訳で計画は中止だ。間違っても単独で決行しないでほしい」
「「しねぇよ!」」
リュースとグラドから一斉にツッコミが入る。多分リュックが一番乗り気だったんでしょうね。
「ところでアイリさん、誰かから好意を寄せられてるって聞いたけど……」
「あ~、アイカの言ってた話ね。……そんなに気になる?」
「気になる! ――あ、え、え~と……気になります……」
はぁ、アイカったら面倒な事を……。
「分かったわ。近日中に紹介してあげる。でも喧嘩したらダメよ?」
「少なくとも僕からは仕掛けないよ」
目に見えない相手に対して挑発的なのはどうかと思うけど……ま、いいか。
アイツも私から言って聞かせれば大丈夫だろうし。
カラン!
「アイリさん、何か落としたよ?」
「私? あ、これって清姫が落とした何とかの勾玉ね」
そういえばポケットに入れっぱなしだったのを忘れてたわ。
「はい、アイリさ――」
ドックン!
「うっ!?」
「リュック!?」
勾玉を拾ったリュックが心臓を押さえだした。特に呪いの類いはなかったはずだけど?
「だ、大丈夫。ちょっと立ち眩みがしただけだから」
「そう?」
心臓を押さえて立ち眩みねぇ……。
まぁ本人が大丈夫だって言ってるし、気にしないでおこう。
ブー、ブー、ブー!
あ、呼び出しボタンが鳴ってる! チョビ髭が様子を見に来たんだわ。
「アイリ、尻から音が出てるぞ?」
「ポケットからよ、このアホグラド!」
っとにもう、コイツは相変わらずね。リチャードさんと言い勝負かも――って、そんな事はどうでもいいか。さっさと戻ろう。




