鉄格子と教室
「へぇぇぇ、それじゃあアイリとは双子なんだ?」
「はい。一応わたくしが妹になっております」
「じゃあアイリには頭が上がらない感じ?」
「う~ん、そうでもないですね。立場上はお姉様が上ですが、わたくしを頼ってくることも多いので」
「そうなの? アイリって器用そうだから何でも一人でやっちゃうイメージだけど」
「基本はそうなのですが、ダンジョンではだらけてる事が多いですよ? それに寝る時はモフモフという抱き枕に愛らしくしがみついているので、イメージ崩壊は免れませんね」
「「「うっそーーーっ!? 見てみたーーーい!」」」
ホームルームが終わり担任のストロンガーが一時的に席を外すと、アイカの周囲を女子達が取り囲む。
見た目もさることながらアイリとは双子という設定により、話し好きの女子達は興味津々である。
ちなみに会話にはトリムとクレアも加わっており、特にトリムは目を輝かせるほどの食い付きっぷりだ。
「い、いいのかなアレ。アイリさんが知ったら怒りそうだけども……」
「そう思うんなら止めてこいよ。俺は巻き込まれたくないからパスな」
「右に同じ。邪魔したらトリムに殴られそうだし」
凛々しかったアイリのイメージが、まるで小動物のような可愛らしさに変化していく。
遠巻きに見ていたリュックは止めたかったが、リュースとグラドは肩を竦めてお手上げのポーズを作ったためやむ無く諦める事に。
なぜなら女子トークを邪魔されたトリム達が怒りを爆発させるかもしれないのだ。特にクレアを怒らせれば重傷者が出かねない。
「そういえばさ、アイリちゃんってば捕まっちゃったじゃない? あの後どうなったの?」
「あ、それはあたしも気になる」
「私も私も!」
話は進み、ついにはアイリの現状へとシフトした。
ずば抜けた力を持つアイリである、皆は無事だと分かっていつつも、気になってしまうのは仕方がないというものだ。
「現在は騎士団の詰所にある地下牢に投獄されているようです。まだ容疑者という段階ですので、今すぐ危機に瀕したりはしませんからご安心を」
「でもさでもさぁ、容疑が晴れなかったら刑が下るんでしょ? このままにしといても大丈夫なの?」
ある女子が不安そうに訪ねた。
しかし、アイカは自信満々に胸を叩く。
「フフン、心配無用です。お姉様にはわたくしがついているのですから、危機に陥ればすぐにでも駆けつけて見せましょう」
シャシャシャシャ――カチン!
「「「おおっ!」」」
出来る女だと言いたげにアイリと同じ剣技を披露すると、最後は静かに鞘へと納める。アイカのステータスはアイリと同一であり、違いが出るとすれば思考回路による行動概念だろう。
更に言うとダンジョンコアはダンジョンのコアルームにあるため、それが破壊されない限り絶対無敵である。
『アイカ、至急調べてほしい街が――』
ここでアイリからの念話が届く。急ぎの用らしいが、アイカはやれやれと肩を竦め……
『すみません。少々立て込んでおりまして、後でもよろしいでしょうか?』
『いや、獄中生活が短くなるかもしれないから急いでちょうだい』
(これは困りましたねぇ……)
急かされたアイカは眉を潜める。せっかく興が乗ってきたのだ、水を差さないでほしいのが本音だ。
「アイカちゃん、急に黙ったりしてどうかした?」
「あ~いえいえ何でもありません」
(まだまだ話し足りないですし、お姉様には我慢してもらいましょう)
『大変申し訳ありません。先ほども伝えた通り今は手が離せないのです。そろそろ授業も始まりますし、後程という事で』
『授業? いったい何の話を――』プツン
(これでよし。一時的に念話をシャットアウトしましたので、存分に語らうとしましょう)
アイリの知らぬところで暴露大会が加速しようとしていた。
★★★★★
「おいぃぃぃ! これはいったいどういう事だ!?」
翌朝なり、見回りにきたチョビ髭の看守が騒音を撒き散らす。
理由は簡単、私が過ごしやすくするためにベッドやらタンスやらを召喚したためで、元の独房は見る影もないくらい私の寝室と化している状態よ。
「だって石の床じゃ硬くて寝れないし、毎日同じ服を着てたら不衛生じゃない」
「どこの世界に牢屋で寛いでいる罪人がいるんだ!」
ここに居ますが? いや、罪人じゃないけれど。
「とにかく没収だ没――ん? なんだこの鉄格子は? なぜ開かんのだ!?」
チョビ髭の看守が鉄格子を開けようとムキになる。というか地魔法で鍵穴を硬質化してるから普通に開けようとしてもムダよ。教えないけど。
「くぅぅぅ――ええい貴様、さっさと開けないか!」
「いや、私が開けれるわけないでしょ? それならとっくに逃げ出してるわ(嘘だけど)」
「ヌググググググ……クソォォォ!」
あ~できる事なら動画に収めたい。鉄格子の外から必死こいて開けようとしてる姿は物凄くシュールで笑えるんだもの、ホークに見せたら大爆笑間違いなしよ。現に青年の看守は必死に笑いを堪えてるし。
「ハァハァ……きょ、今日のところは……ハァハァ……見逃してやる。だが……ハァハァ……明日には全て没収してやる……ハァハァ……」
10分後、肩で息をしているチョビ髭看守が捨て台詞を吐いて上に戻っていく。もっと楽しめるかと思ったのに意外と根性がないわね。
「あ、そろそろ朝食の時間だね。持って来るからちょっと待っ――」
「それには及ばないわ」
――と言いつつ出来る女みたいにサッとスマホを取り出し、食品一覧を表示させる。
さてさて、今日は何にしようかなぁっと……よし、決めた!
「○屋の朝定食にしょっと♪ お兄さんも同じやつでいい?」
「え? よ、よく分からないけど任せるよ」
この青年は痩せっぽちだから、少しは美味しいものを食べた方がいいと思うのよ。
「――っと、召喚完了。こっちがお兄さんの分ね。あ、鍵は開いてるからこっちで一緒に食べましょ」
「ありがとう。ん? これは……ダンノーラ帝国の主食と言われている米と味噌汁だね」
東の国というだけあって日本に近い文化なのね。そんなダンノーラ帝国は、ガルドーラを手中に収めようと暗躍している――と。
すでにヨイチや清姫といった連中が入り込んでいるし、コイツらをどうにかしないと安心して学園生活を送れない。どうにかして居場所を突き止めないと……。
「いやぁ、美味しい御飯をありがとう。米なんて久々に食べたよ」
「気に入ってもらえてよかったわ。もしもお兄さん口に合わなければ正直に言ってね?」
「とんでもない! お世辞抜きに美味しかったよ」
あ~この台詞は手料理を食べさせた時に聞きたいわね。将来を考えてそっち方面も鍛えとこうかな?
「そうそう、まだ僕の名前を教えてなかったね。今度からお兄さんじゃなく、リチャードって呼んでくれないかな? 僕もアイリさんって呼ぶからさ」
「分かった、リチャードさんね。改めて宜しく」
「うん、こちらこそ」
――ってな訳で、看守の青年リチャードさんと親しくなった。いつまでここに居るか不明だし、ギスギスしてるよりは全然マシよ。
「ところで米の話なんだけど、前にも食べたことがあるの?」
「ああ、ダンノーラ帝国で内乱が発生する前にね。あの頃は米の輸入が盛んだったから市場では頻繁に見かけたよ。今でこそ出回ってる数が少数になったけど、内乱も収まったっていうしボチボチ増えてくるんじゃないかな?」
その代わりにガルドーラが戦火に包まれようとしてるのは容認できないわ。なにも米と一緒に隠密を送り込まなくても――ん? 米と一緒に!?
「ねぇリチャードさん、米はどういうルートで首都に入ってくるの?」
「東にあるバッカスっていう港街だよ。ダンノーラを含む海外からの輸入品がそこに集約され、各地に渡っていくんだ」
その港街が怪しいわね。
ドローンで首都を探し回ったけれど、結局ヨイチは見つからなかった。バッカスならダンノーラからの乗客に紛れることも可能だろうし、潜伏も容易いはずよ。
『アイカ、至急調べてほしい街が――』
『すみません。少々立て込んでおりまして、後でもよろしいでしょうか?』
は? 立て込んでる? 普段ドローンを飛ばして遊んでるくせに?
『いや、獄中生活が短くなるかもしれないから急いでちょうだい』
『大変申し訳ありません。先ほども伝えた通り今は手が離せないのです。そろそろ授業が始まりますし、後程という事で』
『授業? いったい何の話を――』プツン
ああっ! アイカったら念話をシャットアウトした! 何をやってるのか知らないけれど、直接問い詰めてやる!
「リチャードさん、少しの間外出してくるから、何かあったらここにある呼び出しボタンを押してちょうだい」
「その赤いボタンが呼び出しボタンかい?」
「そうよ。押したらすぐに戻るから」
急遽召喚した赤くて丸いボタン。
これを押すと私の耳に届くようリンクしたから、あの面倒なチョビ髭が来たらリチャードさんに知らせてもらおうって考えよ。
さて、アイカの現在地を探って……え? ここってまさか!?




