捕らわれアイリ
スタンピードに耐えダンノーラ帝国の刺客を撃退した後、待っていたのは地下牢に投獄されるという理不尽極まりないものだった。
いやね、素直に捕まる必要もなかったと言えばなかったのよ。ガルドーラを放置して帰っちゃえばいいんだし。
だけど疑念を持たれたまま――というか、容疑者のままだと私が納得いかないの!
そんな理由からおとなしく捕まり、獄中生活を送る羽目になった。
「――という感じでしばらくここで生活する事になったから。まぁ宜しくね」
「はぁ……」
大まかな流れを看守の青年に伝える。
私がここに投獄された時に詳しく説明されなかったらしく、ただ見張っとけと言われただけらしいのよ。恐らく私を拘束するのには限界があるからだと思うけど。
「しかし本当によかったのかい?」
「何が?」
「無実な上にこんな粗末な独房に入れるなんて、断固抗議するべきではないかと」
「うん。まぁ普通なら……ね」
けれどスマホがあれば何でも召喚できるし、食事を出されなくても困らない。トイレやお風呂は……あ~どうしよう。何か考えとこ。
「ま、なるようになるわ。それよりお兄さんは親しく話してても大丈夫なの? 後で責められたりしない?」
「え……あ、ああ、いやぁなんと言うか、怒られるのは慣れてるから大丈夫かなぁって。それにこんな薄暗い場所で1人だと寂しいだろうから、せめて話し相手になってあげれればとも思うしさ」
お人好しって言葉がピッタリな人だわ。普通なら獄中の人間なんか気にもとめないもの。
「よし、決めた」
「ん?」
「本当は1人で食べようと思ってたけど、お兄さんにも分けてあげる」
「えっと、これは……」
差し出したのはポッキー。まだ夜中だけど、色々とあって小腹が空いちゃったのよね。
「こ、これはお菓子かい? 丁度いい甘さで美味しいよ!」
気に入ってもらえたようで何より。
――って、ポッキー食べてる場合じゃなかった! 色々とやらなきゃならない事があるんだったわ。
『アイカ、学園の様子はどう?』
『はい。現在は混乱も収まり、生徒達は寮に戻っております。学園長を含んだ教師陣は忙しそうに机に向かっておりますがね』
学園長の方は被害状況の報告書か何かでしょうね。こっちの心配はいらないか。
『ですがリュックを含む五名のお友達は、何やら良からぬ事を企てているようですが……どうします?』
『どうします――って、いったい何を企ててるってのよ?』
『一言でいうならお姉様の救出作戦ですね』
「ええっ!?」
またそんな無茶は事を……。
「ど、どうかしたのかい?」
「あ~いえいえ、こっちの事です……」
思わず声に出しちゃったわ。おかしな女だと思われたくないし、念話には気をつけよう。
『ねぇアイカ、リュック達を止められそう?』
『出来なくはありませんが、わたくし自ら学園に赴く必要があります。それでもよろしいですか?』
う~ん……他の生徒にアイカを目撃されるのは面倒よね。何せ私とそっくりなんだから、色々と追及されるに決まってる。
けれどそれを差し引いてもリュック達が暴走するのは止めないと。特にハッピィは嬉々として暴れてるところが想像できるし……。
『お願いするわ。ついでに学園の方はアイカに任せるから』
『了解です。こちらはお任せください』
さて、学園はいいとしてヴォルビクス侯爵の件よ。
確か邸が襲撃されて生存者は無しって話だったわよね? フローレン派の誰かが勝手に実行させた――にしては無理がある。そんな凄腕の暗殺者がいるならとっくにやってるだろうし、そもそも皆殺しにする必要もない。
つまり、目撃されたら困る奴が実行犯? いや、これは少し短絡的過ぎかも。
邸のあちこちで血が飛び散っていたって聞いたし、闇ギルドのような連中ならもっとスマートに実行するはず。
「う~~~ん……」
「難しい顔してどうしたんだい? もしかしてトイレ――」
メキッ!
「ゴ、ゴメン……」
「今度言ったらグラド2号って命名するからね?」
「そのグラドっていうのが何なのか知らないけど気を付けるよ」
ついつい鉄格子から手が出ちゃった。いい人そうな青年を負傷させたくないし、私も気を付けよう。
「ところで一つ気になったんだけど」
「何?」
「ヴォルビクス侯爵が殺された時、街中を飛び回って魔物を討伐してたんだよね? それを証言できる人がいれば……」
「それは難しいわね」
居るには居るけど何処の誰だか分からない一般人だったし、そもそも時間帯も微妙よ。殺害してから魔物を倒しに出たって言われるに決まってる。
ったく、それもこれも全部ヨイチとかいうダンノーラの刺客のせいよ! あんにゃろうが余計な事をしてくれたから――
「そうよ、アイツが犯人だわ!」
「おおぅ!?」
ダンジョンから逃げた先が不明だし、同じダンノーラの刺客なら清姫が言っていた台詞とも繋がってくる。
確か……私が日の目を見る事はない――みたいな事を言ってたしね。
きっとヨイチは、私とヴォルビクス侯爵が接触したのをどこかで掴んだんだわ。
「は、犯人が分かったのかい?」
「ええ。ヨイチっていうダンノーラ帝国の隠密よ。アイツがダンマスを殺したからスタンピードが発生したんだし、上手く捕まえられれば解決するわ!」
ドタドタドタドタ……バタン!
「おい貴様、何を騒いでいる!? 静かにしてさっさと寝ろ!」
別の看守に怒られた。ダンジョンと違って壁が薄かったのかも……。
「すみません……」
「……ったく、お前もちゃんと注意しろ!」
「も、申し訳ありません!」
バタン! ドタドタドタドタ……
面倒事を起こしたくないから直接は言わない。でも心の中で言わせてもらうわ。
アンタの足音の方がよっぽどうるさい!
「チッ、チョビ髭が偉そうに……」
「え?」
「おっと、今のは聞かなかった事にしといてね?」
「う、うん……」
おとなしそうな外見とは反対に、内側では相当ストレスを溜めてそう。かわいそうだから迷惑をかけないように、今日はもう寝てしまおう。
★★★★★
ドン!
「クソッ! 思い出したら腹が立つ。なんでアイリさんが捕らえられなきゃならないんだ!」
「うんうん」
次の日のGクラスにて、リュックが机を叩いて憤る。
原因はもちろんアイリが濡れ衣を着せられ捕まった事にあり、机に寄りかかったグラドも腕組みをして頷く。
「まったくよね。スタンピードが収まった頃にノコノコ現れてさ、あれじゃあどっちが騎士団か分かったもんじゃないわ」
「それな。アイリが居なかったらそれどころじゃなかったってのに、呆れてものも言えねぇぜ」
トリムは肩を竦め、リュースは額に手を当てて呆れ返ってる様子だ。
それを黙って聞いていたクレアがカッと目を見開き、トンでもない事を提案する。
「やっぱり昨日言った通り、アイリちゃんを助けに行こうよ。今すぐ!」
実は彼ら、アイリが連行された直後に集まりどうやったら救出できるかを話し合った結果、最終的には5人で詰所に突撃する事に決定したのだ。
しかしその案はアイリが自力で出てこなかった場合に限りで、いつまで様子を見るのかが争点となっていたのだが……。
「クレア、さすがにそれは――」
「僕は賛成だ。今すぐ騎士団を襲撃し、アイリさんを救出しよう」
「――ってリュック!?」
「アイリさんが捕まる道理はないんだ。それともグラドは、こんな横暴を見過ごせっていうのか!?」
「い、いや、そんな事はないって。頼むから落ち着いてくれ」
さすがに無茶だろうとグラドは止めに入ろうとしたが、リュックの気迫に圧される始末。
「ちょ、ちょっと待って。救出って襲撃するつもりなの!?」
「当たり前だ! 正義はアイリさんにある!」
「待て待て待て! 昨日言ってた突撃ってのは、騎士団に訴えるって話じゃなかったのかよ!?」
どうやら彼らの中で認識に差があったようで、リュックとクレアだけは力ずくで解決しようという考えだった。
しかしこれでは解決にはならないとグラド達3人が必死に宥める事で、一旦は落ち着きを取り戻す。
だがやはりリュックは納得がいかない様子で、机に肘をつき不貞腐れたように外を眺め始める。
バタン!
「ヘーロー、エブリバデェ! 今日も激しいハッスルが待っているぜーーーっと、その前に新しい仲間を紹介するぜぇい――」パチン!
担任のストロンガーが廊下を向いて指を鳴らす。そして入ってきた少女に教室内は騒然とした。
「え……あの子って……」
「うん、そっくりよね……」
「まさかイメチェン?」
ある人物にソックリなその姿を見て驚かない生徒はいない。
更に言えば、目の前に現れた少女をリュック達は知っていた。
「「「ア、アイカ(さん)!?」」」
「はい、アイカです。本日から通うことになりました。どうぞ宜しくお願い致します」
これはこれで波乱が待っていそうである。




