三人組の船旅
魔導国家ガルドーラの東に広がる大草原。そこを更に東へと進むと、多くの人々で賑わう港町――バッカスへとたどり着く。
ガルドーラの傘下であるこの町から海を挟んで東にあるダンノーラ帝国。この国とは民間のみで行っている貿易により栄えており、ダンノーラとガルドーラを結ぶ玄関口とも呼ばれる町だと言えよう。
そして今日もダンノーラ行きの大型船には多くの人達が乗り込み、出港するのを待ちわびていた。
「おいクロ、この船はいつになったら動くんだ?」
「多分もうすぐッスよ」
「……さっきも同じ事言わなかったか?」
「そりゃアニキ、さっきも同じ事を聞かれたんスから、同じ答えになるに決まってるじゃないッスか」
「おう、それもそうだな」
(この2人は何をおバカな事をやっているのでしょう。我々にはカゲツという男を陰ながら護衛するという大切な任務を与えられたというのに……)
甲板で一人黄昏ているギンが、後ろで同じ問答を繰り返しているモフモフとクロに対してため息をつく。
彼らが乗船してる理由はギンが述べた通りで、カゲツが無事に帰還できるようアイリの命令で動いているのだ。
そのため今は人化して一般客に紛れていた。
「…………」
そんな三人組に尾行されてるのを知ってか知らずか、壁を背にしたカゲツは三度笠を深く被り、初夏の日差しを凌いでいた。
「しっかしよぉ、なんだって姉御はあんな野郎の護衛を命じたんだ? 冒険者として見りゃそこそこじゃねぇか」
「それは同感ッスね。下手すりゃ俺より強いんじゃ……」
「クロ1人なら危ういでしょうね。特にアナタ達はオツムが今一なのですから、私が加わらなければ懸念は解消されなかったでしょう」
「ハハッ、言われてるぞクロ!」
「アニキも含まれてるッスよ……」
彼らはカゲツの実力を高く評価していた。
鑑定スキルこそないものの、見ればおおよその強さは分かるのだ。当然アイリも知っていながら命じたのだが、はっきり言えば過剰戦力と言えよう(特にモフモフ)。
カンカンカンカン!
「まもなく出港するぞーーーっ! ダンノーラに向かうやつは急げーーーっ!」
乗員が鐘のようなものを鳴らし、港にいる者達に知らせる。
それを待っていたかのように宿や酒場、果ては教会からと様々な人種が船へと乗り込み、最後の客を乗せたところで船が港から離れていく。
「ようやく動きやがったか」
「でも向こうに着くまで3日はかかるってアイカの姐さんは言ってたッス」
「んげ! マジかよ……」
「はいッス。だからアニキ、くれぐれも暴れないでほしいッス。もしも正体がバレたら泳いで逃げなきゃならなくなるッスよ」
「クロの言う通りですよモフモフ。貴方が暴れたら私達にも迷惑がかかるのですから、それを忘れないように」
クロもギンも、モフモフが暴れる前提で話を進める。
それと言うのも3人の中ではモフモフが一番短気であり、ここに来るまでに一度騒ぎを起こしているためだ。
「へっ、アレは俺から喧嘩売ったわけじゃねぇ。向こうが絡んできたんだろうが。そもそもの原因はギン、テメェだろう」
「あらあら、そうだったかしら?」
これはモフモフの台詞が正しく、チャラチャラした若い男連中にギンがナンパされたため、追い払おうとして口論に発展。最終的には殴り合いとなり、過剰なまでに痛め付けてしまった(半殺しとも言う)結果、衛兵に追い回される事となる。
それでも3人の足が速かったため捕まる事はなかったが、できれば面倒事は避けたいところだ。
「まぁギンちゃんはともかく、本当にお願いするッスよ?」
「チッ……わーったよ。おとなしくしてりゃいいんだろ、おとなしくよぉ……」
さすがにアイリからの命令に背くわけにはいかず、モフモフは不貞腐れたようにゴロンと横になった。
見れば周りも同様で、長い船旅を知っているのか木製の甲板にシートを敷き、横になる者が続出中のようだ。
そんなちょっとだけ微笑ましくもある光景の中、1人の道化師が乗客の中心へとやって来るとパンパンと手を叩き、皆の注目を集め出す。
「さぁさぁ皆さんお立ち会い! これから始まる長~い船旅♪ 海と空を眺めるだけじゃあ、退屈しのぎにゃ役不足♪ そこでオイラが一肌脱ごうと、皆のお耳をチョイと拝借♪ 今から語るはとあるダンマス、笑いと涙と感動の幕開けだーーーっ!」
何だ何だと横になっていた乗客達がムクリと起き上がる。
モフモフも例外ではなくダルそうに体を起こし、スマホを弄っていたクロも顔を上げ、海を眺めていたギンも道化師に注目したところで、両手を広げてオーバーに動き出した。
「知らない人なら覚えてほしい。知ってる人なら共に語ろう。此度語るは……なんと、魔女の森にダンジョンを構える若き美少女アイリ。彼女に仕える眷族の話さぁ」
「「「!」」」
なんと道化師が語ろうとしてるのはモフモフ達の絶対的主であるアイリについてであった。
これには3人組も耳を澄ませ、カゲツも聞き逃すまいと全神経を耳へと注ぐ。
「最初に語るはリヴァイという老執事。聞けばダンジョン5階層にある街――アイリーンの運営を任されてるらしく、彼なしでは運営は不可能ではないかと囁かれているんだ。縁の下の力持ちとは正にこの事だねぇ」
もうやらこの道化師はそれなりに情報通らしく、聴いてた3人はウンウンと頷く。
「あの道化師、中々良いことを言いますわね」
「うぃッス。こういう風に紹介されると、すんげー嬉しくなるッスよね」
「おぅよ。俺もあんな感じに武勇伝を語られたいぜ!」
その後もリヴァイをヨイショする語りは続き、5人組の暴漢をたった1人で返り討ちにしたエピソードを紹介すると、乗員乗客からは歓声と共に拍手が送られた。
気分上々な道化師は得意気な笑顔を作り、優雅な一礼をして見せる。
するとモフモフが徐に立ち上がり……
「おいクロ、アイツのご機嫌をとってもっと喋らせろ」
「喋らすって……何をするッスか?」
「昼飯でも食わせてやりゃペラペラと喋りだすだろ。お前のアイテムボックスに何か入ってねぇのか?」
「ちょっと待っててくださいッス」
モフモフの命令でボックスの中身を漁り出すクロ。
ダンジョンを発つ際に旅先で不自由しないようにと、アイリからアイテムボックスというスキルを与えられているのだ。
これによりボックスの中身を好きな時に取り出せるようになり、3人の船旅は快適そのものと言えるだろう。
「あ、手巻き寿司ならあるッス」
「おぅ、それでいいから寄越せ」
クロの手から手巻き寿司を掻っ攫うと喝采を浴びている道化師へと駆け寄り、満面の笑み(もちろん強面)でソレを押し付けた。
「おぅおぅ兄ちゃん、寿司をくれてやるからもっと聴かせろや。もちろん他の眷族も知ってんだろ?」
「あったり前さぁ。伊達に国を跨いじゃいないさ」
「おぅおぅいいねぇ寿司食いねぇ」
「そいじゃあ有り難く頂戴するぜぃ! ――おっほぉぉぉうんまーーーっ!」
手巻き寿司に舌鼓を打ちつつ道化師の話は尚も続く。
「次に語るは番傘のギン。さらりと長い銀髪にゃあ、誰もが振り向く淑女ときたぁ!」
「……は?」
「あら、私?」
モフモフとクロが振り向く一方で、他は道化師を向いたまま。まさか本人が目と鼻の先に居るとは誰も思わないだろう。
そして一頻りギンの武勇伝が語られると、先ほどと同じような拍手喝采が巻き起こる。
「違う、そうじゃねぇ!」
しかしモフモフは納得がいかない。
そもそもはモフモフ自身を語ってほしいがために手巻き寿司をくれてやったのだ。他の眷族はこの際不要!
「おいおい兄ちゃん、俺ぁもっと男らしい眷族を語ってほしいぜ。居るだろ? コイツぁ男だって奴がよぉ?」
「おおぅ、こいつぁ失礼つかまつる。次はもっとも男らしい眷族の紹介といこうか」
「おぅおぅ食いねぇ、寿司食いねぇ!」
「グフッ!? ゴボガボゴボ!」
半ば強引に寿司を詰め込まれるとおもいっきり噎るのを乗り越え、尚も道化師の話は続く。
「男らしい眷族と言えば、この御方しかいないさぁ!」
「いよぅ、待ってましたぁ!」
道化師に合わせてモフモフも小躍りする。次はとうとう自分の番だ。
「アイリーンの道場で、度々見かける紅一点――アンジェラだーーーっ!」
「だはっ!」ズルッ!
おもいっきりズッコケたモフモフを放置して、アンジェラの武勇伝が乗客の胸を打つ。
実に彼女は数多くの武勇伝を残しており、確認されているだけでも100件を超える。
ちなみにその一部には、肩慣らしと称してモフモフをボコっているのも含まれてたりするのだが。
「っておい、違うだろ!」
「はい?」
首を傾げる道化師をよそにモフモフが吠える。よりによってアンジェラはないだろうと。
「だいたいアンジェラは女じゃねぇか。暴力女だから男にカウントするのも分かるけどよぉ、他に居るだろ? 男の中の男ってやつが!」
「男の中の男……おおっ!」
道化師が何やら思い出したらしい。
「すまねぇ旦那、オイラとしたことがコロッと忘れてやがったぜぃ!」
「おぅおぅそうだろ、寿司食い――」
「アニキ、寿司ばかりじゃ飽きるッス。コレなんかいいんじゃないッスか?」
「そうか? じゃあ――」
クロから受け取った何かを道化師に手渡す。
「食いねぇ食いねぇ、ピザ食いねぇ!」
「おっほぉぉぉぅ! コイツも中々うんまーーーっ!」
熱々のピザをペロリと平らげ、道化師の語りは加速する。
今度こそ自分の番だとモフモフが見守る中、出てきた眷族の名は……
「次に語るは男の中の男。剣に覚えのある者は、挑めば分かるさコンチクショー。噂に名高いサムライソード、ザードの紹介だぁ!」
「だはっ!」ズルッ!
虚しくも予想は外れ、ザードの武勇伝が語られる。
乗客は盛り上がる中、モフモフは一人額に手を当てヨロヨロと起き上がった。
「だから違うだろ!」
「はい?」
再び首を傾げる道化師をガクガクと揺すり、懸命に訴える。
ザードは放って置け、俺を紹介するんだと。
「他に居るだろ? それこそ片腕という響きに相応しいやつがよぉ!」
「片腕片腕……おおっ!」
また何やら思い出したらしい。
「すまねぇ旦那、オイラとしたことがスッカラカンに忘れてやがったぜぃ!」
「おぅおぅ、そうだろ。――クロ!」
「へぃッス!」
もう何でもいいやと、クロがアイテムボックスから取り出したのは……
「食いねぇ食いねぇ、生姜焼き定食食いねぇ!」
「おっほぉぉぉぅ! こいつぁまた胃にガツンと――ウェップ……」
そろそろ腹がキツくなっただろうが、道化師の語りはまだまだ続く。
「アイリの眷族といったら、この人を忘れちゃいけねぇ! アイリに瓜二つの美少女アイカだぁぁぁ!」
「だはっ!」ズルッ!
またしても予想は外れたが、沈むモフモフを他所に乗客達は大盛り上がり。
しかしモフモフは納得がいかず、グロッキー状態にある精神を奮い立たせ、道化師の肩を掴んだ。
「そうじゃねぇだろ!」
「はい?」
え……何で? という顔の道化師とは反対に、鬼気迫る顔をしたモフモフが必死に訴える。
「モフモフだよモフモフ!」
「モフモフ? ……ああ、かませ犬ね」
「そうそう、かませ――は?」
聞き間違いではない。確かに道化師はかませ犬と言った。
「アンジェラに叩きのめされてるところしか見た事がないからなぁ。これじゃあ武勇伝も何もあったもんじゃない」
ポキン……
何かがへし折れる音がした。
「あ、アニキ?」
「あらあら、真っ白に燃え尽きてまぁ……」
ギンの言葉通り、モフモフは真っ白に燃え尽きた。
「あ、そうそう、クロって眷族はかませ2号って言われてるぜぃ」
ポキキン……
以下同文。
「はぁ……取り敢えず部屋に運びましょうか」
彼らの船旅はまだまだ続く。




