八岐勾玉
「これでトドメだぁ!」
ザシュ!
「グギャァァ……」
ゴブリンナイトを一刀両断したリュックが額の汗を拭う。
周りをよく見ると、グラドの矢を受けたゴブリンメイジが膝をつき、弓を構えたままのゴブリンアーチャーがトリムの光魔法により消滅していくところだった。
更に離れた場所ではクレアの風魔法により切り刻まれるゴブリンジェネラルの姿もあり、各自で善戦している様子が伺える。
ちなみにだが、ゴブリンジェネラルはDランクなのに対し他はEランクという事もあり、クレアの――もといハッピィの能力が際立ってたりもする。
(この調子ならまだまだ戦えそうだ。これもアイリさんが特訓してくれたお陰――)
「リュック、後ろだ!」
「!」
リュースの警告で振り向くと、こっそりと忍び寄っていたグレーウルフが今まさに襲い掛かろうとしていた。
並の冒険者ならそのまま噛みつかれるところだが、生憎とリュックは違う。
「ハァッ!」
バキッ!
「ギャウン!」
「死角から襲いかかるとは卑怯なり! 武士の風上にもおけんとはこの事だ!」
ドスッ!
「ギャゥゥゥン……」
見事返り討ちにして剣をカチャリと収める。
無自覚ではあるが、確実にリュックはザードの言動に影響されていた。
「一応言っとくけど、魔物は武士じゃねぇからな?」
「分かってるよ……コホン。それより調子はどうだい? 思ったより数が少ないから、まだまだ体力には余裕があるけれど」
「俺も問題ないぜ? スタンピードって聞いたから身構えちまったが、案外なんとかなるもんだな」
「う~ん……」
リュースは勘違いしているが、これまで倒した数は100を超えた程度であり、スタンピードの規模としては非常に少ない。
過去のスタンピードでは1000単位で涌き出ているため、リュックとしては何か引っ掛かるものを感じてるようだが……。
「お~い、この辺りは殲滅したし、早く他行こうぜ?」
「おバカなグラドもこう言ってる事だし、早く行きましょ」
「クレアもさんせーーーい♪」
各自で対処していた3人がリュック達へと駆け寄る。
ひとまず全員が無事であるため皆の表情は明るく、疲労は感じさせない。
それどころかもっと戦いたいと言わんばかりに目を輝かせていた(主にクレア)。
「よし、じゃあ他に移動し――」
「オーーーゥ、ちょいとタンマだぜぃ!」
「「「!?」」」
リュックを先頭に移動しようかというところで、物凄く聞き覚えのある声が響いた。
皆が一斉に振り向けば、ほぼ毎日顔を合わせているであろう担任のストロンガーが、屋根の上から見下ろしていた。
よく見れば隣にオリガの姿もあり、2人で迎撃して回っていたのだと推測できる。
「街はもう安全さ。魔物の姿は見当たらないぜーーーぃ!」
「ええ? もう居ないの~? ハッピィがっかり~」
「ああ、すみませんねぇ。他はワチキ達が片付けちゃったもんで」
ストロンガー親子から魔物掃討の報を受けた。少々不完全燃焼な気もしなくはないが、ひとまず危機はさったという事で学園へと引き返そうとした――が、その時!
ズドォォォォォォン!!
「な!? この音は……」
どこからか聴こえてきた爆発音に、リュックの表情が強ばる。
その後ろで音のした方角を見たグラドが、黒煙のようなものが上がっているのに気付く。
信じがたいが、その方角にあるものは――
「学園だ、学園の方で何かが起きやがった!」
「「「!」」」
グラドに続き各々も学園の方へと目を凝らす。
暗くてよく見通せないが、街中から外れた場所であるその方角にはウィザーズ学園しかない。
「イッツ――アクシデェェェンツ! こいつぁすぐに戻らなきゃだぜ!」
「はい、急ぎましょう!」
只事ではないと感じとり、ストロンガーを始めリュック達は急ぎ学園へと引き返すのであった。
★★★★★
時は遡りリュック達が首都の中心地で迎撃していた頃、学園では教師と生徒達による必死の抗戦が行われていた。
ただでさえ数千にも及ぶ魔物との戦闘に加え、辺りは真っ暗な常闇。これでは効率の低下も仕方がなく、誰もが悪戦苦闘の構図である。
「皆さん、落ち着いて対処してください! 負傷した生徒は後ろに下がって手当てを。その間支援できる者で穴埋めをしてください!」
「フローリア先生、結界に穴が!」
「なんですって!?」
結界内部に入り込む魔物の存在に、1人の男子生徒が気付く。
低ランクの魔物と言えど数は4桁。ついに結界が破られてしまったのだ。
「入り込んだ魔物は放って置きなさい」
「で、ですが――」
「それよりも隊列の維持に専念するように。ここが崩壊すれば瞬く間に囲まれ、群に飲み込まれてしまうでしょう」
「!」
「これは訓練ではなく実戦なのです。ここは絶対に死守しなくては、あっという間に食い殺されてしまいますよ!」
「は、はいぃぃぃ!」
気迫に圧された男子生徒が条件反射で返事をすると、すぐに迎撃に専念し始めた。
だが一方のフローリアとしては内心穏やかではない。
(学生寮にはSクラスの生徒も残っているはず……。ならば多少の侵入なら上手く撃退してくれると信じるしかありません)
「心配はいりませんよ、ミスフローリア」
苦虫を噛み潰した顔のフローリアにナンパールが囁やく。
「中には可憐なるアヤメさんや愛おしいイトさんがいらっしゃる。美しい彼女達なら魔物に遅れは取らないでしょう」
「はぁ、あなたはこのような時でも……。でもまぁ、そうかもしれません」
すかした顔を見せながら魔物を斬り裂いていくナンパールに若干呆れるものの、確かにコイツよりあの2人は強かったなぁと思いつつ、侵入した魔物は2人に任せる事にした。
「それはいいとして先生、この数はおかしくありませんか? まるで国中の魔物がここに集まったかのような勢いを感じます」
豪快に杖を振るいつつサフュアが尋ねてくる。
確かに言われた通りで、最初は散発的だったのが時間経過とともに爆発的に増加しており、元々街へと迎撃でる予定だったナンパールやサフュアが慌てて引き返したくらいなのだ。
「それはわたくしも思っておりました」
(まるで何者かに誘導されているようにも感じます。魔物がここに集まるよう仕向ける? そのような事が可能なのでしょうか? しかし現に起こっている現象はまさにそれ。やはり何者かが裏で糸を引いている……)
原因を引き起こしている存在がいる――そうでなければおかしい。
そして決定的なのが……
(魔物同士の連携が良すぎる!)
そう、普通のスタンピードなら縦横無尽に暴れまわるところを、目の前の魔物は明らかに隙を突くように攻めてくる。これは普通なら有り得ない事なのだ。
しかし気にしてる隙はない。今は集中力を切らさないようしなければ……そう結論付け、一旦は思考を中断した。
「今は原因解明よりも魔物に集中を」
まずは魔物の殲滅をという事で、フローリアの言葉にサフュアも無言で頷いた。
「おお、あの2人は! ――ミスフローリア、咲き誇る二つの薔薇は無事のようですよ」
学生寮から飛び出してきた2人にナンパールが気付いた。見ればイトの手を引いたアヤメが、そのまま魔物へと飛び道具を撃ち込むところであった。
その様子にフローリアは表情を崩すが、サフュアが上空を指して声を上げたことで再び強張らせる事に。
「皆さん、あそこです! あの上空にいる者が魔物を誘導しているのです!」
サフュアの指先が示すところには武骨な鎧に身を包んだ何者かが浮遊しており、静かにこちらを見下ろしていた――かと思われたが!
ガキン!
「アヤメさん!」
突然急降下をした何者かがアヤメとぶつかり合う。顔をよく見れば襲ってきた輩は女である事が分かり、更に補足するとフローリアはその女を知っていた。
「ダンノーラの戦姫……」
「ほぅ? 他にも妾を知っている者がいたか」
顔をアヤメに向けつつも、ポツリと呟いたフローリアへと意識は向いていた。
その声は僅かに上ずっており、自分を知っていた事に対して若干の高揚が伺える。
「魔物を誘導しているのは貴女ですね?」
「いかにも。この八岐勾玉をもってすれば、魔物の意思を操るなど造作もないことだ」
懐から取り出して見せたのは、真っ赤に輝く妖しくも不思議な形をしたアクセサリーのような物だった。
それを見たアヤメが目を見開き激昂する。
「まさか三種の神器まで持ち出すとは……。貴様、いったい何を考えている!?」
「クックックッ、皇帝の命令はこの国を落とす事にある。そこにいる死に損ないを始末するのはついでにすぎん」
「クッ……」
あろうことかダンノーラ帝国はガルドーラの支配を目的としており、亡命したイトを抹殺するのはそのついでだという。
「まずは軽~くご挨拶といこうか――」
再び上空へと舞い上がった清姫が、手にした薙刀を構え直す。
そして口の端を吊り上げると、地上に向けて一気に振り下ろした!
ズドォォォォォォン!!
「さぁて、何人生き残るかな? クックックッ――アーッハッハッハッ!」
清姫の高笑いが学園の夜空に響き渡る。




