ダンジョン崩壊! 這い寄る魔物達
崩壊を始めたダンジョンから脱出し上空へと退避した私達は、静かに首都を見下ろしていた。
今はまだ静寂に包まれているけれど、間もなく魔物が蠢く事になろうとは誰も予想してはいないでしょうね。
『お姉様、あと30分で地上に召喚されます』
「出現ポイントは?」
『首都が中心ですが一部の地方都市にも及んでますので、そちらにはアンジェラ達を向かわせました。但し、集落などはフォローできませんので、ルーとミリーを連れて巡回してまいります』
「うん、お願いね」
ルーとミリーを乗せたドローンが超スピードで消えてった。細かな場所はアイカに任せるしかない。
代わりって訳じゃないけれど、私は首都を護らなくちゃ――って事で……
「なんと、それは本当かね!?」
「こんな時に冗談は言いません!」
まずは学園長に報告に来た。呑気にお茶飲んでたから思わず怒声になったのは悪かったわ。
「ならば儂から生徒達に依頼しておこう。首都に散らばって迎撃すればよいのだな?」
「ええ、手の届く範囲でお願いします」
「うむ。このような事態だ、学園は最低限の者に任せ、各教師の指示の下に迎撃を行わせることにしよう」
上級クラスの生徒なら充分対抗できるし、先生にも協力してくれればなお助かる。
「私も迎撃して回ります」
「では郊外を頼む。貴族街に関しては儂の方からフローレンに伝えておこう」
こういう時にコネって大事だなぁとつくづく思う。
国家主席が学園長と顔馴染みじゃなければスムーズにいかないものね。
首都中心部は学園長に任せて学園を飛び出した私は、屋根から屋根へと飛び移り郊外へと急ぐ。
額の汗を夜風で拭い去り、見晴らしの良い丘の上に着地すると、魔物の気配を探るため全神経を集中させた。
『お姉様、残り1分を切りました。いざとなれば救援に向かいますが、あまり無茶はなさらないでください』
『うん、ありがとアイカ』
そうアイカへ念話を返した次の瞬間!
シューーーーーーーーーッ!
「魔法陣……いよいよか」
至る所に出現した白く輝く魔法陣。
さながらミステリーサークルのようにも見えるそれは、確認できる範囲だけでも10数ヶ所にも及んでいた。
いや、この程度ですんだって言ったほうがいいかな? もっと大量の魔法陣を想像してたから。
「さぁて、せっかく召喚されたところを悪いけど、派手に散ってちょうだい――ロックホーミング!」
誘導機能が付いた岩の塊を、魔法陣へと放り投げる。もちろん一個だけじゃなく、発生した魔法陣すべてに投げつけてやった。
「グオォォォォォォ――」
ドガッ!
「――ンガ!?」
結果、召喚されていざ獲物を探そうとしたオーガが、飛来した岩により頭部が消し飛ぶ。
他にもゴブリンやオークなどの魔物も等しく消し飛び、再び辺りは静けさを取り戻す。
「よし、この辺りは大丈夫ね。他へ移動中しよう」
召喚されてるのはDランクまでの魔物。リュック達が束になれば、そうそう死ぬような事はない。
「スプラッシュファイヤーボール!」
ドドドドォォォン!
「――っと、ここもOK」
さて、何ヵ所か潰して回ったけど、他はどうかな?
『アイカ、そっちはどう?』
『さすがに低ランクが中心なだけあり、掃討は順調です。アンジェラ達も上手くやってくれてるみたいで、今のところは殆ど被害は出ていませんね』
『なら引き続きお願――』
「キャーーーッ!」
――っといけない、こっちも集中しなきゃ!
ズバッ!
「ギャウン!?」
噛みつこうとしたグレーウルフを斬り捨て、倒れた女性を助け起こす。
「大丈夫?」
「はい、ありがとう御座います!」
「この辺りはもう大丈夫だろうけど、街中に侵入してる魔物がいるみたいだから気をつけて帰ってね」
「はい!」
スタンピードの事は敢えて言わない。下手に混乱を招く必要はないしね。
『お姉様?』
『ゴメンゴメン、こっちは大丈夫よ』
――と言いたいとこだけど、ダンノーラ帝国の奴が何かを仕掛ける可能性はありそう。ソレっぽい奴が近くにいないか聞いてみよっと。
『アイカ、例のダンノーラ帝国の奴なんだけど――』
★★★★★
「テャッ!」
ザシュッ!
「グギャァァ……」
「雑魚めが。このアヤメがいる限り、イト様には指一本触れさせはいない!」
ゴブリンを斬り伏せ短刀に付いた血を払うと、再び油断なくイトの前へと立つ。
背後で杖を構えるイトも決して弱くはないのだが、アヤメの師にあたるカゲツにより護衛を任されてる以上、命にかえても護り抜く必要があるのだ。
「スタンピードが発生したと聞きましたが、まさか学園内にまで侵入してくるとは……」
不安を感じたイトが表情を曇らせる。
本来結界が発動している学園に魔物が侵入することは有り得ない。可能性を論ずるのなら、結界を破って侵入したか何者かが手引きをしたかの二つに一つだ。
「大丈夫ですイト様。死んでも傍を離れません!」
「き、気持ちは嬉しいのですけれど、その……死なないでくださいね?」
「はい! 命にかえても!」
イトの激励(?)により、いっそう鼻息を荒くするアヤメ。
しかし先ほど発っせられたイトの発言が、どうにも頭から離れない。
(確かにおかしい。この学園には結界が施されているはずだ。なのにどうして魔物は侵入してくる? ――まさか!?)
ここで可能性の一つに行き着いた。
何者かが結界を解き、魔物を誘導しているという可能性だ。
「ダンノーラの刺客!」
グイッ!
「……え? ア、アヤメさん!?」
「ここは危険です、すぐに離れましょう!」
刺客がやってきたという可能性を導き出したアヤメは、透かさずイトの手を取り個室から飛び出る。
「「「グルルル……」」」
「「「グギャギャギャ!」」」
「「「プギィィィ!」」」
すると、通路を覆い尽くすかのように魔物が溢れ返っていた。
しかも他の個室には目もくれず、魔物達の視線はまっすぐにアヤメ達を――いや、正確にはイトへと向けられている。
ここでアヤメは確信する。ダンノーラの刺客が暗躍しているのだと。
「クッ味な真似を……!」
「アヤメさん……」
歯軋りをしたくなる感情を抑え込み、イトの手を強く握ると……
「こうなれば強行突破あるのみ。私が道を切り開きますので、その隙にお逃げくださ――」
「できません!」
「イ、イト様?」
「アヤメさん1人を置いて行くなんてできないと言っているのです!」
思わず目を白黒させてるうちにイトは素早く詠唱を終え、杖の先を魔物に向ける。
「凍てつく波動よ、哀れな者共に永遠の眠りを――ノーザンフリーズ!」
フィキキキキーーーン!
猛吹雪により忽ち魔物は凍りつく。
全てが凍ったのを確認するとアヤメに向き直り、全身を奮い立たせて告げてきた。
「わたくしだって戦えます。アヤメさんを1人にはしません。ただ護られるだけのイトは今日で卒業です!」
「イト様……」
思いの丈を放出したイトが口元に指を添えて、いつもの柔らかい表情に戻る。
「ですがまだまだ不慣れな点が多いと存じますので、これからも傍でわたくしを支えてください。――フフ、これは命令ですよ?」
「はい、共に脱出致しましょう!」
いたずらっ子のようなイトの笑みに、アヤメがはにかんだ笑みで返す。そして互いに頷くと、氷像を飛び越えて真っ直ぐに出口を目指した。
徐々に武器の振るう音と魔法の飛び交う音が大きくなり、外でも同様の戦いが起こってるのだと想像がつく。
そして学生寮を飛び出たところで予想外の――いや、ある意味予想通りの光景が2人を待っていた。
「こ、これは!」
2人が目にしたのは数千はいるかと思われる魔物が学園を包囲している光景で、それらに対して必死に抗戦を行っている教師と生徒の姿であった。
「やぁアヤメさん。このような状況で出会った貴女は、まさに一輪の薔薇の如く美しく――」
「そんな戯言はどうでもいい。ナンパール、この魔物の大群はどういう事だ!?」
「そ、それは僕にも分からないよ。最初はこんなにはいなかったはずなんだけど、いつの間にか居た――と言えばいいのかな?」
「チッ……」
胸ぐらを掴み上げていたナンパールを放し、軽く舌打ちをする。要領を得ない返答に苛立つが、八つ当たりしている場合ではない。
(やむを得ん。今は魔物を蹴散らし――)
「皆さん、あそこです! あの上空にいる者が魔物を誘導しているのです!」
上空にいる不審な人物を見つけたサフュアが指をさして叫ぶ。
釣られて視線を動かすと、その人物はアヤメ達のいる場所へと急降下を始めた。
「曲者め、このアヤメが討ち取ってくれる!」
ガキン!
空中で短刀と薙刀がぶつかり合い、互いに至近距離で顔を合わせる形に。
そこで思わずアヤメは声に出して動揺する。
「お、お前は……清姫!?」
「ほほぅ? まさか異国で妾を知っている者と出会うとはなぁ」
「知っているとも。ダンノーラの戦姫で二本刀の1人――清盛!」
戦乱の世を生き残った若き武将。
女性でありながら戦場に立ち、振るう薙刀は一度に10人をも薙ぎ倒したという説もある。
「お下がりくださいイト様、コヤツは危険です!」
強気なアヤメが嫌な汗を流すほどの相手がそこにいる。それに気付き、イトも障壁を張るための詠唱に入った。
が、イトの存在に気付いた清姫は舌舐りをし、アヤメの後方へと視線を移す。
「クックックッ、皇帝の命により貴様を葬る。覚悟するがいい!」
奇しくもスタンピードを利用した刺客がイト達に襲いかかる!




