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ダンマスと侯爵

「これは……」

「アイカ、何か分かったの?」

「はい。ヴォルビクス侯爵の私兵が気になる事を話しておりまして」


 ヴォルビクス侯爵の邸に潜入したドローンが、私兵の会話を盗み聞きしてるらしい。


「音量を上げます」


『――相変えて出ていったのはそのためか』

『ああ。せっかく取り込もうとした連中が殺されたとあっちゃ、ヴォルビクス様としても黙っちゃいられないだろうよ』


 殺された連中……きっと外交官や裁判官の事だわ。


『しっかしダンマスとは話がついてたんじゃなかったのか? 生存を認める代わりにフローレン派を潰すための協力を取り付けたときいたが……』

『ケッ、やっぱダンマスなんざ信用ならんて事さ。所詮は利用するかされるかの関係なわけだし味方ってわけでもねぇ。さっさと始末しちまえばいいんだよ』

『だとしたら案外ヴォルビクス様は、ダンマスの首を手土産に持ち帰るかもな』

『ハハッ、そうなりゃダンジョンを攻略したとして、平民からの支持は急上昇ってもんだ』


 なんとなく分かってたけど、ヴォルビクス侯爵とあのダンジョンのダンマスはやはり繋がっていた。

 けれどダンマスが取り込み対象の殺害に走ったため、慌てた侯爵は急遽ダンマスを問い詰めに行ったと。


「おや、どうやら侯爵のお帰りのようですよ?」


 邸の外に馬車が停まり、私兵や使用人が慌ただしく動く。

 やがて左右に展開し、キレイに整列した中央を派手な服を着た中年太りのオッサンが、ノッシノッシと歩いて来た。


『『『お帰りなさいませ、ヴォルビクス侯爵様!』』』

『うむ、出迎えご苦労』


 あまり関心がなさそうに片手をヒラヒラと振りながら邸の中へと入ると、整列していた皆はホッと胸を撫で下ろし、各自の持ち場へと戻っていく。

 みんな一様に機嫌を損ねなくてよかったって顔をしてるのが印象深い。


「スッゴい偉そうな態度。随分といいご身分よね?」

「侯爵ですので」

「……そうだったわね」


 この典型的なザ・貴族って感じの太っちょが敵対派閥の旗本か。


「ダンジョンに行こうと思ったけど、先に侯爵と接触するわ」 

「理由を伺っても?」

「ダンマスとの関係を知らないフリして、色々と突っ込んでみようかなって」

「なるほど。ボロが出れば儲けものってところですね」

「そ。もしかすると3人の官僚が死んだのは、侯爵のせいだったりするかもしれないし」


 そんな訳で、さっそくヴォルビクス侯爵の邸近くへと転移する。

 邸の後ろで太陽がオレンジ色のエフェクトを発しているから、よく考えたら夕飯時か。


「時間帯が悪いかな?」

「お姉様は武術大会で優勝されたじゃありませんか。相手にしてみれば願ったり叶ったりなのでは?」

「それもそうね」


 学園長によればヴォルビクス侯爵も面会希望者の1人だって言ってたし大丈夫か。

 さてさて、アポなしで無礼――とか言われなきゃいいけど。


「侯爵様と面会したいだと? ダメだダメだ。お前のようなどこの馬の骨かも分からぬ輩を通しては、我々の首が跳んでしまうわ!」

「しかも物理的にな。分かったらさっさと帰るがいい」


 うん、知ってた。門番としては当然の反応よね。しかも物理的にって……。

 でも私の名前を伝えたらどうなるかな?


「ウィザーズ学園の生徒――アイリが面会を求めてると伝えていただけませんか?」

「アイリだぁ? 生徒の名前を一々覚えてるわけがないだろう。さぁ帰った帰っ――」

「待て待て待て、アイリって言や武術大会の優勝者じゃねぇか! お前――あ、貴女がそのアイリだと!?」


 一人は知らなかったみたいだけど、もう一人の門番は知っててくれた。

 証拠に学生手帳を見せる――ことはせず、敢えてAランクと記された冒険者ギルドのカードを見せる。

 はい、おもいっきり自慢です。


「え、Aランク……だと? あ、いやいや、武術大会で優勝したくらいだ、Aランクなのは寧ろ当然か……」

「Aランクとか都市伝説だと思ってたぜ……」


 口を半開きにしてギルドカードを眺める門番2人。

 そろそろ通してくれないかな……。


「た、大変失礼いたしました! 侯爵様に取り次いで参りますので、少々お待ちください!」

「お、おおお待ちください!」


 効果覿面(こうかてきめん)だったらしく、態度を180度変えて中へと走っていった。

 どうでもいいけど、2人とも引っ込んだらダメなんじゃない?



 あの後すぐに戻ってきた門番から侯爵が面会するという色好い返事をもらい、金ピカの壁に囲まれた応接室へと通された。

 それから待つこと数分。映像越しに見た中年太りのオッサンが上機嫌で現れ、私の正面にドカッと座る。


「ようこそ我が邸へ。我輩(わがはい)がワーズワース家の当主ヴォルビクスである」

「はじめましてヴォルビクス侯爵。ウィザーズ学園所属のアイリと申します」


 ――と自己紹介してる間も、金ピカの壁が目を刺激してくる。控えめに言っても悪趣味と言わざるを得ない。

 学園長の言った通り、自己顕示欲の塊なんでしょうね。


「いやぁ、まさかそちらから訪ねていただけるとは夢にも思わなかった! 学園長のカーバインからはフローレン派に(なび)いていると聞かされててね、アイリ殿と面会するのは難しいかと思っていたのだよ」

「え~と……恥ずかしながら派閥とかはよく分からなくてですね、学園長に頼んで勧誘をお断りしてたんですよ。無知ですみません」

「なるほど、そういう事情であったか! だが気にすることはないぞ? 貴族ではない者が分からないのは当然と言うものだ」


 侯爵が更に上機嫌になった。自分の勧誘を受ける可能性が出てきたとでも思ってるんでしょうね。


「さて、そろそろ用件を伺おうか」

「はい。実は首都にあるダンジョンに関してなのですが……」

「ダンジョン?」


 侯爵が表情を曇らせる。勧誘を受けるという話じゃなくて残念でした♪


「侯爵様がダンジョンを攻略なさっていると聞いたのですが、本当なのでしょうか?」

「うぐ! そ、その話か……。ま、まぁ間違いではないが……それがどうかしたかな?」

「本日そのダンジョンに向かって攻略を進めていたのですが、侯爵様が攻略中との事で先には進めませんでした。なので侯爵様がお戻りになられたのであれば、もしかすると攻略なされたのか――とも思いまして」

「…………」


 難しい顔して考え込んでる。さて、どんな誤魔化し方をしてくるかな?


「……時にアイリ殿、口は固い方かな?」

「え……ええ。口外できない内容でしたら他言は致しません」

「…………」


 再度顔を俯かせて思考し、やがて意を決したように顔を上げると……


「では貴殿の言葉を信じて話そう」


 お? 意外にも本音を?


「実のところ、あのダンジョンの攻略は進んではいない。それどころかスタンピードの予兆が見られたのだ」

「スタピード?」

「うむ。近々大規模なスタンピードが発生すると、同行させた魔術師は告げてきた。つまり、4度目が起発生する日は近い」


 これもまた妙な話ね。

 ダンジョンでのスタンピードはダンマスの意思によって決まるんだもの、自然発生するスタンピードとは違い予兆なんてわからない。やはり侯爵は何かを隠してるわ。


「そこでアイリ殿、4度目が発生する前に、かのダンジョンを攻略してほしい」


 まさかのダンジョン攻略を後押しされた。

 これはダンマスと交わした関係が決裂したと見てよさそうね。


「いいですよ。最初から攻略するつもりでしたし、今日のうちに攻略に向かいます」

「そうか、それは助かる!」


 曇らせてた表情が途端に明るくなった。まるで厄介ごとが無くなったかのように。

 奇しくも敵対派閥の旗本に同調する形になったけど、まずはダンジョンを攻略しちゃいますか。


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