ダンジョン探索②
「2階層は足場が悪くなってるね~。ちょぴっと歩きにくいかも~」
「ホントだ。これだとすぐに足が疲れちゃうじゃない」
ゴツゴツとした足場を嫌々ながら踏みしめる女子2人。
このダンジョンは冒険者にとっての人気スポットになってるらしく、1階層は駆け出し冒険者のために整備されてるのよ。
つまり、ここからが本番ってことで――。
「ほらほら、文句言わずに歩きなさい。侵入者を拒むダンジョンマスターが、接待するわけないでしょ」
「ぶ~ぅ。そんなダンマス、私の魔法でケチョンケチョンにしてやるんだから~」
「最下層にたどり着いたらね」
今さらだけど、ハッピィの汚染がかなり進んでる気がする。これはバレるのも時間の問題かなぁ……。
「ちょっとタンマ。さっそく罠が仕掛けられてるぜ」
グラドの呼び掛けに全員の足が止まる。
2階層に下りた直後のまっすぐに延びた通路の先。そこに罠があるのを発見したらしい。
「ここから先の壁に、複数の小さな穴があるだろ? 多分、通過する時に何かが飛び出てくるんじゃないかと思う」
グラドが止まった位置から先を指す。
今回もほぼ正解で、熱源を感知すると矢が飛び出てくる仕掛けのようね。
「通過する際に矢が飛んでくる仕掛けよ。素早く駆け抜けて、すぐ先の開けた場所まで行けば大丈夫」
「分かった! んじゃさっそ――」
「はいストップ」
「ぐぇっ!?」
先走ろうとするリュースの襟首を咄嗟に掴んだ。
今度のは罠だけじゃないのよ。
「な、なんだよアイリ?」
「最初は私から行くから、合図をするまで来ちゃダメよ?」
「アイリさん、気持ちは嬉しいけど、それだと僕らのためにはならないんじゃ……」
「それはそうなんだけどね」
「じゃあ――」
でも今回ばかりは譲れない。下手すると命を落としかねないから。
「まぁ見てて。ダンジョンがどういう場所なのかをしっかりと認識するの。いい?」
強引に話をつけると、勢いよく走り出した。
するとやはり通過しようとする者を射ようと、壁から矢が放たれる。
シュ、シュシュシュ!
「アイリさん!」
「大丈夫!」
完全に殺しにきてる罠を見たみんな――特にリュックは、顔を真っ青にして私を気に掛けてきた。
けれど何てことはなく罠の範囲から抜け出して、そのまま開けた場所までたどり着く。
「おぅおぅ、ようやく来やがったか」
「へへ、途中でくたばったんじゃないかと思っちまったぜ」
「おぅお前ら、この女の命が惜しけりゃ武器を捨ててこっちに来やがれ!」
取り囲むように岩陰から現れたのは、1階層で遭遇した柄の悪い4人組の男達。
そしてリュック達に向かい、私を人質にしたと言い放つ。
「そ、そんな……ダンジョンの中だというのに何を考えてるんだ!」
「はん、ダンジョンだから都合がいいのさ。なにせ証拠は残らず吸収しちまうんだ、これほど楽な狩りはねぇぜ」
ダンジョンで死んだ生命体はダンジョンによって吸収され、誰に殺されたのかなんて分かりっこない。だからダンジョンに入る場合は本当に信用できる相手でなければならないのよ。
最悪は同じパーティメンバーに殺される――なんて事も起こりえるから。
つまり、ダンジョンとはそういう場所なのよ。
「おら早くしろ、この女がどうなってもいいのか!?」
「ああ、一応言っとくが逃げようなんて考えるなよ? テメェらが逃げたら二度とコイツとは会えないからな?」
「クッ……」
悔しげな表情を浮かべたリュック達が次々と武器を手離し、罠を回避してこちら側に渡ってきた。
さて、そろそろいいかな? のんびりし過ぎると、本当に手遅れになるし。
「どう? ダンジョンの脅威が分かったでしょ? 敵は魔物だけじゃないのよ」
「……へ?」
「アイリ、お前何を言って……」
私が得意気に言うと、リュック達が目を白黒させて呆気にとられる。状況を無視した言動だから当然だけどね。
「あんだテメェ、自分の立場が分かってんのか?」
「ええ、分かってるわよ? ついでに言うと、私達全員を殺そうとしてるって事もね」
「へへ、分かってんなら話が早い。せめて遺言くらいなら聞いてやってもいいぜ?」
「そ、そんな……言う通りにしたのにどうしてなんだ!?」
リュックが抗議の声を上げると男達は鼻で笑い、ニタニタと下品な笑みを浮かべて得意気に話し出した。
「へっ、まだ気付かねぇのか? 証拠は残らねぇんだから口封じは容易いって意味だよ。死ぬ前に学べてよかったな?」
「ま、恨むんなら無知で不運な自分たちを恨みな」
「「「ゲッハッハッハッ!」」」
男達の話を聞いて、クレア以外の4人は顔面蒼白に。まさか殺そうとしてくるなんて思ってもみなかったんでしょうね。
実際に冒険者が命を落とす場合、他人に襲われるケースが2割以上有ったりするのよ。
だからリュック達には身をもって知ってもらいたかったってわけ。
って事で――。
「アンタらの役目は終わりよ」
ドスッ! ゲシッ!
「ぐっ……テ、テメェ……」
「ウォォォォォォッ!」ピョンピョン
私の背後にいた2人の股間を的確に蹴り上げてやったわ。既に勝った気でいるなんて、詰めが甘いやつらね。
「チッ、仕方ねぇ殺っちまえ!」
「オラァ!」
2人が悶絶してるってのにまだ勝てる気でいるのは驚いた。そんなおバカな連中には現実ってもんを叩き込んでやらないとね。
「遅いわよ!」
ドスドスッ!
「ぐふっ!」
「ごはっ!」
至近距離で剣を大振りしてるようじゃ、コイツらも長くはなかったでしょうね。
現に懐に潜り込んで鳩尾を決めてやれば、ご覧の通り踞って終了よ。
「アイリ、あの2人が逃げるわ!」
「分かってる」
悶絶から復帰した2人が、出口に向かって逃走開始。
けれど残念、最初から逃がすつもりはないわ。
「スプラッシュファイヤーボール!」
ズドドドドッ!
「「ぐわぁぁぁ!」」
さほど広さのない洞窟じゃ避けようもなく、複数の火玉が2人を焦がす。
でもそれだけじゃ終わらない。
ザスッ――ザスザスザスッ!
「ギャァァァ! あ、足が……」
「だ、だずげでぐれぇ! グビに矢が……」
途中ですっ転んだもんだから、罠に掛かって御愁傷様。引き金は私が引いたんだけどね。
「よ、よかった、アイリさん……」
「ああ、さすがはアイリだぜ!」
「今さらだけど、腕を折られただけですんだ俺って、かなりマシだったんだな……」
男達を戦闘不能にし、ようやくリュック達が動き出す。
騙すようで悪いと思ったけれど、これも必要な事よ。
「驚かせてゴメンね。ロープを召喚したからチャッチャと縛っちゃいましょ」
男達を拘束して一息つくと、一連の流れを改めて説明する。
「なるほど。アイリさんはコイツらが潜んでるのに気付いて、自ら危険な役回りを引き受けたんだね」
「そういうこと。ダンジョンでは魔物や罠の他、冒険者にも注意しなければならないの。例えセーフティエリアと言われる魔物や罠がない場所でも、こういう連中には注意を払う必要があるってわけ」
さすがに身をもって体験しただけあって、みんなの顔は真剣そのものだった。
冒険者としてやっていくんなら、寝首を掻かれないようにしなきゃね。
「さ、一旦ギルドに戻りましょ。コイツらを引きずって進むのは面倒だし、攻略は次の休みに改めて――」
「え~? もう帰るの~? ギルドに戻ってもまだ時間はあるじゃん」
だからハッピィ、自重自重!
「申し訳ないけどクレア、僕は少し疲れちゃったよ。攻略は日を改めて行いたいな」
「わりぃ、俺もリュックに賛成するわ。まさか冒険者同士で殺し合いをする事になるなんて思わなくてさ……」
「俺もクレアの意見には賛成したいところだけど、こればっかりは……」
「ゴメンねクレア……」
クレア以外の4人には衝撃的だったんでしょうね。
あちこちを探索するって言えばロマンを感じるかもしれない。けれど危険も多いってことだけは覚えてて欲しかったのよ。
本音で言えば、みんなには冒険者になってほしくはないんだけどね……。
「あら? あなた達、後ろで引きずっている男達はどうしたの?」
冒険者ギルドに戻ると、受付嬢さんが訝しげな表情で尋ねてきた。
未成年の6人パーティが大人の男を4人もズルズルと引きずってる構図は、端から見れば奇妙な光景にしか写らないもんね。
でも悪いのはコイツら。本来なら仕返しに殺されても文句は言えないのよ。
「コイツらがダンジョンの中で襲ってきたんです。この通り返り討ちにしましたけどね」
「まさか、最近新米冒険者がダンジョンで行方不明になるケースが多いと思ってたら……」
あ~、コイツらは常習犯か。
「念のため鑑定士を呼ぶから待っててね」
鑑定士とは、証言が正しいかをジャッチする専任の人よ。
地方なんかだと鑑定士がいない代わりにマジックアイテムで判断するらしい。噂では鑑定紙という物があるとか。
その後めでたく私の証言が正しいと認められ、男達は駆けつけた兵士に連行されていった。
「ご協力ありがとう御座います。近々褒賞金が出ると思いますので、その時まで――あ、そういえば貴女、アイリさんよね?」
「はい、そうですけど?」
「アイリさん達と入れ違いにウィザーズ学園の生徒さんがやって来て、アイリさんがダンジョンに向かったと知ったら慌てて追いかけて行ったわよ?」
私を追ってきたやつがいる? 誰なんだろ。
『アイリ聴こえる?』
『その声はペサデロね。何かあったの?』
『あったと言うか、オリガ達と一緒にアイリを追ってダンジョンに入ったけど、一向に見つからないから自棄を起こしてる』
オリガ……しかも達ってことは、サフュアとかセネカとかでしょうね……。
仕方ない、そっちもフォローしとこう。




