派閥
ブラスキー外交官がスラムで殺された? 国の重役がそんな場所で? まさか一人でプラプラしてたとは思えないし、何者かによって暗殺されたと考えてよさそうね。
それにソレイジアを襲った魔物。あんな大胆な事ができるのは、私の知る限りダンジョンマスターしかいない。
つまり、ギルガメルのような存在が最低でももう1人いるって事に……。
「アイリさん、本当に大丈夫? 辛いなら医務室まで――」
「そんなんじゃないから大丈夫よ」
「あ、分かった! 拾い食いして腹壊したんだろ?」
バチン!
「いってぇぇぇ!」
「ごめんねアイリ。アホグラドはきっちりとシバいておくから」
「是非そうしてちょうだい」
トリムがビンタしなかったら私が蹴りを入れてたところよ――って、コントみたいな事をやってる場合じゃないわ、残るシルベスタ裁判官が殺される前に保護しないと。
「ちょっとトイレに行ってくるわね。もしかしたら帰るのが遅くなるかもだけど、気にしないで」
こうなったら私も動くしかない。授業はサボタージュになるから、後でストロンガー先生には謝っておこう。
「遅くなるって? つまり大の方――」
スパパパパパン!
★★★★★
トリムの往復ビンタで頬が腫れ上がったグラドを想像しつつ教室を抜け出すと、透かさずダンジョンへと転移した。
「アイカ!」
「おや、お姉様。授業はどうされたのですか?」
「普通にサボりよ。それより裁判官の方はどう?」
「わたくしが必死こいて働いてるのに堂々とサボりですか……まぁいいですが」
アイカは普段から遊んでるんだしお互い様よ。
「今現在、件の裁判官に動きはありません。自分の邸宅に隠ったままで、時おり使用人が買い出しに出掛けるくらいですね」
「まだ生きてるのね」
「そういう事です。今から乗り込みますか?」
これまでの流れだと、シルベスタ裁判官も危ういはず。こっそり潜入して拘束するのがベターよね。
「行きましょう。今回は私も行くから、アイカはドローンでの援護をお願いね」
「了解です」
「アイリは強い。それより私の援護を所望する」
「そうね。私よりもペサデロを――って、何でアンタがここに居るのよ!」
「私もサボってみた」
いや、サボってみたって……
「授業中でもオリガはウザい」
あ~はいはい、そっちが本命ね。
「仕方なくアヤメに押し付けてきた」
それは仕方なくとは言わず、ここぞとばかりにって言うのよ。
今初めてアヤメが可哀想に思えたわ……。
「オリガがうなじを舐めてきた時は本気で殺ろうかと思った」
「それは止めてあげて。バカは死んでも治らないから」
「……分かった」
本気で殺りそうなペサデロを宥めると、ドローンに映るシルベスタ裁判官の邸宅を視界に治め、自慢のスキル【座標転移】を発動させた。
「――っと。潜入成功」
転移した場所は二階の応接室のような部屋だった。
ダイヤのように眩しいテーブルとソファーがあって、壁には絵画の隙間を埋めるように金塊のような物が埋め込まれている。
こんな場所に案内された客人は目が痛くならないのかしら? 私なら御免だわ。
「貴族は見栄で生きている――そうギルガメルは言っていた」
「確かに」
そこだけはギルガメルに同意する。
「それよりも凄いのはアイリ。初見の場所にもかかわらず直接室内に転移……常人には真似できない」
「窓からここが見えたからね。それよりもシルベスタを探しましょ」
辺りに使用人の気配がないのを確認し、さっそく移動開始。アイカの誘導でシルベスタが隠ってると思われる書斎へと進む。
三階に上がり、突き当たりの部屋の前までやってきた。
『この部屋です。使用人達の話を盗み聞きした結果、ビルガ子爵が死亡してからというもの一歩たりとも部屋からは出ていないそうです』
その場合、トイレはどうしてるんだろうとか考えるのは野暮らしいから頭の隅に追いやるとして、一歩も出てないのは異常でしょ。
『部屋の中から人間の反応あり。シルベスタ裁判官だと思われますが、突入しますか?』
「ええ。幸い使用人もいないし、このまま踏み込むわよ」
バタン!
「ひっ!?」
中に入ると、机に向かっていた小肥りのオッサンが、こちらを見て大きくのけ反る。
「アンタがシルベスタね? おとなしく従えば手荒な真似はしないわ」
「わ、分かった、従う。従うからそれ以上近付かないでくれ!」
何を言ってるのかなこのオッサンは。
従うから近付くな? 何か企んでるのは間違いないわね。
そう思い一歩踏み込むと、途端に顔を真っ青にして床を這うように後ずさった。
「や、やめろ、やめてくれ、それ以上近付くな!」
必要以上に怯えるシルベスタを前に、私とペサデロは顔を見合せる。
何をそんなに怖がってるのか。
「だったらアンタからこっちに来なさいよ」
「そ、それもできん! とにかく、すぐにワシから離れるのだ!」
何をバカなこと言ってんのかしら。拘束しに来たのに離れてどうすんのよ。
「ったく、観念しておとなしくしなさいよ」
「ひぃぃぃ、や、やめろぉぉぉぉぉぉ!」
離れた隙に何を仕出かすか分かったもんじゃないと思い、暴れるシルベスタを強引に取り押さえた……けれど、直後に事態は急変する。
「ォ……ォ……オオ……グ……ギギギ……」
「な、なんなのコイツ!?」
シルベスタが奇声じみた声を上げはじめ、気色悪いトカゲに姿を変えた。
「ギシャーーーッ!」
すると私を餌だとでも思ったのか、大口を開けて飛び掛かってきた。
「甘い」
ズシャ!
「ギ……ギギギ……」
透かさずペサデロが首を斬り落として事なきをえる。
しっかし何だってこんな姿に……。
『どうやら先手を打たれてたようですね。恐らくは他人と接触しようとしたら発動するように仕向けていたのでしょう』
「はぁ……さっかく来たのに無駄骨だったわね……」
★★★★★
アイカには引き続き情報収集をお願いし、私は学園へと転移した。そして何事もなかったかのように教室へと戻った。
「おうアイリ。随分と長ぇ便所――」
ゴスッ!
「ゲハッ!」
「っとにもう! 度々ゴメンねアイリ」
……コホン。何事もなかったかのように教室へと戻った。
「お帰りアイリさん。もしかして医務室にでも行ってたのかい?」
「ええ、まぁね……。でも全然大丈夫だから、そんなに心配しないで」
「そう? ならいいんだけど」
帰りが遅かったためか、リュックに心配そうな顔を向けられてちょっとだけ罪悪感が芽生えた。隠し事が多いとボロが出そうだし、授業中に抜け出すのは控えよう。
ちなみにペサデロはというと、そのままダンジョンに戻っていった。よっぽどオリガを避けたいらしい。ペサデロの学園生活を脅かすほどって、どんだけオリガは異質なの……。
「そういやストロンガー先生が怒ってたぜ? 補習を受けさせるとか何とか……」
「……マジ?」
「うん、リュースの言った事は本当だよ? あ、噂をすれば……」
クレアの視線の先にいたストロンガー先生が、派手な決めポーズをとりつつ黒板に書いた内容は……
【放課後学長室へ】
「アーユーOK!?」
「は~い……」
案外地味な内容だった。
「では報告を聞こうか」
「……はい?」
時間は飛んで放課後。
学長室に入るなり、肘をついて両手を合わせた学園長殿がニコニコ顔で告げてきた。
でも報告をするような話は一言もしてないんだけど?
「接触してきたのだろう? シルベスタ裁判官と」
「え……」
「何故――と思うのが普通か。よろしい、そろそろ話しておこう」
そして語られる衝撃の内容!
――とまではいかないながらも学園長が言うには、ガルドーラの貴族には幾つかの派閥があるらしい。
いや、派閥くらいは想定内として、その内の一つであるフローレン派に学園長は属するらしいのよ。なんでも国家主席であるフローレン代表と幼馴染みだっていうんだから驚きだわ。
そんでもって、ソレイジアが襲撃された際に私の姿を見たフローレン派の貴族がいたらしく、その貴族から学園長へと情報が流れたんだとか。
要するにビルガ子爵と繋がっていた三人との接触を試みてると見られたのね。
「――でだ。現在フローレン派と対立しているヴォルビクス侯爵の派閥が慌ただしく動いててな、彼らがビルガ子爵の派閥だった貴族を取り込みに動いてるのだ」
へ~ぇ、ギルガメルも旗本たったのね。
ん? だとしたらソレイジアやブラスキーを殺したのは何故? 私には絶対に殺してやろうって意思が伝わってきたけれど。
「ビルガ子爵と関係が深かったとされる外交官と財務官は殺されてます。それを踏まえれば、取り込もうとしてるようには――」
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ。今、外交官が死んだと言わなかったかね?」
あ、そうか、外交官が死んでるのは今日分かった事だもんね。
亡骸はそのままにしてあるから、誰かが気付いたと思うけど。
「スラム街で死体を確認しました。鑑定スキルをかけたので間違いないです」
「なんと……取り込みではなく排除に動いたというのか? いや、しかし……」
学園長が顎に手を添えて思考する。そんな学園長に裁判官の事も伝えなきゃならない。
「それでですね、シルベスタ裁判官なんですが――」
「おっと、そうであった。彼はどうしてるかね?」
「残念ですが……」
「ま、まさか、シルベスタもか!?」
私は黙って頷いた。
学園長はショックを受けてるようだったけど、私としてもショックなのよ。不穏分子へと繋がる手掛かりが無くなったんだし。
「アイリ君、頼みがある」
「頼み……ですか?」
「うむ。ある意味キミにしか頼めない事だ」
はぁ……今度はどんなイベントかしらね。




