直撃、財務官
思い立ったが何とやらって事で、その日の内にソレイジアの身柄を押さえるべく行動に出たわ。
具体的にはアイカがドローンを飛ばして捜索するというシンプルな作戦だけど。
「それはシンプルとは言わない。この世界でドローンという奇妙な兵器を所持してるのはアイリだけ」
「そうね~」
このドローンを造るだけで、DPを百万近く消費したのよ。
こんな金持ちの道楽みたいな事は私くらいしか出来ないと思うわ。
「お姉様、目標を発見しました」
「ナイスよアイカ!」
夜の首都を飛び回っていたドローンが、ソレイジアの居場所を突き止めた。
暗視装置をも搭載してる我がドローンに死角はない――ってね。
「ですが、今捕らえるのは少々タイミングが悪いかと……」
「どういう事?」
難色を示したアイカが、壁に備え付けてある巨大スクリーンを指す。
そこには紫を基調としたドレスを着こなす妙齢の女性――ソレイジアが映されていた。どこぞの邸で開かれたパーティーに参加中みたいで、ワインが注がれたグラスを片手にテラスで貴族達と談笑している。これじゃあ堂々と襲撃するわけにはいかないか……。
「なら私が潜入して――」
「それはダメ!」
ペサデロがやったら間違いなく殺しちゃう。
情報を引き出すのが狙いだし、お開きになるまで待つしか――
「お姉様、悠長に構えてる暇はなさそうですよ?」
「え?」
見ればオークやらゴブリンやらの魔物が逃げ惑う貴族達を追い回していた。これにより先ほどまでの優雅な雰囲気が完全に消し飛び、パーティー会場は大パニックよ。
「コイツらいったいどこから!?」
「分かりません。しかし場所が貴族街だけに、外からの侵入はないかと。それよりどうします? このままではソレイジアが魔物の餌食になりますが」
「あ!」
それは不味い。せっかく不穏分子を炙り出すチャンスなのに、みすみす逃したくはない。癪だけど、助けるしかないわね。
「アイカ、バレないように掃討できる?」
「可能です。しかしそうすると、貴族達の目には怪奇現象として写る事になりますが?」
「背に腹は代えられないわ。やっちゃって」
「了解です」
GOサインと共に無数の銃弾がドローンから放たれる。さすがはアイカと言うべきか、その一つ一つが的確に魔物を仕留めていき、貴族が被弾した様子はない。
「ブッフッフッフゥゥゥ!」
「ひぃぃぃ! この汚らわしい豚め、わたくしから離れなさい!」
ターン!
「プギィ!?」
そしてオークに押し倒されていたソレイジアも、オークの脳天に鉛弾を叩き込むことで救出に成功した。
但し、肝心のソレイジアは何が起こったのか分からずキョロキョロしてるけどね。
あ、そうだ!
「アイカ、現場はまだ混乱してるみたいだし、今のうちにソレイジアを拘束しちゃって」
「畏まりました。ではそのまま――!」
「グギャギャギャギャ!」
すぐに拘束しようとしたところで新手が涌き出し、再び貴族達へと襲いかかる。
さすがにこれを放置するのは後味が悪い。
「ソレイジアは後回しよ、先に魔物を掃討して」
「了解です」
魔物はアイカに任せて、私とペサデロ(勝手についてきた)は逃走したソレイジアを追うため現場上空へと転移した。
何を隠そう、一度見た場所ならいつでも転移できる【座標転移】ってスキルを私は習得してるからね。このスキルでチャチャっと移動よ。
「うっわ~、ひどい有り様ね……」
パーティー会場では食べ物や装飾品が散乱してて、至る所で衛兵と魔物による戦闘が行われていた。
幸い犠牲者は少ないようで、あらかたの貴族は避難した後みたいね。
「アイリ、あの馬車にソレイジアが乗ってる」
「あの馬車――って、ああっ!?」
遠ざかっていく馬車の一つにソレイジアが乗ってる――けれど問題はそこじゃない。
馬車の周りを無数の黒いモヤが囲んでいるのが見えるのよ。
慌てて追ってくと、黒いモヤに見えたものの正体はスピアバグというGランクの魔物であることが判明した。
「不味いわ、はやく蹴散らさないと!」
Gランクの小型な魔物とはいえ、数千匹のスピアバグの前には一般人は無力。
現に御者をしてた男がスピアバグの猛攻に耐えきれず、御者台から転げ落ちてしまった。当然馬車は制御を失いそのまま横転。中にいるソレイジアが危ない!
「私に任せてほしい――ウィンドストーム」
ペサデロの起こした突風によってスピアバグが散り散りになり、その隙に横転した馬車へと乗り込む。
すると全身血塗れのソレイジアを発見し、すかさず鑑定スキルをあててみた。
名前:ソレイジア 性別:女
年齢:35歳 職種:財務官
状態:死亡
「遅かったか……」
救出は失敗。手掛かりの一つが潰れちゃったわね……。
「アイリ、早く立ち去った方がいい。ここに居ると衛兵が駆けつけてくる」
「そうね、戻りましょ」
目撃されると厄介だし、一旦ダンジョンへと引き上げる事にした。
★★★★★
「おはようアイリさん。難しい顔をして、体調が悪いのかい?」
「よっすアイリ。な~んか悪いモンでも食ったんじゃないか?」
「んなわけあるかよ、グラドじゃあるまいし」
「聞いてみないと分からないだろ? カビ生やしたパンとか食ったかもしれないし」
「……いや、食わねぇから」
「2人とも、真面目に聞いてあげようよ……」
次の日の朝。腕組みをしてソレイジアの件を振り返ってた私の顔は、悩みを抱えてるように見えたらしい。
まぁ半分当たってるんだけど、昨日発生した魔物がどこからやって来たのかが分からないのよねぇ。
「おはようみんな。ちょっと考え事をね」
「あ~、まだビルガ子爵の事を引きずってるのねぇ。言っちゃ悪いけど、新しい恋を見つけた方が幸せよ?」
ま~たトリムはそうやって……。
「ビルガさんは関係ないから」
「ホントに~?」
「本当よ」
「でもトリムの言う事も一理あるよ? いつまでも引きずってたら、運命の出逢いを逃しちゃうかも」
どうやらクレアまでトリムに汚染されつつあるらしい。
「だから違うって!」
と言った手前、別の意味でビルガ子爵とは関係があるからやるせない。
「そもそもビルガさんは貴族じゃない。平民の私とじゃ上手くいかなかったと思うわ」
「え~!? 愛さえ有れば身分差なんて――ってよく言うじゃない? アイリだって――あ、そうそう、貴族っていえば、昨日貴族街で魔物が出現したんだって。知ってた?」
やっぱり話題になってる。
そりゃそうか、街中に魔物が出現したんだものね。
「聞いた聞いた。ゴブリンとかオークとかが突然涌き出てきたって話だろ? 衛兵が殲滅したらしいが、どっから来たんだろうな?」
「フッ、甘いぜグラド。ビルガ子爵も魔物に殺られたんだぜ? って事は地下から涌き出てきたに決まってる」
「おお、さすがは予想屋リュース」
「予想じゃねぇよ、ちゃんとした分析だ!」
リュースの着目点はいいわね。ビルガ子爵も似たような現象で死んでるし(真実は違うけれど)、それを踏まえて考えるのは当然。
だけど現場の地下にはダンジョンは無かったし、召喚士らしき人物もいなかった。アイカがドローンで調べたから間違いはないわ。
つまり、あの魔物は転移して現れたって事になる。
さらに気になるのが……
「犠牲者の中には財務官もいたらしいね。今ごろは後任を決めるのに揉めてるかも」
リュックが言ったように、財務官であるソレイジアが死んだことよ。
何故なら現場から逃走した貴族はみんな生きてるのに、ソレイジアだけは追撃された。
これを偶然とは考えられないし、寧ろ最初からソレイジアが標的だったんじゃないかとすら思えてくる。
だとすると……
『お姉様、至急お知らせしたい事が』
おっと、アイカからの念話だ。
何か情報を掴んだのかな?
『何か分かったの?』
『それなのですが、ブラスキー外交官を発見いたしましたが――』
ナイス、アイカ!
『じゃあ身柄を押さ――』
『――残念ながら、スラム街の路地裏で何ものかに殺害されてる状態でした』
『ええっ!?』
まさか……口封じ?




