アイリの決意
「グギャギャギャギャーーーッ!」
暗闇の中で奇声を上げた巨体が、真っ赤な両目でこちらを見ていた。
この下品な奇声はゴブリンのもの――となれば!
「コイツはゴブリンキングよ!」
「「ゴブリンキング(じゃと)!?」」
ゴブリンキングはCランクのモンスターで、大量のゴブリンを召喚してくるのよ。
その中の一部にはゴブリンナイトやゴブリンメイジ(共にEランク)、更にはゴブリンジェネラル(Dランク)なんかも含まれてて、長時間放置するのは危険を伴う。
「不味いぞ! 早く仕留めなければ――」
「フフ、もう遅いですよ? 私との問答を繰り広げてる間に学生寮を襲う準備は整ったのです。よ~くご覧なさい」
自信に満ちたペサデロが手で示す先に、大量のゴブリンが召喚されていた!
「魂を捧げるのなら生け贄である必要はありません。死んで間もなくなら魂の確保は容易いですから」
ペサデロが手を振り下ろし、ゴブリンは一斉に動き出す。
「こりゃイカン、すぐに掃討せねば!」
「あああ! このままではセネカお姉様やサフュアお姉様がぁぁぁ!」
二人が慌ててゴブリンに突撃しようとしたのを見て、それを手で制する。
「アイリ君!?」
「大丈夫です――アイカ!」
シュゥゥゥ……パキィィィン!
夜空を見上げて呼び掛けると、空中から撃ち出された何かによりゴブリン共が凍りつく。
動いてる個体はなく、あのゴブリンキングですら動かなくなった。
『試しに作った冷凍弾を使用しました。見てください、校庭全体を凍りつかせるこの威力! 今ならお値段据え置きの――』
『私にプレゼンしてどうすんのよ……』
私の予想通り、空中にはアイカが潜ませたドローンが待機していた。
このドローンには特殊迷彩という姿を消失させるスキルが附与されてるから、ゴブリンは元より学園長やオリガも気付かなかったみたい。あ、勿論ペサデロもね。
「この大量のゴブリンを一瞬で! アイリお姉様ってばステキィィィ!」
「ううむ……見事な手並みよ」
「さぁ、後はアンタだけよ」
「…………」
校庭を眺めて唸っている二人に背を向け、視線をペサデロへと戻す。すでに万策尽きたようで、抵抗する素振りも見せずにその場で俯いていた。
「さぁ話してもらうわよ、ギルガメルの目的を」
「先ほど言った通りですよ? ギルガメル様の目的は、この学園の生徒を糧として優れた眷族を手に入れることです。地上の生命体がどれだけ犠牲になったとしてもギルガメル様には何ら悪影響はありませんので、このような学園は糧の宝庫だとも仰っておりました」
根本的に私とは違うのが分かる。
ダンマスの生き方は主に三通りあって、共存か中立か敵対に分かれる。ギルガメルは地上の生命体との敵対を選んだのよ。
「でもその目的は潰えたわね。これでギルガメルは――」
「いえ、そうでもありませんよ? すでに貴方は術中に嵌まったのです」
……術中に?
「近い将来、貴方はギルガメル様の手を取ることとなるでしょう。ええ、それは遠くない未来の話……」
遠くない未来ねぇ……。ま、私は予言なんか信じないけど。
「じゃあ最後の質問よ。なぜアンタは実行するのに躊躇したの?」
「……なんの事でしょう?」
「事前にゴブリンキングを潜り込ませたんだから、こうなる前に実行に移せば良かったじゃない? それをしなかったのはなぜ?」
「…………」
どうやら躊躇ったのは間違いなさそうね。
分かりやすく言うと、ペサデロがその気だったら犠牲者が出てたはずなのよ。こうして私が来る前に計画を進めていればね。
ギルガメルにとってなんのメリットもない――となれば、ペサデロの独断という事になる。
「トリムだってそうよ。ダークスイープアサシンという魔物は獲物を間違ったりはしないわ。アンタ、学園長がトリムに成り済ましてるって気付いてたわね?」
黙ってたペサデロが静かに頷く。
つまりこういう事よ。学園生活に馴染んだペサデロがギルガメルの命に従うのを躊躇した結果、それとなく私に止めさせようとした。
オリガを洗脳して差し向けてきたのも、私なら死なないだろうと考えて――って、よく考えたらちょっと酷くない!? 私だって一歩間違えたら死ぬんだけど!
「はぁ……貴女には脱帽です。できれば貴女のようなマスターに仕えたかった……」
ザクッ!
「ペサデロ!?」
不穏な未来を予言して、ペサデロは自分の心臓にナイフを突き立てた。
「恐らくだが、予めギルガメルに命じられておったのだろうな……」
「…………」
自分の眷族を簡単に切り捨てる……私には出来ない――いや、したいとも思わない。
「ショックです……。魔物とはいえペサデロお姉様は学園生活を楽しんでいたのに……」
ペサデロが倒れる瞬間、無表情ながらもどこか悲しげにも見えたし、オリガの言っている事は当たってるのかもしれない。
★★★★★
夜が明け、昨晩の事は何も知らない観客達が見守る中、いよいよ決勝が行われようとしていた。
「どうしたのアイリさん、浮かない顔をしてるみたいだけど?」
「……え?」
「そういや顔色が悪いような気もするな。そんなんで今日の決勝大丈夫なのか?」
リュックとリュースが言うように、今の私は沈んだ表情を見せてるらしい。いや、自覚はあるわよ? あるけど……
「さては拾い食いでもしたな?」
「まっさかぁ! グラドじゃあるまいし。あ、もしかしてビルガさんに振られちゃったとか!?」
「どっちも違う!」
ふぅ……憂鬱だったけど、いつものメンバーと和んでると気が晴れていくわ。特にペサデロの件はオリガもショックを受けてたしね。
あ、ペサデロは私のダンジョンで寛いでるわよ? あのあと亡骸をダンジョンに運んで、指定召喚という方法で甦らせたのよ。
さすがにSクラスの生徒が行方不明になったら大騒ぎになるし、ギルガメルと決着がつくまでは匿っておくつもりよ。
「お待たせしました。只今より、武術大会決勝戦を行います。出場者4名はステージに上がってください」
毎度のフローリア先生によるアナウンスでステージへと向かう。
私と同時に他の3人もステージに上がり、互いに顔を合わせて武器を構えた。
「お主の事はリュックから聞いたぞ。若年でありながら相当な実力者だそうではないか」
話しかけてきたのはカゲツという生徒で、準決勝でリュックを負かした相手よ。
前は刺々しい雰囲気があったけど、少し丸くなった?
「まぁそれなりに……ね」
「それなりか……。随分と謙遜してるようだが、強者が言うと皮肉にしかならんぞ?」
強者だなんて主張したらサフュアみたいなのに絡まれるじゃない。いや、サフュアの場合は主張しなくても絡んで来たけど!
「そう思っても結構よ。そもそも戦ってもいないのに強者と断定するわけ?」
「それは――」
「そうですよ師匠。こやつが師匠より強いなんて有り得ません!」
む? イラッとくる台詞で割り込んできたのは、あの生意気なアヤメよ。
というか、カゲツがアヤメの師匠? 同じくらいの歳にしか見えないんだけれど。
「おい貴様、どうやって師匠を篭絡したのか知らないが、この決勝の舞台で化けの皮を剥がしてくれる!」
篭絡なんかしないっての。だいたいその台詞、カゲツに対しても失礼なんじゃ……。
「まぁまぁまぁまぁ、落ち着いてくださいアヤメお姉様。せっかくのキレイなお足が台無しになりま――」
「ヒィィィィィィ! 寄るな変態!」
ゲシッ!
「ゴフッ! ぅぅ……まぁまぁまぁまぁ、よいではないか、よいではないか♪」
「ヒィィィィィィ!」
よく分かんないけど、オリガと楽しそうにしてるから放置しとこう。
「弟子がすまんな。見た目で侮るなと言い聞かせてはいるのだが……」
「アンタも苦労してんのね……」
若年の割には妙に達観してるところがあるし、実年齢が違ったりするのかな?
「それでは決勝戦――始め!」
さて、決勝戦くらいはド派手にやっちゃおうかな。憂さ晴らしが九割だけど。
「まとめて塵にしてあげるわ――ゴッドインフェルノ!」
グゴゴゴゴゴ……
「じ、地震だと? まさか貴様が発動させたのか!?」
「だったらどうするの? 言っとくけどもう手遅れよ?」
「手遅れだと? いったい何の――」
ズドォォォォォォン!
「ヒッ!? グァァァァァァッ!」
裂けた足元からマグマが噴出し、あっという間にアヤメを飲み込んだ。
「むぉぉ!? まさか火の使い手である俺が火属性に――グォォォォォォ!」
カゲツも同様に飲み込み、残るはオリガただ1人――ってあれ? オリガはどこに……
「…………」チーン
すでに巻き込まれてたらしく、今まさに消え行くところだった。
「それまで。カゲツ君、アヤメさん、オリガさんの3名が戦闘不能により、優勝はアイリさんとなりました!」
「「「おおおおおっ!!」」」
圧倒的な勝ちを見せつけたからか、もの凄い拍手喝采があびせられる。
勧誘の嵐がやって来そうだし、この先苦労しそうねぇ。
「優勝おめでとう! やっぱりアイリさんが最強だね!」
「な? 俺の言った通りだったろ? もうアイリの在学中は優勝は決まりだって」
「ホントよね。もうアイリ以外が優勝するところが想像できないわ!」
観客達に手を振りつつステージから降りるとリュック達に出迎えられた。
「ありがとリュック。グラドとトリムは少し落ち着いて。さすがに大袈裟すぎるわ」
「う~ん……こんなことなら賭け試合で一儲けしとくんだったか……」
相変わらずリュースはお金に拘っていた。
それ、来年からは使えないわよ? 私以外に賭ける人が居ないと賭けが成立しないし。
「やはり相当な強者であったか。これでも火の使い手としては他者を圧倒出来ると自負していたのだが」
早々と復活したカゲツがウンウンと頷いている。リュックとの試合を思い出すと、コイツも腕は確かなのよね。
「アイリよ、折り入って頼みがあるのだが聞いてもらえるだろうか?」
「頼み?」
「あ、アイリさん、僕からもお願いするよ。彼の話を聞いてあげてほしいんだ」
リュックもカゲツも昨日までと雰囲気が違う。表情も真剣そのものだし、話だけでも聞いて――。
「ちょっとアイリ。来たわよ、愛しの彼が♪」
「あ……」
いつも通りの笑顔でビルガさんが手を振っていた。
カゲツの話も気になるけれど、ビルガさんとはキチンと話しておかなきゃならない。
そう決意すると、プレゼントとして召喚したペンダントを強く握りしめた。




