豹変オリガ
ギギギギギ……
剣と爪がぶつかり合い、押されて歯を食い縛るオリガの顔を正面から捉える。単純な力だと私の方が上なのは明らかよ。
「く……やりますねぇ。ワチキが力押しで勝てない相手はそうはいないんですがね」
「だったら諦めて降参したら? アンタに恨みは――」
あ~恨みはなくても、色々と思うところはあるわ。
気持ち悪いから燃やしてしまいたいという念にかられたり……いや、燃やさないけども。
「……コホン。特に恨みのない相手を殺したくはないんだけど?」
「クックックッ、その余裕がどこまで持つんですかねぇ? 夜更けとはいえ、ここは学園の入口。ワチキを殺したところを見られて困るのはアイリお姉様の方では?」
そうきたか。
ならオリガの行動は益々謎になる。自分が死んでも私を追い込むメリットがあるとは思えないし、ここは鑑定スキルで確かめるべきね。
名前:オリガ 性別:女
年齢:13歳 種族:魔族
身分:ウィザーズ学園の生徒
備考:洗脳によるステータス異常が発生してる状態。本人の意思とは関係なく動き、術者によりアイリを殺すよう命じられている。
やっぱりね。襲ってきたのはオリガの本意ではなく、何者かに操られてると。
「……で、誰の命令? どうせギルガメルの眷族か本人なんでしょうけど」
「せいか~い♪ ま、正確にはギルガメルの眷族だそうですよ? 本当かどうかを知る術はないですがねぇ」
「じゃあソイツはどこにいるの?」
「クックックッ、それは言えないお約束って事で――ウィンドスマッシュ!」
バズッ!
いったーーーい!
このオリガ、顔面にウィンドスマッシュを撃ち込んできたわ! 傷痕が残ったらどうすんのよ!
「今度こそはっきりと変態って言いましたね!?」
「他人の思考を読むな!」
「そんなお姉様の首は斬り落としてしまいましょう!」
私が怯んだ隙にオリガが懐へ潜り込んでくる――けれど残念!
「フレイムウォール!」
ボフッ!
「ンンギャァァァアッツゥゥゥゥゥゥ!」
作り出した炎の壁にオリガが突っ込むと、火ダルマになりつつ転げまわった。
オリガにしてみればカウンター気味に食らった形だから、相当なダメージになってるはずよ。
「――っといけない、ディメンションルームじゃないから死んだら不味いわ!」
慌てて火を消し止め、グッタリしているオリガを抱き起こす。
念のため呼吸を確認すると……うん、ちゃんと息はしてるわ。
後はどうやって洗脳を解くかね。さすがにエリクサーじゃ解除できないだろうし。
「んん……あれ? ここは……」
「あ、気が付いたわね」
「おお、アイリお姉様! こ、こ、こ、こんなところで――」
んん? オリガの様子が……
「学園の入口で堂々と膝枕をしていただけるとはぁぁぁぁぁぁ!」
「ンゲッ!」
よく見たら無意識に膝枕をしてたわ。
もちろん他意はない!
「――って言うかオリガ、アンタ私を殺そうとしたくせに何喜んでんのよ!」
「キャフ? 何をバカなことを。ワチキがアイリお姉様を殺そうとするわけないじゃないですかぁ、おかしなお姉様ですねぇ」
まさか今までのは覚えてない?
それにいつの間にか殺気も収まってるし。
名前:オリガ 性別:女
年齢:13歳 種族:魔族
身分:ウィザーズ学園の生徒
備考:かなり特殊な性癖があるが、いたって正常。
意識を失ったのがよかったのか、元に戻ったみたい。
「アンタはギルガメルっていうダンマスの眷族によって洗脳されてたのよ。何も覚えてないの?」
「申し訳ない話ですが、まったく分からないです……。ワチキが覚えてるのはペサデロのお姉様に誘われたんで付いてって――あ、そういえばペサデロお姉様は何処に?」
「ペサデロ?」
これは確定と言ってもいいくらい怪しい。ペサデロがギルガメルの手先の可能性がある以上すぐに捜し出さないと!
「どうやら失敗したようですね」
「「!!」」
暗闇に響く少女の声。
目をこらすと、月明かりに照らされたペサデロが校舎の窓に寄りかかり、静かにこちらを見下ろしていた。
「ペサデロお姉様、ワチキを放って置いていったいどこ――ゴフッ!?」
「ややこしくなるから黙ってて」
鳩尾に一撃入れてオリガを黙らせ、改めてペサデロへと視線を合わせた。
「ペサデロ、アンタがオリガを洗脳したってことで間違いない?」
「ええ、間違いありません。あまり期待はしてませんでしたので、失敗するのは織り込み済みでしたが」
こう言っててもペサデロも洗脳されてる可能性もあるし、念のため鑑定スキルをかけてみた。
名前:ペサデロ 性別:女
年齢:15歳 種族:魔物
身分:ギルガメルの眷族
備考:デッドスイープアサシンというCランクの人形魔物。ギルガメルの命令で結界に穴を空け、ウィザーズ学園へと潜入した。
うん、これでハッキリしたわ。ペサデロは黒で確定よ。
「それで、私を排除してどうするつもりだったわけ?」
「当初の予定通りこの学園の生徒を生け贄にし、新たな眷族を召喚する計画を進めるつもりですよ」
確かアーモンドとかいう奴も同じことを言ってたわね。
「生け贄にするってことは生徒を殺すってことよね? なんでまたこの学園の生徒なの?」
「? まさかダンマスである貴女が知らないとは驚きですが……まぁお答えしましょう」
悪かったわね知らなくて……。
「生け贄に捧げる魂が良質なほど、より優れた眷族を召喚できるのです。つまり――」
「文武に優れた生徒なら、高ランクの魔物を召喚できる……と」
「そういうことです」
私の場合、他人を生け贄にしてまで眷族が欲しいわけじゃなかったから調べようとはしなかったのよ。
けれどギルガメルは強力な眷族を望んでいる。
「そこまでして眷族を求める理由は何? アンタやアーモンドとかいう奴が居れば、そう易々とダンジョンを攻略されたりはしないでしょう? それに国と敵対さえしなければ共存することだって――」
「フッ、本気でそうお考えで?」
私の考えを真っ向から否定するように、ペサデロが鼻で笑う。
もちろん私は本気でそう思ってるし、現に周辺国とは共存出来ている。
けどペサデロの――いや、ギルガメルの考えは違った。
「世の中は公平のようで不公平なのですよ。貴女は恵まれていたから今日まで生きてこれた――違いますか?」
「…………」
確かにそれはある。
これは私と眷族達しか知らない事だけど、このイグリーシアという世界に存在する神様の加護が私にはあるのよ。
【ミルドの加護】っていうんだけど、それにより物凄い幸運を得たからこそ私は生きて来れた。
「図星のようですね。ギルガメル様は嘆いておられましたよ、なぜあのような小娘が労せず成り上がれたのか――とね」
「それは聞き捨てならないわ。私だって過酷なレベリングを経て強くなったのよ」
特にアンジェラとの特訓は本気で死ぬかと思ったわ。リュック達は短期間だけど、私は長期間に渡って地獄の特訓を行ってきたのよ。
それこそモフモフが裸足(元々裸足だけど)で逃げ出すくらいの特訓をね。
「どちらにしろ、ギルガメル様のお考えが変わることはありません。いずれこの国はギルガメル様の下で一つにまとまることでしょう。他ならぬ貴女の協力でね」
はっ? 私?
「言ってる事がよく分からないわ。私がギルガメルなんかに協力するとでも思ってるの?」
「フッ……」
「あ、待ちなさい!」
意味深な笑みを浮かべたペサデロが教室へと飛び込んだのを見て、急いで後を追いかける。
ところが教室に入った私は、その場の光景を見て内心で舌打ちした。
「くっ……トリム!」
「フフ、これで理解しましたか?」
既に身柄を押さえられてたらしく、気を失っているトリムの首にナイフを突き付け、したり顔を見せてきた。
「おとなしく契約するのであれば、この女の命はお助けましょう」
実力では敵わないと知ってか人質を取ってきたか……。
でも大丈夫。アイカに頼んで奇襲してもらえば――
「フハハハハ、心配はいらんぞぃ!」
「何!?」
「へ?」
おかしい……トリムから学園長の声が聴こえた気がする。
「まさかこの歳になってまで、若い娘にモテるとは思わなんだ、のうペサデロよ?」
「まさか!」
慌てて飛び退くペサデロ。
直後にトリムが変化していき、あっという間にカーバイン学園長へと姿を変えた。
使い方によっては女子更衣室に入り放題なんだけれど……後でじっくりと尋問しよう。
「この学園の結界に穴を空けたのはお主だな?」
「ええ、その通りですよ。そうしなければ魔物である私はここに入り込めないので」
「やはりか……。今日になって気付いたが、もっと早くに気付いておればな……」
そういえばこの学園って、魔物除けの結界が張ってあるんだったわ。
あれ? でもそれって……
「入学式から今日まで魔物が入り放題だったってこと!?」
「そういう事になるのだが、街に近い場所でもあるし早々と侵入はされんから心配せんでもいいぞぃ」
まぁ過疎地の集落には結界なんてないと考えれば、まだマシな方なんでしょうね。
「……さて、それよりも今はペサデロの処遇を考えねばな」
「ですね」
「ご、拷問なら是非ワチキに。この機に乗じてあんなことやこんなことを……キャフ♪」
私と学園長、ついでにオリガの視線がペサデロに突き刺さる。
けれど肝心のペサデロは、クツクツと含み笑いをし……
「フフ、これで勝ったおつもりで?」
「だってアンタ、私に真っ向勝負じゃ勝てないから人質を取ったんじゃない」
「確かにその通りですが……そもそもおかしいとは思わないのですか? なぜ今日になって結界に穴が空いてるのを発見したのか」
「……どういう意味?」
「こういうことですよ!」
ペサデロが校庭を指したのを見て視線もそこへと向ける。
そこには!




