武術大会2日目⑥
「それでは第12試合――始め!」
気落ちしたリュックを慰めた後、今日の最終試合が開始された。
私の相手はSクラスのペサデロっていう女生徒で、午前の試合であっさりトリムを葬った奴なんだけど……
「…………」
本人に動く様子はなく、ただ黙って私の顔を見ているだけ。しかも隙だらけとあっては、何を考えてるのか分からない。
「来ないならこっちから行くけど?」
「…………」
だんまりを決め込んでるのか、私の声が聴こえてるかすら怪――ん?
クイックイッ
「……は?」
言葉を発しない代わりに人差し指で掛かってこい――と。
更に中指を立てて――ってコイツ、私をバカにしてるのね!?
「私と同類(貧乳)なくせに挑発してくるとはいい度胸じゃない。特別に骨も残さず焼き尽くしてやるから覚悟しなさい!」
少しでも親近感を覚えた私がバカだったわ。
同族嫌悪じゃないけれど、ペサデロにはトラウマになるくらいの地獄を体感させてやる!
「燃えつなさい――イグニスノヴァ!」
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォ!
床から吹き出た炎がペサデロを包み込み、天井に向かって立ち上っていく。
炎の中で障壁を張っても無駄よ。イグニスノヴァは最上級クラスの火魔法なんだから、そのまま焼き焦げちゃいなさい!
ドゴォォォォォォ!
炎に包まれた瞬間だけペサデロは驚きの表情を浮かべ、障壁もろとも消え去った。
フン、ざまぁみなさい! 開始して1分も経たずに敗北したという汚名を一生背負うといいわ。
「先生、終わりましたよ?」
「…………」
「あの~、先生?」
「……ハッ!? そ、それまで。第12試合はGクラスのアイリさんの勝利です!」
「「「おおっ!」」」
フローリア先生も思わず見とれる――自分で言ってて恥ずかしいわね……コホン。
とにかく、先生が驚くくらいのインパクトの試合で観客の不満はどこへやら。二日目の武術大会も無事終わったわ。
「さすがだよアイリさん! ここまで来たら優勝まちがいなしだね!」
「ありがとリュック。でも優勝するかは最後まで分からないわよ?」
「いや、もうアイリで決まりだろ」
「ま~たグラドまでそうやって……」
持ち上げられるのは嬉しい。だけど最後まで油断するつもりはないわ。
「そんじゃあ今日は授業もないし、これから街に繰り出そうぜ!」
「俺もグラドに賛成するぜ!」
「アイリとリュックも遊びに行きましょ?」
「あ、ゴメン。これからカゲツと会う約束をしてるんだ。街に行くのはまた今度だね」
リュックがカゲツと? 特に親しいわけじゃないし、寧ろ良好とは言えない仲だと思うんだけど……。
「神妙な顔して行っちゃったけど、あの2人って何かあったの?」
「アイリが知らないならあたし達も知らないわよ」
まさか決闘を申し込んだとかじゃないでしょうね? ここはひとつ……
『アイカ、見てる?』
『はいお姉様。午後のワイドショーなら視聴中ですが?』
『……そんなものは後にしてちょうだい。それよりリュックとカゲツを見張ってて。多分大丈夫だとは思うけれど、何かあると不味いし』
『畏まりました。ドローンを飛ばしておきますのでご安心を』
これでよし――っと。
「アイリはどう? この後予定ある?」
「私は特に――」
予定は無い――と言おうとして、ある不安が過った。
決勝の舞台で何をしてくるか分からない奴が一人だけいるじゃないの。
今のうちにオリガの対策を立てておいた方がいいかもしれない。
「ごめん、みんな。今からあの変態との組み合わせにならないよう御祈りして――」
「何言ってるのよアイリ。明日は4人同時のバトルロイヤルよ?」
「――は?」
それはつまり、オリガと戦うのは避けられないと?
「……マジ?」
「ええ、大マジよ」
バタッ!
\(^o^)/
「ちょ、ちょっとアイリ、大の字に倒れてどうしたの!?」
ごめん、トリム。ちょっとだけ現実逃避をしたくなったわ。
もしかしたら、セネカやサフュアに続いて犠牲者第3号になるかも……。
「ん? あ、ビルガさんがこっちに来るぞ?」
ガバッ!
「ビルガさん!?」
リュースの声で飛び起きちゃった。はしたなく倒れてる場合じゃないもの!
「やぁアイリさん。いよいよ明日は決勝だね」
「そそ、そうですね!」
いけない。どうも緊張が解れずありきたりな返答しかできない。
ととと、とにかく落ち着け、落ちつくのよ私!
「勿論明日も観戦しに来るつもりだよ」
「そそそ、そうですね!」
って、ちがーーーう! 会話が噛み合ってないじゃないの! 落ち着きなさい私、冷静に冷静に。
「それでね、ここ2日間張り詰めてるように見えたから、少しは気晴しをした方がいいんじゃないかと思ったんだ」
「そうで――って、気晴しですか?」
「うん。これから一緒に街を散策するのはどうかな?」
街を散策……一緒に……ハッ!?
こ、これってもしかして、デートってやつなんじゃ!?
「あ~、たまにはいいかもなぁ。じゃあ俺が取って置きのスポットを――」
バシッ!
「アダッ!」
「このアホグラド! 少しは空気を読みなさいよ! オホホホホ、どうぞごゆっくり~♪ ほ、ほら、リュースも行くわよ!」
「イテテテテ、引っ張んなって!」
ちょっとぉぉぉ、私とビルガさんの二人きりになったじゃないの! トリムは気を利かせすぎよ!
「どうかな、アイリさん?」
「そそそ、それじゃあおとこば――コホン、お言葉に甘えさせて頂きます。着替えたらすぐに戻りますので!」
そう告げると、一目散にダンジョンへと帰還した。
★★★★★
「――で、すっ飛んで来たわけですか」
「そうなのよ。だからすぐに学園に戻るつもりよ」
ダンジョンに帰ると、学生服からお気に入りの水色ワンピースに着替えていざ出陣!
「お待ちくださいお姉様。せっかくのデートなのですから、鮮やかなアクセサリーで彩った方が殿方は喜ばれると思いますよ?」
「そ、そうよね。それじゃあ――って、やっぱりこれってデートになるの!?」
「これがデートでなければ何がデートだと言うのです?」
「…………」
「うん、デートに違いないわ」
「でしょう?」
「でもデートっていったら普通は恋人同士とかで――」
「何を仰いますか。三年間もクラスメイトとデートを重ねて、卒業後に告白して「お前ら付き合ってなかったんかい!」と周囲からツッコミを入れられそうなギャルゲーだって世の中にはあるんです。それに比べたらどうと言うことはありません」
ギャルゲーと一緒にしないでほしいんだけど……。
「まぁ、とき○モの事はおいといてですね、お姉様の初恋なわけですから、わたくしとしても応援せざるを得ませんね」
「……恋?」
「そうです。初めてで自覚がないのかもしれませんが、お姉様は間違いなく恋の病に掛かっておいでですよ」
そ、そうなんだ。
「治すにはどうしたらいいの?」
「ビルガさんと結ばれるか破局を迎えるかをすれば治る――と、言えるでしょうね」
随分と両極端な……。
「先日のお食事の件もありますし、まずはお返しとして贈り物をされてはいかがでしょう?」
「あ、それはいいかも!」
手土産ってわけじゃないけれど、ちょっとしたアクセサリーを召喚した私は、すぐに学園へと舞い戻る。
★★★★★
「ごめんなさい。待たせちゃいましたか?」
「いやいや、全然大丈夫だよ。ささ、早く馬車に乗って。アイリさんとの時間は無駄にしたくないからね」
「そそそ、そうですね!」
またまた思ってる事と全然違うことを!
その後も緊張する→落ち着く→緊張するを何度も繰り返しつつ雑貨屋に服屋にとあちこちを巡っていき、ビルガさんとの時間はあっという間に過ぎ去っていく。
そして地平線の向こうに夕日が沈みかけた時、私達は見晴らしのいい丘の上からガルドーラの首都クラウンを見下ろしていた。
「ここからの夜景は是非ともアイリさんに見せたかったんだ」
日本とは違い、西洋風に近い街並みを眺めるのは初めて――というわけでもないのが、ビルガさんに対しては少しだけ申し訳ない気もしてくる。
いや、夜景そのものは良い眺めよ?
「アイリさん、実は大事な話が有るんだが、聞いてもらえるかい?」
「そそそ、そうですね――って、大事な話?」
こ、これってもしかして……
「ちょ、ちょっとだけ待ってください! 心の準備がまだ――」
掌に人の字を書いて……んぐっと。
「はい、どうぞ」
「うん。それでね、前から思っていた事なんだが――」
ああ、どうしよう! 交際の申し込みならじっくり考えないといけないし、更に上の婚約の申し込みだとしたら!
「今の国家主席ではガルドーラはダメになる」
「……はい?」
「つまりね、フローレン国家主席には求心力がないのだよ。このままではいずれガルドーラは機能しなくなる。そうなる前に新たな主導者が必要なんだ」
「……はい」
「彼女には国家主席を下りてもらい、発言力のある貴族に主導してもらう。仮に相応しい貴族がいないのなら、僕が成り上がるしかない――これが僕の考えてる事さ」
なにこれ、予想してたのと全っ然違う……。
「――そこでアイリさん」
「は、はい」
「改めて聞くが、本気で僕について来る気はないかい?」
急に政治臭い話になってきた。ついて来いの意味も微妙に違ってるし……。
「ハハハハ! そんなに難しい顔をしなくても大丈夫だよ。今すぐ決めろ――なんて言わないからさ」
「は、はい……」
はぁ……なんだか肩の力が抜けていく感じがする。これじゃあ私一人がバカを見ただけじゃない。
この人は色恋沙汰には興味ないんだろうか?
「明日の決勝が終わったらもう一度聞くよ。アイリさんの優勝記念と同時によきパートナーとなれることを期待して――ね」
「あ……」
その台詞を最後に、ビルガさんとは学園の入口で別れた。
結局のところ、私は政治的パートナーとしてしか見てないって事なのね。
あまりやりたくはなかったけれど密かにビルガさんを鑑定にけた結果、新たな事実が判明し、私は更に気落ちする。
出来れば知りたくなかったなぁ……。
「クックックッ、随分とお悩みのようですねぇ、アイリのお姉様」
「ん? ゲッ、オリガ!」
「オゥフ。その嫌そうな反応、ワチキのハートにグサリと刺さります――いや刺さりましたねぇ、これ以上ないくらいに」
後ろから声をかけてきたのは変態。地面スレスレまでに伸ばした緑の髪が、触手のように見えなくもない。
「今、ワチキに対して変態って言わなかったですか?」
「思ってるけど言ってはいないわよ。それより何か用?」
「そう、それそれ。アイリお姉様に大事なご用がありまして――」
チャキ!
「……オリガ?」
ガキン!
鋭い爪を装着したオリガが、私に襲いかかってきた!
「ちょっと、いったいどういうつもり!?」
「クックックッ、なぁに簡単な事ですよ。アイリお姉様にはここで死んでもらいます!」
いつものふざけた雰囲気じゃない!
今のオリガからはとてつもない殺気が漂っていた。




